佳奈は、そんな母にも臆することなく冷静に言葉を返した。
「確かにお母様は前回そのようにおっしゃいましたが、啓介さんは個人経営の社長です。会社の創立記念など式典ではなくプライベートな付き合いに社外の人を呼ぶのは悪い印象を持たれることの方が多く、リスクを伴います。」
佳奈は冷静かつ論理的に説明を始めた。
「また社内の方々も社長自らの誕生日を祝う会に呼ばれたら気を遣わせてしまいます。今後の仕事に支障をきたさないためにも、仕事関係の人は今回招待するのを控えることにしました。」
佳奈の理路整然とした説明に母は言葉を詰まらせた。母はきっと佳奈がここまで論理的に反論してくるとは思っていなかったのだろう。母の顔には、戸惑いと苛立ちと不満が色濃く浮かび始めた。そんな佳奈の言葉に俺は心の中で喝采を送った。まさに正論でねじ伏せるような説明だ。母は、こんな具体的な反論が返ってくるとは思わなかったようで言葉に詰まっていた。
(そんな……。パーティーの場で二人の契約結婚を暴いてやるのが目的なのに、招待客が少なかったら私と凛ちゃんの計画が台無しじゃない。なんとかしなくちゃ……。)
しかし、母はすぐに気を取り直したように顔に不満の色を浮かべながら言った。
「条件通りにできないのなら意味がないわ。言ったことも出来ないなんて、それならこの結婚は……」
母が前回と同じように「結婚を認めない」と言い放とうとした、そ
父の登場はその場の空気を一変させた。母は、父の厳しい視線と言葉に、普段の強気を潜めて沈黙し、すっかり意気消沈しているようだった。「もういいだろう。啓介たちの結婚は、啓介と佳奈さん二人の問題だ。親として意見を言うのは構わないが度を超えてはいけない」父の言葉は母の耳に深く響いたようだった。母は反論することなくただ顔を伏せている。「啓介、佳奈さん。改めて先ほどの和美の無礼を詫びる。パーティーの件も佳奈さんが考えてくれた通りで構わない。いや、むしろ、その方がずっと理にかなっている」父はもう一度俺たちに深々と頭を下げた。「お気になさらないでください、お義父様。では、この方向でパーティーの準備は進めさせていただきます」佳奈は穏やかな笑顔で父に言った。「あのさ……そもそもいい歳した大人が『誕生日会』って正直どうかと思うんだ。あと婚約の発表も。…できれば今回のパーティー自体、なしにしてもらえないかな?」俺はこれまで抱いていた率直な気持ちを伝えた。母の無茶な条件はなくなったとはいえ、やはり大々的に誕生日を祝われるのは気恥ずかしい。「啓介の言う通りだ。私もそう思っていた。佳奈さんも無理をする必要はない。この話はなかったことにしよう」
声の主は父だった。いつの間にかリビングの入り口に立っていた父はじっと母を見据えていた。母は、父の突然の登場に一瞬ひるんだように口を閉じた。「佳奈さんの言う通りだろう。いい歳した大人が誕生日会だと? しかも会社関係の人も呼ぶように言っていたなんて馬鹿なことを言うにもほどがある」父は、普段は温厚な人柄だが一度怒ると滅多に口を挟まない分、その言葉には重みがあった。母は、父の言葉に反論することなく黙っていた。「啓介、佳奈さん、申し訳ない」父は、俺と佳奈の方に体を向けると深々と頭を下げた。これまでの母の振る舞いを詫びているかのようで俺は思わず息をのんだ。実は、俺は実家に来る前にあらかじめ父に連絡を入れていたのだ。母がまた自分の立場が悪くなると『結婚を認めない』などの言葉で脅してくることを防ぐために事前に手を打っておいたのだ。父には、俺と佳奈と母さん三人の話を聞いたうえで判断してほしいとお願いしていた。上場企業の役員を務めており良識を重んじる父は、母の子供じみた発言を心底恥じたのだろう。その場で母に謝罪をさせたうえで改めるよう諭した。母は、父の威厳に押され何も反論できずにいた。こうして母の無理な条件は却下された。俺は、父の協力に安堵しながらも佳奈の周到な準備といざという時の冷静な判断力に改めて感銘を受けていた。
佳奈は、そんな母にも臆することなく冷静に言葉を返した。「確かにお母様は前回そのようにおっしゃいましたが、啓介さんは個人経営の社長です。会社の創立記念など式典ではなくプライベートな付き合いに社外の人を呼ぶのは悪い印象を持たれることの方が多く、リスクを伴います。」佳奈は冷静かつ論理的に説明を始めた。「また社内の方々も社長自らの誕生日を祝う会に呼ばれたら気を遣わせてしまいます。今後の仕事に支障をきたさないためにも、仕事関係の人は今回招待するのを控えることにしました。」佳奈の理路整然とした説明に母は言葉を詰まらせた。母はきっと佳奈がここまで論理的に反論してくるとは思っていなかったのだろう。母の顔には、戸惑いと苛立ちと不満が色濃く浮かび始めた。そんな佳奈の言葉に俺は心の中で喝采を送った。まさに正論でねじ伏せるような説明だ。母は、こんな具体的な反論が返ってくるとは思わなかったようで言葉に詰まっていた。(そんな……。パーティーの場で二人の契約結婚を暴いてやるのが目的なのに、招待客が少なかったら私と凛ちゃんの計画が台無しじゃない。なんとかしなくちゃ……。)しかし、母はすぐに気を取り直したように顔に不満の色を浮かべながら言った。「条件通りにできないのなら意味がないわ。言ったことも出来ないなんて、それならこの結婚は……」母が前回と同じように「結婚を認めない」と言い放とうとした、そ
