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親友気取りと入籍した婚約者、離婚は却下よ

親友気取りと入籍した婚約者、離婚は却下よ

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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バレンタインデー当日。 市役所の戸籍窓口で働く私の前に、婚約者の藤堂英嗣(とうどう ひでつぐ)が、普段から「親友」面して彼にまとわりついていた宮内咲智子(みやうち さちこ)を連れて現れた。 彼は悪びれもせず、婚姻届を差し出して言い放つ。 「実乃里(みのり)、嫉妬すんなって。ゲームで負けただけだから。罰ゲームで1日だけ籍を入れるんだ。明日にはすぐ離婚届を出しに来るからさ」 咲智子は英嗣の白シャツを羽織り、わざとらしく唇を尖らせた。 「実乃里さん、手続きしてくれないなんて言わないよね?前から私のこと嫌ってるみたいだし……」 私は言葉を最後まで聞くこともなく、申請書へ迷わず力強く公印を振り下ろした。 「まさか。お気持ちはよく分かります。お二人は気心の知れた『マブダチ同士』で、ただゲームに負けただけですものね。 受理証明書をお渡ししますので、ロビー奥の記念撮影コーナーへどうぞ。ご結婚、おめでとうございます」 一切動じない私の態度に、英嗣は苦虫を噛み潰したような顔になり、咲智子の肩を抱いて立ち去った。 そして翌日。 再び市役所に現れた彼の首筋には、生々しいキスマークが残っていた。 私は冷ややかに微笑み、昨日施行されたばかりの最新法律――『少子化対策・円満婚姻継続支援法』を机の上にすっと滑らせた。 「申し訳ありません。昨日の午後、法改正がございまして。婚姻成立から6か月に満たないご夫婦の離婚申請には、半年間の冷却期間として、一度頭を冷やして考え直していただくことが義務付けられております。 どうしても離婚されたいのでしたら、半年後にまたお越しくださいね」

