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娘が亡くなった後、夫をあの女にくれてやった

娘が亡くなった後、夫をあの女にくれてやった

By:  幸せな子猫Completed
Language: Japanese
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Synopsis

切ない恋

ドロドロ展開

愛人

ひいき/自己中

妻を取り戻す修羅場

スカッと

娘が亡くなった後、私は久我錦人(くが きんと)の思い描いていた通りの完璧な妻になった。 彼が別の女、瀬戸紗雪(せと さゆき)に付きっきりでいても、私は微笑んで許した。 彼が深夜まで帰らなくても、決して文句は言わなかった。 彼が紗雪を連れて、かつて私たちが約束していた南の島へバカンスに出かけた時でさえ、私は自ら彼らの航空券とホテルを予約してあげた。 錦人も含め、誰もが私を「ついに物分かりのいい妻になった」と褒めそやした。 だから、娘の葬儀の日も、私は彼に知らせなかった。 彼が身なりも構わず葬儀場に駆け込み、目を真っ赤にして私を問い詰めるまでは。 「どうして俺に教えなかった!俺だってあの子の父親だぞ!」 私は淡々と答えた。 「気にしないで。私も娘も、もう慣れているから」 しかし、彼はひどく取り乱し、私の手首を掴んで哀願した。 「頼む、罵ってくれ、叩いてくれ、昔みたいに!こんなふうに俺を扱わないでくれ……」

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松坂 美枝
松坂 美枝
主人公はなんで怒りもせず全て静かに終えたのか考えた このゴミカスには感情をぶつける価値がない 娘を轢き殺した女を庇い、娘の葬儀の途中にも抜け出し、娘が死んだのに浮気女の妊娠を喜ぶような男に注げる感情が皆無だったからだ 素直に無限地獄に堕ちて欲しいクズだった
2026-04-21 09:34:22
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11 Chapters
第1話
娘が亡くなった後、私・白川慈乃(しらかわ しの)は久我錦人(くが きんと)の思い描いていた通りの完璧な妻になった。彼が別の女、瀬戸紗雪(せと さゆき)に付きっきりでいても、私は微笑んで許した。彼が深夜まで帰らなくても、決して文句は言わなかった。彼が紗雪を連れて、かつて私たちが約束していた南の島へバカンスに出かけた時でさえ、私は自ら彼らの航空券とホテルを予約してあげた。錦人も含め、誰もが私を「ついに物分かりのいい妻になった」と褒めそやした。だから、娘の葬儀の日も、私は彼に知らせなかった。彼が身なりも構わず葬儀場に駆け込み、目を真っ赤にして私を問い詰めるまでは。「どうして俺に教えなかった!俺だってあの子の父親だぞ!」私は淡々と答えた。「気にしないで。私も娘も、もう慣れているから」しかし、彼はひどく取り乱し、私の手首を掴んで哀願した。「頼む、罵ってくれ、叩いてくれ、昔みたいに!こんなふうに俺を扱わないでくれ……もう謝っただろう。いつまでもそんな死人のような顔をするのはやめてくれないか」錦人は、静かに娘のために花を供えている私を見て、どうしていいか分からず無力感に苛まれているようだった。私は何も言わず、泣くよりも痛々しい作り笑いを浮かべた。「ごめんなさい、娘を亡くして、どうしても笑えないの」彼は歩み寄り、私の手を押さえつけた。「娘の死はただの事故だ。俺にも紗雪にも関係ない!」私は彼の手を振り払い、頷いた。「分かっているわ。あなたたちを責めてなんていない」「だったら、もう少し普通にしてくれないか!」錦人は声を荒らげ、眉をひそめて私を非難がましく睨みつけた。まったくもって意味が分からない。私はすでに彼の要求通りに笑い、誰も責めず、一人で娘の葬儀を取り仕切り、彼の心の中にある完璧な妻になってみせたというのに。どうしてまだ不満なのだろうか。彼がさらに何かを言おうとした時、着信音が唐突に鳴り響いた。電話の向こうから、紗雪の泣きそうな声が聞こえてきた。「ナナが急に泡を吹いて倒れちゃったの。何か変なものを食べちゃったみたいで、どうしたらいいか分からない。帰ってきて診てくれないかな?」ナナは、紗雪が飼っているボーダーコリーだ。錦人の返事は早かった。「分かった、すぐに向かう!」
