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第6話

Autor: 野菜好きな木偶
道中、母から突然電話がかかってきた。

「悠斗のお迎え、行ってあげて」

電話の向こうからは、パチンコ店の騒がしい音が聞こえていた。

麻実はきっぱりと答えた。

「行かない」

母は声を荒げた。

「この恩知らずが!あんたの旦那のせいで、綾子は今頃こんな苦労してるのよ……」

そんな言葉は、これまで数えきれないほど聞かされてきた。耐えて、譲って、それでも返ってきたのは、ますますエスカレートしていく理不尽な仕打ちだけだった。

もう聞きたくない。電話を切ろうとした瞬間、母の声が続いた。

「行かないなら、明日そっちに乗り込んで話をつけるから!」

晴菜が煩わされるのは嫌だった。麻実は深い溜め息を吐き出した。

「……行くわ」

もういい。どうせ、これが最後だから。

麻実は学校の門の前で悠斗を待った。

チャイムが鳴り、悠斗が友達と一緒に校門から出てくる。麻実を見つけると目を輝かせ、すぐに手を差し出した。

「ねえ、5万円ちょうだい。帰りにコンビニ寄りたい。

あと、新しいゲーム機も欲しいんだけど」

以前の麻実なら、いつも言いなりになっていた。だが今は、淡々と答えた。

「帰るわよ」

悠斗はすぐさま顔を歪めて泣き出そうとした。その時、背後から誰かの手が彼の口を塞いだ。

腰の曲がった老人が、鋭い刃物を悠斗の首筋に押し当てていた。濁った両目が麻実に向けられる。

「動くな。動けば、この子を殺す!」

周囲の人々が悲鳴を上げて逃げ惑う。老人を中心に、人のいない空間が広がっていく。

間もなく警察が駆けつけ、ふたりを包囲した。

麻実は必死に気持ちを落ち着かせた。

「何が目的なんですか……!私はこの子の保護者です。できることなら何でもします。

だから、ちゃんと話してください」

老人は突然、感情を爆発させた。

「こいつが毎日毎日俺の孫娘をいじめて、うつ病に追い込み……飛び降りさせたんだ!」

刃物が首筋に食い込むにつれ、悠斗が痛みに泣き叫んだ。

麻実のポケットでスマホが不意に震えた。彼女は音を立てずに応答した。左耳のイヤホンから、博之の落ち着いた声が流れてきた。

「気をつけろ。刺激するな」

博之の声が、さらに低くなった。

「怖がるな。俺がついてる」

麻実の指先がかすかに震えた。彼女は深く息を吸い、老人と向き合った。

「人を殺せば、何もかも失うだけです。ご家族のことを考えて……」

老人は首を振った。

「家族なんかいない。孫が死んだんだ。俺も、もう生きてる意味なんかねぇ……」

皺だらけの顔が、涙でぐしゃぐしゃになる。

「お前は子供の躾もできてねぇ。お前も死んで償え。こいつを殺したら、次はお前だ……」

言い終えると同時に、老人が動こうとした。

麻実は考えるより先に飛びかかり、刃物を奪い取ろうとした。

その耳元を、鋭い風切り音がかすめた。

麻実は動きを止めた。老人のこめかみから血しぶきが上がり、そのまま地面に崩れ落ちていった。

彼女はその場に凍りつき、指先を耳元へと伸ばす。

生温かい血が、耳の輪郭を伝って流れ落ちていた。

あと少しでも狙いがずれていたら、弾は自分の頭を撃ち抜いていた。

博之は綾子のために、娘を不自由な体にした。

そして今度は、綾子の息子のために、自分まで殺しかけた。

その時、綾子が突然飛びかかってきて、麻実を地面に押さえつけ、爪を立てて顔に掴みかかってきた。

「あんた、わざと犯人を刺激するようなこと言ったんじゃない!?私の息子を刃物で殺させたかったんでしょ!?」

しばらくして、ようやく警察に引き離される。

麻実は髪を振り乱し、顔中に爪の傷を負っていた。

現場を取り囲んでいた人々の中には、彼女が例の麻実だと気づく者も少なくなかった。

「なんてこと。絶対、お姉さんに仕返ししようとしたのよ」

「子供にまで手をかけるなんて、どれだけ性根が腐ってるの……」

「今回の事件も、あの女が仕組んだんじゃないかしら」

人々は口々に彼女を罵り、中には石を投げつける者までいた。体に当たるたび、鋭い痛みが走った。

距離があったため、彼女と犯人のやり取りを聞いていたのは博之だけだった。

麻実は、パトカーの後ろに立つ、沈黙した人影に目を向けた。

警察官たちが、賞賛と畏敬の眼差しで博之を取り囲んでいる。

博之は無表情のまま、彼女の姿を冷たい視線で一瞥した。まるで、見知らぬ他人でも見るかのように。

麻実は自嘲するように笑った。

彼が真実を口にするはずがない。綾子の息子に、傷がつくようなことはさせるわけにはいかないのだから。

守ってくれるなんて、悪い冗談にもならない。

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