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第1082話

Author: 夜月 アヤメ
若子の目に、一瞬疑問の色が浮かんだ。

―なんでいきなり西也のことなんか聞いてくるの?

その空気に気づいたのか、光莉も自分の言い方がおかしかったと気づいたようで、話を切り替えた。

「若子、元気にしてたの?」

若子はやわらかく微笑んだ。

「はい、元気にしています」

そのとき、光莉の視線が千景の腕の中にいる暁に向いた。驚いたように声を上げる。

「その子......」

若子はすぐに暁を抱き直し、光莉に向けて言った。

「この子は暁です」

「抱っこしていい?」

「もちろんです」

若子はにっこりと笑い、赤ちゃんをそっと渡した。

光莉は暁を優しく抱きしめて、その小さな鼻や目をじっと見つめ、表情を緩めた。

ほんの少し、頬がとろけそうなほどの微笑を浮かべていた。

しばらくして若子が口を開いた。

「そういえば、お母さん。今日、西也と離婚しました」

「......は?」

光莉が顔を上げて、目を見開いた。

「あんた、西也と離婚したって?どうして?」

「最初から、あの結婚は形だけのものでしたから。今こうして離婚するのも、自然なことだと思っています」

若子は、西也のことを多くは語らなかった。

―どうせ、お母さんと西也の関係も、あまり良くなかったみたいだし......

光莉はさらに何かを言いたそうだったが、余計なことを言えばまずいと察したのか、話を切り替えた。

「......まあいいわ。若いもんのことに、いちいち口出すのもどうかと思うし。で、修には会った?」

「はい。今は山田さんという方と一緒にいるようで、うまくやっていました」

光莉は苦笑を浮かべて言った。

「ほんと、あの子はねぇ......多情なとこがあるのよ」

若子は何も返さず、黙って暁を受け取った。

「お母さん、お友達が待っておられるみたいですし」

「あの人はお客さんよ。じゃ、私は戻るわ。また連絡するわね」

「はい。お仕事、頑張ってください」

光莉は頷いて、その婦人の元へと戻っていった。

若子と千景も、そのままレストランを後にする。

光莉は席に戻ると、相手に向かってにっこり笑った。

「すみません、ちょっと知り合いに会ってしまって」

「気にしないくていいよ」

西片弥生は優しく微笑んだ。

そのタイミングで、店員がメニューを差し出してくる。

光莉は尋ねた。

「西片さん
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