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第1084話

Author: 夜月 アヤメ
若子には、千景が本当に言っていたことが真実なのか、分からなかった。

けれど一つだけ確かなのは―彼が、自分に番号を教えるつもりはなかったということ。

それでも、若子は無理に聞こうとはしなかった。

彼の立場は特別だ。いろいろと事情があるのだろうと、理解していたから。

けれど、時間が過ぎていくうちに―

十一時になっても、彼の姿は見えなかった。

心の中に、少しずつ不安が広がる。

―まさか、本当に何かあったんじゃ......

でも、今の彼の居場所も、連絡手段も、何一つ分からない。

そのとき―

スマホの着信音が鳴った。

若子はすぐに出る。

「もしもし......」

「若子、俺だ」

その声を聞いた瞬間、彼女の心は一気にほどけた。

「冴島さん!?今どこ?どうして来なかったの?......大丈夫なの!?」

声が震えてしまいそうだった。

―本当に、何かあったのかと、怖かった。

千景の声が、穏やかに笑って返ってきた。

「ごめん。ちょっと今日、急な用事が入ってな。少しバタついてて......数日、会えそうにないんだ」

「そっか......びっくりした......」

若子は胸に手を当てて、ふうっと息を吐いた。

「何かあったのかと思って、怖かった......」

「大丈夫だ。俺が簡単にやられると思うか?ちゃんと自分の身は守るさ。悪いな、約束守れなくて」

「いいの、全然」

若子は優しく答えた。

「自分のことを大事にしてね」

「うん。片付いたら、また一緒に家探しに行こうな」

「......うん、急がなくていいよ」

通話が終わり、若子はようやく息をついた。

心の奥のつかえが、少し取れたような気がした。

腕の中の暁を見下ろしながら、ぽつりと呟く。

「よかったね......冴島さん、無事だったよ......ほんと、びっくりさせないでよね」

けれど、胸のざわつきは、完全には消えていなかった。

その頃―

千景は、薄暗い部屋の床に座っていた。

全身、傷だらけ。

血で濡れた服の下、震える手で応急処置の道具を握っている。

息を殺しながら、簡素な工具で、傷口から弾を引き抜いた。

「っ......!」

あまりの痛みに歯を食いしばる。

次の瞬間、止血用のガーゼをぐっと押し当てて、体を包帯で巻いていく。

額からは汗が止めどなく流れ落ち、鋭い
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