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偽物の令嬢に命を絶たれるまで

偽物の令嬢に命を絶たれるまで

By:  ぽよちゃんいきまーすCompleted
Language: Japanese
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西都市一の資産家である産みの親に見つけられ、家族の一員として迎え入れられた十年目――私は、二人が施してくれた古い貸家で命を落とした。 そのとき、私の息子はまだ三歳だった。 死ぬ直前、犯人はまるで悪ふざけのように、私に三度だけ助けを求める機会を与えた。「誰かが来てくれれば、子どもは助けてやる」――そう言った。 最初の一度目。私は、十五年間私を探し続けてくれた父に電話をかけた。 父は偽物の令嬢のための誕生日パーティーで、使用人たちに飾りつけの指示を出している最中だった。不機嫌そうに電話口に出ると、こう言った。 「由夏、今日はお前の妹の誕生日だぞ。何を縁起でもないことを言っているんだ」 二度目。私を家に連れ戻し、「幸子(さちこ)」という名前を「由夏(ゆか)」に変えてくれた母に電話した。 だが、受話器の向こうで偽物の令嬢が電話を奪い取り、勝ち誇ったような笑い声が聞こえた。 「お姉ちゃん、もう少しマシな嘘ついたら?そのみすぼらしい身なりじゃ、全身探しても百円も出てこないでしょ。犯人も見る目がないわね」 三度目。私は翔太(しょうた)の父であり、法的には私の夫に当たる男、菅野悠也(かんの ゆうや)に電話をかけた。 だが彼は「今は会議中で相手できない」と言い、「おとなしくしていれば来週の家族の食事会に連れて行ってやる」とだけ告げて電話を切った。 通話が途絶えた瞬間、私の心は絶望で満たされた。目の前で薄ら笑いを浮かべる犯人を見ながら、私は人生最後の二通のメッセージを送った。 一通は血まみれの自分の写真。もう一通は、今の気持ちを込めた短い言葉。 【私はもうすぐ死ぬ。来世では、どうか私を家に連れ戻さないで】

