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第1125話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1126話
相川言成が息を引き取る少し前、モーターボートの上で、杏奈は自動運転ボタンを押した後、床にへたり込んでいた。頭の中が真っ白になり、何も考えることができず、振り返る勇気もなかった......両手の腱を切断された大西渉は、痛みをこらえながら、彼女の手の甲に手を重ねた。「杏奈、怖がるな。安全な場所に着いたら、俺が人を送って言成を助ける......」彼は分かっていた。杏奈は本当は銃を撃ちたくなかったのだ。しかし、相川言成があまりにも酷いことをしたので、彼女は銃を撃つしかなかったのだ。相川言成が、大西渉の目の前で自分を犯したことを思い出すと、杏奈は自分が汚れてしまったように感じ、慌てて立ち上がり、モーターボートの中へ入った。「薬はある？メスは？ガーゼは？」腱を繋ぐのは一刻を争う。すぐに医療器具を見つけ、大西渉を治療しなければ、彼の両手は二度と使えなくなってしまう。彼女は焦燥感に駆られ、モーターボートの中にあるものを必死に探していた。まるで何かを探しているかのように見えたが、実際は、彼女自身も、自分が何を探しているのか分からなくなっていた。大西渉は、慌てふためく彼女の後ろ姿をじっと見つめていた。しばらくして、彼はふと尋ねた。「杏奈、もしかして、まだ言成を愛しているのか？」相川言成が心配で、こんなに取り乱しているのだろうか？がむしゃらに物を探していた杏奈は、突然動きを止め、ためらうことなく答えた。「もう、彼のことは愛していない」彼女はそう言うと、落ち着きを取り戻し、隅に置かれた救急箱を見つけた。モーターボートに常備されている救急箱だった。彼女は止血剤とガーゼを取り出すと、大西渉の元へ駆け寄り、急いで止血した。震えていた彼女の手も、徐々に落ち着きを取り戻していった......「岸に着いたら、すぐに病院に行こう」大西渉は杏奈を見上げた。「言成は......」杏奈の顔色が、さらに悪くなった。「彼は優秀な医者だわ。きっと、大丈夫でしょ」幼い頃から医学の天才と呼ばれていた相川言成の医療技術は、自分や大西渉とは比べ物にならないほど高度なものだった。きっと、あんなに大きな邸宅には、メスや薬が用意されているはずだ。相川言成のような男が、このまま簡単に死ぬはずがない。彼はきっと、彼自身を助けるだろう。そうに違いない。杏奈はそ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1125話
光に照らされた杏奈の美しい後ろ姿を見て、相川言成は彼女が怯えているのだと思い、無理やり立ち上がった。「杏奈、振り返れ」彼の声に、杏奈は思わず振り返った。いつの間にか上着を着て、穏やかな笑みを浮かべている相川言成がそこに立っていた。「お前は誰も殺していない。俺も、大丈夫だ」彼女が信じないと思ったのか、相川言成は血まみれの体で彼女の前に立った。「俺は医者だ。自分で止血できる......」彼は大きな手で、愛情と名残惜しさに満ちた表情で、杏奈の顔を撫でた。「怖がるな。行け......」杏奈は彼を数秒間見つめた後、心を鬼にして振り返り、大西渉の手を引いて、鳥籠の部屋を出て行った......ドアを開けた瞬間、杏奈の体に太陽の光が降り注いだが、彼女は温かさを感じなかった。ただ、硬直した体で、大西渉の手を引いて、階段を駆け下りていった......大西渉は邸宅を出る時、屋上の方を見た。ちょうど、窓際に立っている男の姿が見えた。彼の表情は分からなかったし、彼が死ぬかどうかも分からなかった。ただ、もう杏奈に地獄の扉が開くことはないだろうと感じていた......モーターボートに乗り込む二人を見つめながら、相川言成は、杏奈が振り返ってくれることを期待していた。しかし、最後まで、彼女は振り返らなかった。やはり、杏奈が自分を愛していないというのは、本当だった......それに気づいた瞬間、無理やり立っていた彼の体は、窓ガラスに沿って、ゆっくりと滑り落ちていった。鮮血が、彼の服とズボンを染め、床のカーペットにも広がっていった......相川言成は窓ガラスにもたれかかり、血まみれの指で、銃弾で撃ち抜かれた胸を触った。杏奈、心臓が破裂した。もう助からない。だが......お前が騙した分、自分もお前を騙した。これでチャラだ。彼はどんよりとした目で、窓から差し込む光を見た。しかし、光は彼を通り過ぎ、他の場所に降り注いでいた......光の当たる場所に行きたかったが、もう力が出ない。彼は暗闇の中で、自分の血が流れ出ていくのを、ただじっと見つめていた......意識が途切れる寸前、相川言成の脳裏に、杏奈との思い出が走馬灯のように駆け巡った......幼い杏奈が、彼の後をついて回っていた。彼がどんなに嫌な顔をしても、彼女はいつも