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第2話
数日後、私は病院の仕事に戻った。過酷な業務に身を投じることで、すべての痛みを一時でも忘れたかったのだ。十歳の患者の定期検診を行っていた時だった。突然、その母親が駆け寄ってきて、私の頬を力いっぱい平手打ちした。パァン――乾いた音が廊下に響き渡る。顔が横に弾かれ、口の中に血の味が広がった。「恥知らず!よくもノコノコと出勤できたわね!」女の唾が飛んでくる。「自分の娘を死なせたくせに、今度は私の娘まで殺す気!?」私はよろめきながら後退し、背中が冷たい壁にぶつかった。「お母様、どうか落ち着いてください……」看護師が慌てて止めに入る。「落ち着いていられるわけないでしょ!」女は看護師を突き飛ばし、私の白衣の襟首を掴んで力任せに引き裂いた。ビリッという音とともにボタンが弾け飛び、襟元が大きく開いて鎖骨と下着の肩紐が露わになった。周囲からどよめきが起こり、スマホを掲げて撮影し始める者もいた。「みんな見て!これが自分の娘を轢き殺した噂の医者よ!」女は私の髪を掴み、無理やり群衆の方へ顔を向けさせた。「娘が死んだばかりなのに、私の娘を診に来るなんて!あんたたち、こんな女に自分の子供を触らせられる!?」頭皮が引き裂かれるような激痛が走り、私はよろめいて床に膝をついた。「何か言いなさいよ!いい子ぶるのが得意なんでしょ!?」女が私の肩を蹴りつけた。「あんたの娘が、あの世からあんたを見てるわよ!」周囲でもヒソヒソと囁き声が聞こえ始めた。「こんなのが医者?病院から追い出せ!」誰かの罵声を皮切りに、周囲は手がつけられないほどの混乱に陥った。詰め寄る人々の怒号と、何かが床を叩く激しい音が響く。「出て行け!」「人殺し!」私は床に膝をついたままだった。白衣はボロボロに引き裂かれ、髪は乱れ、頬には真っ赤な手形が残っている。それでも私は、散らばったカルテをゆっくりと拾い集め、一枚一枚丁寧に揃えた。「おっしゃる通りです」顔を上げる。口の端から血が滲んでいたが、私は静かに微笑んだ。「新しい担当医を手配いたします。私のような縁起の悪い人間に、お子様を触らせるようなことはいたしません」女は呆然とした。泣き喚くこともなく、反撃すらしないとは思っていなかったのだろう。反撃できるものなら
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第3話
錦人は私を見ると、ひどく慌てた様子で素早くジャケットを脱ぎ、私の体に掛けた。「どうしてこんなことに?慈乃、病院で誰かにひどいことをされたのか?誰がやったか教えてくれ」私は首を振った。私を一番残酷に痛めつけているのは、あなたなのに。病院の中からは、まだ罵声が飛んできている。錦人はそれを聞いて状況を察したのか、私を強く抱きしめた。「紗雪はただでさえ繊細なんだ。それに学校で働いている。もし前科がついたら、人生がめちゃくちゃになる。病院の仕事がなくなっても構わない、俺が養うから。娘だって、また産めばいいだろう」私は静かに彼を押し返した。「私の娘は、あの子だけよ」錦人は言葉を詰まらせ、深く息を吐いた。「……分かった、今日はもうこの話はやめよう。とりあえず、家に帰ってご飯を食べよう」帰宅すると、食卓には豪華な料理がずらりと並んでいた。しかしよく見ると、どの皿にも私の嫌いなニンニクがたっぷり使われている。唯一ニンニクが入っていないのは、私がアレルギーを持っているキノコ料理だけだった。錦人は私の顔色がみるみる曇っていくことに気づかず、一品一品を嬉しそうに紹介しながら、私を席へとエスコートした。「慈乃、ここ最近は大変だったな。さあ、目を閉じてくれ。サプライズがあるんだ」半信半疑のまま、私は目を閉じた。次の瞬間――この世で最も吐き気を催す声が聞こえてきた。勢いよく目を開けると、紗雪がケーキを両手で捧げ、バースデーソングを歌いながら笑顔でこちらへ歩いてくるのが見えた。私は弾かれたように立ち上がった。椅子の脚が床を擦る鋭い音が、歌声を遮った。「お誕生日おめでとうございます、慈乃さん!」私はケーキを凝視した。その上には、ソフビ人形が一つ飾られている。娘が生前、一番大切にしていた人形だった。私は無言のまま歩み寄り、その人形を乱暴に掴み取った。バースデーソングが途切れる。「慈乃さん、何をするんですか……?」紗雪の声には、怯えたような、媚びるような泣き声が混じっていた。錦人も呆然としている。「慈乃?」私は何も答えなかった。ただ人形を丁寧に洗い、両手で大切に包み込むと、娘の部屋へ向かった。「待て!」錦人が追いかけてきて、私の腕を掴もうとした。「紗雪が午後いっぱいかけ
