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人生をやり直したら、妻の不倫を応援する

人生をやり直したら、妻の不倫を応援する

By:  おこづかい頂戴Completed
Language: Japanese
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妻が、俺の従弟に一目ぼれしたんだ。 三人で離婚届を出しにいく途中、運悪く交通事故にあってしまった。 次に目を覚ましたら、なぜか三人そろって、俺と妻が婚姻届を出したばかりのあの日に戻っていた。 今度は、お互い何も言わなくても、このまちがった結婚を終わりにしようってことになった。 そして、妻は従弟と籍を入れて、二人で海外へ行ってしまった。 俺というと、国内に残って、必死に法律を勉強して、仕事に打ち込んだ。 あっという間に、5年が過ぎた。 従弟のおかげで、元妻は海外で人気のヴァイオリニストになっていた。高い出演料をもらって、たくさんのファンに囲まれているらしい。 一方で俺は、相変わらず法律事務所で、助けを求める人のために地道に働いていた。 そんなある日、親戚の集まりで、俺たち三人はまた顔を合わせることになった。 元妻は従弟に寄り添い、勝ち誇ったような顔で、俺に嫌味を言ってきた。 でも、俺が、「別の女性と結婚するつもりだ」と伝えたとたん、彼女は逆上してこう叫んだ。 「あの時は、ただの気の迷いだったのよ!なのにあなたが他の女の人とくっつくなんて、絶対に許さない!」

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Chapter 1

第1話

妻が、俺の従弟に一目ぼれしたんだ。

三人で離婚届を出しにいく途中、運悪く交通事故にあってしまった。

次に目を覚ましたら、なぜか三人そろって、俺と妻が婚姻届を出したばかりのあの日に戻っていた。

今度は、お互い何も言わなくても、このまちがった結婚を終わりにしようってことになった。

そして、妻は従弟と籍を入れて、二人で海外へ行ってしまった。

俺というと、国内に残って、必死に法律を勉強して、仕事に打ち込んだ。

あっという間に、5年が過ぎた。

従弟のおかげで、元妻は海外で人気のヴァイオリニストになっていた。高い出演料をもらって、たくさんのファンに囲まれているらしい。

一方で俺は、相変わらず法律事務所で、助けを求める人のために地道に働いていた。

そんなある日、親戚の集まりで、俺たち三人はまた顔を合わせることになった。

……

俺がホテルのロビーに着いたとき、親戚たちはまだほとんど来ていなかった。

適当に静かな席を見つけて座ると、ノートパソコンを開いて厄介な事件の検討を始めた。

事件のことに集中していると、佐々木夏美(ささき なつみ)と佐々木渉(ささき わたる)がホテルのドアを開けて入ってきた。

二人が現れた瞬間、親戚たちの視線がぱっと集まる。みんな一斉に立ち上がって、彼らの周りに駆け寄り褒めちぎっていた。

「夏美さんは本当にすごいわ。こんなに若くして海外で成功するなんて。それに、旦那さんもこんないい方で!」

「なんでも今回は、音楽家協会に招待されて演奏会のために帰国したんだって。私たち一族の誇りよ!」

「ねえ夏美さん、うちの子がバイオリンが大好きでね。あなたのこと、いつもすごいって言ってるのよ。よかったら、ちょっと時間を作って教えてあげてもらえないかしら?」

親戚たちの申し出に、夏美は目をぱちくりさせ、渉の腕に寄り添いながら、くすくすと笑った。

「あらあら、身内なんだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに。何か分からないことがあれば、いつでも電話してくれればいいわよ!」

