『彼女』の娘

『彼女』の娘

last update最終更新日 : 2026-10-08
作家:  酔夫人たった今更新されました
言語: Japanese
goodnovel16goodnovel
評価が足りません
11チャプター
160ビュー
読む
本棚に追加

共有:  

報告
あらすじ
カタログ
コードをスキャンしてアプリで読む

概要

家族愛

異世界ファンタジー

強いヒロイン

賢い子ども

騎士

貴族

仲直り

復讐

ざまぁ

二度の離婚を経験し、結婚にも女にも懲りた公爵レオネル。 南方将軍として辺境に引きこもる彼のもとへ、ある日、国王から何が何でも絶対に来い!」という異例の王命が届く。 急ぎ王都へ向かったレオネルを待っていたのは、国王と旧友たち――そして、一人の少女だった。 艶やかな黒髪。 十年前から王都に姿を見せなくなった、かつて愛した妻・アイシャによく似た顔。 けれど、少女の瞳だけはレオネルと同じ赤色をしていた。 「エレーナです。母様の名前はアイシャです」 そして、もうすぐ十歳になるという少女は笑顔で告げる。 「父様を探しにきました」 十年間止まっていた彼らの時間が、少女の来訪によって再び動き始める。

もっと見る

第1話

第1話

「レオネル?」

名前を呼ばれて振り返ると、久しぶりに会う友人・マクシミリアンがいた。

「よお、マックス」

「よお、って……久しぶり過ぎだよ」

マックスの苦情に、俺は苦笑いを返すしかない。

「いろいろ忙しくてな」

「忙しいからって、男盛りの独身公爵が男ばかりの辺境に引きこもるなよ」

マックスの言葉に俺は何も返さず、一歩踏み出す。

行き先は二人とも同じだ。

案の定、マックスも隣に並んで歩きだす。

「人のことは言えないだろ、マックス」

横目でマックスを見る。

「社交シーズンなのに王都にいないと、着いてすぐ、ご令嬢たちの嘆く声が聞こえたぞ」

「暖かくなってきたからさ、海を警戒しないといけないだろ」

「海の蛮族は酋長が死んだばかりだ。侵略どころではないだろう」

「耳が早いなあ」

マックスは『降参』と言うように両手を上げる。

「『いい加減に結婚しろ』と母上が煩いんだ。今回だって王命で王都に来ただけなのに、タウンハウスの入口に立っていたんだぞ」

「歓迎の印だろう」

「両手に見合い写真を持っている必要はあるか?」

マックスの家は、貴族では珍しく家族の仲がいい。

それを分かっているのだろう。

だからこそ、マックスは母親の願いを頭から拒否はしていない。

幸せな悩みだと思う。

だが、マックスの友として期待されている返事をする。

「結婚と離婚を二回ほど繰り返せば『結婚には不向き』と思われて何も言われなくなるぞ」

経験者だから語れる。

最初は恋愛結婚。

次は政略結婚。

どちらの結婚も妻の浮気で終わってみれば、母だと名乗るあの女も何も言わなくなった。

「2回目はやけくそだろうが」

マックスの言葉に足が止まる。

「……マックス」

「悪い……」

謝りつつも、マックスはまだ何か言いたげだ。

その『何か』など簡単に分かる。

.

「まだその剣を使っているんだな」

マックスの背に目をやる。

そこには、マックスの背丈くらいある大きな両手剣。

この10年、マックスは折れてもこの剣を修理して使い続けている。

東部の青い海を閉じ込めたような柄。

この装飾は人気の彫刻家によるものだが、マックスがこれを使い続けているのは、『彼女』との思い出があるからだと知っている。

――ヴィクトルの奢りなんだから、高い剣を買うわよ!

そんな、がめつい台詞付きの甘さのない思い出だが。

……しまった。

――レオ!

元気のよい声が聞こえた気がした。

幻聴だと分かっていても、後ろを振り返ってしまう。

だが、やはりそこに『彼女』はいなかった。

.

