تسجيل الدخول7歳のとき、妹、高瀬優奈(たかせ ゆうな)とかくれんぼをしている最中に、大地震が起きた。 僕、高瀬湊(たかせ みなと)は先に救助された。けれど、救助隊が昼夜を問わず3日間捜し続けても、妹が隠れた場所は見つからなかった。 両親は目を真っ赤にして僕を問い詰めた。僕は呆然と、同じ言葉を繰り返すことしかできなかった。 「分からない……優奈がどこに隠れたのか、本当に分からない……」 その日を境に、僕を何よりも大切にしてくれた両親は、二度と僕に笑いかけなくなった。 約5年後、両親は優奈を弔うため、地震の爪痕が残る場所へ向かうことになった。僕も一緒に行きたいと告げただけで、母は再び感情を爆発させた。 「出ていって!あんたがかくれんぼなんてしようと言ったから、優奈は死んだのよ!隠れるのが好きなんでしょう。だったら、そこに入っていなさい!」 母は僕をスーツケースへ押し込み、外からファスナーを閉めた。 そこが何年も僕の逃げ場だったことも、外から閉められた今、僕にはもう開けられないことにも気づかないまま……
عرض المزيد母は、もともとこんな人ではなかった。記憶の中の母は、穏やかで、何でも知っている大学教授だった。弁護士の父にも、少しも引けを取らなかった。僕に歴史の本を読み聞かせ、立派な大人になるにはどう生きればいいのかを教えてくれた。僕と優奈がけんかをすると、どちらか一方だけをかばわず、ふたりをきちんと叱った。けれどあの地震以降、僕のせいで、母は激しく取り乱し、理屈も通じなくなり、僕へ残酷な言葉を浴びせるようになった。警察署の一室でも、母は突然立ち上がり、映像を操作していた警察官からマウスを奪うと、日付を次々に切り替え始めた。止めようとした警察官を、年配の警察官が手で制した。それ以上、誰も母を止めなかった。日付が切り替わるたび、別の日に記録された映像が画面に現れた。映っている出来事は違っても、そこにはいつも同じ光景があった。我を失って怒鳴る母。疲れ切った顔で、その母をなだめる父。そして、どの映像にも、母のそばへ音もなく現れる僕がいた。僕が近づくのは、たいてい母の気持ちが少し落ち着いているときだった。母が見ていない隙に、飲み終えたカップへこっそり水を注いだ。壁に飾られた母の写真を、僕は何度も丁寧に拭いた。なかでも、大学の正門前で本を抱え、ひとりで写っている写真は、曇りひとつ残らないほど磨いた。ソファで眠ってしまった母には、毛布を掛けた。母が眠っている隙に、そっと膝へ頭を預け、その匂いを胸いっぱいに吸い込んだこともあった。お母さん。お母さん。お母さん。そんなときだけ、僕はおそるおそる、この呼び名を口にすることができた。ある日の映像では、ソファで眠る母が、悪い夢でも見ているように眉を寄せていた。僕はその背中を軽くたたきながら、幼い頃に母が歌ってくれた子守歌を口ずさんでいた。映像が止まった。停止した画面に、呆然とする母の顔がぼんやり映り込んだ。その顔は、どうすればいいのか分からず、途方に暮れた子どものようだった。長いあいだ、母は悪夢のような日々と、僕への憎しみの中に閉じ込められていた。そのせいで、すぐそばにいる僕の姿が見えなかった。僕もかつては、母に何より大切にされていた息子だった。そのことさえ、母は思い出せずにいた。けれど今、僕の死を告げる知らせが大きな石となり、母と僕を隔てていた厚い
両親への事情聴取は続き、ふたりはすぐには家へ帰れなかった。母があんなふうに取り乱さず、父がうまく説明できていれば、ただの事故として扱われ、すぐに帰れたのかもしれない。僕はそう思っていた。父は腕の立つ弁護士で、頼れる弁護士仲間も大勢いた。それでも警察は、僕のことを知る人たちを次々に呼び、話を聞いた。恵子、児童相談所の職員、担任、近所の人たち。「ご両親は、よく湊くんに『かくれんぼでもしていなさい』と言っていました。そうすると、湊くんは黙ってクローゼットやスーツケースに入るんです。おふたりは『放っておけばいい』と言って、食事の時間になっても呼ばないことがありました」「あの家が上の子をかわいがっていないことは、近所でもみんな気づいていました」「奥さんは、以前は普通だったんですが、いつからか近所で意味の分からないことを口にするようになりました。自分の子どもは優奈ちゃんひとりだけだと、いつも話していたんです。あとになって、優奈ちゃんは亡くなった下のお子さんだと知りました」「ご両親は学校へほとんどいらっしゃいませんでした。湊くんはいつも、ほかの子が帰るまで学校に残り、最後にひとりで帰っていました」「湊くんは児童相談所へ何度か相談に来て、家ではない場所で暮らしたいと話していました。ひどく思い詰めた様子だったため、虐待を受けている可能性もあると考え、学校や市の担当部署と一緒に家庭の状況を確認していたところです」その証言は、ひとつずつ記録に残された。父は、記録された証言に目を通すと、かすかに笑っただけで、何ひとつ否定しなかった。「私はここに残って、必要なことにはすべて答えます。ただ、妻は長く精神科の治療を受けていて、ようやく少し落ち着いてきたところです。これ以上、妻を刺激しないよう配慮していただけませんか」父は母を病院へ戻してほしいと頼んだ。しかし、警察はその求めに応じることができず、代わりに母の主治医を警察署へ呼んだ。主治医が母の状態を見守るなか、事情聴取は続けられた。警察は母の状態に配慮しながらも、必要な事実を確かめる手を緩めなかった。自宅の防犯カメラに残っていた映像が、両親の前で再生された。画面の中で、母がまた激しく取り乱した。テーブルの上のカップをつかみ、僕の頭めがけて投げつけた。僕は動かず、その場に立