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Chapter 1

第1話

西都市一の資産家である産みの親に見つけられ、家族の一員として迎え入れられた十年目――私は、二人が施してくれた古い貸家で命を落とした。

そのとき、私の息子はまだ三歳だった。

死ぬ直前、犯人はまるで悪ふざけのように、私に三度だけ助けを求める機会を与えた。「誰かが来てくれれば、子どもは助けてやる」――そう言った。

最初の一度目。私は、十五年間私を探し続けてくれた父に電話をかけた。

父は偽物の令嬢のための誕生日パーティーで、使用人たちに飾りつけの指示を出している最中だった。不機嫌そうに電話口に出ると、こう言った。

「由夏、今日はお前の妹の誕生日だぞ。何を縁起でもないことを言っているんだ」

二度目。私を家に連れ戻し、「幸子(さちこ)」という名前を「由夏(ゆか)」に変えてくれた母に電話した。

だが、受話器の向こうで偽物の令嬢が電話を奪い取り、勝ち誇ったような笑い声が聞こえた。

「お姉ちゃん、もう少しマシな嘘ついたら?そのみすぼらしい身なりじゃ、全身探しても百円も出てこないでしょ。犯人も見る目がないわね」

三度目。私は翔太(しょうた)の父であり、法的には私の夫に当たる男、菅野悠也(かんの ゆうや)に電話をかけた。

だが彼は「今は会議中で相手できない」と言い、「おとなしくしていれば来週の家族の食事会に連れて行ってやる」とだけ告げて電話を切った。

通話が途絶えた瞬間、私の心は絶望で満たされた。目の前で薄ら笑いを浮かべる犯人を見ながら、私は人生最後の二通のメッセージを送った。

一通は血まみれの自分の写真。もう一通は、今の気持ちを込めた短い言葉。

【私はもうすぐ死ぬ。来世では、どうか私を家に連れ戻さないで】

・ ・ ・ ・ ・ ・

電話がつながったとき、父は妹・伊藤春奈(いとう はるな)の誕生日パーティーの飾りつけを使用人たちに指示していた。

スマホに目を落とすと、眉をひそめて出た。

「今度はなんだ?」

私は、犯人が握る血まみれのナイフを見つめながら、震える声で答えた。

「お父さん、私と翔太が監禁されてるの……お願い、翔太だけでも連れて行って……」

翔太は私の息子。今年三歳。

犯人が押し入ったとき、私は彼を寝かしつけていた。今、彼は私の足元で横たわり、たくさん血を流している。

「由夏、いい加減にしろ。騒ぎを起こさんと落ち着かないのか?今日は春奈の誕生日で忙しいんだ。変なこと言うんじゃない!」

父は私の声を遮り、使用人に声を張り上げた。

「おい長岡(ながおか)、春奈のケーキは届いたか?二十段にしとけって店に念押ししたんだ。足りてるか、しっかり確認してくれ」

電話は乱暴に切られ、受話器の向こうには無機質なビジー音だけが響いた。

胸が締めつけられる。今日は――私の誕生日でもあった。

二十五年前、私と春奈は同じ病院で生まれた。

だが看護師の手違いで名札が取り違えられ、運命の歯車は狂い出した。

春奈は西都市で名の知れた令嬢として大切に育てられ、私は田舎で足の悪い老人にゴミ箱から拾われた子どもとして、生きても死んでも構わないような扱いを受けてきた。

幼い頃から働かされ、まともに食事も与えられず、極度の空腹で豚と残飯を奪い合い、豚小屋で倒れていた。

目覚めたとき、耳の一部が欠けていた。養父はそれを「幸薄い」と呼び、「幸を失くしたから、もう一生満たされることはないのだ」と言った。

それでも、幸せな瞬間はあった。十五歳の誕生日、初めてお腹いっぱいに食べられた。そのときの食事は温かい味噌汁と、大きなおにぎりが二つ。

養父が私を隣村の障害を持つ男に嫁がせ、その家から結納金をもらったのだ。「これでお前も楽になる」と聞かされたその矢先、産みの親が突然私を迎えに現れた。

「ずっと探していた娘だ」と言って家族の一員として連れ戻し、春奈と仲良くしてほしいと告げられた。

けれど翌日にはもう、私は気づいていた。住む場所が変わっても、私への蔑みも乱暴な扱いも、何ひとつ変わらないのだと。