「どうした?」

「なんでもない」

何かあるのかと一緒に後ろを見ていたマックスに首を振ると、前を向いてまた歩き出す。

『彼女』がここにいるわけがないのだ。

俺は年に最低一回は王都に来るが、『彼女』は10年間王都に来ていない。

国王であるヴィクトルはあの手この手で呼び出しているようだが、「忙しいから無理」と書いた手紙を北部辺境伯がいつも持ってきて終わりだった。

今回もヴィクトルは『彼女』を呼んでいるだろう。

なにしろ王命。

いつもの要請とはわけが違う。

【とにかく急いで来い! 何が何でも絶対に来い!】

……本当に、いつもと違う。

俺のところに伝書鳩が届けてきたのは、形式も何もあったものではない、焦りが滲み出た王命。

あれが届いたのが2日前。

急ぎということで最低限の護衛だけを連れ、ろくに休憩せず、愛竜を駆り立ててきた。

「とにかく、ヴィクトルの元に急ごう……」

 カシャン

足元を見ると、剣の柄につけていた飾りが足元に落ちていた。

俺といい勝負で、素直さのなかった『彼女』。

「面倒臭いから代わりに選べ」と言った俺に、「嫌がらせ」と言って選んだもの。

「これ……」

『彼女』の瞳と同じ色。

夜明けの空のような薄桃色を帯びた紫色の石が割れていた。

◇◇◇

「南方将軍レオネル・フォン・ウィンスロープ公爵閣下、ならびに、東方将軍マクシミリアン・フォン・マーウッド様がいらっしゃいました」

扉の前にいた近衛兵の声に、扉が内側から開く。

相変わらず派手な扉だと思うが、王の部屋だから『威厳』を示すためにも大事なのだろう。

部屋の中にはヴィクトルのほかに、もう一人いた。

西方将軍であるヒョードル・フォン・トライアン伯爵。

どちらも俺の友人だが、国王の前ということで臣下として騎士の礼をとる。

『彼女』はいない。

上着のポケットに入れた、割れた石の重みが増した気がした。

.

「将軍たち以外は全員下がれ」

ヴィクトルが人払いをする。

珍しいことではない。

いつものこと。

だが、俺たちだけになってもヴィクトルは何も言わない。

不思議に思って顔を上げれば、ヴィクトルは普段から垂れ目の目をさらに下げていた。

「レオ、マックス、あのな……」

口を開いたくせに、その後は「あー」とか「うー」とかモダモダするだけ。

こちらは空を飛び続け、夜も野宿だった。

早く話を聞いてひと眠りしたい。

「ヴィクトル」

「あのさ……いや、でも……しかし……」

いい加減に焦れた。

ヒョードルに目を向ける。

「久しぶりだな、ヒョードル」

「あ、うん。……久しぶりだね、レオ。本当に……うん、久しぶり」

ヒョードルまでおかしい。

「お前までどうした? 何か西部で困ったことが起きたのか?」

西部を荒らす山の蛮族が何か仕掛けてきたのか。

その討伐を手伝えという王命か?

