LOGIN挙式前のファーストルックを控えた私・清宮茜(きよみや あかね)は、花嫁専用のブライズルームで、友人たちにウォークインクローゼットへと押し込まれた。 「いい子にして、ここに隠れてて。もうすぐ新郎が来るから、そのときに花嫁が見つからないっていうドッキリを仕掛けるの。きっと驚くよ」 言われるままクローゼットの隅にうずくまった。けれど、待てど暮らせど、誰も迎えに来ない。 足は痺れ、ベールにはシワがついた。それでも、誰一人として姿を見せなかった。 待ちかねて扉を押して出ようとしたが、なんと外から鍵がかけられている。 夢中で扉を叩き続け、両手が血まみれになって、ようやく鍵を壊すことができた。 会場へ駆け込むと、そこには私がお色直しで着るはずだったカラードレスを身にまとった双子の妹・清宮葵(きよみや あおい)がいた。 葵は私の婚約者・寺島洸(てらしま こう)の腕に寄り添っている。二人はちょうどテーブルラウンドをしているところだ。 葵は恥じらうように洸の胸に寄りかかり、小さな声で尋ねる。 「本当に、こんなことしていいの?お姉ちゃん、怒らないかな……」 親友だったはずの小林穂香(こばやし ほのか)が鼻で笑った。 「何を怖がってるの?もともと洸のことを先に好きになったのは葵じゃない。茜が横取りしたんだから、葵が代わりにこの披露宴を最後までやったって、何が悪いの? それに、あいつは今ごろクローゼットに閉じ込められて、泣き喚いてるはずだからね」 洸はうなずき、葵の腰に腕を回して引き寄せた。 「本来なら、俺と葵が結婚するはずだ。あいつがこんな目に遭うのも、自業自得だ」 少し離れたところでは、父・清宮昭二(きよみや しょうじ)と母・清宮和子(きよみや かずこ)が、二人の姿を眺めながら、感慨深げに言う。 「やっぱり、葵と洸のほうがお似合いね」 「茜がしつこく付きまとわなければ、この結婚式は最初から葵のものだったんだ」 その言葉を聞いた瞬間、全身から血の気が引いていく。 誰もがこの茶番劇に加担し、私だけが蚊帳の外だったのか。 だったら、こんな偽りの結婚も、偽りの愛も、もういらない。
View More1か月後、母は人づてに私の新しい連絡先を手に入れた。電話がかかってきたとき、私はちょうど会議の最中だった。見覚えのある番号を見て、着信を無視した。それから何度もかけてきたが、一度も出なかった。しばらくして、メッセージが届く。【お母さんが悪かったわ。お願いだから帰ってきてちょうだい】【茜がいないと、家の中が空っぽになったみたいで……】【お父さんも最近体調を崩して、ずっと茜のことを気にかけてるのよ】【茜の大好きな肉じゃがを作ったの。帰ってきて一緒に食べようよ】返信することなく、そのままその番号をブロックした。さらに半月が過ぎると、今度は父が別の番号から電話をかけてきた。入院したから、一度帰ってきてほしいという。「入院してるなら、ちゃんと治療に専念して」それだけ言って通話を切り、父の番号もブロックした。洸はなかなか新しい仕事を見つけられずにいると、人づてに聞いた。毎日家に引きこもっては酒を飲み、酔い潰れて私の名前を呼ぶのだという。葵とは何度も言い争いになり、あるときは家中の物を壊すほどの騒ぎになった。止めに入った母は葵に突き飛ばされ、床に倒れて腰を痛めた。それから半月ほど、まともに動けなかったという。父も、業績悪化に伴う人員整理で解雇された。50代半ばを過ぎてからの再就職は思うようにいかず、どこへ行っても門前払いだ。結局、無職の大人たちが逃げ場のないあのマンションに押し込められ、毎日のように言い争いを繰り広げているらしい。そして葵はというと、試用期間終了時点で会社を解雇されて以来、まともな仕事に就けずにいた。