姉として愛されたかっただけなのに、今さら母が泣いても遅い

母はきっちりとした服装で祖母の家の前に現れ、ドアを叩きながら怒鳴り散らした。

「アヤメはどこよ！さっさとこの書類にサインしてよ。

ただの角膜提供の同意書よ？片目だけ残しておけば十分でしょう？ケチくさいったらないわ」

冷ややかな表情で母を見つめる祖母は静かに言った。「アヤメは......5年前に亡くなったんだよ」

すると、母の小百合は鼻で笑い、「病気なのはあんたの孫よ？それでもアンタ、家族じゃない人をかばう気？」と言い放つ。

「もしアヤメがいなかったら、レンの目はこんなことにはならなかった！

私は両目を取らなかっただけでも、母親として十分に情けをかけてるつもりよ！」

ピシャッ―！

祖母は思い切り母の頬を打った。「あんたなんか、アヤメの母親失格だ！」

母はその一撃で倒れ込む。

おばあさん......！

私の目に涙がにじんだが、それは誰にも見えていない。

祖母の手は、打ち終わった後も震えていた。

抱きしめようと手を伸ばすが、その手は祖母の体をすり抜けてしまう。

若い頃の母は腺筋症にかかり、医者からは「妊娠は難しい」と言われていた。

母はひどく落ち込んでいたが、そんな時に祖母が道端で私を見つけて、家に連れて帰ってきた。

最初、母は私を育てる気はなかったが、「拾った子どもは息子を授かる縁起物」だと聞くと、わざわざ私を引き取って「アヤメ」と名づけた。

その後、母は思い通りに妊娠し、念願の息子・レンを産んだ。

それからというもの、母は私に一切の関心を持たなくなった。

こうして私はいつしか、レンの世話をするだけの存在になっていた。

「アヤメ、外に行ってレンにアイスクリーム買ってきて。あの子が食べたいって言ってるから」

どしゃ降りの雨を見つめてためらったけど、私は出かけた。

「アヤメ、レンのパンツは冷たい水で洗って。冷水のほうが気持ちいいんだって」

雪がしんしんと降り積もる中、私は凍えるような冷たい水で洗濯をした。

その夜、母に薄いパジャマのまま外に追い出された。

「あんた、レンを突き飛ばしたんだって？あの子は私たちの宝物なんだよ？死にたいのかい？

出ていきな！」

その夜、私は凍えながら廊下で一晩中うずくまって、死にかけた。

高校最後の試験では高得点を取った。どこにでも合格できるほどの成績だった。

......それなのに、届いたのは専門学校の合格通知だった。

母はニヤニヤと通知書を受け取り、二百万円も手にして笑っていた。

「どうぞご心配なく。あの子の写真なら自由に使っていただいていいですから」

......母はレンのために二百万円を貯金するため、私の志望した学校を勝手に書き換えていたのだ。

専門学校を卒業すると、今度は母が頭を抱え始めた。レンの家を買うにはまだ頭金が足りないとわかって、今度は私に目をつけた。

「隣のマンションに住んでる人がね、あんたのこと気に入ったんだって。六百万円の結納金を払ってくれるって。来月には結婚式よ」

その相手は五十歳を超えた男で、暴力をふるうという噂もあった。

母がその話を諦めたのは、祖母が身をもって止めてくれたからだった。

今この時も、母は打たれた頬を手で押さえながら、祖母をにらみつけている。その目には憎しみが宿っていた。

「今日アヤメが見つからなかったら、絶対に黙ってなんかいないから」

そう言うと、母は祖母を激しく突き飛ばした。

祖母はよろけて、倒れそうになったが、なんとか踏ん張った。

「これ以上やるなら、警察を呼ぶよ」

祖母の言葉にも、母は小馬鹿にしたように鼻で笑った。

「誰が私の家族のことに口を出せるっていうの？」

祖母が何も言わないと見るや、母は部屋中をくまなく探し始めた。

けれど、祖母の小さな家をひっくり返しても、私の姿は見つからなかった。