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第7話

Penulis: 夢読
クルーセンターを出た遥は、空港のベンチに腰を下ろし、三時間ものあいだ、ぼう然と座り続けていた。

その三時間、彼女の目に映る空港のあらゆる場所が、次々と記憶を呼び起こしていった。

――八年前、俺たちが初めて出会ったのは、保安検査場だった。

あのとき、彼女は初めて客室乗務員として空へ上がる日だった。

興奮のあまり一晩中眠れず、精神的にも少し不安定だったのだろう。検査の途中で社員証を床に落としてしまった。

それを拾って渡したのが、俺だった。

その小さな出来事が、俺たちの最初の出会いだった。

それからというもの、フライトが終わるたびに彼女は「夜食でもどう?」と誘ってくるようになった。

一度、二度と。

いつのまにか、俺たちはただの同僚から、恋人になっていた。

あの頃、俺たちはこの空港の隅から隅までを一緒に歩いた。

そして、運が良いことに、間もなく同じ路線に配属された。これはきっと、すべてのクルーカップルにとって最高の幸運だっただろう。

国内を飛び、海外を飛び、世界中の空に二人の足跡を残した。

やがて俺たちは、社内でも「理想の夫婦」と呼ばれるようになった。

そして、付き合って五年目――この空港で結婚式を挙げた。

同僚たちは何度も言っていた。「もし恭弥が現れなければ、きっと二人は今でも一緒にいたのに」って。二回目の五年も、三回目の五年も……と。

けれど、俺はわかっている。恭弥がいなくても、きっと誰かが現れていた。

――愛するかどうかは、他人ではなく、自分自身の問題なのだ。
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