「春は山の恵みが多いから、山の蛮族が攻めてくることはないと思う。だから、うん、大丈夫」

大丈夫と言うくせに、ヒョードルは目を逸らす。

こんな落ち着きのないヒョードルを見るのは久しぶりだった。

だが、王国一の新聞社の経営者でもあるヒョードルは判断力がある。

予想通り、ヒョードルは顔を上げると俺をじっと見て、口を開いた。

「落ち着いて聞いて欲しいんだ」

もっと見る
次へ
ダウンロード

最新チャプター

続きを読む
コメントはありません
11 チャプター
第1話
「レオネル?」名前を呼ばれて振り返ると、久しぶりに会う友人・マクシミリアンがいた。「よお、マックス」「よお、って……久しぶり過ぎだよ」マックスの苦情に、俺は苦笑いを返すしかない。「いろいろ忙しくてな」「忙しいからって、男盛りの独身公爵が男ばかりの辺境に引きこもるなよ」マックスの言葉に俺は何も返さず、一歩踏み出す。行き先は二人とも同じだ。案の定、マックスも隣に並んで歩きだす。「人のことは言えないだろ、マックス」横目でマックスを見る。「社交シーズンなのに王都にいないと、着いてすぐ、ご令嬢たちの嘆く声が聞こえたぞ」「暖かくなってきたからさ、海を警戒しないといけないだろ」「海の蛮族は酋長が死んだばかりだ。侵略どころではないだろう」「耳が早いなあ」マックスは『降参』と言うように両手を上げる。「『いい加減に結婚しろ』と母上が煩いんだ。今回だって王命で王都に来ただけなのに、タウンハウスの入口に立っていたんだぞ」「歓迎の印だろう」「両手に見合い写真を持っている必要はあるか?」マックスの家は、貴族では珍しく家族の仲がいい。それを分かっているのだろう。だからこそ、マックスは母親の願いを頭から拒否はしていない。幸せな悩みだと思う。だが、マックスの友として期待されている返事をする。「結婚と離婚を二回ほど繰り返せば『結婚には不向き』と思われて何も言われなくなるぞ」経験者だから語れる。最初は恋愛結婚。次は政略結婚。どちらの結婚も妻の浮気で終わってみれば、母だと名乗るあの女も何も言わなくなった。「2回目はやけくそだろうが」マックスの言葉に足が止まる。「……マックス」「悪い……」謝りつつも、マックスはまだ何か言いたげだ。その『何か』など簡単に分かる。.「まだその剣を使っているんだな」マックスの背に目をやる。そこには、マックスの背丈くらいある大きな両手剣。この10年、マックスは折れてもこの剣を修理して使い続けている。東部の青い海を閉じ込めたような柄。この装飾は人気の彫刻家によるものだが、マックスがこれを使い続けているのは、『彼女』との思い出があるからだと知っている。――ヴィクトルの奢りなんだから、高い剣を買うわよ!そんな、がめつい台詞付きの甘さのない思い出だが。……しまった。――レオ!元気のよい声が聞こえ
last update最終更新日 : 2026-10-07
続きを読む
第2話
――落ち着いて聞いて欲しい。ヒョードルの言葉に、悪い予感がした。残念ながら、俺の悪い予感はよく当たる。「アイシャが……いや、北部からアイシャの……いや……」アイシャ。『彼女』の名前に、思わずヒョードルの肩を強く掴む。あの割れた石。もしかして、悪い予感は――。「アイシャに何かあったのか!?」最悪の想像が次々と頭に浮かぶ。「……ぐ、ぅ」苦しそうな声が聞こえて、俺は現実に戻った。それと同時に、後ろからマックスに羽交い絞めにされる。「レオ、落ち着け!」「ヒョードルを絞め殺す気か!」「わ、悪いっ!」マックスとヴィクトルの大きな声に、ハッとしてヒョードルの胸倉を掴んでいた手を離す。ケホッとヒョードルが咳き込む。「……すまない」ヒョードルが『大丈夫』とでも言うように手をひらひらと振った。「ごめん……ケホッ、僕、こそ……」言葉を続けようとするも、咳き込んでしまって続かない。本当に申し訳ないことをしてしまった。なにか飲み物を持ってこようとしたが、そんな俺の肩にヴィクトルが手を置いた。