二十一歳のとき、春奈の婚約者、悠也が酔って私が住む物置部屋に押し入った。

私は妊娠し、そのまま結婚して、名前も「菅野由夏(かんの ゆか)」に変わった。

私はもうすぐで死ぬ。

――そう考えると、意外と心が軽くなった。すぐ死ぬのだから。

そのとき、足元にいる息子が、ぴくりと動き、無意識に「ママ」と一声漏らした。

呼吸が一瞬途切れ、私は苦笑いをし、録画を続ける犯人の方を見やった。

「二回目のチャンスを使うよ」

二回目は、私は母に電話をかけた。

彼女は有名な慈善家だ。その活動はいつも新聞の一面を飾り、一年に寄付したお金を紙幣にすると、西都市を三周できるほどだと噂されている。
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松坂 美枝
クソ家族が崩壊した話だった 実の娘をあそこまでないがしろにして孫までいい暮らしをさせない 実の息子すらぎりぎりまで気にかけなかったクズ 偽お嬢の巨悪の塊 子供の幸せを祈るわ
2025-10-12 09:22:16
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第1話
西都市一の資産家である産みの親に見つけられ、家族の一員として迎え入れられた十年目――私は、二人が施してくれた古い貸家で命を落とした。そのとき、私の息子はまだ三歳だった。死ぬ直前、犯人はまるで悪ふざけのように、私に三度だけ助けを求める機会を与えた。「誰かが来てくれれば、子どもは助けてやる」――そう言った。最初の一度目。私は、十五年間私を探し続けてくれた父に電話をかけた。父は偽物の令嬢のための誕生日パーティーで、使用人たちに飾りつけの指示を出している最中だった。不機嫌そうに電話口に出ると、こう言った。「由夏、今日はお前の妹の誕生日だぞ。何を縁起でもないことを言っているんだ」二度目。私を家に連れ戻し、「幸子(さちこ)」という名前を「由夏(ゆか)」に変えてくれた母に電話した。だが、受話器の向こうで偽物の令嬢が電話を奪い取り、勝ち誇ったような笑い声が聞こえた。「お姉ちゃん、もう少しマシな嘘ついたら?そのみすぼらしい身なりじゃ、全身探しても百円も出てこないでしょ。犯人も見る目がないわね」三度目。私は翔太(しょうた)の父であり、法的には私の夫に当たる男、菅野悠也(かんの ゆうや)に電話をかけた。だが彼は「今は会議中で相手できない」と言い、「おとなしくしていれば来週の家族の食事会に連れて行ってやる」とだけ告げて電話を切った。通話が途絶えた瞬間、私の心は絶望で満たされた。目の前で薄ら笑いを浮かべる犯人を見ながら、私は人生最後の二通のメッセージを送った。一通は血まみれの自分の写真。もう一通は、今の気持ちを込めた短い言葉。【私はもうすぐ死ぬ。来世では、どうか私を家に連れ戻さないで】・ ・ ・ ・ ・ ・電話がつながったとき、父は妹・伊藤春奈(いとう はるな)の誕生日パーティーの飾りつけを使用人たちに指示していた。スマホに目を落とすと、眉をひそめて出た。「今度はなんだ?」私は、犯人が握る血まみれのナイフを見つめながら、震える声で答えた。「お父さん、私と翔太が監禁されてるの……お願い、翔太だけでも連れて行って……」翔太は私の息子。今年三歳。犯人が押し入ったとき、私は彼を寝かしつけていた。今、彼は私の足元で横たわり、たくさん血を流している。「由夏、いい加減にしろ。騒ぎを起こさんと落ち着かないのか?今日は春奈
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第2話