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Chapter 1

第1話

バレンタインデー当日。

手元の書類を整理していると、カウンターがコンコンと2度叩かれた。

「実乃里、怒るなよ。ただの罰ゲームなんだからさ」

顔を上げると、5年付き合っている婚約者の英嗣が立っていた。

隣には、彼の「マブダチ」を気取って普段からまとわりついている咲智子が、ぴったりと寄り添っている。

彼女は親しげに英嗣の腕にしがみつき、明らかにサイズの合わないメンズの白シャツをだぼっと羽織っていた。

見覚えがある。

先週、私が英嗣の誕生日にプレゼントしたばかりのシャツだ。

英嗣は媚びるような薄笑いを浮かべ、窓口の隙間から婚姻届を滑り込ませてきた。

「ゲームで負けちゃってさ。咲智子と1日だけ入籍する羽目になったんだ。安心してくれよ、明日の朝イチで離婚しに来るから」

咲智子は彼の肩に頭を預け、嘲るようにくすくすと肩を揺らす。その瞳には隠しきれない挑発の色が宿っていた。

「実乃里さん、まさかそんな器の狭いこと言って、手続きを突っぱねたりしないよね?私たちマブダチ同士だし、ただのお遊びなんだから本気にしないでよ」

差し出された書類を受け取る私の指先は、冷たく強張っていた。

目の前に並ぶ男女。

一人は、生涯を誓い合ったはずの恋人。

もう一人は、「妹以上に大切なダチ」だと彼が言い張ってきた女。

その二人がバレンタインの真っ昼間に、私自身の手で婚姻届を受理させようとしている。

あまりにも滑稽で、吐き気すら覚える茶番だ。

同僚たちからの探るような視線が突き刺さり、後ろに並ぶカップルのひそひそ話が耳に届く。

居心地の悪さを覚えたのか、英嗣はいらだちを隠さずに急かしてきた。

「実乃里、早くしてくれ。終わったらすぐ行くから」

咲智子はあてつけのように彼の肩へ頬を擦り寄せ、声を出さずに口元だけを動かした。

――昨日の夜、彼は私のものだったよ。

深く息を吸い込み、胸の底からせり上がる不快感を押し殺す。

そして顔を上げ、窓口用の完璧な営業スマイルを作った。

「かしこまりました。規定に従い、お手続きを進めさせていただきます」

婚姻届に目を通し、記入漏れや不備を手際よく確認していく。必要な訂正箇所を淡々と案内し、事務的に筆を走らせた。

すべての手順において、非の打ち所がない手際を貫く。

まるで、どこにでもいる赤の他人の申請を処理しているかのように。

あまりに平然とした私の態度に、二人は当てが外れたようだった。

英嗣は眉をひそめ、私が取り乱しもせず聞き分けよく応じていることに、いらだちを募らせている。

デスクに置かれた朱肉へ手を伸ばし、重みのある公印を握りしめた。

――ダンッ。

乾いた音がフロアに響き渡り、鮮やかな朱印が紙面へ深く刻まれる。

仕上がった婚姻届受理証明書を窓口から差し出し、冷静なトーンで告げた。

「手続きが完了いたしました。こちらの証明書をお持ちになり、ロビー奥の記念撮影コーナーをご利用ください。ちょうど順番待ちもございませんよ」

証明書を受け取った英嗣は、私の顔をじっと見つめてきた。わずかでも傷ついた様子を探ろうと必死なのだろうが、無駄なことだ。

私はただ静かに視線を返し、親切そうに言葉を添えた。

「せっかくの記念撮影ですから、もっと嬉しそうに笑ってくださいね。ご結婚されたのですから」

しばらくして撮影を終えた二人は、わざわざカウンターまで戻り、スマートフォンの画面をこれ見よがしに見せつけてきた。

画面の中では、咲智子が英嗣の腕にしがみつき、得意げな満面の笑みを浮かべている。

その姿を一瞥し、私は一切の揺らぎのない声で告げた。

「おめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに」

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松坂 美枝
松坂 美枝
かっこいい主人公の話 よく呼ばれてノコノコ行って無駄なことする奴が多い中、きっぱり行かない主人公の清々しさよ 罰ゲームで入籍して、半年離婚できなくて仲悪くなる二人がホント意味わからんよね
2026-11-03 09:37:48
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ノンスケ
ノンスケ
アホな恋人を持つと女は賢くならざるを得ないのかな。いきなり市民課の窓口に来て、自分の彼女に、他の女との婚姻届を出しに来た彼。いや、普通にやれないでしょ。ゲームに負けたから入籍するとか、人の人生舐めてんの...️って話よ。彼女はさっさと二人の部屋から出て、新しい部屋を借りる。で、翌日離婚届を出そうとしたら法改正で半年は離婚できない。そこからお互いに揉めていたはずなのに、結局は冷却期間が切れる前に妊娠発覚。やることやっといて何がナブダチだよ。いくら後悔しても、やったことは消えない。大人なんだから責任持った行動しようよ。
2026-11-03 17:40:30
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Tomo Tomo
Tomo Tomo
クチナシの木の例え、枯れ木にもう一度新芽が出る、って「復縁の可能性有り」っていう意味だと思った… 何が「生きてる根」だと思うか、で全然違うね
2026-11-03 10:45:41
4
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eurynome.v.j.3618
