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第1403話

Author: 夜月 アヤメ
午後三時を過ぎて、日差しも和らいできたころ、西也は若子を連れて外に出た。

この国は産業も経済も遅れているけれど、自然の景色はなかなか美しい。

西也は若子の手を握り、いろいろな場所へ連れて歩いた。

若子はほとんど口をきかず、ただ手を引かれるままについていくだけだった。

海辺では、西也が後ろから若子を抱きしめ、首筋にキスしながら、耳元で優しい言葉をささやいた。

花畑では、若子を抱えて地面に横になり、上に乗せてキスをせがむ。

まるで子どものように自分だけ楽しんでいる姿だった。

夜になると、西也はこの街で一番豪華なレストランを貸し切り、若子と二人きりで食事をした。

窓際の席に並んで座りながらも、若子は終始無表情で反応が薄い。

やがて西也はナイフとフォークを置き、「若子、そんなに塞ぎ込むなよ。少しくらい笑ってくれないか?」と穏やかに語りかけた。

その優しさも表面的なものに過ぎないことは、若子にはよくわかっていた。

それでも、若子は言われるままに顔を上げて、ロボットのような作り笑いを浮かべる。

その無機質な笑顔でも、西也は満足げだった。

今はまだ若子の心がこちらを向いていなくても、いずれ自分に馴染んで従順になる―そう信じて疑わなかった。

この国では、彼女にはもう自分しかいないのだから。

食事の間、西也はこの国の文化や歴史について饒舌に語り続けた。

知識も豊富で、話しぶりも自信にあふれている。

もしこれが普通のデートなら、相手もきっと彼の魅力に惹かれただろう。

だが、向かいにいる若子は、たまにうなずいて微笑むだけ―まるでプログラムされた機械のようだった。

それでも、西也は気にしなかった。自分のやり方を押し通し、もはや若子の気持ちを気にする余裕もない。

ディナーが終わると、そのまま若子の手を取って映画館へ向かった。

上映されているのは、この国で作られたプロパガンダ映画だけ。外国映画は厳しく制限されており、私的に持つことさえ重罪。

もし発覚すれば二十年の刑と終身の権利剥奪。

実際のところ、ヴィロソラにはもともと大した権利なんて存在していない。

映画の内容はひどく退屈で、つまらなかった。

見識の広い西也にとって、こんなものは到底我慢できず、半分も観ないうちに若子を連れて映画館を出た。

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Comments (2)
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シマエナガlove
修にだけは強かったって事ですよ 実際の若子もまた弱っちいし 強引な男には歯が立たないんですね いくらでも死ぬ方法あるだろうに 実際は死なないだろうし 今回の件は 自業自得としか言えない 遠藤は治外法権の国に入らないと 犯罪を犯せないほど臆病者 そろそろ射殺されてもいい頃ですが 若子が解放されて B国に戻るのも嫌なんですよね 今さら母親面して現れるとか 嫌悪感いっぱい
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barairose88
いくら暁ちゃんの命を駆け引きとは言え、こんな状況、ありえないでしょう! あの強気、傲慢で、強かな若子が、もう奴隷のようにただ従うだけなのですか… 本当に益々見損ないました! 西也を手玉に取るくらいの勢いでなければ、暁ちゃんは守れません!! いい加減してください! 修をやり込め、追い詰め、糾弾したあの強い精神力はいずこ! ここにきて、あなたの身の犠牲など些末なこと、暁ちゃんのため、逞しく、潔く、強かに戦ってください!! 西也、あなたは力も弱いし、頭の回転もいまいち…その治外法権でのやりたい放題は、そろそろエンドですよ。
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