ログイン二度の離婚を経験し、結婚にも女にも懲りた公爵レオネル。 南方将軍として辺境に引きこもる彼のもとへ、ある日、国王から何が何でも絶対に来い!」という異例の王命が届く。 急ぎ王都へ向かったレオネルを待っていたのは、国王と旧友たち――そして、一人の少女だった。 艶やかな黒髪。 十年前から王都に姿を見せなくなった、かつて愛した妻・アイシャによく似た顔。 けれど、少女の瞳だけはレオネルと同じ赤色をしていた。 「エレーナです。母様の名前はアイシャです」 そして、もうすぐ十歳になるという少女は笑顔で告げる。 「父様を探しにきました」 十年間止まっていた彼らの時間が、少女の来訪によって再び動き始める。
もっと見る「レオネル?」
名前を呼ばれて振り返ると、久しぶりに会う友人・マクシミリアンがいた。
「よお、マックス」
「よお、って……久しぶり過ぎだよ」
マックスの苦情に、俺は苦笑いを返すしかない。
「いろいろ忙しくてな」
「忙しいからって、男盛りの独身公爵が男ばかりの辺境に引きこもるなよ」
マックスの言葉に俺は何も返さず、一歩踏み出す。
行き先は二人とも同じだ。
案の定、マックスも隣に並んで歩きだす。
「人のことは言えないだろ、マックス」
横目でマックスを見る。
「社交シーズンなのに王都にいないと、着いてすぐ、ご令嬢たちの嘆く声が聞こえたぞ」
「暖かくなってきたからさ、海を警戒しないといけないだろ」
「海の蛮族は酋長が死んだばかりだ。侵略どころではないだろう」
「耳が早いなあ」
マックスは『降参』と言うように両手を上げる。
「『いい加減に結婚しろ』と母上が煩いんだ。今回だって王命で王都に来ただけなのに、タウンハウスの入口に立っていたんだぞ」
「歓迎の印だろう」
「両手に見合い写真を持っている必要はあるか?」
マックスの家は、貴族では珍しく家族の仲がいい。
それを分かっているのだろう。
だからこそ、マックスは母親の願いを頭から拒否はしていない。
幸せな悩みだと思う。
だが、マックスの友として期待されている返事をする。
「結婚と離婚を二回ほど繰り返せば『結婚には不向き』と思われて何も言われなくなるぞ」
経験者だから語れる。
最初は恋愛結婚。
次は政略結婚。
どちらの結婚も妻の浮気で終わってみれば、母だと名乗るあの女も何も言わなくなった。
「2回目はやけくそだろうが」
マックスの言葉に足が止まる。
「……マックス」
「悪い……」
謝りつつも、マックスはまだ何か言いたげだ。
その『何か』など簡単に分かる。
.
「まだその剣を使っているんだな」
マックスの背に目をやる。
そこには、マックスの背丈くらいある大きな両手剣。
この10年、マックスは折れてもこの剣を修理して使い続けている。
東部の青い海を閉じ込めたような柄。
この装飾は人気の彫刻家によるものだが、マックスがこれを使い続けているのは、『彼女』との思い出があるからだと知っている。
――ヴィクトルの奢りなんだから、高い剣を買うわよ!
そんな、がめつい台詞付きの甘さのない思い出だが。
……しまった。
――レオ!
元気のよい声が聞こえた気がした。
幻聴だと分かっていても、後ろを振り返ってしまう。
だが、やはりそこに『彼女』はいなかった。
.