母の孤児院でのインタビューを見たことがある。子どもが描いた一枚の絵を見て、華やかな衣装を着込む彼女がその場で涙をこぼし、「一億を出してこの子たちのために絵画展を開きたい。将来は留学させてあげたい」と赤い目で語っていた。けれど私の翔太には、そんなにいらない。彼を暖かく迎え、生きていけるようにしてくれるだけでいい。電話は前よりずっとはやくつながった。「お母さん、私と翔太が監禁されて、殺されそうになってるの。すぐに来て、翔太だけでも連れてってくれない?」受話器の向こうが一瞬静まり返ったかと思うと、どっと笑い声が広がった。春奈――私の妹であり、偽りの令嬢がスマホをひったくって、嘲るように笑っている姿が目に浮かぶ。「お姉ちゃん、もう少しマシな嘘ついたら?そのみすぼらしい身なりじゃ、全身探しても百円も出てこないでしょ。金積まれても誰も相手にしないのに、なんで監禁されてんの?あはは、笑わせないでよ。ねえ、ママもそう思うでしょ?」母は春奈の艶やかな髪を愛おしそうに撫で、上品な微笑みを浮かべた。「ええ、春奈の言うとおりね」そして、通話中のスマホを冷ややかに見下ろし、吐き捨てるように言った。「もう切りなさい。幸子は田舎で育って性根が歪んだのよ。あんたの誕生日パーティーの最中に電話をかけてくるなんて――本当に、場の空気が読めない子ね」氷のように冷たい言葉が耳に突き刺さり、唇の奥に鉄の味が広がる。違う――私は嘘なんてついてない。性根が歪んでるなんて、そんなこともない。それに、私の名前は幸子じゃない。由夏だ。お母さん、あなた自身がつけてくれた、大切な名前――由夏だ。春奈は電話を切らずに、「ちょっと外で話す」と言い訳して、ベランダに出たようだ。「お姉ちゃん、聞いてる?パパもママも、あんたなんかにかまってる暇はないの。可哀想ぶって注目されようなんて思わないで。今日は私の誕生日。二人は私のことしか考えてないんだから。それに悠也さんもよ。海外の仕事を断って、私のために帰ってきてくれたの。これでわかったでしょ?素直に負けを認めたらどう?」その声は勝ち誇った人間特有の、気だるげな響きを持っていた。でも私は、もうそんなことを考えている余裕はなかった。翔太が目を開けたのだ。彼は恐る恐る私のそばに這い寄ってくる。真っ黒
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第3話
犯人は片眉を上げた。「親にさえ見捨てられたんだ、誰に電話できるっていうんだ?いい加減諦めろ」かつて、養父に縛られ、見知らぬ男のベッドに運ばれていったあの時も、同じ言葉を聞かされた――「もう諦めろ」と。でも、私は従わなかった。あの男の腕を噛みついて逃げ、村の入り口で私を探しに来てくれた父に鉢合わせた。以来、私の運命は変わった。手首は紐で深く切られて血がにじんだが、痛みは遠く、ただ執拗に犯人を見つめる。「三度目のチャンスをください」三度目の電話は、翔太の父、悠也にかけた。「悠也、私はもうすぐ死ぬの。翔太を連れて行ってくれない?彼はもう三歳、あなたに会いたがってるのよ」悠也はため息をついた。「由夏、今度はなんだ?俺は仕事で忙しいんだ、悪ふざけに付き合ってる暇はない。今月の養育費もちゃんと振り込むから、金を受け取ったらおとなしく引っ込んでろ、余計な騒ぎを起こすな」息子は父の声を聞くと、突然犯人の手を振りほどき、大声で「パパ」と叫んだ。悠也は一瞬、息を呑み、呼吸が重くなった。私は彼が心を動かされたのかと思い、再び話しかけようとしたが、彼の冷たい声に遮られた。「余計な騒ぎを起こすなって、さっきも言ったはずだ。養育費は一銭たりとも欠かさず払う。だが、もし春奈と張り合うために俺の息子まで巻き込んちまうなら、許さないからな!」受話器の向こうで、春奈が甘えるように声を上げる。「悠也さん、ケーキ切るから早く来て!」悠也は軽く笑いを漏らし、「来週、お前と子どもを家族の食事会に連れてってやる」と一言を残して、慌ただしく電話を切った。三度目のチャンスは、あっけなく終わってしまった。私は叫び声を上げ、スマホに手を伸ばしてもう一度かけようとした。あと少しで届くそのとき、スマホは犯人に蹴飛ばされた。彼は息子の片足をつかんで私の前に引きずり、唇の端を歪めて嗜虐の微笑みを浮かべた。「ほら、言っただろ。もう諦めろって。これで懲りたか?」息子は泣きながら私の懐に飛び込み、ほっぺは恐怖で真っ赤になっていた。「ママ、こわいよ……ママ……」私は彼の乱れた髪を撫で、涙が止まらなくなった。「翔太、怖くないよ。ママが守ってあげるからね」犯人は嘲るように鼻で笑った。「守るってどうやって?」私は鼻をすすり、目に決意が
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第4話
