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第3話

Author: 匿名
遼介を好きになってから1年半、ずっと私のほうから思いを寄せていた。

大学を卒業してからは同じ街で働き、毎朝、遼介の分の朝食を用意して持っていった。遼介が残業する日は仕事が終わるまで待ち、胃が弱いと知ってからはおかゆの作り方も覚えた。冬に熱を出したときには、病院で一晩付き添ったこともあった。

友人たちには、私ばかりが頑張りすぎだとよく言われた。でも、私は気にしていなかった。好きな人には何かしてあげたくなる。それが普通だと思っていたからだ。

そんなある日、遼介が家まで送ってくれた。家の前まで来たところで、不意に名前を呼ばれた。

「真由、俺と付き合わない?」

あまりに突然で、私はしばらく返事もできなかった。

その夜、家に帰るなり母に抱きついて泣いた。ようやく遼介に気持ちが届いたんだと思うと、涙が止まらなかった。

でも今思えば、あの告白は驚くほどあっさりしていた。花束もなければ、告白らしい言葉もなく、「好きだ」のひと言さえなかった。

それでも当時の私は、そんなことを気にも留めなかった。ロマンチックなことが苦手な遼介が、自分から付き合おうと言ってくれた。それだけで、十分愛されていると思えた。

結婚するときも、プロポーズらしい言葉はなかった。ある日、遼介が婚姻届を手にして、「これ、出しに行くか?」と聞いてきただけだった。

それでも、私はうれしくてたまらなかった。

結婚してからの8年間も、遼介のほんの小さな反応ひとつで、愛されていると思えていた。

食卓いっぱいに料理を並べて、遼介が「うまい」と言ってくれれば、それだけでその夜は幸せだった。出張帰りに空港で買ったチョコレートを一箱もらえば、もったいなくてなかなか食べられなかった。

誕生日を忘れられても仕方ないと思った。記念日を祝わなくても気にしなかった。遼介が毎日ちゃんと家に帰ってきてくれれば、それでよかった。

自分は、世間の多くの女性より幸せなんだとさえ思っていた。

その日の午後、私は外付けHDDを元の場所に戻し、遼介には何も聞かなかった。

夜、遼介が帰ってきたとき、私は浴室で美月の髪を洗っていた。遼介は浴室の入口に立つと、こちらを見た。

「今日、香澄が来たんだろ?」

私は手を止めた。

「うん」

「何て言ってた?」

「昔、あなたと付き合ってたって」

遼介は少し黙った。

「もう昔の話だ」

「うん」

「真由」

呼ばれて顔を上げた。

「何?」

「そのことで、変に勘ぐるなよ」

また同じだった。

そう言えば、私の気持ちまで簡単に片づくとでも思っているようだった。

髪を洗い終えてバスタオルを渡すと、美月は自分の部屋へ戻っていった。二人きりになってから、私は遼介に聞いた。

「昔、三浦さんにケーキを作ったこともあるの?」

遼介が明らかに動揺した。

「何の話だ?」

「誕生日には前もってプレゼントを用意して、歌も歌って、一緒に海まで行ったんでしょ?」

遼介の顔つきが次第に険しくなった。

「俺のものを勝手に見たのか?」

私は遼介を見つめた。

それでもまだ、どこかで否定してくれることを期待していた。何かの間違いだと言ってくれたら、もう一度くらいは自分をごまかせたかもしれない。

けれど、遼介は何も否定しなかった。

「もう10年以上も前の話だ」

「わかってる」

「今さらそんな昔のことを持ち出して、何の意味があるんだよ」

鼻の奥がつんとした。

「あなたには意味がなくても、私にはあるの」

遼介は黙って私を見ていた。

ずっとこらえていたものが、とうとう抑えきれなくなった。

「私たち、結婚して8年だよ。それなのに今日、初めてわかった。あなたは、人を愛せない人なんかじゃなかったんだね」

涙がこぼれ、私は慌てて手で拭った。

「ただ、私のことをそこまで愛してなかっただけなんだ」

遼介は眉間にしわを寄せた。

「そこまで深刻な話じゃないだろ」

その言葉を聞いた途端、不思議と涙が引いた。

「そう?私はただ、事実を言ってるだけだけど」

遼介には、私が一人で思い詰めているようにしか見えなかったらしい。

「真由、俺たちもう何年も夫婦だろ。美月だっている。俺は毎日仕事して、終わったらちゃんと家に帰ってる。給料だって全部家に入れてる。

浮気もしてないし、お前を裏切るようなことだって何もしてない。なんで10年以上も前のことを、そこまで気にするんだよ」

私は遼介を見つめた。

「私は11年間、ずっとあなたを愛してきたから。今日になって初めて気づいたの。この11年、あなたが私にしてくれたことと、本気で愛してた三浦さんにしてたことを比べたら、私なんて全然かなわなかったんだって」

「そんなの、比べる必要ないだろ」

「そうだね」

私はうなずいた。

「比べてた私が馬鹿だった」

その言葉に、遼介の表情がわずかにこわばった。

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