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第3話

Author: ちょうどいい
彩花は使用人たちに命じて、私をステージ脇へ引きずっていかせた。

ドレスの裾を持ち上げながらこちらへ歩いてくる彩花は、顎を高く上げ、かつて久我家に戻ってきたばかりの頃のようなおどおどした様子など、もうどこにもなかった。

私は胸の内がぐちゃぐちゃにかき乱され、泣きたいのか笑いたいのかもわからないまま、ため息をついた。

そういえば、彼女を久我家へ連れ帰ったのは、ほかでもない私だった。

あれは土砂降りの日だった。昴が私を迎えに来てくれた帰り道、私は道端でバイクにはねられた女の子を見つけた。

彼女を病院へ連れて行ったのは私だった。

彼女は何度も礼を言い、自分は身寄りのない孤児で暮らしも苦しいから、恩返しに私の家で住み込みで働かせてほしいと言った。

私と同じくらいの年なのに、着ているものはぼろぼろで、目つきも怯えていた。私は気の毒になって、昴に止められたのも聞かず、彼女を久我家へ連れて帰った。さらに両親に頼んで、大学へ通い続けられるよう援助までしてもらった。

まさかその後、彼女が二通の親子鑑定書を持ち出し、そこでようやく久我家は知ることになるなんて思いもしなかった。手違いの末に、本物のお嬢様を拾ってきたのが、この偽物のお嬢様だったなんて。

それから両親はもう私の両親ではなくなった。彩花への埋め合わせのために、二人は私ときっぱり縁を切った。

皮肉にも、その日もまた雨だった。

それでもあのときは、昴がしっかりと私の手を握ってくれていた。本当のお嬢様だろうが偽物だろうが、自分には関係ない、二人だけの家を作ろうと言ってくれた。

けれど、人の心は変わるものだった。

「瑞希お姉さま、私たちを祝福しに来てくれたの?」

彩花の澄んだ声が、私の思考を断ち切った。

私が口を開きかけたそのとき、昴の声が飛んできた。

「彩花、どこへ行くんだ?まだ挨拶回りが――瑞希?」

やわらかかったその声色が、突然変わった。昴は信じられないものを見るように私を見つめ、顔色を失っていた。

私は口元を引きつらせた。

「私よ。久しぶりね。おめでとう。また結婚したのね」

昴の目に、かすかな痛みがよぎった。彼は必死に首を振った。

「違う!瑞希、君が思ってるようなことじゃない!」

「お姉さま、そんなによそよそしくしなくていいのに。昴は私の夫なんだから、義弟って呼んでくれればいいのよ~」

彩花はそう言って、ふいに彼の肩にもたれ、甘く微笑んだ。

昴は眉をひそめたが、彼女を突き放しはしなかった。ただ何か言いかけては飲み込み、言い淀みながら私を見た。

「瑞希、実は事情がいろいろあるんだ……もう少しだけ待ってくれ。ちゃんと説明するから!」

私は喉までせり上がってきた血をなんとか飲み込み、弱々しい笑みを作った。

「もういいわ。末永くお幸せに」

胸をそっと押さえながら、私はゆっくりと背を向け、外へ向かって歩き出した。

「瑞希!」

昴が思わず叫んだ。

「瑞希お姉さま!」

今度は彩花が言葉を継ぎ、にこにこと笑いながら言った。

「せっかくだし、残って一緒に食事していかない?こんなに立派なお料理、きっとずっと食べてないでしょう?これ、全部昴が私のために用意してくれたのよ!」

胸がぎゅっと締めつけられ、さっき見せられた投稿の数々が脳裏によみがえった。

気が遠くなるような感覚のなか、私はもう肺の痛みを抑えきれず、身を折って激しく咳き込んだ。

「瑞希、血を吐いてるじゃないか!」

昴は取り乱したようにハンカチを探り出して私に差し出した。

「どうしたんだ?病院へ連れていく!」

私は彼の差し出した手を無視し、口元を乱暴に拭って、震える手で鞄の中から薬を取り出した。

彩花は目をくるりと動かし、呆れたような顔で言った。

「お姉さま、数年会わないうちに、ずいぶん芝居がうまくなったのね?血糊まで用意してたなんて。

昴の同情を引きたいんでしょうけど、今日は私の大事な日なの。たとえ偽物の血でも、さすがに場違いじゃない?」

私は彼女を相手にしている余裕などなかった。肺がん末期で、内臓の一つひとつが焼けつくように痛む。決まった時間に強い鎮痛剤を飲まなければならなかった。

なのに次の瞬間、手にしていた鞄を叩き落とされ、薬の瓶がステージの端へ転がっていった。

昴は手を引っ込め、低い声で言った。

「瑞希、やりすぎだ。芝居で人をだますべきじゃないし、俺の情に付け込んで、彩花の一生に一度の結婚式を台無しにしようなんて、なおさら許されない!」

私は目を見開いて彼を見た。

信じないの?たったそれだけのやり取りで、私が悪いと決めつけるの?

芝居をしているのはいったい誰なの。演技のうまさなら、私は彼の足元にも及ばない!

痛みに肩を丸めながら、私は息を切らして言い返した。

「演技なんかじゃない……それは私の特効の鎮痛薬よ!」

昴は眉間に深いしわを寄せた。

「でたらめを言うな。君の健康診断の結果は問題なかったはずだ。四年会わないうちに、どうしてそんなに厚かましくなった?

まず彩花に謝れ。でなきゃ、俺は絶対に許さない」

私は唇をきつく噛みしめ、全身に汗をにじませながら地面にしゃがみ込み、必死に手を伸ばして薬の瓶を取ろうとした。

もう少しで届く、そう思った瞬間、ダイヤで埋め尽くされたハイヒールがそれを蹴り飛ばし、薬瓶は完全にステージの下へ転がり込んだ。

彩花は唇を尖らせ、傷ついたような顔で言った。

「やっとわかったわ。お姉さま、今日はこんなに小道具まで揃えて、最初から当たり屋みたいに騒ぎを起こすつもりだったのね。でも本当にお金に困ってるなら、こんな場所で騒ぐべきじゃないでしょ?外に知れたら、私の面目が丸つぶれだもの」

彼女はため息をつき、上品なハンドバッグから五枚の紙幣を取り出して、私の前に投げつけた。

私は受け取らず、胸を押さえたまま荒く息をした。

「五万じゃ少ないってこと?じゃあ、私が代わりに受け取ってあげるわ!」

彼女は床に散らばった私の鞄を拾い上げた。

私は瞳を縮めた。鞄の中には、返済する最後の200万円が入っている!

彩花はおもしろがるように言った。

「へえ、お姉さま。このお金、まさかあちこちで当たり屋して集めたんじゃないでしょうね?」

「もうやめろ!」

昴が声を抑えて怒鳴り、私の鞄を取り上げた。

私はほっと息をついた。けれど次の瞬間、彼はこう言った。

「この200万円は、彩花への詫びとご祝儀ってことにしておく」

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