「お母さん!お願い、電話に出て!翔太を迎えに来てほしいなんて言わない、連れて帰らなくていいから、とにかく電話に出て!お願い!」「奥様、あの……」私の泣き叫ぶ声と、長岡の必死の懇願に、化粧の整った母の顔にわずかな皺が寄った。しばらく沈黙が続いたあと、母はしぶしぶ手を伸ばした。その瞬間、春奈が現れ、後ろには満面の笑みを浮かべた父と悠也が続いていた。「ママ、早く来て!家族写真を撮るよ!」春奈は小鳥のようにはしゃいで手を振る。母はためらった。「由夏から電話が……ちょっと取ってみるわ。みんな先に行ってて」春奈の目が赤く潤み、周囲をちらりと見回してから、ふくれっ面で外へ飛び出した。悠也が慌てて追いかける。父は険しい顔つきでスマホを奪い取り、地面に投げつけた。「由夏のやつ、今日が春奈の誕生日だってわかってて騒いでるんだ!お前までまたその口車に乗るのか?この数年、あいつのせいで春奈がどれだけ辛い目にあったか、忘れたのか?」母が反論する。「忘れてなんかないわ。でも……今日は由夏の誕生日でもあるのよ……」父は顔を背け、冷たく言い放つ。「今日で死ぬわけでもあるまい。来年ケーキを買ってやればいいだろう。もういい、早く春奈をなだめて来い。待たせるな」ため息をつくと、母はハイヒールで無造作にスマホの画面を踏み砕き、そのまま父と一緒に去っていった。狭い貸家には泣き声は消え、犯人だけが私を見下していた。「ほんと、可哀想なやつだな。結末がわかってるのに、ここまで何度も足掻くなんて愚かだ。最後だから正直に教えてやるよ。俺はお前の妹――春奈に金で雇われた。俺に渡す報酬だって、彼女が言い訳をつけて親に出してもらったんだ」私は黙ったまま、息子の頬に口づけをした。「遺言だけ残したいから、離してくれない?」犯人は一瞬呆れた表情を見せたが、同意した。スマホを手にして、私は家族のグループチャットに二通のメッセージを送った。一枚の血まみれの写真と、今の気持ちが込められた短い言葉。【私は本当に死ぬの。来世では、どうか私を家に連れ戻さないで】送信したあと、私は息子に笑いかけ、犯人に飛びかかって押さえつけた。「翔太、走って!早く!」「貴様、よくも俺をだましたな!」ブスッ!ナイフが私の腹を何度も刺し貫く。痛みを感じない
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第5話
三人は一瞬、互いに目を合わせ、心臓が激しく跳ね上がった。悠也が電話を取ったとき、周囲を気にする様子もなく話した。だから両親だけでなく、隣で彼にピッタリくっついている春奈にも、その会話は丸聞こえだった。春奈は苛立ったように母の腕を揺さぶる。「最近の詐欺ってほんと悪質よね!目的のために手段が選ばないもの。ほら、写真までこんなふうに加工して!翔太くんはお姉ちゃんと一緒だし、もし本当に何かあったなら、どうしてお姉ちゃんが私たちに連絡してこないの?絶対に詐欺よ!」母はさっきの着信を思い出し、不安そうに口を開いた。「由夏、本当に何かあったんじゃないかしら……?」父はいつものように否定せず、ただ写真を見つめたまま黙り込んでいる。死の間際まで翔太を心配していたからだろうか。再び目を開けたとき、私はもう肉体を離れた魂となって、両親のそばに立っていた。家族の目に浮かぶ疑念を見て、胸がずしりと沈む。春奈が口を尖らせながら言う。「そんなにお姉ちゃんが心配なら、会いに行けばいいじゃない。私は一人でも誕生日くらい過ごせるから」父は彼女の頭を優しく撫でた。「お前のために今日、予定を全部キャンセルしたんだぞ。置いていくなんてできるか」母も笑顔を作って頷く。「そうよ、プレゼントだってたくさん用意してるんだから」春奈は満足そうに微笑み、両親の腕を取って宴会場へ引っ張ろうとする。「やっぱりパパとママは最高!」――そう、春奈にとって両親はいつだって最高だった。私が同じように甘える機会なんて一度もなかった。最初は遠慮していたが、その後は「してはいけない」と悟っていたのだ。少しでも私が親に近づけば、少しでも気を引こうとすれば、春奈の機嫌を損ねた瞬間、私はあっさり切り捨てられる。今もまた、その繰り返しだ。「お義父さん、お義母さん」――悠也の声が三人の足を止めた。「さっき由夏に何度か電話をかけたけど、出なかった……」私は苦笑した。スマホなんて、とっくに犯人に壊されている。出られるはずがない。両親は顔を見合わせ、不安を隠さなかった。私はこれまで、悠也と両親の電話を無視したことなど一度もなかったのだ。たとえ春奈のために私を罵倒する電話でも、すぐに出ておとなしく聞いていた。なのに今は……二人は無意識にスマホを探し
