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第5話

Autor: 野菜好きな木偶
麻実はほどなく、新しい病院の設備の整った個室へと移った。

晴菜を寝かしつけた後、男から再び電話がかかってきた。

「他に、俺にできることはあるか?」

麻実は笑った。

「離婚したいの」

彼はすぐに答えた。

「今すぐ手配する」

麻実は一瞬呆気に取られ、それから思わず笑ってしまった。

「ふふ……博之に目をつけられるのが怖くないの?」

彼は真剣な声で言った。

「知ってるだろ。お前を好きになった時から、覚悟はできている」

麻実は唇を噛んだ。

「……私、どうしたらいい?どうすればこの恩を返せる?」

電話の向こうで、彼は一瞬黙り込んだ。何かを考えているようだった。

「うちの会社で働けよ。働いて、借りを返せばいい」

麻実は驚きの声を上げた。

「それだけ?」

彼は真剣な声で言った。

「お前ほど仕事ができる人材が来てくれるなら、得をするのは俺の方だ」

彼女の懸念を察したように、彼は続けた。

「うちの会社には、医療・リハビリ分野で最先端の義肢技術がある。それに週休2日で、残業は一切ない」

麻実は迷わず答えた。

「わかった。行くわ」

男は笑った。声にはどこか気だるげな甘さが滲んでいた。

「3日後、晴菜を連れて来てくれ。航空券はもう手配してある」

麻実は承諾した。

電話を切った後、彼女は小さく息を吐いた。

晴菜をヘルパーに預け、麻実は荷物をまとめに家へ戻った。

家の中はがらんとしていた。博之のものは、もうほとんど残っていなかった。

彼のものは、少しずつ綾子の家へと運ばれていたからだ。

服も、靴も、寝具も、歯ブラシまで、すべて持ち出されていた。

綾子が暗闇を怖がるからという理由だけで、博之はもうこの家に泊まることさえなくなっていた。

麻実はふと、家の中の空気が息苦しいほど冷たく感じられた。

彼女は取り乱しそうになる心を慌てて抑え、自分と晴菜の荷物を簡単にまとめ始めた。

その時、畳んでいた肌着の間から、1枚の小さな写真が滑り落ちた。

博之と自分の写真だった。

仕事の性質上、ふたりには一緒に写った写真がほとんどなかった。

麻実は自分が持っている唯一の博之の写真に自分の姿を合成して、まるで本物のようなふたりの写真を作っていた。

写真の中の彼女は満面の笑みを浮かべ、博之の頬にぴったりと寄り添っている。

まるで、この世で一番仲睦まじい恋人同士のように。

麻実の脳裏に、博之と初めて出会った日のことが不意によみがえった。

異国のテロ事件に巻き込まれ、銃を構えた博之は身を挺して彼女を庇い、飛んでくる銃弾から守ってくれた。

彼は自分のヘルメットを彼女の頭に被せると、鋭く冷たかった目元をふっと和らげた。

漆黒の瞳に彼女の顔を映しながら、指先でそっと涙を拭ってくれた。

「怖がるな。俺が無事に家まで送り届ける」

涙がふいにこぼれ落ち、床に当たって小さな音を立てた。

麻実は涙を拭うと、すっと立ち上がり、キャリーケースを引いてその家を後にした。

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