「どうした?」
「なんでもない」
何かあるのかと一緒に後ろを見ていたマックスに首を振ると、前を向いてまた歩き出す。
『彼女』がここにいるわけがないのだ。
俺は年に最低一回は王都に来るが、『彼女』は10年間王都に来ていない。
国王であるヴィクトルはあの手この手で呼び出しているようだが、「忙しいから無理」と書いた手紙を北部辺境伯がいつも持ってきて終わりだった。
今回もヴィクトルは『彼女』を呼んでいるだろう。
なにしろ王命。
いつもの要請とはわけが違う。
【とにかく急いで来い! 何が何でも絶対に来い!】
……本当に、いつもと違う。
俺のところに伝書鳩が届けてきたのは、形式も何もあったものではない、焦りが滲み出た王命。
あれが届いたのが2日前。
急ぎということで最低限の護衛だけを連れ、ろくに休憩せず、愛竜を駆り立ててきた。
「とにかく、ヴィクトルの元に急ごう……」
カシャン
足元を見ると、剣の柄につけていた飾りが足元に落ちていた。
俺といい勝負で、素直さのなかった『彼女』。
「面倒臭いから代わりに選べ」と言った俺に、「嫌がらせ」と言って選んだもの。
「これ……」
『彼女』の瞳と同じ色。
夜明けの空のような薄桃色を帯びた紫色の石が割れていた。
◇◇◇
「南方将軍レオネル・フォン・ウィンスロープ公爵閣下、ならびに、東方将軍マクシミリアン・フォン・マーウッド様がいらっしゃいました」
扉の前にいた近衛兵の声に、扉が内側から開く。
相変わらず派手な扉だと思うが、王の部屋だから『威厳』を示すためにも大事なのだろう。
部屋の中にはヴィクトルのほかに、もう一人いた。
西方将軍であるヒョードル・フォン・トライアン伯爵。
どちらも俺の友人だが、国王の前ということで臣下として騎士の礼をとる。
『彼女』はいない。
上着のポケットに入れた、割れた石の重みが増した気がした。
.
「将軍たち以外は全員下がれ」
ヴィクトルが人払いをする。
珍しいことではない。
いつものこと。
だが、俺たちだけになってもヴィクトルは何も言わない。
不思議に思って顔を上げれば、ヴィクトルは普段から垂れ目の目をさらに下げていた。
「レオ、マックス、あのな……」
口を開いたくせに、その後は「あー」とか「うー」とかモダモダするだけ。
こちらは空を飛び続け、夜も野宿だった。
早く話を聞いてひと眠りしたい。
「ヴィクトル」
「あのさ……いや、でも……しかし……」
いい加減に焦れた。
ヒョードルに目を向ける。
「久しぶりだな、ヒョードル」
「あ、うん。……久しぶりだね、レオ。本当に……うん、久しぶり」
ヒョードルまでおかしい。
「お前までどうした? 何か西部で困ったことが起きたのか?」
西部を荒らす山の蛮族が何か仕掛けてきたのか。
その討伐を手伝えという王命か?
「春は山の恵みが多いから、山の蛮族が攻めてくることはないと思う。だから、うん、大丈夫」
大丈夫と言うくせに、ヒョードルは目を逸らす。
こんな落ち着きのないヒョードルを見るのは久しぶりだった。
だが、王国一の新聞社の経営者でもあるヒョードルは判断力がある。
予想通り、ヒョードルは顔を上げると俺をじっと見て、口を開いた。
「落ち着いて聞いて欲しいんだ」
【ヒョードル視点】.「謝りにいったとき、また意地の悪いこと言ったの?」模擬戦のあと何があったのか聞いたら。「嫌いなのはお互い様で、これからは近づくのは最低限にしようと言われただけだ」言われたのは、レオのほうだった。……本当に、アイシャは昔っから容赦ない。好きな子に嫌いと面と向かって言われたらショックなんだよ。男でも泣くんだから。「なんか可愛かった」……まあ、レオは例外だった。恋するレオのメンタルはすごいって思った。僕だったらフウラにそんなことを言われたらショックで寝込んだ。そして、恋するレオのメンタルにつられて、アイグナルドたちがアイシャに飛び掛かったらしい。それをレオは不思議がっていたが、僕にはその理由が分かっていた。.