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第1140話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1142話
杏奈は言い終わると、大西渉が口を開くのを待たずに立ち上がり、その場を去った。その決断力は、相川言成を撃った時と同じだった。杏奈は優柔不断な性格ではなかった。一度決めたことは、はっきりと相手に伝え、その後は関係を断ち、二度と関わらなくなる。しかし、大西渉は杏奈がこのまま自分との関係を断ち切るとは思っていなかった。少なくとも、自分の手が完全に治るまでは、今まで通り気に掛けてくれるだろう。杏奈にとって、自分はやはり大切な人だった。恋人というほどではないにしろ、赤の他人というわけでもない。大西渉は杏奈の性格をよく理解していたので、彼女の背中を見つめながら、ゆっくりと口を開いた――「杏奈、もしあの時俺がお前を迎えに行かなければ、お前は言成と島で1ヶ月仲良く過ごしていたのだろうか？」杏奈の足取りはゆっくりと止まったが、振り返ることはなく、数秒間立ち尽くした後、再び歩き出した。杏奈の心の内を知る者は誰もいなかったが、大西渉には分かった。もし自分がいかなければ、杏奈は相川言成と1ヶ月過ごし、その後無事に帰ってきていただろう。結婚届を出した時と同じように、相川言成が彼女を送り届けていただろう......大西渉はベッドの枕にもたれかかり、両親の前で立ち止まっている杏奈の背中を見つめ、顔色が次第に悪くなっていった......自分が間接的に相川言成を死に追いやったのだろうか？杏奈は大西渉の両親に挨拶をし、大西渉に水に濡らさないようにと数言伝えて帰ろうとしたが、呼び止められた。「杏奈、今渉と話していたことは、私たちも聞いていた」大西渉の母の優しい顔に、一瞬迷いの表情が浮かんだが、すぐに決意を固め、杏奈に微笑んで感謝の言葉を述べた。「よく理解してくれてありがとう」彼らはもうこれ以上心配事は抱え込みたくなかった。息子にはこれから穏やかな人生を送ってほしい、こんな波乱万丈な出来事はもう二度と経験してほしくないと思っていた。優しい妻と結婚し、子供を授かり、幸せな家庭を築いてくれればそれでいい。杏奈もとても素敵な女性だ。ただ、大西渉の母は、杏奈のように誰かを深く愛し、そしてその人を自らの手で殺めてしまった女性は、一生その出来事から逃れられないだろうと感じていた......杏奈の心には消えない傷跡が残っていて、息子に安らぎを与えることはでき
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1141話
杏奈は底知れぬ瞳を伏せ、大西渉の包帯が巻かれた手首をじっと見つめた後、ゆっくりと口角を上げた。「渉、私は不吉な女なの。あなたと付き合ってからというもの、あなたは怪我ばかりしている。もうやめた方がいい」大西渉は心臓が大きく揺さぶられた。だが、何故か、杏奈がこのような答えを出すことを予期していたかのように、驚きこそしなかった。ただ......「杏奈、もう言成はいない。誰も俺を傷つけることはできない......」杏奈は視線を逸らし、考え直してくれるのを期待して、大西渉を見上げた。「私は人を殺した。しかも、あなたの目の前で暴行された。この二つの出来事は、私の中で永遠に消えない傷になる......」彼女は他の理由を探そうともせず、直接打ち明けた。実際、相川言成が大西渉の目の前で杏奈を無理やり犯そうとした時から、彼女と大西渉の関係は既に終わっていたのだ......あんな屈辱的な経験をした後、何事もなかったかのように相手と結婚して一生を共に過ごせる人などいるだろうか。他の人なら、きっと二度と顔を合わせることすらできないだろう。杏奈は強い女性だった。少なくとも、平然を装って大西渉の治療をすることができたのだから。「俺は気にしない」大西渉は杏奈を見つめ、瞳には深い哀れみが浮かんでいた。「杏奈、お前はただ追い詰められただけだ。お前のせいじゃない。言成を撃ち殺したことも、過失によるものだ。本当に彼を殺したかったわけじゃない。俺は全て見ていたし、理解している。だから俺は全く気にしない。なのに、どうしてお前は......」杏奈は微笑んだ。彼女の目はまるで夜空に輝く月のようだった。「渉、私が気にするの」杏奈は笑顔で大西渉の言葉を遮り、病室の外に立っている中年夫婦の方を振り返った。疲れきった顔して、髪も真っ白になっちゃってんのを見て、深いため息をついた。「渉、ご両親はもう歳だし。これ以上苦労をかけられないわ。あんなにあなたを愛していて、理解のあるご両親なのに、あなたももう少し彼らのことを考えてあげるべきよ......」杏奈は自分の腹部を撫でた。「ご両親は子供が欲しくなくても構わないと言ってくれているけれど、孫の顔が見たくない親なんていないわ。ご両親がそう言ってくれるのは、あなたを愛しているから、あなたを思いやってくれているから。でも、あ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1140話