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第4話
そのメッセージを見て、私はようやく息をついた。そして目の前の箸を見据えたまま、はっきり首を横に振った。錦人の顔色が変わった。「わざと事を荒立てたいのか?」錦人は顔を険しくすると、私の手首を掴んで食卓の方へ引きずっていった。「座れ。食え」彼は有無を言わさぬ口調だった。紗雪はキノコを挟んだ箸を持ったまま傍らに立ち、目を潤ませて、甘ったるい声で訴えかけてきた。「慈乃さん、私はただ仲直りしたいだけなのに……食べてくれないなんて、許してくれないってことですよね」そのキノコが目の前にあるだけで、もう皮膚がむずむずと痒くなり始めていた。「私、キノコアレルギーなの」私は錦人の手を振りほどき、一歩後ずさった。だが、錦人は鼻で笑った。「アレルギーだと?慈乃、紗雪を許したくないからって、どんな嘘でもつくんだな」そして彼は紗雪の方を向き、確信に満ちた口調で言った。「俺たちは結婚して十年になるが、慈乃がキノコでアレルギーを起こしたところなんて、一度も見たことがないぞ」当然だ――結婚してからの十年間、私が一度たりともキノコを口にしていないのだから。紗雪はパッと顔を輝かせると、箸を持ったままさらに一歩近づいてきた。「じゃあ、慈乃さんはやっぱりわざと私を避けてたんですね?」彼女は下唇を噛み、そのキノコを直接私の口元に突きつけた。「慈乃さん、一口だけでいいんです。食べてくれたら、許してくれたってことにしますから」私は顔を背けて避けようとし、彼女の箸を払い除けようと手を上げた。だが錦人の動きの方が早かった。彼は私の手を掴むと、もう片方の手で私の後頭部をガッチリと押さえつけた。「いい加減にしろ。これを一口食え。そうすればこの件は水に流す。俺たちはこれからうまくやっていくんだ」眉をひそめて放った声には、明らかな苛立ちが滲んでいた。私は必死にもがき、爪で彼の手の甲を引っ掻いた。彼は痛みに顔を歪めたが、手を離すどころか、さらに力を込めてきた。紗雪がその隙に、キノコを私の口に無理やり押し込んだ。「早く食べて、慈乃さん!」キノコ特有の風味が、口の中に広がった。激しい吐き気が胃からせり上がってくる。慌てて吐き出そうとしたが、錦人に口をきつく塞がれた。「飲み込め」彼の掌が私の唇を力強く押さえつけ
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第5話
錦人は空っぽの病室に立ち尽くしていた。指がまだ小刻みに震えている。自宅に電話をかけても、誰も出ない。慈乃の同僚に電話しても、誰も知らないと言う。慈乃の友人たちに電話すると、彼の声を聞いた途端に電話を切られた。「錦人……」紗雪が入り口に立ち、おずおずと彼を見つめていた。「慈乃さん、怒っちゃったのかな。私が別の人形を探して、ちゃんとお返ししたほうがいいかな?」錦人は何も答えず、黙ってきびすを返し、病室を出ようとした。「どこ行くの?」「家の様子を見てくる」「私も行く!」紗雪は小走りで後を追い、彼の腕に絡みついた。錦人は自分の腕に視線を落としたが、振りほどこうとはしなかった。家に戻ると、すべてがいつも通りだった。錦人が寝室のドアを開けると、クローゼットの扉が開け放たれており、ハンガーがいくつか減っていた。ドレッサーの上に並んでいたはずの、慈乃がいつも使っていたスキンケア用品が消えている。そして、ナイトテーブルの上には、一通の封筒が置かれていた。彼は歩み寄り、それを手に取った。封を開けると、中から数枚の書類が滑り落ちた。離婚協議書だった。最後の署名欄にはすでに、白川慈乃という四文字が几帳面な字で記されている。