二週間後、俺と佳奈は再び実家の門をくぐった。佳奈が練りに練った「秘密兵器」を携え、今回はパーティーの具体的な計画を報告をしにきたのだった。佳奈のことは信頼しているが、母が一筋縄でいくとは思えなかった。俺は不安を胸に抱いていた。リビングに通されると、母は予想通り少し構えた表情で俺たちを迎えた。俺は深呼吸をして佳奈に視線を送った。佳奈は小さく頷き、俺に代わって口を開いた。「お母様、本日は啓介さんの誕生日パーティー兼婚約披露の件で、ご報告に参りました」佳奈は、事前に用意していたタブレットを母の前に差し出した。プロのプレゼンテーションさながらに、佳奈は淀みなく企画内容を説明し始めた。招待状のデザイン案、装飾のイメージ図、そして目玉である「世界の誕生日」をテーマにした料理のコンセプト。タコスバーを中心にゲストが楽しめる工夫を凝らしたメニュー案が次々と提示される。俺も、横で佳奈の説明を聞きながら改めてその完成度の高さに驚かされた。母も、その内容を一つ一つ確認していくうちに驚きを隠せない様子だった。予想よりもはるかに豪華で、細部にまでこだわり抜かれた計画に最初は感嘆の表情を浮かべていた。しかし、ある一点に気づくと、その表情は一変した。「あら? 盛大に、と言ったはずよ。なぜ、招待客のリストに会社関係者がいないのかしら?皆に祝福されている姿を見せてほしいと、確かにそう伝えたはずだけど?」母の視線が招待客のリストに釘付けになっていた。リストには、高柳家の親族と俺と佳奈の親しい友人たちの名前が数えるほどしか記されていなかったのだ。母が不服そうな声を上げた。「あら、やだ。ちゃんと話を聞いていなかったのかしら?私は会社関係者も呼んで盛大に開くように言ったはずだけど?」佳奈の落ち度を見つけたと言わんばかりに、母は嬉しそうに微笑みながら言ってきた。
「装飾や料理も『世界の誕生日』をコンセプトに、ゲストも楽しめるようなパーティーにしようと思うの。協力してくれた人たちも紹介して新しい交流が生まれたらWin-Winじゃない?もちろん費用はかかるけど、啓介の誕生日と私たちの婚約パーティーを盛大に祝うためなら必要経費でしょ?」佳奈はにこりと笑った。その笑顔はどこか悪巧みをしているようでもあり、同時に底知れない安心感を与えてくれた。「すごいな…」「ありがとう。 お母様に認めてもらえるとびっきり素敵な会にするから、あとは全部私に任せて」母もまさか佳奈がここまで周到な準備をしているとは夢にも思わないだろう。佳奈の秘密兵器は単なる裏技ではない。彼女の周到な計画性とこれまでに培った人脈がなせる技だ。俺は、佳奈の強さに改めて惚れ直した。「それなら、提案するタイミングも重要だと思うんだ。俺たちだけで行くのは、敵の陣地に何も持たずに鎧だけ着ていくようなものだ。母さんの言いなりになるのも、これ以上暴走が悪化するのを避けるためにも俺に考えがある。任せてくれないか」「分かった。その件は、啓介に任せるわ。」俺はある策を考えていた。母が「家庭を優先する」人を結婚相手に選んでほしいと思っていることは、前々から感じていたが、凜のこともあり、最近の母の行動や言動は異常で過激さを増していた。初対面の佳奈に対しても、叫ぶように荒れたことがそのことを物語っていた。(母さんがおかしいのは俺が蒔いた種でもある……。どうにかしなくては…)俺は、ある人物に協力をあおぐため、電話を掛けた。「もしもし、今ちょっといいかな。実は相談したいことがあって……。」
「私の大学時代の友人にケータリング会社を経営している子がいるの。彼女に相談して手作り感のあるメニューをいくつか提案してもらっている。もちろん『佳奈の手作り』という体で出すことになるけど」俺は思わず吹き出しそうになった。『最難関』と自負していることも、ケータリングを「手作り」と言い張るつもりということも。しかし、母の意地悪な条件をクリアするためには背に腹は代えられない。「でも、それだけだと手作り感がないから当日メインの料理を一つだけ作るわ。コンセプトは『世界各地の誕生日』。ゲストに楽しんでもらうために自分で作ってもらうの。それならお母さまも文句は言えないはず」俺は佳奈の言葉にハッとした。『人様を招待してもてなすから料理くらいしっかりしなきゃダメよ』やや苦しい部分もあるが、もてなすこと・楽しんでもらうことに重点を置いたと言えば通じるかもしれない。「例えばタコスバーはどうかな? ソフトタコスやハードタコスの皮を用意して、ひき肉やチキン、豆、チーズ、レタス、サルサ、ワカモレ、サワークリームなんかを並べておくの。ゲストはそれぞれ好きな具材を選んで自分だけのタコスを作れる。これならゲストも楽しめるし、珍しさも相まって、みんなでわいわい作っている間に自然と会話も生まれるからパーティーも盛り上がるでしょ?」佳奈の瞳は自信と期待に満ち溢れていた。彼女の個性と経験を活かした、まさに一石二鳥のアイデアだ。母もまさかそんな発想が出てくるとは思わないだろう。