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1124話
血が相川言成の白いシャツを赤く染めていくのを見て、杏奈は銃を握る両手を震わせていた。屈辱に耐えかねて震えているのか、恐怖で震えているのか、とにかく、彼女は混乱し、正気を失っていた......「杏奈......」大西渉の、驚きを込めた優しい声が聞こえ、杏奈は震える手で銃を投げ捨て、彼の方を見た......「大、大丈夫。もう大丈夫......」彼女は相川言成を見る勇気もなく、うつむいたまま、狂ったように相川言成の前に駆け寄り、何も言わず、彼が血を流しているのも構わず、手錠の鍵を探した。彼女が焦って鍵を見つけられないでいると、血まみれの手が震えながら鍵を握り、彼女の手に差し出した......弾丸は相川言成の心臓を貫通していた。彼は声が出なかった。ただ、杏奈の青白い顔を見つめていた......杏奈は震える手で鍵を受け取ると、相川言成を見ようともせず、大西渉の方へ走っていった......彼女が振り返った瞬間、相川言成は力尽きて片膝をつき、胸を押さえていた手を床に落とした......相川言成は、杏奈が大西渉の手錠を外し、優しく彼を支え、彼の両手を包み込む様子を見ていた。背を向けている杏奈の表情は見えなかったが、彼女の仕草から、彼女が大西渉を心配していることが伝わってきた......彼女は大西渉を大切に思っている。やはり、大西渉を愛していないという言葉は嘘だった。自分はまた、彼女に騙されていた......相川言成は床に広がる血を見て、目を伏せた。これで良かったのかもしれない。自分が死ねば、もう誰も杏奈を邪魔することはできない。彼女は愛する男と共に、安らかに、幸せに生きていけるだろう......ただ、杏奈、お前が作ってくれると約束した豚の角煮、まだ食べていないのに。杏奈が大西渉を支えながら外へ出ようとした時、足が血溜まりを踏んだ。強い粘り気を感じ、彼女が足を止めたその瞬間、力尽きて倒れていた相川言成が、彼女の足首を掴んだ......彼女は彼を見下ろそうとはしなかった。涙で潤んだ目で、ドアの方を見た。夜が明けて、明るい光がドアの隙間から差し込んでいた......あのドアを出れば、地獄から抜け出せる。なのに、なぜか、足は、根が生えたように、動かなくなってしまった......相川言成は彼女の手首を掴み、か細い声で言った。「杏
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1123話
そんな懇願は、相川言成には何の効果もなかった。むしろ、彼の憎しみを増幅させるだけだった。悪魔は、一度誰かを憎むと、その者を徹底的に苦しめる......相川言成は杏奈を罰しているように見えたが、実際は、大西渉を罰していた。この島に突然現れた邪魔者を、とことん苦しめてやりたいのだ。最初、杏奈はまだ抵抗していたが、絶望してしまうと、動かなくなった。まるで死体のように、鉄格子に貼り付けられたまま、相川言成に弄ばれるがままだった。相川言成は行為を終えると、ゆっくりとズボンのチャックを上げた。そう、彼は杏奈を抱く時、服もズボンも脱がなかった。杏奈の服も脱がせなかった。ただ、彼女のズボンを下ろしただけで、終始大西渉に背を向け、大きな体で杏奈の体を見えないようにしていた。彼はまるで、スーツを着た野獣のようで、卑劣な行為をしながらも、他の男に杏奈の体を見られることを嫌がっていた。救いようのない変態だった。この獣は、杏奈の乱れた服を整えると、彼女を鉄格子から解放した。力尽きた杏奈は、彼の支えがないまま、鉄格子に寄りかかり、床にへたり込んだ。泣き腫らした目で、大西渉を見ることさえできなかった......鳥籠に繋がれたままの大西渉は、真っ青な顔の杏奈を見て、乾いた涙が再び頬を伝った......相川言成はしばらく杏奈を見つめた後、振り返ってドアの方へ歩いて行った。鳥籠を出ようとした時、杏奈のかすれた声が聞こえてきた——「言成、私をここから出して」その言葉に、相川言成は立ち止まり、杏奈の言葉の意味が理解できないようだった。彼はゆっくりと振り返り、床に座り込んでいる杏奈を見つめた......杏奈は細い指で涙を拭うと、顎を上げて、長身の相川言成を見た。「あなたは、私と一ヶ月一緒にいたいと言ったわよね？」彼女は、繋がれていない方の手を差し出した。「私を下へ連れて行って。豚の角煮を作ってあげる」相川言成の険しい表情が、少し和らいだ。「約束を覚えているのか？」「ええ」杏奈は頷き、優しい笑みを浮かべた。「私が先にあなたを愛していると言ったのだから、約束を忘れるはずがない」相川言成は、杏奈に裏切られた経験があったが、それでも彼女を信じることにした。彼はためらうことなく、杏奈の前に歩み寄った。鍵を取り出しながら、相川言成は
