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第2話

Author: 匿名
翌朝、美月はいつもよりずいぶん遅く起きてきた。部屋から出てきた美月は、ダイニングテーブルにいる遼介の姿を見ると、一瞬立ち止まった。

いつもなら、朝起きると真っ先に遼介のところへ行くのに、その日は何も言わずに椅子に座り、うつむいたまま朝食に手をつけた。

遼介も、いつもと違う美月の様子に気づいたようだった。

「美月、昨日はごめんな。急に用事ができて、見に行けなくなって」

美月は小さくうなずいた。

「うん。大丈夫」

そうやって物分かりよく振る舞う美月を見るほうが、かえってつらかった。

遼介は用意していたプレゼントを美月の前に置いた。

「ほら、これ。開けてみるか?」

包みを開けると、中から出てきたのは、美月がずっと欲しがっていたブロックのおもちゃだった。けれど、美月はしばらく箱を眺めているだけで、思っていたほど喜ばなかった。

「ありがとう、パパ」

「気に入ったか?」

「うん」

美月は箱を脇に置き、また牛乳を飲み始めた。遼介は少し眉を寄せた。

「今、作らないのか?」

「ママが時間あるとき、一緒に作る」

「パパも一緒に作れるぞ」

その言葉に、美月が顔を上げた。

「今日?」

遼介は少し間を置いた。

「今日は仕事があるから、週末にしよう」

美月の目に浮かんだ期待は、すぐに消えた。

「じゃあ、いい」

遼介の表情が少し曇ったが、今度ばかりは私も何も言わなかった。

朝食のあと、私は美月を連れて幼稚園へ忘れ物を取りに行った。戻ってくると、見慣れない車が家の前に停まっていて、そのそばに白いワンピース姿の女性が立っていた。

香澄だった。

私に気づくと、香澄はこちらへ歩いてきた。

「橘真由さん、ですよね?」

私はうなずいた。

「何かご用ですか?」

「昨日のこと、ちゃんとお話ししておいたほうがいいと思って」

香澄は笑顔のまま続けた。

「小春、前から遼介のことが大好きなんです。離婚してから少し不安定になってて……昨日は誕生日だったから、一緒にいてもらえないかって、私からお願いしたんです。だから、変に誤解しないでくださいね」

三浦小春(みうら こはる)は、昨日遼介と一緒にいた香澄の娘だった。

私は香澄を見た。

「そういうふうには思ってません」

あまりに平然とした私の返事が意外だったのか、香澄は一瞬戸惑ったような顔をした。少し間を置いてから、また口を開いた。

「実は、遼介とは大学の頃から知ってるんです。私たち、当時は恋人同士だったんですよ」

一瞬、何を言われたのかわからなかった。

「……二人、付き合ってたんですか?」

「遼介から聞いてないんですか?」

香澄は驚いたように目を見開き、それから少し気まずそうな表情を浮かべた。

「ごめんなさい。てっきり知ってるものだと……」

私はその場で動けなくなった。周りの音まで、急に遠くなったように感じた。

遼介と知り合って11年。付き合い始めたのは9年前で、その翌年には結婚していた。

それだけ長く一緒にいたのに、私はずっと、遼介が私と出会う前に誰かと本気で付き合ったことなどないと思っていた。

遼介は昔から、恋愛にはどこか淡白な人だったからだ。

付き合い始めたばかりの頃、以前好きな人がいたのかと聞いたことがあった。そのとき遼介は、昔のことだからと話を濁しただけだった。

私はてっきり、遼介が昔、誰かに片思いでもしていたのだろうと思っていた。冗談半分に、昔から恋愛が苦手だったのかと聞いたこともあったが、遼介は否定しなかった。

だから、遼介のそっけなさに傷つくたび、そういう人なんだと自分に言い聞かせてきた。愛情を言葉や態度で表すのが苦手なだけで、私を愛していないわけじゃない。ずっと、そう思っていた。

でも、それは私の思い込みだった。

私の反応などお構いなしに、香澄は話を続けた。

「大学時代、私たち3年間付き合ってたんです。昔の遼介って、今じゃ考えられないくらいマメだったんですよ。誕生日のプレゼントも1か月前から用意してくれて。あるときなんて、私が何気なく海を見たいって言ったら、すぐに予定をやりくりして、その日のうちに一緒に海を見に行ってくれたんです」

香澄は懐かしそうに笑った。

「若い頃って、ああいう無茶もできちゃうんですよね」

気づいたときには家に戻っていて、どうやって帰ってきたのか、ほとんど覚えていなかった。

玄関のドアを閉めると、そのまま背中を預け、しばらく動けなかった。

気持ちを落ち着けるように息をついてから、私は書斎へ向かった。

書斎には、遼介の古い外付けHDDがあった。以前見かけたとき、大学時代の資料しか入っていないから触るなと言われたことがあった。

私は初めて、それをパソコンにつないだ。

中には確かに大学時代の資料がたくさん入っていた。けれど、その中にひとつだけ、写真のフォルダが混じっていた。

開いてみると、香澄の写真が200枚以上入っていた。

最初の写真は、大学のグラウンドで撮ったものだった。ユニフォームを着た遼介が、香澄の後ろに立っていた。

次の写真では、遼介がケーキを抱えていた。その次は海辺で、遼介が裸足の香澄の前にしゃがみ、サンダルの紐を結んでいた。

私は一枚ずつ、ゆっくりと写真を見ていった。次を見るのが怖くて、なかなか指が動かなかった。

一気に見てしまうより、ゆっくり見たほうが少しは耐えられるような気がした。

動画もひとつ残っていた。

香澄は学生寮の前に座っていた。その前にはキャンドルが円を描くように並べられ、その真ん中で遼介がギターを抱えて歌っていた。

歌い終えた遼介は、香澄のところへ歩み寄って花を差し出した。周りでは、友人たちが二人をはやし立てていた。

手ブレのひどい映像だった。それでも、遼介がどんな顔で香澄を見ていたのかは、はっきりわかった。

遼介が私にあんな顔を見せたことは、一度もなかった。

私は動画を閉じ、そのまま書斎の床に座り込んで、長いこと泣いた。

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