それに添えられた、もう一枚の短いメモ。【お別れです。探さないでください】「本当にいなくなっちゃったの?」紗雪が横から覗き込んでくる。「置き手紙だけ?ひどくない?十年も夫婦だったのに、こんなにあっさり……」「君は先に帰れ」錦人が突然口を開いた。紗雪はきょとんとした。「えっ?」「先に帰れと言ってるんだ」彼は顔を背けた。その顔色はひどく蒼白だった。紗雪は口を開き、何かを言おうとしたが、彼の冷たい目を見て言葉を飲み込んだ。「じゃあ……あんまり気を落とさないでね。一時の感情で家を出ただけだろうから、頭が冷えればすぐ戻ってくるわ」彼女が去った後、錦人は寝室に長い間立ち尽くしていた。やがて、狂ったように家中の引き出しという引き出しを開け、中をかき回し始めた。結婚写真はある。アルバムもそのまま。彼女の服もまだ何着かクローゼットに残っている。まるで何も持っていかなかったかのようでもあり、同時に、大切なものをすべて持ち去ってしまったかのようでもあった。彼
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第6話
それからの日々、錦人は狂ったように慈乃を探した。彼女の勤め先の病院へ行っても、もう出勤していないと言われた。慈乃の実家へ行っても鍵がかかっており、隣人の話によれば、彼女の両親は先月南の方へ引っ越したらしい。具体的な行き先は誰も知らなかった。彼女がよく通っていたカフェや書店、公園を回ってみても、誰も姿を見ていないという。私立探偵を雇い、街中をひっくり返す勢いで探させたが、何一つ手がかりは得られなかった。慈乃は、まるでこの世から消え失せてしまったかのようだった。一ヶ月後、紗雪が久我家に転がり込んできた。借りていた部屋の契約が切れたが、すぐにいい物件が見つからないと泣きつかれ、錦人はむげに断ることができなかった。どうせ部屋は余っている。どうせ慈乃はもう戻ってこない。紗雪は何かと世話を焼いた。毎日趣向を変えた料理を作り、スーツはクリーニングに出し、靴下や下着まできちんと分類して畳んでくれる。錦人はふと、キッチンで忙しく動き回る彼女の後ろ姿を見て、一瞬だけ錯覚を覚えることがあった。昔も、こうして誰かが立っていたような――けれどその人は、帰宅した彼に飛びついて甘えたりはしなかった。残業中のオフィスに夜食を届けに来ることも、機嫌が悪い時にすねて抱きしめてほしいとねだることもなかった。その人はただ静かに待っていた。どれほど遅くなっても、どれほど長くても……そして彼が帰宅すると、いつも一言だけ尋ねた。「お帰りなさい。ご飯は?」錦人はふと気づいた。その人の声を、もう思い出せなくなりつつあることに……半年後、探偵事務所から連絡が入った。「久我社長、判明しました。奥様は極秘の研究プロジェクトに参加されており、十年間外部との連絡を断つ必要があるとのことです。拠点は北嶺にあり、具体的な場所は機密扱いで、我々も立ち入れません」十年。錦人は電話を握りしめたまま、しばらく何も言えなかった。「ただ、プロジェクトチームの集合写真を一枚入手しました。その中に奥様の姿が確認できます」送られてきたのは、白衣姿の人々がある建物の前に並んでいる写真だった。錦人は画面を拡大し、さらに拡大して――最後列の端に、慈乃の姿を見つけた。ずいぶん痩せて、髪も短く切られており、その顔に表情はなかった。けれど、生きている。
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第7話
翌年、紗雪が男の子を出産した。錦人はその子を久我想司(くが そうじ)と名付けた。紗雪はこの名前があまり気に入らなかったようだが、何も言わなかった。どのみち自分が産んだ息子であり、久我夫人の座は自分のものなのだから、それで十分だった。錦人は息子に金だけは惜しまなかった。最高級の粉ミルク、最高級のおもちゃ、最高級の服を買い与えた。しかし、息子を抱き上げることは一度もなく、その様子を気にかけることもなかった。三年目、錦人の会社でトラブルが起きた。競合他社にコアチームを引き抜かれ、株価が暴落したのだ。会社で三日三晩を過ごし、帰宅した時には目を真っ赤に充血させていた。紗雪が温かい夜食を作ってくれたが、一口食べただけで箸を置いた。「おいしくない?」