大西渉の手術は迅速に行われ、深刻な後遺症もなく、もうかなり回復していた。あと少し療養すれば退院できるだろう。杏奈が入ってくると、大西渉はベッドの傍らに付き添っていた両親に外に出るように促した。彼の両親も察しがいいので、杏奈を一瞥した後、二人に話をさせるように言って席を立った。杏奈は大西渉のベッドの傍らに座り、「今日はどう？手は動くようになった？」と尋ねた。大西渉は頷き、優しい瞳で杏奈を見つめた。「心配しないで。俺の腕はきっと元通りになる」杏奈は大西渉の手を握って状態を確認し、回復具合は良好だと分かると、「回復はするけれど、もう手術はできないかもしれない」と言った。大西渉は気に留める様子もなく、「霜村グループの製薬会社でしばらく働いてみて、手術をするよりも、薬の研究開発の方に興味があることに気づいたんだ」杏奈はそれでも残念そうに言った。「あなたは優秀な外科医なのに、手術ができなくなるのは本当に惜しいわ」大西渉はそれを聞いて、穏やかに微笑んだ。「医者である以上、薬の研究開発でも、手術でも、リハビリでも、結局は病気を治し、人を救う仕事には変わりない。人を救えるなら、何も悔いることはない」最後の言葉が杏奈の耳に届いた瞬間、まるで何かに引き戻されるように、彼女は硬直した。18歳だった相川言成も同じことを言っていた。あの時、彼はポケットに両手を入れて螺旋階段にもたれかかり、静かに家族の進路についての議論を聞いていた......相川幸雄は、相川言成は医者の家系の跡取りなんだから、その才能を無駄にしてはいけないと主張した。相川正義は相川言成はコンピューターの才能があり、金融業界で活躍できる人材だから金融関係の仕事に就くべきだと主張した。二人はこのことで激しく言い争い、結局相川幸雄は相川正義に押し切られ、怒り心頭に発していた。すると、相川言成は相川幸雄を慰めるように言った。「どんな仕事に就いても、人を救うことができる。人を救えるなら、何も悔いることはない」相川言成が相川正義との約束通り、大学で金融を専攻することを承諾したため、相川正義は相川言成が卒業後に後継者となり、正式に相川グループの経営に携わることを決めたのだった。しかし、相川言成は大学卒業するのを待たずに、高校卒業した時にとんでもない過ちを犯した。杏奈を襲わせたのだ。その
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1139話
相川言成の遺骨は、相川正義一家によって国内に持ち帰られた。帝都から伝わってきた話によると、桐生文子は継子に深い愛情を注いでいたらしい。相川正義が相川言成を家の恥だと怒鳴り散らし、盛大な葬儀を行うことを禁じたところ、桐生文子は相川正義と大喧嘩をし、相川言成の評判が悪くても相川家の人間なのだから、立派な葬儀を行うべきだと主張したそうだ。結局、相川正義は桐生文子に押し切られ、葬儀の段取りを彼女に任せた。相川家に弔問に訪れた人々は皆、桐生文子が相川言成の遺影の前で泣き崩れ、相川家の人間に支えられてようやく気を失わずに済んだと話していた。帝都では、桐生文子は最高の継母、相川言成は恩知らずの継子だと噂されていた。これらの噂が杏奈の耳に届いた時、彼女は注射器で薬を注入する作業中で、動作を止めることもなく、表情も特に変わらなかった。まるで死んだ人間への感情が全くないかのように、ただ風の便りに聞いた程度にしか思っていないようだった。パナマから帰国し、大西渉を病院に入院させてからは、彼の傍らで身の回りの世話をしながら、普段通り仕事にも出ていた。やるべき仕事は一切手を抜かず、以前と何も変わらなかった。和泉夕子と白石沙耶香は、杏奈が相川言成のことでひどく落ち込むのではないかと心配していた。しかし、帰国後すぐに白衣を着て仕事に戻り、相川言成の話をしようとしまいと、常に明るい表情でいる杏奈を見て、相川言成がいなくなったことは彼女にとって解放だったのかもしれないと思った。杏奈は二人に、自分の前で相川言成の話を避ける必要はないと言った。彼がいなくなったことで、もう怯えることなく生きていけるのだと。だから弔問にも行かず、相川言成がどこに葬られたのかも一切聞いていない。和泉夕子と白石沙耶香は、そんな杏奈を見てそれ以上何も聞かず、何かあったら必ず連絡するようにとだけ伝え、必要な時は必ず力になると約束した。杏奈は頷き、二人にそれぞれの仕事に戻るように言った......和泉夕子はデザイン画の締め切りが迫っていたし、白石沙耶香はクラブの経営で忙しかった。杏奈はこの間、二人に散々迷惑をかけていたので、これ以上心配をかけたくはなかった。杏奈は注射器を軽く弾いた後、腰をかがめて、子供に笑顔で話しかけながら、子供が気づかないうちに注射を打った。子供は最初は杏奈を見て笑っていたが