その一言で、親戚たちからのお世辞が堰を切ったようにあふれ出す。みんな、この薄いつながりを頼って、自分や子供の将来の道筋をつけたいのだ。

夏美は少しだけあごを上げて、自分が主役であるこの状況を心から楽しんでいるようだった。

俺はキリのいいところで仕事をやめて、イヤホンを外すと、ふぁあと一つあくびをした。

その音に、みんなの視線が一斉に俺へと向いた。

「あれ?翔太じゃないか?珍しいな、こういう集まり、一番嫌いだったはずなのに」

人だかりの中から誰かがそう呟いた。その声は、夏美の耳にも届いた。

彼女は人を見下すような視線を声のした方にやり、淡々と尋ねた。

「翔太はここ何年も、こんな集まりに来ていなかったの?」

相手がこくこくと頷く。それを見て、夏美は口の端を吊り上げ、あざけるように微笑んだ。

……

5年前、俺と夏美の人生が「やり直し」になった。俺たちは婚姻届を出したばかりで、これからお互いの親に挨拶に行くところだった。

彼女は、親戚一同が見守る中でいきなり従弟の渉のもとへ駆け寄ると、彼に強く抱きつき、好きだと想いを告げたんだ。

そして俺に離婚を突きつけてきた。本当に愛しているのは渉なのだ、と。

あの突然のことには誰もが度肝を抜かれた。今日ここにいる親戚のほとんどが、あの場面の目撃者でもあった。

「翔太は法律事務所で働いてて、毎日めちゃくちゃ忙しいらしいからな。こういう集まりには、今まで一度も顔を出したことがなかったってわけだ」

「それがなんで今日に限って来たのかしらね?もしかしたら、夏美さんの気を引きたくて、わざとかも。だって、あの件で一番恥をかいたのは彼なんだから」
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第1話
妻が、俺の従弟に一目ぼれしたんだ。三人で離婚届を出しにいく途中、運悪く交通事故にあってしまった。次に目を覚ましたら、なぜか三人そろって、俺と妻が婚姻届を出したばかりのあの日に戻っていた。今度は、お互い何も言わなくても、このまちがった結婚を終わりにしようってことになった。そして、妻は従弟と籍を入れて、二人で海外へ行ってしまった。俺というと、国内に残って、必死に法律を勉強して、仕事に打ち込んだ。あっという間に、5年が過ぎた。従弟のおかげで、元妻は海外で人気のヴァイオリニストになっていた。高い出演料をもらって、たくさんのファンに囲まれているらしい。一方で俺は、相変わらず法律事務所で、助けを求める人のために地道に働いていた。そんなある日、親戚の集まりで、俺たち三人はまた顔を合わせることになった。……俺がホテルのロビーに着いたとき、親戚たちはまだほとんど来ていなかった。適当に静かな席を見つけて座ると、ノートパソコンを開いて厄介な事件の検討を始めた。事件のことに集中していると、佐々木夏美(ささき なつみ)と佐々木渉(ささき わたる)がホテルのドアを開けて入ってきた。二人が現れた瞬間、親戚たちの視線がぱっと集まる。みんな一斉に立ち上がって、彼らの周りに駆け寄り褒めちぎっていた。「夏美さんは本当にすごいわ。こんなに若くして海外で成功するなんて。それに、旦那さんもこんないい方で!」「なんでも今回は、音楽家協会に招待されて演奏会のために帰国したんだって。私たち一族の誇りよ!」「ねえ夏美さん、うちの子がバイオリンが大好きでね。あなたのこと、いつもすごいって言ってるのよ。よかったら、ちょっと時間を作って教えてあげてもらえないかしら?」親戚たちの申し出に、夏美は目をぱちくりさせ、渉の腕に寄り添いながら、くすくすと笑った。「あらあら、身内なんだから、そんなにかしこまらなくてもいいのに。何か分からないことがあれば、いつでも電話してくれればいいわよ!」その一言で、親戚たちからのお世辞が堰を切ったようにあふれ出す。みんな、この薄いつながりを頼って、自分や子供の将来の道筋をつけたいのだ。夏美は少しだけあごを上げて、自分が主役であるこの状況を心から楽しんでいるようだった。俺はキリのいいところで仕事をやめて、イヤホンを