彼女の履歴書に書かれていた「実績」は、そもそも私が築き上げた土台があってこそのものだ。私という後ろ盾を失えば、彼女には何も残らない。10数社の面接を受けても、すべて不採用だ。結局、小さな会社で事務員として働くことになった。給料は、かつて私がもらっていた額の3分の1にも届かない。そのストレスからか、彼女は家に帰るなり物を壊しては当たり散らしているそうだ。甲斐性がないと洸を罵り、自分のためにきちんとしたレールを敷いてくれなかったと両親を責め立てる。母は、そんな葵を前にして何も言えなかった。夜中にふと目を覚ましたとき、母は暗いリビングに一人ぽつんと座り
洸は帰らなかった。午後から日が暮れるまで、私の会社の前に立ち続けていた。警備員に何度も追い払われたが、それでも諦める気配はなく、どうしても私に会うのだと言い張っていたらしい。翌朝、オフィスのドアを開けると、入口の前に白いバラの花束が置かれていた。添えられたカードには、短い言葉が書かれている。【君が白いバラを好きだったこと、覚えているよ】洸の筆跡だ。その花束を拾い上げ、清掃員に処分を頼む。3日目には、十数杯のカフェラテが届いた。【ずっとこれが好きだったよな。会社のみんなの分も買っておいた】私は一切口をつけず、すべて受付に頼んで社員たちに配ってもらう。5日目。洸は会社の前で、大きなバラの花束を抱えて立っていた。通りすがりの人たちが、次々と好奇の視線を向けている。私が退勤してエレベーターを降りると、洸はすぐに駆け寄ってきた。「茜、少しだけ話を聞いてくれないか?」私は足を止め、まっすぐ彼を見つめる。「手短に」すると洸はまるで、まだ希望があると思ったかのように目を輝かせた。「自分がどれだけひどいことをしたか、分かってる。葵のことも……全部俺が悪かった。本当に後悔してる。毎晩眠れなくて、目を閉じると昔のことばかり思い出すんだ。覚えてるか?俺が40度近い熱を出したとき、お前は俺を背負って病院まで連れていってくれた。あのとき俺は、絶対に一生お前を大切にするって心の中で誓ったんだ。なのに、いつの間にか、それを忘れてしまって……」彼の声は次第に震えを帯びていった。「もう一度、俺にチャンスをくれないか?もう一度、お前とやり直したいんだ」彼の言葉を最後まで聞いてから、私は手を伸ばして彼が抱えていた花束を受け取る。その瞬間、洸の目に嬉しそうな色が浮かんだ。だが次の瞬間、私は手を離した。花束は地面に落ち、花びらが辺り一面に散らばる。大理石の上に散るバラは、ひどく目に焼きついた。洸の笑顔が、そのまま凍りついてしまう。私は顔を上げて彼を見つめ、ふっと微笑んだ。「じゃあ、私がクローゼットに閉じ込められたあの日のことは、覚えてる?ずっと待ってたわ。でも誰も助けに来なかった。私がそこにいることすら、誰も覚えてなかった。必死に鍵を壊して、手を傷だらけにしながら会場まで
洸は、茜が行きそうな場所を片っ端から探し回った。大学時代の同級生、前の職場の同僚、かつてのルームシェアの相手……しかし、誰に聞いても茜の行方を知る者はいない。中には、洸を見るなり、ドアを閉める人もいる。「茜とはもうずっと連絡を取ってないわ。迷惑だから、もう来ないで」「最初からあんたなんて信用できないって言ったのに、あの子が聞かなかった」「見つからないってことは、会いたくないってことよ。もう諦めたら?」閉ざされたドアの前に立ち尽くし、洸はふと自嘲する。茜は家を出る前に、すべての逃げ道を自分で断ち切っていたのだ。未練など微塵も残さない、あまりにも鮮やかな幕引きだ。1か月が過ぎたころ、洸は茜を探すことを諦めた。探したくなくなったわけではない。