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夫はオープン・マリッジを望んでいる
夫はオープン・マリッジを望んでいる
Author: Lunaink

Chapter 1

Author: Lunaink
last update publish date: 2026-08-18 03:29:52

エレナ視点

高価な葉巻と、明らかに私のものではない花の香水の匂いが、重い扉を押し開けた瞬間、私の鼻を突いた。

目の前に広がった光景を考えれば、凍りついたり叫び声を上げたりしなかったことのほうが不思議だった。

身体の中が奇妙なほど空っぽになったように感じた。まるで肺から空気をすべて吸い出されたかのように、耳の奥には冷たく響く静寂だけが残っていた。

ジュリアンはそこにいた。

先月、私たちの記念日のために私が選んだシルクのシーツの上に、だらしなく身体を預けていた。

けれど、彼は一人ではなかった。

金髪の若い女は、まったく動じる様子もなく、私を見ても毛布に手を伸ばそうとすらしなかった。

「ジュリアン」

そう呟いた。

自分でも驚くほど、私の声は平坦だった。冷たく、感情がなかった。

彼は飛び上がることもなければ、自分のしたことについて慌てて言い訳することもしなかった。

ただ肘をついて身体を起こし、裸の胸をさらしたまま、私を見つめていた。

かつては私の心臓を跳ねさせた冷たい灰色の瞳。

今では、ただ肌が粟立つだけだった。

「早かったな、エレナ」

彼は言った。

あまりにも退屈そうな声だった。

「今日は私たちの記念日よ」

私は思い出させるように言った。

手は固く握りしめられ、爪が手のひらに食い込んでいた。

「あなたが具合を悪くしたって、あなたの秘書から聞いたから、心配でガラを途中で抜けてきたのよ」

ジュリアンは短く、鋭く笑った。

そしてナイトテーブルに置かれていた腕時計を手に取り、まるで妻と愛人が同じベッドにいることについて話すのではなく、これから仕事の会議にでも向かうかのように、悠々と腕に巻いた。

「大げさにするな」

彼は言った。

「もう何度もこの話はしてきただろう。涙は君には似合わない。それに、泣いたところで何も変わらない」

「この半年で三回目よ、ジュリアン。しかも全部、この家で。このベッドで」

彼は立ち上がった。

背が高く、威圧的な姿で私へと歩いてくる。

そして、私からわずか数センチのところで足を止めた。

「ベッドはただの家具だ」

彼は言った。

それから背後の女を漠然と指差した。女は今や何事もなかったかのようにスマートフォンをスクロールしている。

「それに、これは?」

ジュリアンは肩をすくめた。

「ただの生理的欲求だ。俺は能力の高い男だ。君の『献身』だけじゃ満たされないこともある」

何かが、私の中でぷつりと切れた。

心が壊れた音ではなかった。

そんな痛みなら、もう何度も味わってきた。今では、その痛みにすら慣れてしまっていた。

「離婚したい」

私は囁いた。

ジュリアンはゆっくりと、見下すように唇を歪めた。

「君はそんなこと望んでない」

「父親の会社のことを考えろ。俺たちの婚姻契約に紐づいている株のこともな。離婚すれば、君はすべてを失う。社交界からも爪弾きにされるし、ブランド物のバッグ一つ買えない程度の銀行残高しか残らないぞ」

彼はさらに一歩近づき、私の髪を一房つまんで耳にかけた。

その指先は氷のように冷たく感じた。

「もっといい案がある」

彼は言った。

「もうふりをするのはやめよう。カメラの前では夫婦でいればいい。契約のためにもな。だが、私生活は別々にする」

彼は少し間を置いた。

「オープン・マリッジだ、エレナ。俺は好きなことをする。君は……君がしたいことをすればいい。絵でも描いて、買い物でもしていろ。俺は何も聞かない。何も気にしない」

「あなたが好き勝手に他の女と出ていくのを、私はただ見ていろっていうの?」

「大人になれ!」

彼は苛立ったように吐き捨てた。

「世界はおとぎ話じゃない。条件を受け入れろ。それが、今の生活を維持する唯一の方法だ」

彼は私に背を向け、まるで長居しすぎた使用人を追い払うかのように、私を無視した。

「さあ、出ていけ。俺たちはまだ終わってない」

私は部屋から後ずさった。

心臓が肋骨を激しく叩いていた。

けれど、客室には向かわなかった。

泣きもしなかった。

まっすぐ自分の書斎へ向かい、ドアに鍵をかけ、そのまま背を預けた。

家の静寂が重く、息苦しく感じられた。

五年間。

私は完璧な妻という役割を演じ続けてきた。

「残業」も、「出張」も許してきた。

それらが仕事とは無関係だと知っていたのに。

自分の尊厳を犠牲にしてまで、彼の評判を守ってきた。

ジュリアンは私が弱いと思っていた。

私の彼への愛が、永遠に私を閉じ込めておく檻になると思っていた。

彼はオープン・マリッジを望んだ?

いいわ。

望みどおりにしてあげる。

私は机に座り、ノートパソコンを開いた。

指は震えていなかった。

弁護士を探したわけではない。

――まだ。

離婚すれば自分が破滅するという点では、ジュリアンの言うことは正しかった。

だから、私は別の形の自由を手に入れる必要があった。

私は、クラブの女たちが密かに、そしてスキャンダラスな話題として囁いていたサイトのアドレスを入力した。

その名は――THE OBSIDIAN TIER。

出会い系サイトではない。

「コンパニオン」を求める人々のための、エリート向けエージェンシーだった。

私はプロフィールをスクロールした。

高画質の写真に映る男たちは、まるでギリシャ神話の神々のようだった。

説明欄には、徹底した秘密厳守と「完全な気配り」を約束する言葉が並んでいる。

ジュリアンは、自分だけが私の「生理的欲求」を満たせると思っている?