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第2話
「夏美さんはいまや有名な音楽家で、渉さんが彼女のマネージャーなんだって。二人はまさに美男美女で、お似合いのカップルよね。翔太が今さら夏美さんとよりを戻したいなんて、ありえない話だわ……」親戚たちがひそひそと噂している。夏美はつまらなそうな顔で、渉の腕に寄りそっていた。「もう昔のことよ。今、私が一番愛しているのは、渉なんだから」と彼女はささやいた。その言葉で、みんなぴたりと口を閉ざした。確かに、今は夏美と渉が仲むつまじい夫婦なのだ。二人の前で昔の話を蒸し返すのも、ばからしいことだ。俺は彼らをちらっと見て、くるりと向きを変えると、近くのウェイターに飲み物を頼んだ。俺はコーヒーをちびちび飲みながら、ただ早く両親が来てくれないかと願っていた。大事な話さえ終われば、すぐに法律事務所に戻って仕事の続きができるのに。でも、渉は俺がのんびりしているのが気に食わないようだった。彼は親切ぶった様子で俺の前にやってくると、心配するふりをしながら、あからさまな嫌味を言ってきた。「翔太さん、ひさしぶり。ずいぶん顔色が悪いみたいだけど、どうしたの?そんなよれよれの格好で集まりに来るなんて、普段の仕事がよっぽど大変なんだね」その瞬間、まわりの視線が一斉に俺に集まった。そして、何人かは年長者ぶった口ぶりで、俺をとがめはじめた。「翔太も、なんでわざわざ弁護士なんてやってるのかね。時間がないだけじゃなく、お金もたいして稼げないんだろう?もうすぐ30歳だっていうのに、彼女もいないなんて」「やれやれ、情けないもんだ。だからここ何年も、こんな集まりに顔を出せなかったのかね」俺は渉のあざけるような視線を受けとめ、ようやく、彼と夏美の姿をちゃんと見る気になった。夏美は髪をきれいに結いあげて、高級ブランドの定番カシミアコートを羽織っている。身につけたアクセサリーはどれもオーダーメイドの宝飾品ばかりで、いかにも高貴な雰囲気をまとっていた。渉も、彼女と同じブランドシリーズのスーツを着こなしていた。手には結婚指輪がひとつ光るだけ。それでも、彼が持つ独特の気品は、まるで物語から抜け出してきた御曹司そのものだった。なるほど、みんなが二人を「美男美女カップル」だと言うのもわかる。こうして見ると、確かにとてもお似合いだ。俺はじんじんと痛むこめかみを揉みながら、渉か
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第3話
「あなたがもうすこし優しくしてくれてたら、私たちの終わりかたも、こんなにみっともなくはなかったかもね」夏美は冷たくそう言った。その言葉を聞いて、俺はふと、昔のことを思い出していた。前世で、俺と夏美は、ある展覧会で知り合ったんだ。話していくうちに、お互いをどんどん知るようになっていった。それから展覧会に一緒に行く仲間になって、自然な流れで付き合いはじめ、そして入籍した。結婚を祝うために、俺たちはパーティーを開いて、たくさんの親戚や友人を招待した。でも、パーティーの当日、渉が現れて、俺たちの穏やかな生活は壊された。彼は品のあるスーツを着こなしていて、夏美を含め、その場にいたみんなの視線を独り占めにした。夏美は渉を見た瞬間、固まってしまったんだ。最初は気にしていなかったんだ。でも、夏美はだんだん上の空な時が増えていった。ついには、俺と同じ部屋に寝ることさえ拒むようになった。なにかがあったにちがいないと、直感ではわかっていた。でも、俺はそれを信じたくなかったんだ。だって、俺と夏美は趣味も合うし、価値観もぴったりだった。あんなに愛し合っていたのに、彼女が俺を裏切るはずがないって。