「ヒョードル、口で説明せずに連れてきたほうがいい」連れてくる?「見てもらうのが一番早い」何を?「……誤解は、もう懲り懲りだ」誤解。後悔の滲むヴィクトルの声。心臓の音がうるさい。◇◇◇ヒョードルが部屋を出ていった。俺はざわつく気持ちを抑えようと、ヴィクトルの机に腰掛ける。深く呼吸をする。それをひたすら繰り返し、落ち着いた頃にヒョードルが戻ってきた。「……子ども?」マックスが戸惑ったような声を上げるのも仕方がない。ヒョードルが連れてきたのは、フードを深くかぶった子ども。城にいる子どもとなれば。「ヴィクトルの隠し子か?」王族の落し胤。王子たちはまだ幼児。一番確率が高いのはヴィクトル、王の子どもとなる。「もう取ってもいいですか?」子どもの声がした。女の子だ。「息苦しい思いをさせてすまなかったね」ヒョードルが優しく声をかける。「大丈夫です」どうやらヒョードルが姿を隠すためにフードを被せたようだ。それもそうか。声からして、王子たちよりも年が上。庶子とはいえ長子となれば、王位継承権が少々面倒なことになる。その解決に呼ばれたのか?「おじ様」鈴の鳴るような可憐な声がしたと思ったら。「は?」フードをとると、
last update最終更新日 : 2026-10-07
続きを読む
第3話
「ちょい、ちょい、ちょい、ちょい! ちょい待て!」「……マックス、『ちょい』が多すぎ、煩い」マックスに苦情を言うヒョードルの声にも元気がない。.――お部屋に戻ります。俺たちに爆弾を落としたあの子は、疲れを理由に部屋に下がった。来たときと同じようにまたフードを深く被って、一人で部屋を出ていこうとしたあの子をヒョードルが慌てて止めていた。あの子は来る道は覚えているから大丈夫と言ったが、あの子の立場で城を一人で歩かせられない。――ついてくるのは構わないけど、待たないわよ。そう言って護衛をまいていた『彼女』と似ていると思った。そして、ヒョードルが戻ってきて今の状態。俺たちの誰も、座った場所から動かなかった。自然とヒョードルが、さっきまであの子が座っていた場所に座っている。.「だってさ!」「いや、悪い。そう言いたくなる気持ちはよく分かる」俺にも分かる。本当に、ちょっと待ってほしい。「そうだよ。だって、『父様を探しにきた』って……」「あの黒髪、あの赤い目」「そしてアイシャの娘――どう考えても、あの子の『父様』はレオだ」三人の目が、目の前の机の上に突っ伏している火の精霊たちに向かう。彼らはアイグナルド。俺を加護する、火の最高位の精霊だ。.この世界には精霊がいる。その精霊たちの加護を受けて魔法が使える者は『愛し子』と呼ばれる。アイグナルドたちに加護されている俺も愛し子の一人。そして、最高位の精霊に加護され強力な魔法を使う者は『将軍』と言われる。俺たち三人、そして彼女が当代の四将軍。西方の将軍であるヒョードルを加護するのは、風の最高位の精霊・ゼフィロスたち。東方の将軍であるマックスを加護するのは、水の最高位の精霊・マリナたち。そして、北方の将軍である『彼女』を加護しているのは、氷の最高位の精霊・スフィンランたち。精霊たちは加護する人間の傍をふよふよ飛んでいる。加護する人間を精霊たちがどのように決めているのかは、いまだに分かっていない。アイグナルドのように「ウィンスロープの直系」のようにルール化している精霊もいれば、気まぐれのように選ぶ精霊もいるようだ。その多様性から、精霊を研究する学者の多くは「ただ好きなのでしょう」と非科学的なことを言っている。ただ好き。その無垢な結論には、精霊たちの見た目の愛らしさもある
last update最終更新日 : 2026-10-07
続きを読む
第4話