父はすべてを淡々と話し終えると、警察官に付き添われ、僕の遺体を確認するため別室へ向かった。いつも冷静で、どんなときも迷わず判断していた父が、その部屋の前で足を止めた。二度、深く息を吸ってから、ようやく中へ入った。父は、そこで僕の遺体を見た。今朝まで生きていた僕は、今は物言わぬ遺体となって横たわっていた。体の広い範囲が黒く炭化し、手足の先は一部が失われていた。何より痛ましかったのは、狭いスーツケースの中で折り曲げられたまま硬直した体と、ひどく歪んだ顔だった。最後にどんな表情をしていたのか、もう読み取ることさえできなかった。「これが……息子なんですか」父の声はかすれていた。目の前にいるのが僕だと、まだ信じられないようだった。警察官は、すぐには答えなかった。父の視線の先には、黒く焦げたスーツケースも置かれていた。今朝、父が車へ積んだ、あのスーツケースだった。部屋の中は、しんと静まり返った。そのとき、廊下から甲高い声が響いた。「湊はどこ?今すぐ出てきなさい!いつまでこんなことを続けるつもりなの?警察まで巻き込んで、何を考えてるのよ!」僕が母の声に引かれるように廊下へ出ると、母は制止する警察官たちの手を振りほどいていた。まるでこの部屋にいると分かっているかのように、迷わず中へ駆け込んでくる。そして、父と目が合った。「湊も、ずいぶん大がかりな芝居をするようになったのね」そう言い放ったものの、声の震えは隠せていなかった。若い警察官が、気まずそうに父へ説明した。「こちらの方が、亡くなった湊くんの母親だとおっしゃって、どうしても中へ入ると聞かなくて……」「亡くなった?湊が死ぬわけないでしょう。あんな大きな地震でも、生き残ったんだから……」母はいつものように声を張り上げた。けれど、頭上の白い照明に照らされた顔からは、すっかり血の気が引いていた。言葉はそこで途切れた。室内にかすかに漂う遺体の臭いが、母の鼻をついた。次の瞬間、母は壁へ手をつき、激しくえずいた。かたくなに視線を下げまいとしていた母も、とうとう涙でにじむ目を僕の遺体へ向けた。黒く焼け焦げた体。顔にはもう、もとの面影さえ残っていなかった。母が、あれを僕だと分かったのかは分からない。僕に見えたのは、苦しそうに何度もえずき、そ
車内は、物音ひとつしないほど静まり返った。ハンドルを握る父の手には、青い血管が浮いていた。一度だけ母へ顔を向け、すぐに前へ向き直った。その横顔は、母がどう反応するのかを恐れているようだった。母はしばらく戸惑ったように黙り込み、今聞いた言葉を理解しようとしていた。けれど、僕の名前を聞いた途端、母の顔から戸惑いが消えた。眉間にしわが寄り、代わりに見慣れた怒りが浮かんだ。「湊?あの子のことなんて、もう忘れかけてたのに!今度は何をたくらんでるの?優奈が生まれ変わって幸せになるのが気に入らなくて、また私たちを困らせようとしてるんでしょう。今度は誰かと口裏を合わせて、死んだふりまでしたの?そんなに死にたいなら、あの地震でがれきの下敷きになって死ねばよかったのよ!」母は息を継ぐ間もなく、僕を罵り続けた。僕は、思わずほっとした。よかった。母は、僕が本当に死んだとは思っていない。もし本当に死んだと知っても、それで母が喜ぶのなら、僕はそれでもよかった。僕は母へ、力なく笑いかけた。家に着くなり、母は声を張り上げて僕を呼んだ。「湊!どこにいるの!今すぐ出てきなさい!」あの地震以来、母は、悪いことが起きるたびに僕のせいだと思うようになった。母は僕へ怒りをぶつけることで、優奈を失った苦しみを少しでも和らげていたのだと思う。「どうして出てこないの?隠れて死んだふりをしていれば、優奈と同じように心配してもらえるとでも思った?そんなこと、あるわけないでしょう!」母は家中の扉を開け、僕を捜し回った。「出てきなさい!今度こそ児童相談所に連絡して、施設へ入れてもらうから。優奈が言ったように、私はこれから前を向いて生きるの。だから、もう私を困らせないで!」どうして母が突然、あれほど取り乱して僕を捜すのか分からなかった。これまでは、僕の姿など見たくないと言っていた。僕がクローゼットやスーツケースへ隠れたまま、二度と出てこなければいいとさえ思っていたはずだ。それなのに、本当に僕がいなくなった今、どうして母は家中を捜しているのだろう。父が慌てて母へ駆け寄った。「落ち着け。湊なら、田中さんに頼んで、いったん別の場所へ連れていってもらった。数日したら遠くの親戚に預ける。もう二度と会わなくて済む」父がはっきりそう言い切る