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第6話
「その警察からの電話だって詐欺かもしれないし、そもそも相手は本当に警察なの?その警察署だって存在しないかもしれないでしょ?」悠也は冷たい視線を春奈に落とす。二人は数秒間見つめあったが、春奈は何度か目を逸らそうとした。最後に悠也は視線を引き、やや冷淡に言った。「真偽はともかく、翔太は俺の息子だ。放ってはおけない」そう言うと、父と母の方を向き、さらに付け加えた。「翔太がどういう経緯で警察にいたのか、由夏にも説明する義務がある。彼女はどこにいるのか、二人なら知ってるだろう?」一時間後、一台の高級車が警察署の前に停まった。悠也が先にドアを開け、父と母が続いて降りる。魂になった私は急いで署内に駆け込み、翔太を抱きしめ、震える小さな体を必死に落ち着かせようとした。「先ほどお電話をいただいた菅野です。息子はどこに?」悠也の声が外から聞こえ、翔太の目がふっと明るくなる。付き添いの女警官が翔太の反応に気づき、そっと手を取って尋ねる。「ぼく、お父さんに会いに行こうか?」翔太はしばらく固まって、隅っこに縮こまったままだった。だがドアから入ってきた悠也が血にまみれた翔太を見ると、すぐに駆け込んできた。翔太は叫び声を上げて激しく暴れ出す。「翔太、もう大丈夫だ、パパだよ!」悠也は声を震わせ、目に哀しみを浮かべる。父はその様子を目にすると、思わず怒りを爆発させ、私を罵った。「由夏のやつ、何を考えてるんだ!春奈の誕生日を台無しにするために、子どもまで捨てるつもりか!」母は周囲を見回し、私の姿がないことを確認すると、深いため息をついた。「由夏……今回は本当にやりすぎたわ」見かねた女警官が翔太を抱き上げる。ようやく全員が彼の姿をはっきりと目にした。服は泥と血で汚れ、かつてのふっくらとした可愛い顔は影もない。全身から不潔な臭いが漂い、小さな物乞いのようだった。やがて、情報を確認し終えた男警官が近づいてきた。「発見されたとき、相当なショックを受けていたようで、しばらくまともに言葉が出ませんでした。ただ私たちの手を必死に引っ張って、走り回っていて……色々と聞いてみたのですが、事情が分からないまま、とにかく保護して連れてきたんです」父と母は信じられないといった顔を見合わせ、普段は冷静な悠也でさえ驚きを隠せな
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第7話
悠也は女警官から慎重に翔太を受け取り、大きな手でその細い背をやさしく撫でた。「翔太、もう怖くないぞ。パパが迎えに来たんだ。一緒に帰ろう、な?」翔太は必死に悠也の手を掴み、唇を震わせながら声を絞り出した。「……たす……け……ママ……」悠也は一瞬動きを止め、耳を息子の口元に近づける。「翔太、何て言った?」小さな指が彼の掌に食い込み、震えを抑えながら、翔太は何度も言い直そうとした。ようやく聞き取れた言葉に、悠也は息を呑み、周りを見渡しながらゆっくり繰り返す。「……『ママを助けて』……だと……」パトカーは一時間ほど走り、都会の高層ビル群が遠ざかり、荒れた風景へと変わっていく。古びた住宅地の一角に差しかかったとき、車はようやく停まった。過酷な状況を数多く見てきた悠也でさえ、その環境に一瞬言葉を失った。デコボコの路地を歩いていくと、鼻を刺すカビと腐臭が漂い、彼の眉間の皺は深まるばかりだ。「……信じられない。毎月送ってる養育費なら、別荘を買ってもお釣りが来るはずなのに。なんで、こんなボロアパートなんかで……」後ろを歩く父と母は気まずげに顔を見合わせる。二人とも、悠也が私に多額の養育費を払っていたことを知っていた。