でも、夏美の帰りはどんどん遅くなって、こっそりスマホを見る回数も増えていった。そしてある日、俺が夜勤あけに帰ると、マンションの前で夏美が渉と強く抱き合っているのを見てしまったんだ。あれが、俺の結婚生活がこわれた、最初の瞬間だった。俺は狂ったように、なんでこんなことをするんだって夏美を問い詰めた。「翔太、自分の今の姿を見て!」彼女は俺を指さして言った。「髪もボサボサで、身なりもかまわないし。毎日目の下にはクマができてて、まるで私より20歳もふけて見えるわ!あなたの従弟の渉は、あなたなんかよりずっと素敵よ!謙虚で礼儀正しいし、物腰もやわらかい。彼こそが、私の理想のタイプなの!」夏美のその言葉に、俺の心は完全にくだけ散った。「私たちのこの結婚は、はじめから終わりまで、ぜんぶ間違いだったのよ!」この世でいちばん身近なはずの人間が、ほかの男のために、俺にひどい言葉を浴びせてくる。浮気がバレたとわかると、夏美はきっぱりと離婚を切り出した。すべてを失った俺は、もう耐えきれなくなって、夏美との離婚に同意した。離婚届を出しに行く途中
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第4話
「ええ、翔太は悪い子じゃないんだけど、真面目すぎて融通がきかないのよ。渉さんたちと、自分から仲直りしようともしないし。いざって時に頼み事したって、きっと助けてもらえないわ」渉は、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべていた。でも、その目には得意げな気持ちが隠しきれていない。彼はグラスを手に、俺のほうへ歩いてきた。「翔太さん、みんなが言ってることなんて気にしないで。なんだかんだ言っても、俺たちは従兄弟じゃないか。何かあったら、俺が絶対に助けるから」隣にいた夏美は、口をへの字に曲げたけど、それでも夫の言葉に合わせた。「いい大人なんだから、少しは世渡りってもを学んだらどうなの。ほんと、情けないんだから」両親はその言葉を聞いて、怒りで体をぷるぷる震わせていた。俺は慌てて二人を制すると、にっこり笑って答えた。「うん、君たちの言うとおりだよ」そう言うと、俺は両親を連れて席についた。注文した料理が次々と運ばれてきて、みんなグラスを手に、夏美の海外での経験を聞きたがった。「夏美さん、海外には音楽家がたくさんいるでしょ?その中で成功するなんて大変だったんだよね?」夏美は渉の腕に絡みつき、みんなの前で彼のほっぺにキスをした。そして、こう答えた。「ええ、本当に大変だった。でも、渉がずっと支えてくれた。彼がいなかったら、とっくに諦めてどこか小さな会社で年をとるまであくせく働いていたでしょ」「お似合いのカップルだわ。お互いに高めあっているのね!」「やっぱり、夏美さんがあの時、離婚して渉さんと一緒になるって決めたのは、大正解だったわね!」みんなは口々にお世辞を言い、そのたびに俺を徹底的にこき下ろした。まるで俺が、彼らが夏美と仲良くなるための踏み台にされたみたいだった。母は悔しさで目を赤くして、俺にそっと耳打ちした。「たかがバイオリンを弾いてるだけじゃない。何をあんなに偉そうにしてるのかしら!」俺は母をなだめながら、穏やかに言った。「大丈夫だよ。もうすぐ胡桃が来てくれるから」婚約者の石川胡桃(いしかわ くるみ)のことを考えると、俺は自然と笑みがこぼれた。今や、みんな夏美の周りに集まっている。この集まりをセッティングしたのが俺の両親だということは、すっかり忘れられているようだった。でも俺たち家族は何も言わず、ただ静かに待っていた。やがてウェイ
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第5話