生きていた。その事実を嬉しく思うと同時に。――なんで信じてくれないの?俺に聞いていたのに、俺の答えを求めてはいない、独り言のような『彼女』の声が頭に浮かんだ。.「とにかく!」しんみりした空気を壊すように、マックスが大きな声を出した。「問題は父親だよ! おい、父親! 黙っていないで、何か言えよ!」……そう言われても。「……何も言えるわけない」言いたいことは山のようにある。だって、10年だ。だが、そのどれも言える資格が俺にはない。「そう、だよな……」「アイシャに、『腹の子を俺の子だと言い張るなら名誉棄損で訴える』と言ったのはレオだし」「本当に訴えたし」「賠償請求までして、莫大な賠償金も支払わせたんだもんな」友人たちの言葉が刺さる。「さっきのあれ、『大丈夫です。勘違いしません』ってレオに言ったってことは、エレーナ嬢はレオが父親だって分かっているんじゃないか?」「一度でも自分の顔を鏡で見たことがあれば分かるだろう」「それでいてわざわざ『勘違い』と言ったということは、裁判のことも知っているのか?」「普通に考えるならね。アイシャが話したと考えるのが妥当かな」口の中で奥歯がぎりっと鳴った。「そうなると、エレーナ嬢の言う『父様』はあの三人か」「そうだろうな」「アイシャの不倫相手。あのとき腹の子の父親だと主張したあの三人か」「……どうして」そんな資格はないと分かっているのに。あの子の言う『父様』に自分がいないということに、思わず声が出た。ヴィクトルたちの会話がピタリと止まる。「どうしてって……」「仕方がないよ」「裁判を起こしてまで、アイシ
last update最終更新日 : 2026-10-08
続きを読む
第5話
精霊は愛し子の魔力を糧にしていると言われている。アイグナルド、スフィンラン、ゼフィロス、マリナ。これらは最上位の精霊たちだが、その愛し子が強力な魔法を放てるのは、愛し子の周りに精霊が多くいるから。魔力量が膨大だから精霊たちが好むのか。それともその魔力の質を精霊たちが好むのか。この食の好みのような話は、精霊学の学者たちの研究テーマの一つ。いまだ答えは出ていないし、彼らの論文を読む限り、永遠に出ない気もする。不思議なことに、アイグナルド、スフィンラン、ゼフィロス、マリナの愛し子は同時期に愛し子になる。生まれた瞬間からではなく、あるとき不意に愛し子になる。アイグナルドたちが好むのはウィンスロープ公爵家の直系と決まっている。だから、俺がアイグナルドたちの愛し子になったとき、国は他の愛し子を捜し始めた。マリナの愛し子とゼフィロスの愛し子は比較的簡単に見つかる。それぞれその地に拘りがあるのか、西部と東部にいるからだ。マックスとヒョードルはどちらも貴族の子どもだったため、すぐに国に報告があった。スフィンランの愛し子である『彼女』は見つかるのに時間がかかった。.『彼女』は北部の寒村にある、寂れた孤児院にいた。――突然、空からわちゃっとスフィンランが大量に落ちてきて焦ったわ。のちに『彼女』は当時のことを笑いながら話してくれたが、周囲の大人たちがその対応に困ったことは容易に想像がつく。孤児院の院長は村長に報告し、話し合いののちに使いの者が北部辺境伯のもとに行った。村から領都までの移動に約1ヶ月。報告を受けた北部辺境伯は、本当にスフィンランの愛し子かどうかの確認のため、村に特使を送った。領都から村までの移動に約1ヶ月。特使が北部辺境伯に報告するのに、また1ヶ月。『彼女』を北部辺境伯の元に連れていけば良かったのに、と思う。3ヶ月かけてスフィンランたちの愛し子であることを確認した北部辺境伯。彼はそれを報告するために約1ヶ月かけて王都に向かい、「連れてこい」という王の命令を受け、今度は2ヶ月以上かけて王都と孤児院を往復した。『彼女』が王の御前までやってくるのに約半年。王侯貴族たちの間ではスフィンランの愛し子に対する期待値が爆上がりしていた。他人事ではない、俺も同じだった。マックスもヒョードルも当時から将来を嘱望された子どもだったから
last update最終更新日 : 2026-10-08
続きを読む
第6話