私を、彼が気が向いたときだけ手に取る、棚の上の磁器人形だと思っている?

私は一つのプロフィールをクリックした。

男の名前は、カイ。

黒髪。

世界中の秘密をすべて知っているかのような、病的なほど美しい瞳。

そして、無精ひげ。

値段は高かった。

――とんでもなく高かった。

私は迷わなかった。

今夜の予約フォームに必要事項を入力する。

場所:セント・レジス・ホテル ペントハウス

時間:午後11時

備考:一晩だけ。何のしがらみもなし。

私はジュリアンが管理していない個人口座からデポジットを支払った。

画面に「予約確定」の文字が表示された瞬間、アドレナリンが身体を駆け巡った。

それは、さっき感じたどんな悲しみよりも鋭かった。

私は立ち上がり、ドレッシングルームへ向かった。

保守的なガラドレスを脱いだ。

ジュリアンが「品格がある」と気に入っていたドレスだった。

私はそれを床へ放り投げ、クローゼットの奥へ手を伸ばした。

そして、一度も着る勇気が持てなかった、ミッドナイトブルーのシルクのスリップドレスを取り出した。

メイクも正確に仕上げた。

濃いアイライン。

大胆な赤い唇。

鏡の中の自分を見つめる。

そこにいる女性が、私には分からなかった。

彼女は――自分でも驚くほどセクシーだった。

午後10時45分。

私は階下へ降りた。

ジュリアンはリビングルームにいた。

手にはスコッチのグラスを持ち、財務報告書を読んでいる。

彼は顔を上げ、私の服装を頭から足元まで眺めた。

ほんの一瞬、驚きがその目に浮かんだ。

けれど、すぐにいつもの傲慢な表情へ戻った。

「出かけるのか?」

彼が眉を上げた。

「あなたが自分で言ったんでしょう、ジュリアン」

私はクラッチバッグを手に取った。

「私たちは今、そういう取り決めになったのよ。私もオープン・マリッジの『オープン』な部分を試してみるわ」

ジュリアンは鼻で笑い、首を振った。

「エレナ、無理するなよ。君は反抗なんてするタイプじゃない。どうせ映画でも観に行って、真夜中までには帰ってくるんだろ」

「待たなくていいわ」

私はそう言った。

声は揺れていなかった。

そして玄関を出て、待っていた車に乗り込んだ。

冷たい夜の空気が、まるで生まれ変わったような感覚を与えてくれた。

セント・レジスに到着すると、コンシェルジュが私を直接ペントハウスへ案内した。

心臓は高鳴っていた。

けれど恐怖からではない。

期待からだった。

ジュリアンの裏切りの記憶を、この一晩で身体の中から焼き払ってやる。

私は4002号室のドアの前に立った。

深く息を吸い、キーカードをかざした。

ドアが開く。

スイートは薄暗く、床から天井まで続く窓から差し込む街の光だけが室内を照らしていた。

一人の男が窓辺に立っていた。

私に背を向けている。

背が高く、仕立ての良い黒いスーツを身にまとっている。

その服は、広い肩幅にぴったりと沿っていた。

ドアが閉まる音とともに、彼が振り返った。

間近で見るカイは、写真で見るよりもさらに目を奪われるほど魅力的だった。

とても「男娼」には見えない。

彼は笑わなかった。

ただ、私をじっと見つめていた。

その集中した眼差しに、私は息を呑んだ。

「スターリング夫人?」

低く滑らかなバリトンの声だった。

「エレナ」

私は訂正した。

彼は私へ歩み寄った。

その動きは流れるようで、自信に満ちていた。

私のパーソナルスペースのすぐ外側で足を止める。

彼の香りが室内を満たした。

サンダルウッドとシダー。

不思議な組み合わせだった。

けれど、彼にはそれがよく似合っていた。

「緊張しているな、エレナ」

彼が優しく言った。

「セラピーを受けに来たんじゃないわ」

私は平静を保とうとしながら言った。

「お金は払った。私は、自分が買ったものを求めているだけ。今夜は、この部屋の外にあるすべてを忘れたいの」

カイが手を伸ばした。

指先が私の顎の輪郭をなぞる。

その手は温かかった。

ジュリアンとは正反対だった。

彼は私の顎を持ち上げ、私にその暗い瞳を見つめさせた。

「これは何のためだ?」

彼が尋ねた。

「関係ある?」

「ない」

彼は囁いた。

親指が私の下唇を撫でる。

「だが、何かを始めるなら、君には覚悟をしてほしい」

彼はさらに低い声で続けた。

「始まったら、俺は一瞬たりとも他の誰かのことを考えさせない」

私は彼を見つめた。

夫のプライドを傷つけるための武器として、自分で雇った男。

ジュリアンの傲慢な顔。

私のベッドにいた金髪の女。

そして、「完璧な妻」であり続けた年月。

それらすべてが頭をよぎった。

何年ぶりだろう。

私は初めて、誰かに期待されたことではなく、自分自身のために何かをしようとしていた。

私は被害者ではない。

火をつけるマッチを握っているのは、私だった。

そして、古い人生が燃え落ちていくのを、この目で見届ける準備はできていた。

ジュリアンはオープン・マリッジを望んだんでしょう?

なら、扉を開けたとき、その向こうから何が入ってくるのか、自分で決められないことを思い知ることになる。

「彼なんて存在しない」

私は言った。

カイの腕が私の腰を強く抱き寄せ、身体がぴったりと重なる。

「それならいい」

彼は囁いた。

「始めよう」

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