精霊は愛し子以外の人間には興味を持たない。でも、一部で例外がいる。それが、愛し子の子や孫。それは事実として知られているけれど、理由は定かではなく、諸説ある。僕は、愛し子が愛する者なのではないかと思っている。なぜなら、僕を加護するゼフィロスたちは、フウラにとても懐いている。家族になる前の、僕の『好きな子』のときから。フウラはおっとりしてるから、ゼフィロスが甘えても気にしない。髪と戯れ、時折引っ張っても気にせず、むしろ嬉しそうにその毛先を揺らして構っている。嬉しそうなゼフィロスを見ると僕も嬉しくなる。でも、あまりにフウラにくっつくと引きはがす。精霊は本能で行動するし、その見た目も相まって、赤ちゃんと似ている。フウラの胸に埋まろうとしたりするし……いや、その辺りは愛し子の好みかな。レオも僕と同じ好みだからね。アイグナルドたちもアイシャの胸に埋まったらしい。僕はアイシャをそういう目で見たことはないけど、アイシャの胸は大きい。形よくふっくらとしていて
【ヒョードル視点】.僕にとって、レオもアイシャも、どちらも大切な仲間だった。だから、レオから離婚訴訟の裁判を起こすと聞いたとき、「どちらの味方になれないなら司法に任せるのもありではないか」と思った。そこが間違いだったのかもしれない。二人のことが大切だったなら僕は……。僕は……。◇◇◇アイシャのことを思い出すと、一番鮮明に覚えているのは、高等部に入ってすぐの騎士団との模擬戦。あの模擬戦のあと、アイシャは雰囲気を変えた。被っていた特大の猫を脱いだ。「あの性格をよく隠していたな」と、今でも感心してしまう。素のアイシャは、色々と容赦がなかった。あの先代国王に対してあれほどの啖呵を切ったのだから、同級生に遠慮するわけがないのに、なぜかいじめを継続した馬鹿。アイシャは机の中やロッカーの中にスフィンランを忍ばせて対策していた。そして、アイシャの持ち物に悪戯しようとした者は容赦なく凍らせた。池に突き落とそうとした者は逆に突き落とし、氷魔法でそのまま凍らせた。防御も攻撃も容赦がなかった。騒げるものなら騒いでみろという態度も一切隠さなかった。アイシャは彼らが騒げないことが分かっていたんだ。愛し子には王族に対するように接しなければいけない。そのルールを破っているのは彼らのほう。もうこれだけでその罪の言い逃れはできなかった。国王相手に「将軍になんかなってやらない」「そんな義務はない」と啖呵を切ったアイシャ。アイシャは最も魔物が多く出現し、竜も多数目撃される北部を治める将軍になる予定のスフィンランの愛し子。王太子だったヴィクトルが間に入ってアイシャを宥めたが、「ひとまず保留にしてほしい」と結論を先延ばしにするのが精一杯だった。そんな状況でアイシャが「虐めに耐えられない」とか「北部将軍にはならない」なんて言えば、虐めの原因となった者は吊るし上げられ、下手すれば三代くらいまとめて処刑されただろう。アイシャだって、王族のように接しろなんて言っていなかった。目障りなら近寄らなければいい。むしろ、近づくな。鬱陶しい。アイシャはそんな態度を隠さなかっただけだ。.アイシャとレオがちゃんと喧嘩したことが嬉しかった。喧嘩したなら仲裁ができるから。虐めはなんともできない。もちろん「いい加減にしろ」「止めろ」と言うことはできるけど一過性でし
あのときなぜ俺は『彼女』を追いかけたのか。多分、あのまま姿を消してしまうと思ったからだ。『彼女』は本当に優しい。あのときのことがあっても、10年前のことがあっても。結局は、この国に残っている。そして、なりたくないと言った将軍のまま、今もこの国を守り続けている。◇◇◇演舞場から出て、城を探し回り、諦めて学院に戻った俺は訓練場で『彼女』を見つけた。その日はみんな城に行っていたからそこには誰もおらず。無人の演習場で『彼女』は笑い声をあげていた。演習場の中では、『彼女』が楽しそうにスフィンランたちと戯れていた。