当時の俺にとって、女とは『言葉が通じない気持ち悪い生き物』だった。「お忙しいですか?」と聞かれて「忙しい」と言っているのに、くっついてくる。「私のこと好きですよね?」と聞かれて「嫌い」と言っているのに、好意を押しつけてくる。なぜ聞く。そして、気に入らないことがあれば泣き喚く。俺のこの偏った認識の原因は主にサンドラとカレンデュラだ。だが、この二人ほどではなくても、俺に寄ってくる女はどれも似たり寄ったりで、その面倒臭さは変わらなかった。.女だから嫌い。そんな態度で俺は『彼女』に接した。分からないところを教えてほしいと丁寧に頼んできたのに、そんな『彼女』を俺は馬鹿にするように鼻で笑って突き放した。剣の手合わせをしても、すぐに負ける『彼女』を「すぐに死ぬぞ」と脅して嘲った。ウィンスロープ公爵家は貴族筆頭の家。その家の嫡男だった俺がそんな態度だったから、俺に忖度して周りも『彼女』を虐めるようになった。そんな環境に置いた俺が言っていい台詞ではないが、『彼女』は決して泣かなかった。いや、もしかしたら泣かせてしまっていたかもしれない。だが、『彼女』は誰かの前で泣いて同情を誘うようなことはしなかった。ただ孤児だっただけ。『彼女』は優秀だった。知らないのは学ぶ機会がなかっただけ。俺に忖度した教師たちにきつく当たられても学び続け、剣を弾き飛ばされても歯を食いしばって剣を拾っていた。そんな努力家の『彼女』の成績は、同級生をどんどん追い抜いていった。そして、あっという間に俺たちと競い合うようになった。剣では俺に勝つことはなかったが、それは幼い頃から鍛錬していた俺が優位だっただけ。学院に入ってから身につけた槍ではいい勝負。俺が『彼女』に負けることも増えていった。.『彼女』の変化はそれだけではなかった。学院の食堂に勤務する栄養士が優秀だったに違いない。パサパサで灰色に見えた髪は、日を追うごとに艶やかな銀髪になった。少しふっくらして血色がよくなると、『彼女』は他の女たちとは一線を画す美少女になった。そんな『彼女』に周りは、特に男どもは態度を変え始めた。休日のデートに誘ったり、何をとち狂ったのか婚約を打診する奴もでてきた。男に言い寄られる『彼女』を見かけることが増えた。そのたびに苛立つ理由が、当時の俺には分からなかった。……本当
last update最終更新日 : 2026-10-08
続きを読む
第7話
「人が我慢していれば調子に乗って」怒れる魔王、いや、『彼女』はヒールを鳴らして俺に近づいてきた。石の床をカツカツと叩くヒールの音。あまりの事態に呆然としていた俺は、「あの高いヒールはどう見ても戦闘には不向きだな」のようなことを考えていた。.「それ、貸してください」「は?」脳が働いていなかったため言っている意味が分からず、間抜けな声で聞き返すのが精いっぱいな俺。「そ・れ」『彼女』の指が俺の肩を指す。「その、どう見ても邪魔な飾りでしかないそのマント。私に貸してください」俺は黙って頷くと、肩につけていた緋色のマントを外してアイシャに渡した。確かにあれは邪魔だった。.男漁りに来たのか。俺はそう言って、あんな格好で模擬戦に出た『彼女』を非難した。TPOをわきまえろと、どの口が言ったのか。衣装に関しては俺もアイシャのことは言えない。サンドラの指示で用意された衣装は、ウィンスロープの威光を見せつけようとしたのだろう。大きな宝石はくっついていたし、無駄にひらひらとした飾りがついていた。……よくあんなことを言ったな、俺。.「ありがとうございます」『彼女』は器用にマントを体に巻いた。露出度が減ったことで、あのとき俺はようやく金縛りから解けた。深い襟ぐりからのぞく瑞々しい肌は艶かしく、それが目の前にあるものだから、若い俺は目のやり場に困っていた。「まずは公子様」『彼女』は俺を見た。「これを私の趣味だと思われたら嫌なので言っておきます」「はい」素直にうなずいてしまうくらい迫力があった。「この衣装は学院長が愛人に用意させたものです。その愛人はあそこ。趣味の悪い紫色のドレスを着た女性です」指を差された女性は顔を青くした。悲鳴があがったのでそちらを見れば、学院長が隣にいた奥方に扇子で連打されていた。「……わざとか?」「全裸よりはマシ程度の衣装を用意された腹いせです。これも借りますね」『彼女』は手を伸ばし、俺の腰に差してあったギラギラと煌びやかな短剣を手に取った。実用性のない飾りでしかない剣。しかし、剣は剣。「なっ!」俺が制止する間もなく、『彼女』は自分の長い髪を無造作に掴むと肩より上の位置で切り落とした。バッサリ。そんな景気のいい音が聞こえてきそうな行動に、会場のあちこちで悲鳴が上がった。「何をしているんだっ