錦人は何も言わず、二階へ上がって眠りについた。四年目、息子の二歳の誕生日。久我家は盛大なパーティーを開いた。親戚や友人が集まり、一日中賑やかだった。夜になり客が帰ると、錦人は一人書斎に座り、あの写真を眺めていた。娘の二歳の誕生日の写真だ。ケーキには二本のろうそく。娘は彼の膝の上に座って、目を細めて笑っている。慈乃が傍らで、スマホを構えていた。「こっち見て、笑って……」シャッターが切られる瞬間、娘が振り向いて彼の頬にキスをした。写真はブレてしまったが、そのブレた一枚を、彼はずっと大切にしていた。スマホを手に取り、今日の写真をスクロールする。息子が同じ場所に座り、紗雪に抱かれて、無邪気に笑っている。見ているうちに、彼はスマホの画面を伏せた。六年目、紗雪が不満を漏らし始めた。帰りがどんどん遅くなること。息子と遊ぶ時間が少なすぎること。自分への態度がどんどん冷たくなっていること。「外に別の女を作ったの?」錦人は彼女を見た。この台詞には、聞き覚えがある。昔、慈乃も同じことを聞いた。あの時、何と答えただろう。「馬鹿なことを言うな。紗雪はただの妹のような存在だ」今思えば、あの答えは本当に滑稽だった。「いない」彼は言った。紗雪は信じなかった。彼のスマホ、スケジュール、通話履歴をすべてチェックし始めた。ある時、パスワードのかかったアルバムを見つけ、パスワードを聞いてきた。「教える気はない」「なんで?見られたらマズいもの
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第8話
プロジェクトが終わったその日、北嶺は風が強かった。私は施設の入り口に立ち、あの重い鉄の扉がゆっくりと開くのを見ていた。七年。私がこの土地から足を踏み出すのは、これが初めてだった。「白川教授、お車の準備ができております。今夜の祝賀会には本当にご出席されないのですか?」助手が小走りでやって来た。「ええ」私は首を縦に振った。「家族のところへ帰りたいの」飛行機が着陸した時には、もう夕暮れだった。スーツケースを引いて空港のゲートを出る。見慣れた街の灯りを目にしたが、思っていたほど心は動かなかった。七年。人が何度も死ねるほどの時間。そして、一度生まれ変わるのにも十分すぎる時間だった。私は西ノ森霊園へ向かった。夕日が墓石を温かなオレンジ色に染めている。墓石に刻まれた娘の名をそっと指先でなぞった。目を閉じれば、七歳のままの娘が目を細めて笑い、小さな八重歯を覗かせている姿が浮かぶ。「ごめんね。お母さん、こんなに長く会いに来られなくて」私はあのソフビ人形を墓前に置き、他のお供え物と並べた。「お母さんね、すごいことをしてきたのよ。たくさんの子供たちを救ってきたの」私は小さな声で語りかけた。「あの子たちはあなたじゃないけど……でも、あなたがいたら、きっと誇りに思ってくれるって、お母さん信じてる」風が吹き抜け、霊園の松の木がざわざわと鳴った。私はそこに座って、長いこと話し続けた。太陽が完全に沈み、月が昇るまで。最後に立ち上がり、スカートの土を払った。「これからは何度でも会いに来るから。お母さん、約束するね」その後、私は市内で小さなアパートを借りた。十八畳ほど。一人で暮らすにはちょうどいい広さだった。十一月に入ると、私の記憶にあるよりもずっと早く大雪が降った。外で買い物を済ませて帰る途中、知らない番号からの電話を何気なく取った。「もしもし?」向こうは数秒黙っていた。それから、声が聞こえてきた。「慈乃」錦人だ。私は雪の中に立ったまま、その声を聞いていた。ふと、ひどく遠く感じた。まるで前世の出来事のようだ。「慈乃、君なのか?」彼の声は少し震えていた。「戻ってきたって聞いて、俺……」私は電話を切った。その番号を着信拒否に設定した。そして、
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第9話