その姿は軽やかで、舞いを踊っているようだった。飾り気のないシンプルな生成りのワンピースの姿で。周りを白い光がいくつも舞っていて。宝石一つ身につけていないのに、俺の目には『彼女』がキラキラして見えた。『彼女』の笑顔を、俺はこのとき初めて見た。.「冷たっ!」頬に冷たいものが突然当たり、俺は声を上げてしまった。そちらを見れば数匹のスフィンランが怒った顔をしていて――。「ウィンスロープ公子?」先ほどまで楽しげな笑顔が嘘かのように、『彼女』は嫌そうな顔で俺を見ていた。「何の御用ですか?」軽やかだった笑い声も、硬質なものに変わってしまっていた。「愛想がないな」「公子様も人のこと言えませんわ」顎を上げてツンッとそっぽを向く。「性格、変わり過ぎじゃないか?」「馬鹿の振りと愛想笑いに疲れました」何か文句があるのかと言いたげな『彼女』の態度は、毛を逆立てた猫のようだった。思わず笑いそうになったが、探した理由を思い出した。俺は『彼女』に頭を下げた。「すまなかった」顔を上げると、『彼女』はとても驚いていた。「どうした?」「……公子様って、謝ることができる人だったんですね」「お前、俺を何だと思っているんだ?」「謝ったことが一度もない高慢ちきなお坊ちゃま」遠慮のない言葉だったが、的確な表現だった。俺が何も言えないでいると、『彼女』は声をあげて笑った。「謝罪は受け入れます」「寛大な心に感謝する」「でも今後の交流は最低限にしましょう」「え?」「だって、公子様は私のことが嫌いでしょう?」「いや……」反射的に否定の言葉も出たが、そこまでだった。「気にしないでください。私も公子様のことは嫌いなのでお互い様です」
「私は別に構いませんよ」国外追放について、『彼女』は呆気らかんとしていた。「文字が書けて、計算ができるなら、どこでもやっていけます。外国語も頑張ったので、国外だってなんとかやっていけますよ。ここにいる皆さんより言葉も通じる気がしますしね」『彼女』はわざとらしく手を叩いた。「不敬罪は処刑でしたね」処刑についても、あっさりとしていた。「私を殺したら、スフィンランたちは怒るでしょうね」ひとつ頷く。「大精霊を怒らせてはいけないことは、この国の子どもでも知っていること。それこそ孤児でも」「だから大精霊の愛し子たちは、王族と同等以上の扱いを受けられる。それも一般常識」「なのですが」と区切った。「どうやら『孤児の愛し子』は例外のようなので、怒らせたときのスフィンランの報復も例外だといいですね」その言葉に応じるように、スフィンランたちに殺気が宿った。そして手始めとばかりに、観客たちの持っているグラスの中のワインが一斉に凍りはじめた。先代国王の持っていたワイングラスも中が凍り、グラスにヒビが入る。「ひっ……い、愛し子が王である儂に対してなんて無礼を」「そんなに偉いなら、愛し子と同等以上のことをしてください。魔物の討伐とか。そういうの、ノブレス・オブリージュって言うのですよね」「お前は愛し子の責任を放棄するのか?」「ノブレスじゃない孤児にそんなもの期待しないでください。孤児にそういう崇高さはないと言ったのはあんたらでしょうが」……『あんたら』って、淑女教育はどこいった?「命を惜しむか!」「え、惜しまないんですか?」わざとらしいくらい吃驚した顔。「もしかして王侯貴族って命が複数あるんですか? それならなおさら、みなさんが魔物討伐にいってくださいよ」先代国王の顔が怒りで赤く染まった。血圧が心配になる赤さだった。そんな先代国王に対し、まだ言い足りないのか、『彼女』の追撃は止まらない。「私を愛し子として扱わなかったのは皆様のほう。心当たりがないとは言わせません。それなのに力は貸せとは……ずいぶんと虫のいい、図々しい話ですこと」「この国を守らないというのか?」「はい」即答に、会場のざわめきが大きくなる。「私にそんな義理はないですし、自分の命をかけて守りたい家族も名誉もありません」にこっと笑うその目は冷たい。「守ってほしいなら、そ