会社から連絡が入り、洸は無断欠勤が重なったため、懲戒解雇になったと告げられたからだ。家に戻ると、リビングのソファに葵が座っている。ローテーブルの上には一枚の書類が置かれている。洸が近づいて書類に目を落とす。それは葵の本採用拒否の通知書だ。「お前も、解雇されたか」「業務遂行能力不足だって」葵は平静を装っているが、書類を握りしめる手は震えている。「あのポジション、私のために空けてくれるって言ったよね?私の経歴なら絶対に通用するって言ったじゃない?これがあんたの言ってた、私のために手配した仕事ってこと?」洸は口を開きかけたが、何も言えない。そのポジションは、茜が3年かけて必死に積み上げてきた結果だ。卑劣な手段を使って茜の退職届を偽造したというのに、肝心の葵はたった三か月の試用期間さえ乗り切れなかった。人から何かを奪っても、それは自分のものにはならないという現実を容赦なくつきつけられた。それから和子は、頻繁にSNSをチェックするようになった。茜が姿を見せるかもしれない場所を、血眼になって探す。昭二は口にこそ出さないものの、毎日仕事帰りにマンションの前で少しだけ足を止めるようになった。もしかすると、次の瞬間にも、スーツケースを引いた茜が角から現れるのではないか。そんな期待を、どこかで抱いていた。しかし毎回、その期待は虚しく裏切られた。そんなある日、昭二が偶然、スマホで経済ニュースの動画を目にした。動画の中では、きちんと仕立
葵の表情が変わった。腕をほどき、一歩後ろへ下がると、洸を鋭く見据える。「洸、目を覚ましてよ!お姉ちゃんのことなんて、もう愛してないんじゃない!なのに、どうしてこれから先まであいつに縛られるのよ!」洸は言葉に詰まった。葵は冷ややかに笑う。「自分の胸に手を当ててよく考えてみてよ。この半年、お姉ちゃんと一緒にいて、一度でも楽しいと思ったことがあった?お姉ちゃんからメッセージが来るたびに、うっとうしそうな顔をして、電話がかかってきても、無視してきたじゃない。洸はただ我慢して、耐えていただけよ。お姉ちゃんを重荷だと思ってたくせに」一つ一つの言葉が、刃のように洸の胸へ突き刺さる。洸の呼吸が次第に荒くなる。「もう……やめろ」「だって、事実じゃない?あいつが出て行かなかったら、洸はいつまで経っても、もう愛してないって認められない。私があの厄介者をきれいに片付けてあげたんだから、むしろ感謝してほしいくらいだわ!」洸が勢いよく顔を上げ、目の前に立つ葵をまじまじと見つめる。その顔立ちは、茜と瓜二つだ。だがその瞳に宿るものはまるで違う。茜の目には、いつも相手の顔色を窺うような、怯えた色がにじんでいた。何か言い間違えたら、見捨てられてしまうのではないかと、いつも怯えているようだ。それに対して、葵の目には揺るぎない確信がある。自分が選ばれ、最後には必ず勝つという確信だ。洸は突然、息が詰まるような感覚に襲われる。「葵……どうして、お前はそんな……俺は茜を愛してる。あいつと一緒にいて、幸せだった。ただ気づくのが遅すぎただけだ。だから今度こそ、あいつを見捨てたりしない」そう言い残し、洸は玄関のドアを開ける。そのまま一度も振り返らず、外へ駆け出していった。葵は玄関に立ったまま、エレベーターの扉が閉まり、洸の姿が見えなくなるまで、ただ見つめていた。顔に浮かんでいた得意げな笑みが、少しずつ消えていく。やがて、その表情は底知れぬ陰うつなものへと変わった。ソファから立ち上がった和子が、おろおろしながら葵を見る。「葵……」「話しかけないで」葵は冷たい声で遮る。「洸が自分で選んだことよ。あれだけ言ったのに、それでもあいつを探しに行くんだから。だったら、行かせればいい。どん