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第1422話

Author: 夜月 アヤメ
若子には、ここにどれだけ閉じ込められていたのか、もうわからなくなっていた。一ヶ月か、二ヶ月か、それとも五年、十年か。時間の感覚なんて、とっくに失っていた。

最後に西也を傷つけて以来、ずっと手足を縛られていた。トイレに行くときさえも、誰かが傍についていて、縄を握っていた。

―こんなの、屈辱以外の何ものでもない。

でも、若子からしたら、西也にだってプライドなんかない。男として大事なところも、あのとき噛みついてやったし、そのせいで長い間、彼は若子に触れられなくなった。その傷は、きっと一生忘れないだろう。

あの日から、西也はたまに顔を見せるだけで、もう同じベッドで眠ることもなかった。

大切な「モノ」を守るためか、しばらくは回復に専念するつもりらしい。

その方がいい。たとえ縛られていたって、一緒に眠らなくて済むなら、まだマシだった。

そんなとき、耳元に声が響いた。「ママ」

振り向くと、ナナが車椅子に乗って誰かに押されてやって来た。

若子は思わず立ち上がろうとしたけれど、すぐに縄に引っ張られてしまう。ベッドの端に座るしかなかった。

ナナはワンピースを着ていて、右足の膝から下がなかった。包帯がぐるぐる巻かれて、まだ傷も治りきっていない。小さな顔は元気がなくて、前みたいな輝きが消えていた。

「遠藤さまが、ナナさまを会わせろと......もう、よろしいですね」

そう言って、護衛はまたナナの車椅子を押して出ていった。

ナナは振り返りながら、泣き声で「ママ」と叫んだ。

若子は追いかけたくても、どうにもできなかった。

これは明らかに西也の嫌がらせだった。彼女を苦しめるためにわざとやっている。

でも、ナナを大事に思っていることを悟られるのが怖かった。またそれを弱みとして握られたくない。

夕食の時間になると、いつものように使用人が食事を運んできて、テーブルに置いた。

今日は量がやたら多い。どう見てもひとりじゃ食べきれない。まるで二人分だ。

そのとき、西也が部屋に入ってきて、使用人に「出てていい」と声をかけた。

使用人が出ていき、ドアが閉まる。

すぐに西也は若子の前に来て、手首の縄を解いた。

手首には赤い痕がくっきり残っていて、若子はそれを揉みながら冷ややかに言った。

「今日ナナをわざわざ連れて来てくれたなんて、親切ね」

「なんだ、会いたくなかった
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