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第1083話

Author: 夜月 アヤメ
「そういうことなら、納得だわ」

弥生が静かに笑い、ふっと呟く。

「どうりで、あんた......」

言いかけて、ふと口をつぐんだ。

光莉は横目で彼女を見て、

「どうかされました?」

「なんでもないわ......もう少し先へ進んで、その先を右に曲がって」

光莉はそれ以上詮索せず、ハンドルをそのまま切った。

けれど、ふと気づいた。

―進めば進むほど、道がどんどん寂しくなっていく。

......

その頃、千景は若子をホテルまで送っていた。

部屋のドア前まで来ると、彼は中に入らず、扉の前で言った。

「じゃ、ここまでにしとく。俺はもう行くよ」

若子は腕の中の暁が眠そうにしているのを見て、穏やかに答えた。

「お気をつけて」

千景は「うん」と小さく頷いた。

「じゃあ......明日も、会いに行ってもいい?」

「もちろん。ちょうど明日、物件を見に行こうと思ってたんだ。一緒に来てくれる?」

「うん、行く」

そうして二人は「また明日」と約束し、若子が部屋の扉を閉めたのを見届けたあと、千景はホテルを離れた。

駐車場に着き、車に乗り込んでエンジンをかけようとしたそのとき―

ひやりと冷たい金属の感触が、後頭部に押し当てられた。

千景の眉がピクリと動く。

バックミラーには、黒ずくめのマスク姿の男。

鋭い目が鏡越しに彼を射抜いていた。

「誰だ......?」

「運転しろ」

千景はハンドルを握り直し、ゆっくりと車を動かす。

男はそのまま、次々と指示を出していく。

進め、曲がれ―と。

車はいつしか、海沿いの大橋の入り口までたどり着いた。

そこから先は、人気のない地帯だった。

「......なあ、お前の目的はなんだ。金か?命か?」

「ヴィンセント」

男の声が低く、鋭く響いた。

「どうして君はB国なんかに来たんですか?アメリカにいればよかったのに。僕の計画に、余計な首を突っ込まないでいただきたいですね」

「『計画』だと?」

千景の眉間に深い皺が寄る。

「お前の計画って何だ。若子に関係あるのか?お前、何者だ」

「僕の計画は......みんなを苦しませることです」

「若子も......含まれてるのか?」

千景が問いかける。

「いいえ。彼女には幸せになってもらうつもりです。だから、君が邪魔なんですよ。君は僕の代わりになろうとし
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Comments (3)
goodnovel comment avatar
hayelow488
これまでノラの思惑通りでしたが、千景がこの流れを変えてくれると面白くなりそうです。 時が経ってるはずなのに、修がまだ出てこないのが心配です。 しかも、光莉がへんな客といるけど、また何か事件でも始まりますか?どうでもいいのに。 光莉の「あの子、多情だから」に吹きそうになりました。三股のあなたが言う?しかも修を唆したの自分でしょうに。
goodnovel comment avatar
barairose88
これは…若子をめぐっての男4人の攻防戦に突入ですか… 西也は離婚はしたものの、このまま引き下がるとは思えない… 千景は、ノラの出現により、若子への断ちがたい思いをもう隠さない… ノラは相変わらず、まわりを不幸のどん底に落とす狂気じみた偏愛… そして修!今度こそは身辺整理をして、真摯に嘘なく若子と向き合うはず! そう、信じています! 光莉、多情なのはあなたです!呆れて物が言えない! 修は若子一筋…弱くて、不器用で、時々間違えるだけ… 若者達をミスリードした貴方の罪はかなり重いですよ。
goodnovel comment avatar
シマエナガlove
ノラも拳銃使ってるし この小説怖 西也まだ諦めてないし 何かやらかすつもり 若子も友達やめたらよかったのに 結局いろんな男と切れる事ないんだね 女友達もまったく出てこないし 若子の性格にも問題あるぽいな
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