last update最終更新日 : 2026-10-08
続きを読む
第8話
「私は別に構いませんよ」国外追放について、『彼女』は呆気らかんとしていた。「文字が書けて、計算ができるなら、どこでもやっていけます。外国語も頑張ったので、国外だってなんとかやっていけますよ。ここにいる皆さんより言葉も通じる気がしますしね」『彼女』はわざとらしく手を叩いた。「不敬罪は処刑でしたね」処刑についても、あっさりとしていた。「私を殺したら、スフィンランたちは怒るでしょうね」ひとつ頷く。「大精霊を怒らせてはいけないことは、この国の子どもでも知っていること。それこそ孤児でも」「だから大精霊の愛し子たちは、王族と同等以上の扱いを受けられる。それも一般常識」「なのですが」と区切った。「どうやら『孤児の愛し子』は例外のようなので、怒らせたときのスフィンランの報復も例外だといいですね」その言葉に応じるように、スフィンランたちに殺気が宿った。そして手始めとばかりに、観客たちの持っているグラスの中のワインが一斉に凍りはじめた。先代国王の持っていたワイングラスも中が凍り、グラスにヒビが入る。「ひっ……い、愛し子が王である儂に対してなんて無礼を」「そんなに偉いなら、愛し子と同等以上のことをしてください。魔物の討伐とか。そういうの、ノブレス・オブリージュって言うのですよね」「お前は愛し子の責任を放棄するのか?」「ノブレスじゃない孤児にそんなもの期待しないでください。孤児にそういう崇高さはないと言ったのはあんたらでしょうが」……『あんたら』って、淑女教育はどこいった?「命を惜しむか!」「え、惜しまないんですか?」わざとらしいくらい吃驚した顔。「もしかして王侯貴族って命が複数あるんですか? それならなおさら、みなさんが魔物討伐にいってくださいよ」先代国王の顔が怒りで赤く染まった。血圧が心配になる赤さだった。そんな先代国王に対し、まだ言い足りないのか、『彼女』の追撃は止まらない。「私を愛し子として扱わなかったのは皆様のほう。心当たりがないとは言わせません。それなのに力は貸せとは……ずいぶんと虫のいい、図々しい話ですこと」「この国を守らないというのか?」「はい」即答に、会場のざわめきが大きくなる。「私にそんな義理はないですし、自分の命をかけて守りたい家族も名誉もありません」にこっと笑うその目は冷たい。「守ってほしいなら、そ
last update最終更新日 : 2026-10-08
続きを読む
第9話
あのときなぜ俺は『彼女』を追いかけたのか。多分、あのまま姿を消してしまうと思ったからだ。『彼女』は本当に優しい。あのときのことがあっても、10年前のことがあっても。結局は、この国に残っている。そして、なりたくないと言った将軍のまま、今もこの国を守り続けている。◇◇◇演舞場から出て、城を探し回り、諦めて学院に戻った俺は訓練場で『彼女』を見つけた。その日はみんな城に行っていたからそこには誰もおらず。無人の演習場で『彼女』は笑い声をあげていた。演習場の中では、『彼女』が楽しそうにスフィンランたちと戯れていた。その姿は軽やかで、舞いを踊っているようだった。飾り気のないシンプルな生成りのワンピースの姿で。周りを白い光がいくつも舞っていて。宝石一つ身につけていないのに、俺の目には『彼女』がキラキラして見えた。『彼女』の笑顔を、俺はこのとき初めて見た。.「冷たっ!」頬に冷たいものが突然当たり、俺は声を上げてしまった。そちらを見れば数匹のスフィンランが怒った顔をしていて――。「ウィンスロープ公子?」