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1122話
泣き叫ぶ杏奈の声に、大西渉はゆっくりと顔を上げた。額から流れ落ちる汗がまつ毛にかかり、視界を遮っていた。しかし、彼は、泣き崩れる杏奈が鳥籠に繋がれているのを見た。彼女は必死に手錠を外そうとしていたが、どうしても外れない。そんな彼女の無力な姿を見て、大西渉はゆっくりと、ゆっくりと、笑みを浮かべた......「杏奈、怖くない。大丈夫だ......」あんなに苦しんでいるのに、それでも自分を慰める大西渉の姿を見て、杏奈はたまらない罪悪感に襲われた。彼女は狂ったように手錠を引きちぎり、手首から血が流れ出ても、拘束から逃れることはできなかった......相川言成は、愛し合う二人を見て、冷笑した。「やはり、お前たちは愛し合っているのだな......」杏奈が大西渉のために、あんなに泣き崩れるとは。よほど愛しているのだろう。相川言成はナイフを投げ捨て、ゆっくりと杏奈の前に歩み寄り、彼女を見下ろした。「杏奈、胸が引き裂かれるような思いは、どうだ？」自分と同じように、苦しいか？赤い目で、血まみれになった大西渉の手を見つめていた杏奈の瞳の光が、消え失せた。そこには、生きる希望を失った虚無感だけが残っていた......彼女が自分を見ようとしないことに、相川言成の怒りはさらに増した。大柄な彼は、杏奈の顔に手をかけた。顔を無理やり上げさせても、杏奈は彼を見ようとはしなかった。生気のない瞳は焦点が定まらず、彼を見ているようで見ていない。大西渉が傷つけられたことで、彼女は完全に心を閉ざしてしまったようだった......杏奈が大西渉をそこまで愛しているのを見て、相川言成は嫉妬に狂い、杏奈を突き飛ばした。勢い余って、杏奈の後頭部が鉄格子にぶつかり、大きな音がした......自分がやりすぎたことに気づいた相川言成は、慌てて杏奈を心配しようとしたが、大西渉の声の方が早く聞こえてきた。「杏奈、大丈夫か？」その焦った声に、相川言成は手を引っ込めた......後頭部を打って少し頭がぼーっとしていた杏奈が、首を横に振ろうとしたその時、大西渉が相川言成を怒鳴りつける声が聞こえた。「この強姦魔！杏奈を傷つけ、誘拐し、今また暴力を振るうとは。それでも男か？！」相川言成の整った顔に、不気味な笑みが浮かんだ。彼はゆっくりと振り返り、鳥籠に繋がれている大西渉を見た。「
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1121話
相川言成は大西渉を鳥籠の部屋に引きずり込むと、4つの手錠を使って、彼の手足を鳥籠の鉄格子に固定した。大西渉の顔は鳥籠の内側を向いており、中の様子がよく見えた。けれど相川言成が何をしようとしているのか、なぜ大西渉をこんな風に縛り付けるのか、誰も分からなかった。杏奈はテーブルの上にある銃を取ろうと歩みを進めたが、相川言成に手首を掴まれ、鳥籠の中に投げ込まれた。彼は手錠を取り出しながら、杏奈の目を見つめて言った。「俺と一ヶ月一緒にいるか、それとも、あいつと一緒にここに残るか、どちらか選べ」杏奈は、充血した目で相川言成を見つめ、そして手錠を見て、首を横に振った。「言成、やめて。彼らが私を見つけたら、あなたは長い間、刑務所に入ることになるわ」相川言成は冷笑した。「俺が刑務所に入ることを恐れていたら、お前をここに連れてきていない......」彼は冷たい指で杏奈の顎を持ち上げた。「どっちだ？」杏奈は大西渉を一人残していくことはできなかったので、後者を選んだ。「私を解放するつもりがないのなら、彼と一緒にここに閉じ込めて」どっちを選んでも、この部屋から出ることはできない。どうせ、相川言成に支配されるのなら、ここで大西渉と一緒にいた方がマシだ。彼女の答えに、相川言成の心は凍りついた。胸が張り裂けるような痛みが、彼を襲った。目が赤くなった彼は、杏奈をじっと見つめ、歯を食いしばって尋ねた。「お前は......そんなに彼のことが好きか？」そんなに彼のことが好きか？生きるチャンスを捨ててまで、鳥籠の中に閉じ込められても、瀕死の医師の傍にいたいと？なのに、彼女はかつて、自分のことを一番愛していたはずだ。子供の頃からずっと。どんなに彼女を蔑ろにしても、彼女を笑っても、彼女をいじめても、彼女は自分を愛していたのに、どうして大人になったら、こんなに早く他の男を好きになるのだろうか？杏奈は相川言成の質問に答えず、両手を差し出して冷たく言った。「閉じ込めるなら、閉じ込めて。無駄な話はしないで」今更、愛だの愛じゃないだのと言っても、無駄だ。むしろ、滑稽に聞こえる。彼女が彼を愛していた時、彼は彼女を愛さず、ひどい仕打ちをした。今更、愛を語る資格など、彼にはない。相川言成は長いまつ毛を伏せ、充血した目を隠してから、彼女の白い手を見た。「杏奈、言ってくれ
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