そして、それが一度も私の手に届いたことがないことも。なぜなら、養女でありながら、彼らにとって宝物のような春奈は、道端の野良犬に贅沢なご馳走を食べさせることはあっても、私に一円たりとも渡すことはなかったのだ。最初は何度も訴えた。けれど、返ってくるのは決まってひとこと。「お金がなくても生きてこられたでしょ?」――そう、煌びやかな生活も、生き延びるだけの生活も、生きていくことに変わりがない。しかし、私がどう生きてこられたなど、彼らには関心がなかったのだ。養育費を絶たれ、家を出るときに残っていた貯金もあっという間に底をついた。幼い頃に味わった飢えや寒さ、罵倒や暴力――あの記憶を翔太に背負わせるわけにはいかなかった。薄暗い安アパート、安売りの野菜、継ぎ接ぎだらけの服。それでも息子と一緒に暮らしていけるなら、それで十分だと思っていた。だが――そんな私たちを邪魔者にし、排除したい者がいた。狭い路地にパトカーが停まる。父と母が先に飛び降り、私の部屋へ駆け寄った。玄関先に立った途端、
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第8話
私は、部屋に入ってきた一人ひとりの目を見つめ返した。警察が踏み込むと、その眉間には深いしわが刻まれた。すぐに黄色いテープで警戒線が張られ、父と母、そして悠也は外へ追い出される。母は玄関先で膝を崩し、恐怖と悲嘆に押し潰されながら泣き叫んだ。「由夏……どうして……どうしてこんなことに……!嘘よ……こんなの……ありえないわ!由夏!」泣き崩れるその姿には、恐怖と本能の慟哭が入り混じっていた。やがて、私の遺体が担架に乗せられ、アパートの中から運び出される。母はその上に身を投げ出し、直視することもできず、ただしがみついた。「嫌よ……なんでこんなことに……私の由夏よ……!」声が枯れるほど叫んだかと思うと、そのまま意識を失って崩れ落ちた。悠也はなんとか足を踏ん張り、私の顔を凝視した。そこには無数の切り傷が走り、面影を失うほどに無様になっている。「由夏……」彼は私の名を低く呟き、拳を固く握り締めた。怒りとも悔しさともつかない感情が交錯する表情で、かすれた声を落とす。「……違う、信じない……これはきっと何かの悪ふざけだ……俺が誕生日を祝ってあげなかっただけでこんなことをするなんて……ひどいよ、由夏。こんな冗談、全然笑えないぞ!」そう言って私を揺り起こそうと手を伸ばした瞬間、検視官が彼の腕を遮った。冷たい声が落ちる。「被害者が、命を賭けてふざけているとても?」その言葉に悠也の表情は凍りつき、私はその横顔を見ながら冷笑を堪えきれなかった。最初に冷静さを取り戻したのは父だった。彼は一歩も動かず、ただ検視が終わるのを見守っていた。そして、検視官が手袋を外した瞬間、大きく息を吐き出し、堰を切ったように涙を流した。震える足取りで近づき、掠れた声で尋ねる。「本当に……本当に、由夏なのか……?」検視官は彼を一瞥し、重々しく頷いた。「被害者は生前、長時間にわたり非人道的な虐待を受けていました。刀傷は七十六ヶ所、棍棒による外傷が三十二ヶ所、その他にも――」父は耐えきれず、その場に崩れ落ち、魂が抜けたように呻いた。「……そんな……そんな馬鹿な……」警察が厳しい面持ちで口を開いた。「現場の状況から見て、強い怨恨による犯行と判断されます」悠也に送られ帰宅した両親は、一夜にして十歳は老け込ん
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第9話