先ほどまで楽しげな笑顔が嘘かのように、『彼女』は嫌そうな顔で俺を見ていた。「何の御用ですか?」軽やかだった笑い声も、硬質なものに変わってしまっていた。「愛想がないな」「公子様も人のこと言えませんわ」顎を上げてツンッとそっぽを向く。「性格、変わり過ぎじゃないか?」「馬鹿の振りと愛想笑いに疲れました」何か文句があるのかと言いたげな『彼女』の態度は、毛を逆立てた猫のようだった。思わず笑いそうになったが、探した理由を思い出した。俺は『彼女』に頭を下げた。「すまなかった」顔を上げると、『彼女』はとても驚いていた。「どうした?」「……公子様って、謝ることができる人だったんですね」「お前、俺を何だと思っているんだ?」「謝ったことが一度もない高慢ちきなお坊ちゃま」遠慮のない言葉だったが、的確な表現だった。俺が何も言えないでいると、『彼女』は声をあげて笑った。「謝罪は受け入れます」「寛大な心に感謝する」「でも今後の交流は最低限にしましょう」「え?」「だって、公子様は私のことが嫌いでしょう?」「いや……」反射的に否定の言葉も出たが、そこまでだった。「気にしないでください。私も公子様のことは嫌いなのでお互い様です」
last update最終更新日 : 2026-10-08
続きを読む
第10話|ヒョードル
【ヒョードル視点】.僕にとって、レオもアイシャも、どちらも大切な仲間だった。だから、レオから離婚訴訟の裁判を起こすと聞いたとき、「どちらの味方になれないなら司法に任せるのもありではないか」と思った。そこが間違いだったのかもしれない。二人のことが大切だったなら僕は……。僕は……。◇◇◇アイシャのことを思い出すと、一番鮮明に覚えているのは、高等部に入ってすぐの騎士団との模擬戦。あの模擬戦のあと、アイシャは雰囲気を変えた。被っていた特大の猫を脱いだ。「あの性格をよく隠していたな」と、今でも感心してしまう。素のアイシャは、色々と容赦がなかった。あの先代国王に対してあれほどの啖呵を切ったのだから、同級生に遠慮するわけがないのに、なぜかいじめを継続した馬鹿。アイシャは机の中やロッカーの中にスフィンランを忍ばせて対策していた。そして、アイシャの持ち物に悪戯しようとした者は容赦なく凍らせた。池に突き落とそうとした者は逆に突き落とし、氷魔法でそのまま凍らせた。防御も攻撃も容赦がなかった。騒げるものなら騒いでみろという態度も一切隠さなかった。アイシャは彼らが騒げないことが分かっていたんだ。愛し子には王族に対するように接しなければいけない。そのルールを破っているのは彼らのほう。もうこれだけでその罪の言い逃れはできなかった。国王相手に「将軍になんかなってやらない」「そんな義務はない」と啖呵を切ったアイシャ。アイシャは最も魔物が多く出現し、竜も多数目撃される北部を治める将軍になる予定のスフィンランの愛し子。王太子だったヴィクトルが間に入ってアイシャを宥めたが、「ひとまず保留にしてほしい」と結論を先延ばしにするのが精一杯だった。そんな状況でアイシャが「虐めに耐えられない」とか「北部将軍にはならない」なんて言えば、虐めの原因となった者は吊るし上げられ、下手すれば三代くらいまとめて処刑されただろう。アイシャだって、王族のように接しろなんて言っていなかった。目障りなら近寄らなければいい。むしろ、近づくな。鬱陶しい。アイシャはそんな態度を隠さなかっただけだ。.アイシャとレオがちゃんと喧嘩したことが嬉しかった。喧嘩したなら仲裁ができるから。虐めはなんともできない。もちろん「いい加減にしろ」「止めろ」と言うことはできるけど一過性でし
last update最終更新日 : 2026-10-08
続きを読む
無料で面白い小説を探して読んでみましょう
GoodNovel アプリで人気小説に無料で!お好きな本をダウンロードして、いつでもどこでも読みましょう!
アプリで無料で本を読む
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status