夏美を相手にするのも面倒で、俺はそのまま個室に入ろうとした。でも、数歩も歩かないうちに渉と顔を合わせた。「翔太さん、もう夏美に変な気を起こすのはやめてくれ。彼女は俺の妻なんだから。この集まりで俺たちに取り入ろうって魂胆なんだろ。あなたが落ちぶれたのは自業自得だ。身内だからってすり寄ってくるなよ。そんな小細工は、俺たちにもっと嫌われるだけだぞ」俺は眉をぴくりと上げたけど、何も言い返さなかった。ただ、あっさりとこう答えただけだ。「わかったよ」……夏美と渉が個室から出ていくと、ようやく親戚たちの話題が俺たち家族に向いた。まず、叔父が口を開いた。「今日は別に特別な日じゃないのに、どうして急にみんなを集めたのか?」両親は顔を見合わせてにっこり笑った。それから俺の手を取って、みんなにこう言った。「実は、みんなに報告したい良いことがあるんだ。一緒にお祝いしてほしくてね」俺が何かを言おうとした時、個室のドアが勢いよく開けられて、渉が険しい顔つきで俺の前に飛び込んできたんだ。「翔太さん!あなたが夏美のバイオリンを壊したんだろ?あれは彼女が一番大事にしてるもんだぞ!少なくとも1億6千万円はするんだ!」すぐ後ろから、夏美が傷ついたバイオリンを抱えて入ってきた。彼女は俺を睨みつけ、怒りに満ちた声で言った。「あなたがお会計できないんじゃないかって心配して、わざわざお金を届けに行ってあげたのに。まさかフロントで私のバイオリンを壊すなんて!翔太、なんてことするの!」よく見ると、バイオリンの弦は何本か切れていて、滑らかだったはずの表面にもいくつか傷がついていた。ものすごい剣幕の二人に対して、俺は説明した。「俺はこのバイオリンなんて見たこともない。俺を疑う時間があるなら、防犯カメラでも確認して、誰がやったのか調べたらどうだ?」一日中忙しかったんだ。早く良い知らせを伝えて、家に帰って休みたかった。でも、渉は俺の提案を冷たくはねのけた。「夏美と俺が外出する時は、いつもボディガードを付けてる。それに、バイオリンはホテルのスタッフに預けてフロントに置いてもらってたんだ。ここでフロントに行ったのは、会計をしに行ったあなただけだ。あなたがやったに決まってる」親戚たちの顔にも焦りの色が浮かんだ。そして、口々に俺を説得し始めた。「翔太、確かにこ
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第6話
胡桃が心配そうな顔で俺を見て、「また頭が痛いの?」って聞いてきた。彼女はそっと俺のこめかみに手をあてて、周りを気にするそぶりもなく揉みほぐしてくれた。渉は目を細めて、冷たい声で言った。「あなたは誰ですか?」胡桃は渉を一瞥し、その目には軽蔑の色が浮かんでいた。ホテルの支配人が胡桃に挨拶した。「石川会長、本日はどうされたのですか?何かご用でしょうか?」胡桃はうなずいて、「婚約者の家族に、結婚の報告をしに来たんです」と答えた。その言葉で、個室は静まり返った。人だかりの中にいた年下の従弟が、突然叫び声をあげた。「この人は石川胡桃だ!あの石川グループの会長だよ!」その言葉を聞いて、その場にいたみんなの顔色が変わった。石川グループは海市を代表する大企業で、その事業は全国の人々の生活に関わっているほどだ。俺は周りを気にせず、ただ胡桃の隣に疲れた顔で立って、さっきまでの状況を説明した。胡桃の顔は見る見るうちに険しくなり、すぐに支配人に防犯カメラを調べるよう命じた。渉は顔面蒼白になって、支配人を呼び止めた。「調べなくていいですよ!たいしたことではありません。みんな身内だし、事を荒立てたくないんです」胡桃は冷たく支配人を見ると、「調べなさい」と一言だけ命じた。「佐々木さん、1億6千万円もするバイオリンが壊されたのは、決して小さなことではありません。犯人を見つけ出して、法による裁きを受けさせたいと思っています」渉は額から冷や汗を流し、唇が震えるだけで、何も言えなくなってしまった。一方、夏美は複雑な表情で、俺の腕をとっている胡桃をじっと見つめていた。母が笑顔で人混みをかきわけて出てきた。「胡桃さん、いらっしゃい。ずっと待ってたのよ。この嬉しい知らせは、どうしても胡桃さんから伝えてもらいたくて!」胡桃の表情はすぐに和らいで、母ににこやかに挨拶をした。俺は胡桃の手をとり、親戚一同に改めて紹介した。「皆さん、こちらが俺の婚約者の石川胡桃です。1週間後に結婚式を挙げるので、皆さんにご報告したくて集まっていただきました」「ただ、こんなトラブルが起きるとは思ってもみませんでしたけどね」胡桃は俺の言葉を引き継ぎながら、固まっている渉と夏美にちらりと視線を送った。さっきまで夏美にお世辞を言っていた親戚たちは、気まず
