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第873話

Author: 夜月 アヤメ
三人は病院の研究センターへと足を踏み入れた。

そこには、世界トップクラスの神経学者、心理学者、専門的なセラピストで構成されたチームがいた。

彼らはこの間ずっと、西也の治療に全力を注いでいた。

すでにいくつかの治療セッションを受けているため、新たな療法を始める前に、医師たちはまず一連の評価とテストを行う。

それにより、彼の記憶がどの程度回復しているのか、どの部分に特徴があるのかを見極め、治療の強度を調整するのだ。

若子はベビーカーを押しながら、西也のそばで静かに寄り添っていた。

彼が治療を受ける様子を、黙って見守る。

今、西也は認知訓練と記憶回復療法を受けていた。

落ち着いた雰囲気の治療室には、記憶を刺激するためのゲームやリハビリツールが並んでいる。

専門のセラピストが、さまざまなトレーニングを通して、彼の奥底に眠る記憶の断片を呼び覚まそうとしていた。

治療は個別にカスタマイズされている。

映像記憶技術を使い、写真や動画を見せて記憶を刺激する。

家族との会話や、過去に聴いていた音楽、手に馴染んだ物を触れることで、記憶を引き出す。

最初は進展が遅かったが、時間が経つにつれ、少しずつ短い記憶の断片が蘇るようになっていた。

少なくとも、医療チームの評価によれば、そういうことになっていた。

今日は、若子と赤ちゃんが一緒にいることもあり、西也の機嫌はとても良かった。

そのおかげか、治療の効果も普段より顕著に現れていた。

しかし、認知訓練だけでは終わらない。

今日の治療は、ここからが本番だった。

医療チームは、ある最先端の医療機器を使用する予定だった。

それは―記憶回復補助装置(MemoryRecoveryAssistDevice,略称MRAD)。

若子がこの装置のことを初めて知ったとき、まるでSFのような話だと感じた。

MRADは、最先端の神経科学技術を駆使した装置だった。

脳波(EEG)と機能的磁気共鳴画像(fMRI)を組み合わせた非侵襲的な技術で、患者の脳と直接インタラクションし、記憶の回復を促進する。

センサー付きのヘッドギアを装着すると、脳の電気活動や血流の変化をリアルタイムで測定し、高性能コンピューターがデータを解析する。

AIによる高度なアルゴリズムが、記憶回復に最適
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シマエナガlove
そうだよ お前が修捨てたんだろ 修の命いらない判断したんだろ でもな真実わかったら 子供は修が引き取る事になる
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