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第1166話

Author: 夜月 アヤメ
「お義父さん、お義母さん、僕もこれで失礼します......」

ノラは曜の背後に隠れるようにして、遠慮がちに言った。

その様子に、光莉は顔をしかめる。

「......私はあんたの母じゃない。私たちもうすぐ離婚するの。勝手に呼ばないで、他人でしょ、私たち」

その言葉は、明らかに冷たかった。

甘い言葉で誰にでも近づくタイプは、彼女の最も嫌い人間だった。

曜がなぜこんな男を養子にしたのか―彼女にはまったく理解できなかった。

「光莉、そんなにキツく言うことないだろ?」

曜が不満げに口を開いた。

「お前が『義母さん』と呼ばれたくないなら、それはそれで構わないけど......」

「キツく言ってるわよ、悪い?」

光莉は投げやりな声で言い返す。

「母さんが埋葬されたばかりなのよ?もう疲れた。これ以上あなたと口論する気力なんてないの......弁護士にはもう連絡したから。離婚の件、法廷で争うことになるわね。

もしそこで『昔の浮気』のことが暴かれても、私、構わないから。マスコミにでも何でも好きに騒がせてちょうだい。もう母もいないんだし、誰にも遠慮する必要はない......それが嫌なら、さっさと離婚届に判を押して」

そう言い残し、光莉は踵を返した。

曜が慌てて追いかけようとすると、彼女は振り返りざまに冷たく言った。

「ついてこないで」

そして、車に乗り込み、そのまま走り去った。

曜は拳を握りしめたまま、その場に立ち尽くす。

深いため息をつき、空を仰ぐ。

ノラがそっと近づいて、彼の肩を軽く叩いた。

「お義父さん、ごめんなさい......僕のせいで、怒らせちゃいましたよね」

「君のせいじゃない」曜はかすれた声で言った。「全部......俺のせいだ」

「じゃあ、僕はこれで失礼します。無理せず、早く休んでください......疲れてるように見えますから」

「......桜井くん、ありがとう。また、飯でも行こう」

「はい。そのときは、連絡ください」

ふたりは簡単に言葉を交わし、墓地を後にした。

......

その頃、千景の運転する車は、若子とその子どもを静かに住まいへと送り届けていた。

子どもはずっと泣き続けていた。家に戻っても泣き止まず、若子がどれだけあやしてもダメだった。

そのうちに、彼女自身が泣きそうになっていた。

「暁......も
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