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1138話
杏奈は納得がいかず、硬くなった足取りで桐生文子の前に歩み寄り、「おばさん、何を笑っているの？」と尋ねた。桐生文子は笑顔を隠そうともせず、むしろ笑いながら杏奈の髪を撫でた。「杏奈がやっとあの悪魔から解放されたのが嬉しいのよ」まるで杏奈を深く憐れむように、とても優しく杏奈の頬に触れた。「今まで言成のせいであなたがどれだけ辛い思いをしてきたか、私は全部見てきたの。本当に可哀想で仕方なかった。だから彼が死んで、私ももちろん辛いけれど、あなたの解放に比べたら、そんな痛みはどうでもいいの......」桐生文子は杏奈にとても優しく、金銭的にも愛情の面でも惜しみなく与えてきた。杏奈が相川家に来たばかりの頃には、相川正義から渡されていたお金を全て杏奈の口座に移し、何棟もの家も譲渡した。貧しい暮らしをしていた杏奈が、幼い頃から億万長者だったとは、誰が想像できただろうか......杏奈から見ると、桐生文子は相川言成にとても良くしていた。いつも気にかけ、優しく接し、たとえ相川言成が冷たくしたり、暴言を吐いたり、暴力を振るったりしても、文句一つ言わず、恨みを持つどころか愛情を注いでいた。ただ、杏奈の見ていないところで、相川言成はよく桐生文子のことを偽善者だと罵っていた。桐生文子が弁解しようとする間もなく、相川正義が相川言成を平手打ちにする。その後、相川言成は何も言わず、椅子を蹴飛ばして相川家から出て行ってしまうのだった......3人が揉めている時、杏奈は大抵2階にいた。万が一鉢合わせてしまった場合は、桐生文子は目で合図をして杏奈に立ち去るように促した。杏奈は自分が居候の身だから、他人の家のことに口出しすべきではないと思い、静かにその場を離れた。3人の揉め事が多くなるにつれ、杏奈は近づかない、聞かないという習慣が身に付いてしまい、喧嘩の原因を知ることはなかった。しかし、杏奈の印象では、桐生文子は本当に優しく、いい継母だった。少なくとも杏奈の前で相川言成の悪口を言ったことは一度もなく、いつも「頭の良い子」と褒めていた。使用人に対しても、一度も嫌な言葉をかけたことはなかった。きっと桐生文子は自分のことを本当に喜んでくれているのだろう、相川涼介のように。桐生文子も相川涼介も血の繋がった親族だし、自分を傷つけた相川言成より、自分のことを愛してくれているに違いな
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第1137話
幼かった頃の杏奈はこの問題について深く考えたことはなく、叔母が自分の好きな男の子を追いかけるのを手伝ってくれているのだと思い、ただひたすらに勇気を出して、叔母の言うことを聞こうとしていた......相川言成のことを想う杏奈は、桐生文子の言う通りに行動した。いつも彼のことを気にかけ、彼の後ろをついて回り、勉強が苦手だと嘘をついて彼に教えてもらおうとした。二人の関係が最悪な状態にあっても、彼女は勇気を振り絞って彼に近づこうとした......一途な想いはいつか彼に届くと信じていた。いつか相川言成が自分の気持ちに気づき、心を動かされ、好きになってくれると。しかし、残念ながら、そうはならなかった。相川言成は桐生文子を嫌っていたため、杏奈のことまで嫌っていた。彼女が近づくと、彼はいつも口汚く罵った。「やっぱりあの女の姪だ、男を誑かすことしか考えていない」と。そして、いつも彼女に「あっちへ行け」と冷たく言い放つのだった......ところが不思議なことに、杏奈を毛嫌いする相川言成は、毎晩のように彼女の部屋を訪れていた。杏奈がふと目を覚ますと、彼が複雑な表情で自分をじっと見つめている。見つかったことに気づくと、相川言成は睨みつけてくるなり、くるりと背を向けて出ていくのだ。後に、桐生文子が何度か相川言成が杏奈の部屋から出てくるところを目撃した後、どういう風の吹き回しなのか、急に考えを変え、杏奈に相川言成を諦めさせ、中村潤一を好きになるよう勧めるようになった......中村潤一は杏奈のクラスメートだった。ある日の下校途中、杏奈は不良グループに絡まれたが、中村潤一に助けられ、家まで送ってもらった。一度きりの出来事だったが、たまたま桐生文子に見られていた。桐生文子は中村潤一の家のことを調べ、悪くないと判断した。だが、あからさまに杏奈と中村潤一をくっつけようとはせず、「潤一は礼儀正しいわね。言成よりずっと育ちが良さそう。友達になりなさい」と杏奈に言っただけだった。杏奈には友達がほとんどいなかった。中村潤一は物腰も柔らかく、いつも自分から話しかけてくれるので、自然と親しくなっていった。それを良いことに、桐生文子は中村潤一を家に招き入れ、丁重にもてなした。何度か繰り返すうちに親しくなり、桐生文子の方から中村潤一に「いつでも遊びに来てね」と声をかけるようになった。
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