「また何か用?」彼はそこに立ち尽くし、まるで悪さをした子供のように、どうしていいか分からない様子だった。「慈乃、悪かった」私は彼の目を見つめた。「ここで謝っている暇があるなら、あの子を死なせた犯人がちゃんと刑務所に入ったかどうか、教えてくれない?」彼の顔が一瞬で真っ白になった。「そうよね、あの女の息子ももう六歳だもの。手放せるわけないわよね」私は彼を避けて、朝食の店へ向かった。数歩進んだところで足を止めた。振り返りはしなかった。背後からは、何の音も聞こえなかった。ふと、何年も前の、同じような雪の日を思い出した。娘を抱いて幼稚園の門の前に立ち、錦人が迎えに来るのを待っていた。ずっと待った。髪に雪が積もるまで。娘が寒さで足踏みし始めるまで。それでも、彼は来なかった。電話越しに、彼はこう言った――「紗雪が落ち込んでるから、郊外へ雪景色を見に行っているんだ」娘が私を見上げて聞いた。「お母さん、お父さんはどうして来ないの?」私は答えた。「お父さんは用事があるのよ」娘はまた聞いた。「私がいい子じゃないから、お父さん私のこと嫌いになっちゃったの?」私はしゃがみ込んで、娘を強く抱きしめた。「違うわよ、あなたは世界で一番いい子よ。お父さんは……ただ忙しすぎるだけなの」今思えば、あの時すでに気づくべきだった。本当に大切に思っている相手なら、どんなに忙しくても時間は作れる。いつも時間がないと言うのなら、理由は一つだけ――あなたがそれほど大切じゃないということ。私はコンビニに入り、温かいコーヒーとおにぎりを買った。店員は気さくな中年の女性で、おにぎりを袋に入れながら話しかけてきた。「お嬢さん、外にいるの旦那さんかい?ずっと立ってるみたいだけど、中に入って暖まるよう呼ばなくていいのかい?」「違います」「え?」「元夫です」店員は一瞬きょとんとしたが、それから深く頷いて、それ以上は聞いてこなかった。私は店内のイートインスペースでゆっくりと食べながら、ガラス窓越しに錦人を見ていた。彼はまるで雪の彫刻のように、風雪を浴びながら微動だにしなかった。朝食を食べ終え、追加でもう一つおにぎりを買い、店を出た。彼はまだそこにいた。私が出てくるのを見て、一歩前に出た。
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第10話
紗雪は錦人以上にひどく老け込んでいた。顔には皺が刻まれ、肌はくすみ、目の下には濃いクマが浮かび、全身から疲労と怨念が滲み出ていた。まさか私に会うとは思っていなかったらしく、一瞬呆然とした後、顔に引きつった作り笑いを浮かべた。「本当に慈乃さんだ。いつ帰ってこられたんですか?」私は無視して、トマトを選び続けた。彼女はカートを押して近づき、私の隣に立った。「慈乃さん、こんなに長い間会っていませんでしたけど、お元気でしたか?」「ええ、とても」「そうですか、それならよかった……」彼女はカートの持ち手をそわそわと撫でた。「慈乃さん、あの……錦人には会いましたか?」私は答えなかった。「慈乃さんが私を恨んでいるのは分かっています。でも……でも、私と錦人は本当に愛し合っていて、私たちは……」「あなたたちが愛し合っているかどうかなんて、私には関係ないわ」彼女は呆気に取られた。「慈乃さん、怒ってないんですか?」私はトマトを選び終えてカートに入れ、背筋を伸ばして彼女を見た。「瀬戸さん。私、あなたに一つだけ感謝していることがあるの。何だと思う?」彼女は怪訝そうな顔をした。「あなたのおかげで、はっきり分かったの。誰が救いようのない無価値な人間なのかを」彼女の顔色が変わった。「どういう意味ですか?」「言葉通りの意味よ」私は彼女の目を真っ直ぐに見据えた。「あなたと久我さんは、本当にお似合いの二人だってこと」私はカートを押して歩き出した。数歩進んだところで、彼女が背後から叫んだ。「白川!自分がそんなに偉い人間だとでも思ってるの!?七年も家を空けて、自分の夫をほったらかしにして、よくもノコノコと……」私は歩き続けた。彼女の金切り声は次第に遠ざかり、スーパーの喧騒の中に消えていった。夜、家に帰るとスマホが鳴った。知らない番号だ。電話に出ると、紗雪の泣き声が聞こえてきた。「慈乃さん、お願いです、錦人を返してください……錦人、毎日慈乃さんのところに行って、家にも帰ってこないんです……息子に『パパはどこ?』って聞かれても、私、なんて答えたらいいか……」その泣き声を聞きながら、何年も前のことを思い出していた。あの時も私は、電話で錦人に帰ってきてほしいと頼んでいた。娘が熱を出して
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