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第8話

Auteur: クロガネ
母はソファに腰を下ろし、果物をつまむ由奈をじっと見つめていた。

その声はかすれ、いつもの柔らかさを失っていた。

「由奈ちゃん……唯の死亡証明書にサインしたの、あなたなの?」

ぱたん、と由奈の指から葡萄が滑り落ち、床を転がった。

その瞳に一瞬、不安の影が差したものの、すぐに涙をにじませて言う。

「ええ……お姉ちゃんは亡くなったの。二人があまりに悲しむと思って、少し時間を置いてから伝えようとしただけなの」

父は荒い息をつき、理解できないといった顔つきで声を荒らげた。

「どうして俺たちに隠していたんだ」

私の口元は、さらに冷ややかに吊り上がった。

理由は明白だ。由奈は、私を貶める材料を手放したくなかったし、私の死によって彼らの中に築いた自分の立場が揺らぐのを恐れた――それだけのことだ。

由奈はすぐさま言い訳を紡ぎ、母の肩にそっと腕を回した。

しゃくり上げながら、甘えるように言う。

「お姉ちゃんはもういないけど、私がずっとそばにいるから……ね?」

母は顔を覆い、指の隙間から涙がぽろぽろと落ちた。

「でも……私たちは唯の最期にさえ立ち会えなかったのよ」

父はタバコに火をつけ、数度むせ返りながらため息交じりに言った。

「唯は……どこに埋葬されたんだ」

由奈は慌てたようにクッションを握りしめ、視線を泳がせながら言った。

「お姉ちゃん、生前に言ってたの。事故で死んだら、遺骨は海に撒いてほしいって……」

私は鼻で小さく笑った。

由奈はこういう嘘を、呼吸をするように平然と口にする。

父は訝しげに彼女を見たが、唇をわずかに動かしただけで、追及はしなかった。

両親のその反応から察するに、彼らは、由奈が私の遺体を勝手に火葬し、それを隠していたことにすら怒りを覚えていないのだ。

失望することに、あまりにも慣れすぎてしまったのだろう。

心臓のあたりに手を置いてみたが、不思議と今回はそれほど痛まなかった。

その夜、由奈は機嫌を取るように豪勢な料理を並べた。

「お姉ちゃんのために、お墓を建てましょう。これから毎年、みんなでお墓参りに行きましょうね」

まだ不満げだった両親の顔に、わずかながら柔らかさが戻る。

「由奈ちゃんの言う通りだわ。唯はもういないんだから……もっと今そばにいる人を大事にしないとね。由奈ちゃん、私たちにはもうあなたしかいないんだ
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