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第161話

Author: かおる
「今ならちょうど引き下がる口実があるんだ。

ここで手を打っておけばいい」

「今回の大会は録画されてネットにアップされる。

自分の醜態が永久に残って、世間の笑い草になるのを望んでるのか?」

「むしろ清子に感謝すべきだな。

彼女のおかげで、あんたは大恥をかかずに済むんだから!」

勇の厚顔無恥な言葉に、彩香は呆れ果てた。

「つまり何?

清子が星にコーヒーをぶちまけたのは正しいってこと?

私たちが彼女にお礼を言うべきだと?」

勇は得意げに言い放つ。

「そうさ、礼を言いたければ受けてやる。

だがな、自分の演奏が上手くいかなかったときに、うちの清子のせいにするのはやめろよ。

その責任は負わないからな」

そのとき、清子がそっと勇の袖を引いた。

「勇、やめて。

わざとじゃなかったにせよ、この件は確かに私の落ち度だわ......」

「清子、お前は優しすぎるから、人に好き放題つけ込まれるんだ」

勇は冷ややかに星を睨みつけた。

「星、もういい加減にしろ。

清子は謝ってるんだ。

いつまでもしつこく蒸し返すな」

「これ以上揉めて清子と翔太くんの演奏に影響したら、俺は絶対に許さないからな!」

彩香は呆気にとられ、思わず星に囁いた。

「星、こいつらって、いつもこうやって事実をねじ曲げるわけ?」

星は平然と頷いた。

もはや慣れきっている様子だった。

彩香はため息をつく。

「もし自分の目で見てなければ、絶対に信じられなかったわよ。

この世に、見た目より心根の曲がり方のほうがひどい人間がいるなんて」

だが勇は少しも悪びれず、むしろ居丈高に言い返す。

「俺は事実を言ってるだけだ!」

星は静かに告げた。

「さっきの発言、録画したわ。

ネットに流して、みんなに判断してもらおうか?」

その瞬間、勇の顔色が変わる。

「やめろ!

ネットには上げるな!」

星は首を傾げた。

「どうして?

自分の言い分が世間に叩かれるのが怖いの?」

「そ、そんなわけあるか!」

勇は慌てて反論する。

「ただ......ここには子どももいるんだぞ。

大人の揉め事に子どもを巻き込んで、変な噂を立てられたらどうする!」

彩香は鼻で笑った。

「安心して。

子どもは一人も撮ってないわ。

映してるのは大人だけ。

あ、それとね、無関係の人は全員モザイク処
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