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第1167話

Author: 夜月 アヤメ
若子はふと動きを止め、ゆっくりと顔を上げて千景を見た。

潤んだ瞳がまっすぐ彼を捉えた瞬間、何かがぷつんと切れたように、感情が一気にあふれ出した。

「......っ」

彼の胸元に身を投げるように飛び込み、そのまま顔を押しつけて声を殺して泣き始めた。

泣き声は千景の胸に吸い込まれ、外にはほとんど漏れなかった。

若子の体は小刻みに震え、流れる涙が千景のシャツを濡らしていく。

千景は彼女をしっかりと抱きしめ、背中を優しく叩いた。

頭を撫でる手も、とても静かで、優しかった。

言葉は何も要らなかった。ただ、彼女が泣き終わるまで、彼はそばにいた。

―若子は、限界だった。

葬儀の準備に追われ、眠れず、食べられず、心も体もボロボロになっていた。

涙を流し尽くす頃には、彼女の瞼は重くなっていた。

そしてそのまま、彼の腕の中で静かに眠りに落ちた。

千景は眠ってしまった彼女の顔を見下ろし、そっと姿勢を整えて彼女がもっと楽になるように座り直した。

そのまま、彼女の体を包むようにして、しばらく動かなかった。

腫れた目元を見て、彼は切なげに息をついた。

そして、親指で涙の跡をやさしくなぞるように拭き取りながら、静かに囁いた。

「......もう大丈夫。俺がついてる」

若子が目を覚ましたのは、それから一時間半ほど経ってからだった。

外はすっかり暗くなっていた。

目を開けた彼女は、自分が千景の腕の中にいることに気づき、驚いてすぐに身を起こした。

「......いつの間に、私......」

赤く腫れた目で千景を見上げながら、かすれた声で尋ねた。

「どれくらい寝てたの?」

「少しだけ。一時間半くらいかな」

時計を見ながら、彼は穏やかに答えた。

「なんで起こしてくれなかったの?」

若子の声は、疲れきっていて、少し震えていた。

千景はそんな声に胸を締めつけられる思いで、優しく微笑んだ。

「あまりにも疲れてたから。起こす気になれなかった」

千景はそっと腕を回し、軽く肩を動かした。長時間若子の重みに耐えていたせいで、少し痺れていたのだ。

「......ごめんなさい」若子が申し訳なさそうに言った。「あんなに長く、あなたの腕の中で寝ちゃって」

彼女の胸の中には、未だに整理しきれない思いが渦巻いていた。

祖母の死。その裏にある真実。信じていた人に裏切ら
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Comments (2)
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hayelow488
侑子を庇う修のアホさに絶望。 しかし、ここまで、徹底して修の目が曇っていると、この状態が最終話あたりまで続くのではないかという恐怖がよぎる。 せっかくここまで読んだのに、そんな地獄モードはやめてほしい。。。 悪役必要なら、ノラだけで充分です。 そして、千景も告白早い! 陰から切なく見守るぐらいがちょうどよかったのにな。
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barairose88
若子、応援しています。 華さまの死の真相を徹底的に究明してください。 今回、若子にいち早く寄り添った千景ですが、残念ながら友達以上なることはないかと… いつも若子の辛い弱い儚い時に寄り添ってますが、それは愛ではありませんよね… 今回、修を冷静に突き詰める光莉の冷静さに、久々に溜飲が下がりました。 修、また間違えましたね! もう貴方の辛く取り返しのつかない未来がはっきり見えます! 暁ちゃんとの親子対面も叶わない…自業自得ですね。 とことん苦しんで後悔してください。
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