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第202話

Author: 浮島
今回の転落は、明らかに蒼空が瑠々を引きずり込んだものだった。

つまり、これは蒼空の自業自得ということだ。

もし蒼空がそんなことをしなければ、きっと誰かが助けに行っただろう。

これは彼女自身が招いた罪。

そう思うと、礼都の胸のつかえは少し軽くなった。

彼は瑠々の頭を優しく撫でながら、低い声で言った。

「彼女のことは今は放っておこう。瑠々を病院で診てもらわないと」

瑠々は笑顔でうなずいた。

「うん」

礼都は顔を上げ、瑛司の方を見た。

その時の瑛司はまだ蒼空の腕をつかんだまま、険しい表情で眉を寄せ、蒼空の蒼白な顔を見つめていた。

そこに浮かぶ感情は読み取れない。

礼都は無意識に眉をひそめ、歩み寄って、瑛司の手から乱暴に蒼空の腕を引き取った。

どこか嫌悪の滲む仕草で彼女を支え直し、言った。

「瑠々を病院に連れて行け。こいつは僕が送る」

瑛司は顔を上げ、冷たい眼差しで彼を見た。

礼都は眉を寄せ、口を開く。

「忘れるなよ。あんたと瑠々は婚約者同士だ。他の女とは距離を取るべきだ」

言い終わる前に、瑛司は無言で歩き出した。

瑠々のもとへ向かい、身をかがめて慎重に彼女を椅子から立たせる。

そして、横にかけてあった上着を彼女の肩にそっとかけてやった。

その動作を終えてから、静かに言った。

「ちゃんと分かっている」

礼都の顔色が一気に暗くなる。

蒼空が目を覚ましたとき、まぶたが震え、視界に白い光が差し込んだ。

光が強すぎて、しばらくの間は目を開けられない。

ようやく慣れてきて、ゆっくりと目を開いた。

「目が覚めた?どこか痛むところはありますか?」

蒼空はぎこちなく視線を動かし、そばで忙しそうに動く看護師を見た。

唇を少し開き、かすれた声で尋ねた。

「わたし......どれくらい寝てました?」

「七、八時間ですね。もう朝ですよ」

蒼空は心の中でその時間を数え、予選を逃していないと分かると、ほっと息をついた。

「水をもらえますか?のどが渇いてて」

看護師はやさしく笑い、布団を直してあげながら言った。

「ちょっと待っててくださいね」

数分後、看護師は彼女を支えて上体を起こし、コップを手渡した。

蒼空はそれを受け取り、コップ一杯の水を飲み干してようやく息をつく。

「ありがとうございます」

看護師は唇をかすかに結び、小さ
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