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第7話
俺は鼻で笑って、冷ややかに言った。「俺はこつこつ努力して、上を目指してるんだ。誰と並んでも、見劣りすることはないんだ。夏美、君は別にそんなにすごいわけじゃないだろ」演技がうまいこと以外、俺から見れば、夏美に良いところなんて何もなかった。そう言い捨てて、俺はその場を去ろうとした。でも、夏美が俺の腕をつかんだ。彼女は目を赤くして言った。「私が別にそんなにすごいわけじゃないってわかってる。でも、あなたは私の夫だったじゃない。どうして他の人と……」夏美の理屈はさっぱり理解できなかった。でも、俺は自分の理屈で言い返してやった。「俺たちはとっくに離婚した。一度ならず、二度もだ。夏美、君は前世も、今世も渉を選んだだろ。だったら、もう二度と俺の前に現れるな」彼女は目を赤くして首を振り、俺の手を離そうとしなかった。「あの人とは……どうやって知り合ったの?」その質問には、すぐには答えられなかった。前世のあの事故で、記憶を持ったまま時間をさかのぼったのは、俺たち三人だけじゃなかったんだ。あの場所を通りかかった胡桃も事故に巻き込まれて、目が覚めたら数年前に戻っていたんだ。彼女は何が起きたのか確かめようとして、俺にたどり着いた。そして一緒に過ごすうちに、俺たちは惹かれ合うようになったんだ。でも、夏美に受けた心の傷が深くて、今の関係になるまで、俺たちは5年もかかったんだ。俺は唇を引き結び、冷たく言い放った。「君には関係ないことだ」それだけ言うと、俺は背を向けて歩き出した。夏美が慌てて追いかけてきた。「翔太、私のこと、まだ少しでも想ってくれてるの?」彼女の言葉に答える必要なんてない。前世で夏美にされたことを考えれば、やり直しの機会があったのに復讐しないだけでも、俺は大目に見ている方だ。ましてや、今の俺には本当に生涯を共にしたい人がいる。これ以上、面倒なことにはなりたくなかった。だから、渉のことは、個人的な恨みは置いといて、あくまで法律に基づいて対処する。渉が壊したのは夏美のバイオリンだ。彼女がどうするかは知らないが、俺は名誉毀損で訴えるつもりだった。ただ、この一件が、次々と別の問題を引き起こすとは俺たちも思っていなかった。夏美はなんと、示談を拒否し、渉への厳罰を求めたのだ。渉も黙っておらず
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第8話
夏美は俺を見て、後悔の涙を流しながら言った。「お願い、私を助けて。見捨てたりしないよね?以前はぜんぶ私が悪かったの。あなたともう一度やり直したい。一生、大事にするから。やっとわかったわ。本当に私を愛してくれたのは、あなただけだったって。渉が愛してるのはお金だけ。私は、利用されてただけなの……」俺は冷たい顔で夏美の口に酸素マスクをかぶせ、そのおしゃべりを黙らせた。救急隊の人たちと彼女を救急車に乗せてから、俺は事務所に戻った。慌ただしい仕事がやっと終わった頃には、もう次の日の深夜だった。胡桃は、みんなのためにとっくに夜食を買って、俺のオフィスに置いてくれていた。同僚たちが仕事終わりに温かいものを食べられるように、って。温かいスープを一口飲むと、同僚たちの顔に満足な笑みが浮かんだ。「福田先生、石川さんは本当に気が利きますね。