Masukボルクは黙った。 港の現場は、上から来た書類に従う。 王宮指定先と書かれていれば、そう処理する。 それが本当にどこなのか、誰のためなのか、倉庫番には見えない。 見えないまま、箱だけを守る。 その箱の中で、善意がどこかへ消える。 クラリスは、冷たい風を吸った。 「王宮指定先という表記を、今後は禁止にしたいです」 エリオットが頷く。 「少なくとも慈善物資では不可にすべきです」 「はい」 レオンハルトが言う。 「次は、ギデオン・マースとハーゲンの足跡だ」 「王弟府で?」 「王弟府で保全する」 彼は短く答えた。 「君は、リーヴェ商会への記録補足照会を進
ダンは少し苦い顔をした。 「それでいいんですか」 「はい」 「俺が見逃したみたいになる」 「見逃したかどうかは、まだ分かりません。今は、分からないと記録する段階です」 ダンは、しばらく机の木目を見ていた。 「……今思えば妙な荷は、他にもあります」 その言葉で、全員が少し姿勢を変えた。 ダンはゆっくり話し始めた。 急な別納。 保管都合とだけ書かれた倉庫変更。 王宮指定先としかない搬出先。 慈善用らしい赤い印があったのに、商会倉庫へ回ったように見えた荷。 逆に、商業用の布が後日、慈善補填として入ってきた荷。 「ただ」 ダンは何度も言った。 「不正だ
「責めに来たのではありません」 ダンは彼女を見た。 信じるかどうか、少し迷っている顔だった。 「では、何です」 「過去に、今なら妙だと思える荷がなかったかを、分からない範囲も含めて記録したいのです」 「分からない範囲も?」 「はい。確信でなくて構いません。不正と決めるためではなく、記録の薄い部分を補うためです」 ダンはしばらく黙った。 それから、ボルクを見る。 「ボルクさん、これは言っていいやつですか」 ボルクは少し苦い顔をしたが、頷いた。 「分かることだけ言え。分からないことは分からないと言え」 「それなら」 ダンは帳場の椅子を引いた。 「座ってくださ
エリオットが頷く。 「財務院側の帳簿は私が確認します。ただし、旧派に近い者にはまだ知らせない方がよいでしょう」 「危険か」 レオンハルトが尋ねる。 「危険というより、資料が動く可能性があります」 エリオットの声は硬かった。 その言い方で十分だった。 資料が動く。 つまり、消えるかもしれない。 書き換えられるかもしれない。 クラリスは、胸の奥に冷たいものを感じた。 「王弟府で保全できますか」 「可能な範囲で写しを取る」 レオンハルトは答えた。 「ただし、表向きは共同調査の記録照会だ。いきなり不正調査として動けば、相手も身構える」 「承知しました」
王弟府の調査室は、王宮の中でも特に音が少ない。 人はいる。 書類もある。 扉の向こうでは、調査官たちが低い声でやり取りをしている。 それでも、王太子府や財務院のような紙のざわめきはない。 ここでは、声を荒らげる者が少ない。 怒りも、疑いも、焦りも、いったん紙の上に置かれる。 その静けさが、クラリスには少し怖かった。 レオンハルトは机の向こうに立ち、薄い資料束を広げていた。 横には王弟府調査官のカレル。灰色の髪を短く整えた、表情の少ない男である。 財務院からはエリオット。 港湾記録の説明役としてボルク。 そしてクラリスとオスカー。 机の中央には
手には王弟府からの薄い資料。 彼は室内の空気を見て、すぐに察したようだった。 「リーヴェ商会か」 「はい」 クラリスは驚かずに答えた。 「王弟府でも何か?」 「旧バルツァー派の取引先一覧に、リーヴェ商会の名がある」 部屋の空気が一気に変わった。 オスカーの筆が止まる。 エリオットの表情が硬くなる。 ミレーヌも息を飲んだ。 「バルツァー本人との直接取引ですか」 クラリスが尋ねる。 「直接ではない。バルツァー派に近い財務院旧派が関わった中継契約だ」 レオンハルトは資料を机に置いた。 「時期は二年前から昨年。慈善物資の中継手配、倉庫変更、再仕立て布の搬出