「六億……春奈、そんな大金をどうやって用意したの?いったい何に使うつもり?」母は青ざめ、声を震わせた。「昨日の電話……あれ、本当に脅されてるんじゃないの?」父はしばらく黙り込み、やがて電話をかけ、短く命じた。「俺だ。人を寄越してくれ」その頃、春奈は焦りのあまり周囲に気を配る余裕もなく、尾行されていることすら気づかなかった。人気のない廃ビルの一角。春奈の鋭い声が響き渡る。「どういうことよ、失敗したって!現場をきれいに片づけてって言ったはずでしょ!それに……なんであのガキを逃がしたの!使えないやつね!」苛立ちを隠さない男の声が返ってくる。「チッ、本当はあの女に家族へ電話させて、もっと金をふんだくるつもりだったんだ。なのにあいつ、家族に見捨てられてさ、親も旦那も、誰も相手にしやしねぇ。で、そろそろやっちまおうって思ったら、急に発狂して噛みついてきやがって……それでガキが逃げたんだ。どうせ母親のいない野良ガキだ。まともに育つかどうかもわからねぇ。何をビビってんの?」その会話を耳にした両親は、その場に崩れ落ちた。衝撃に体が言うことをきかない。物音に気づいた男は顔色を変え、慌てて逃げ出そうとする。「捕まえろ!」父が叫ぶと、春奈を守るために呼びつけたボディガードたちが一斉に飛び出し、男をあっという間に打ち倒して押さえ込んだ。「社長……」ボディガードが報告する。「こいつ、認めました。由夏お嬢様を殺させたのは……春奈お嬢様だと」「違う!そ、そんなの嘘よ!あいつは私を陥れようとしてるの!」春奈は叫びながら、両親の前にひざまずいた。母の瞳には、深い悲しみと絶望が浮かんでいた。幼い頃から大事に育ててきた娘が、どうしてこんな姿に変わってしまったのか。「春奈……由夏はあんたのお姉さんなのよ。どうして……どうして彼女を……」それ以上は言葉にならなかった。父は先に気持ちを切り替え、決定的な瞬間を逃さず警察に通報した。「春奈……お前は俺が一番可愛がってきた子だ。それなのに姉を殺すなんて……」脳裏に無惨に傷ついた私の姿が浮かんだのか、父の瞳から最後の情けが消えた。「お前は悪魔だ……俺には、お前のような娘はいない」春奈は、哀れを誘うような顔をすっと消し、無機質な声で言い放った。「そうね。私はも
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第10話
悠也も怒りに任せて声を上げた。「春奈……由夏も翔太もお前の家族なんだぞ!こんなことして、夜は平気で眠れるのか?」翔太は家に戻ってからというもの、ずっと精神が不安定だった。夜中に泣きながら「ママ」と叫び、眠ることすらできない。悠也も心身を削られていた。普段は息子のことなど気にかけてこなかったわりに、胸が締めつけられるほど息子が不憫だった。春奈はゆっくりと顔を上げ、両親と悠也を見渡すと、不意に口元をゆがめて笑った。「……彼女を殺したのは、私じゃなくてあんたたちでしょ?今さら被害者ぶったって無駄よ。私が由夏を嫌って、わざといじめてたことくらい知ってたはず。見て見ぬふりをしてきたのは、ほかならないあんたたちじゃない」唇には笑みを浮かべているのに、その目は氷のように冷たい。「あんたたちの娘をね、連れ戻されたあの日からずっと、犬みたいに扱ってきたの。みんな知ってるでしょ?水に薬を混ぜたり、アレルギーのあるアーモンドを食べさせたり……血を絵の具にして遊んだことだってあった。ママ、あのとき私の絵を褒めてくれたよね。『春奈の絵は本当に綺麗ね』って。忘れたの?」突然名指しされた母は、寝室に飾り大切にしてきたあの絵が、実の娘の血で描かれていたと突きつけられ、絶叫とともに崩れ落ち、そのまま気を失った。春奈は冷ややかに視線を流し、なおも言葉を重ねる。「私、一応チャンスはあげたのよ。死ぬ間際、電話をさせてあげたじゃない。なのに、誰も出なかった。少しでも心配する素振りを見せていたら、助かったかもしれないのに……でもしなかった。つまり、あんたたちにとって彼女なんてどうでもよかったのよ。なら、私が片づけてあげたの。感謝してくれてもいいくらい」高笑いが取調室に響き渡る。父は胸を押さえ、その場に崩れ落ちた。その夜、両親の髪には一気に白いものが増えた。母は立て続けに二人の娘を失った衝撃に耐えられず、心を病み、療養のため精神科施設に送られることになった。さらに追い打ちをかけたのは、春奈が差し出した六億の金。自分の口座だけでは足りず、父の印鑑を盗み出して会社の顧客情報を闇に売り払ったのだ。その裏切りで会社は業界から徹底的に攻撃され、破産寸前。父は連日のように電話と記者に追われ、ついには母とともに郊外の小さな家へ引きこもり、療養に集
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