2日続けて差し入れしてくれたんでしょう?今回しか食べられなかったけど、俺たちのぶんもお礼を言っといてくださいよ」胡桃のことを思うと、俺の心は温かい気持ちで満たされた。やっとご飯を食べ始めたら、同僚の一人が慌てて俺のオフィスに駆け込んできた。「福田先生、面会です。お友達の佐々木夏美さんが危篤だそうで、すぐに病院に行ってほしいとのことです……」俺は夏美の友人に連れられて、病院へ向かった。病室に入った途端、悲しみに満ちた夏美の瞳と目が合った。思わず息を飲み、喉の奥に詰まってしまったかのようだった。うまく息ができない。「翔太、この2日間、どうしてお見舞いに来てくれなかったの?私のこと、もうどうでもいいの?私が悪かったってわかってる。許してくれない?これからは絶対にあなたを大事にするから」死ぬほど働いたせいでまだ足がガクガクするのに、夏美のわざとらしい声を聞くと、余計に腹が立った。「夏美、そんな冗談、面白いと思ってんのか?!それに、俺にはもう婚約者がいる。3日後には結婚式なんだ。だからもう、プライベートなことで俺を煩わせないでほしい」夏美は俺をじっと見つめて、確信したように言った。「信じない。もし他の人を好きになったなら、どうして事故のとき、真っ先に私のところへ来てくれたの?」俺はベッドのそばに立ち、冷たく言い放った。「出勤途中に、たまたま通りかかっただけだ」そして、彼女
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第9話
最近、夏美にずっとつきまとわれていることを、かいつまんで話した。胡桃は顔をしかめたけど、ただ俺の腕をぎゅっと抱きしめただけだった。「しばらくはゆっくり休んで。あの女が退院したら、私が話をつけてくるから」胡桃はいつも俺の厄介事をぜんぶ片付けてくれる。だから、彼女の言葉を聞いて安心して、すべてを任せることにした。家に帰るとベッドに倒れ込んで、そのまま次の日の朝までぐっすり眠った。結婚式の会場は、俺が思い描いていたとおりに飾り付けられていた。衣装も、海外の高級ブランドのデザイナーが手作りしてくれたものだ。胡桃と付き合い始めたころ、彼女は約束してくれた。俺が昔受けた心の傷をぜんぶ埋めるために、必ず最高のものをくれるって。この何年もの間、胡桃は本当にその約束を守ってくれた。だけど、誓いの言葉を交わす直前夏美がウェディングドレス姿で、車椅子に乗って入口に現れたんだ。彼女は花束を抱え、熱い眼差しで俺を見つめて言った。「翔太、他の人と結婚しちゃだめ!前世も今世も、どちらでもあなたは私の夫だった。私の夫になれるのは、あなただけなの!」招待客たちは一瞬でざわついた。胡桃は険しい顔になって、俺の手を握る力もどんどん強くなっていく。俺は彼女をなだめるように手をポンと叩いて、壇上から降りた。夏美の目には、得意げな色がどんどん濃くなっていく。俺が必ず彼女を選ぶと、確信しているみたいだった。彼女の目の前で立ち止まり、少しうつむいてフッと鼻で笑った。「夏美。俺の完璧な結婚式を台無しにしてくれたな。よくも俺の前に現れられたね。まさか、俺が君を選ぶと本気で思っていたのか?自分の厚かましさ、卑劣なやり口を頼りに、ここまで来たというわけか?」夏美は信じられないという顔で俺を見た。「翔太、私たち、人生をやり直してるんだよ!これがどういうことか分かる?私たちは、この世界の主人公なの!私たちが望む未来を、絶対に手に入れるんだから!渉もそうだったし、あなたもそうなの!」俺は冷たい視線で夏美を一瞥すると、ゆっくりと後ずさった。「何を言ってるんだ?さっぱり分からないな」彼女は突然俺の手を掴んだ。その目は、血走っていた。「前世では私が悪かった。渉に浮気して……それであなたは車で無理心中を図って、次に目を覚ましたら、結婚したばかり
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