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第1085話

Author: 夜月 アヤメ
「本当に今日は助かった」

若子は少し申し訳なさそうに笑った。

「全部やってもらっちゃって......夕飯、おごらせて。どこか行きたいお店ある?」

ノラは少し考えてから言った。

「近くに、中華のお店があるみたいです。結構評判よさそうでしたよ。そこ、行ってみませんか?」

「いいわね、じゃあそこにしましょう。私のおごりよ」

そうして、若子は暁を抱え、ノラと一緒に中華レストランへ向かった。

一見細身なノラだったけど、案外よく食べる。

食事中、ふいにノラが言った。

「ねぇ、お姉さん、遠藤さんと離婚したんですよね?つまり......今はフリーってことですよね?僕、お姉さんの彼氏候補に立候補してもいいですよね?」

いきなりの発言に、若子は「......は?」と固まった。

「ちょ、ちょっと待って。あんた、まだいくつなのよ?私を口説くって......」

「僕、十九です。博士課程にも進んでますし、何も問題ないですよ」

ノラはいたって真剣だった。

「ノラ......冗談でしょ。私はね、もう二回も離婚してるのよ?あんたみたいな若い子が私なんか追ってどうするの」

「僕はもう子どもじゃないです!」

ノラは少し不満げな声で言い返す。

「お姉さん、僕、もう大人ですよ。もうすぐ二十歳だし、年の差だってたった三歳。僕、悪くないと思いますけど」

そう言って、うつむいて口をとがらせて、ぷいっと目をそらした。

どこか拗ねたような、子犬みたいな態度だった。

若子は苦笑いを浮かべた。

「もう、そんなこと言ってないで早く食べなさい。夜も遅いし、食べ終わったら帰るよ」

―だって私は、さっき離婚したばかり。

いや、たとえそうじゃなくても、ノラを「恋愛対象」として見ることなんて、できない。

私にとって彼は、ただの「弟みたいな子」なんだから。

ノラはそれ以上何も言わず、俯いたまま黙々とごはんを口に運んだ。

食事を終えて、二人は夜の道を歩きながら帰路についた。

ノラは若子の荷物を持ち、彼女が抱いていた暁を途中から代わって抱き上げる。

「この子、ほんとにおとなしいですね。泣きもしないし、えらいです」

「今はね。でも、生まれたばかりの頃はよく泣いてたのよ。夜泣きも多かったし」

「......それじゃ、大変だったでしょう?」

その言葉に、若子の胸にある人の顔が浮かんだ
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