eurynome.v.j.3618
主人公かっこいいな!スカッとする。 アホカップルは何がしたかったんだか。他人をおちょくってほんのいっとき優越感に浸るためにわざわざ自分の人生の貴重な時間を使うとは。全く歯牙にも掛けず爽やかに進む主人公が素敵。
2026-11-03 16:07:29
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裕子
裕子
自称サバサバ系女子ってのが一番女々しくてバカ、彼氏も女々しかった 使っておいてなんだけど 女々しいって嫌だな 他の言い回しが見つからない
2026-11-03 13:47:27
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10 Chapters
第1話
バレンタインデー当日。手元の書類を整理していると、カウンターがコンコンと2度叩かれた。「実乃里、怒るなよ。ただの罰ゲームなんだからさ」顔を上げると、5年付き合っている婚約者の英嗣が立っていた。隣には、彼の「マブダチ」を気取って普段からまとわりついている咲智子が、ぴったりと寄り添っている。彼女は親しげに英嗣の腕にしがみつき、明らかにサイズの合わないメンズの白シャツをだぼっと羽織っていた。見覚えがある。先週、私が英嗣の誕生日にプレゼントしたばかりのシャツだ。英嗣は媚びるような薄笑いを浮かべ、窓口の隙間から婚姻届を滑り込ませてきた。「ゲームで負けちゃってさ。咲智子と1日だけ入籍する羽目になったんだ。安心してくれよ、明日の朝イチで離婚しに来るから」咲智子は彼の肩に頭を預け、嘲るようにくすくすと肩を揺らす。その瞳には隠しきれない挑発の色が宿っていた。「実乃里さん、まさかそんな器の狭いこと言って、手続きを突っぱねたりしないよね?私たちマブダチ同士だし、ただのお遊びなんだから本気にしないでよ」差し出された書類を受け取る私の指先は、冷たく強張っていた。目の前に並ぶ男女。一人は、生涯を誓い合ったはずの恋人。もう一人は、「妹以上に大切なダチ」だと彼が言い張ってきた女。その二人がバレンタインの真っ昼間に、私自身の手で婚姻届を受理させようとしている。あまりにも滑稽で、吐き気すら覚える茶番だ。同僚たちからの探るような視線が突き刺さり、後ろに並ぶカップルのひそひそ話が耳に届く。居心地の悪さを覚えたのか、英嗣はいらだちを隠さずに急かしてきた。「実乃里、早くしてくれ。終わったらすぐ行くから」咲智子はあてつけのように彼の肩へ頬を擦り寄せ、声を出さずに口元だけを動かした。――昨日の夜、彼は私のものだったよ。深く息を吸い込み、胸の底からせり上がる不快感を押し殺す。そして顔を上げ、窓口用の完璧な営業スマイルを作った。「かしこまりました。規定に従い、お手続きを進めさせていただきます」婚姻届に目を通し、記入漏れや不備を手際よく確認していく。必要な訂正箇所を淡々と案内し、事務的に筆を走らせた。すべての手順において、非の打ち所がない手際を貫く。まるで、どこにでもいる赤の他人の申請を処理しているかのように
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第2話
玄関のドアを開けると、冷え切った暗闇が広がっていた。たたきから英嗣の靴は消え、私が綺麗に揃えておいた彼のルームスリッパだけが、ぽつんと残されている。今夜、彼が帰ってくることはない。パンプスを脱ぎ捨て、明かりも点けずにソファへまっすぐ向かって腰を沈めた。暗闇が部屋にある彼にまつわる痕跡をすべて覆い隠してくれたおかげで、ようやく一息つけた気がした。手探りでスマートフォンを取り出し、画面のロックを解除する。インスタグラムの最新の更新通知が、やけに目に刺さった。開いた先は、英嗣が30分前ににアップした投稿だった。ずらりと並んだ数枚の写真のどれもが、彼と咲智子の親密な姿を収めていた。レストランでお互いにケーキを食べさせ合う姿。川沿いで夜風に吹かれながら弾けるように笑い合う姿。極めつけは、婚姻届受理証明書をカメラに向けて掲げ、咲智子が幸せそうに英嗣の肩へ頭をもたれさせている1枚だった。写真の中の二人は、昼間に市役所で浮かべていた顔よりもずっと晴れやかで、満ち足りた笑顔を覗かせている。添えられた言葉は、たったの1行。【最高の罰ゲーム。冗談を本物にしちゃった】下にはすでに100件以上のコメントといいねが群がっていた。【マジかよ!英嗣、本気だったのか!おめでとう!】【やっぱりお前ら最高にお似合いだよ!最初からこうなるべきだったんだ!】【結婚おめでとう!披露宴いつ呼んでくれるの?】咲智子がその下に、見せびらかすような調子で返信をつけている。【えへへ、みんなありがとー!近いうちにご飯奢るから待っててね】表情ひとつ変えずに画面をスクロールし続ける。まるで自分とは無関係な三流の茶番劇を眺めている気分だった。不意にスマートフォンが震え、共通の友人からメッセージが届く。【英嗣と咲智子のアレ、どういうこと?2人……別れちゃったの?】どう返信すべきか指を止めていると、今度は母からの着信が画面を覆った。通話ボタンを押すなり、焦りきった声が耳に飛び込んでくる。「実乃里、英嗣さんの投稿見たわよ!あれ、どういうことなの?喧嘩でもしたの?なんであの子と……」「お母さん」言葉を遮った私の声は、自分でも驚くほど落ち着き払っていて、どこか他人の声のようだった。「私たち、別れたの」受話器の向こうが数秒沈黙し
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第3話
サイドテーブルの片付けに取り掛かったとき、2人で選んだお揃いのペアマグカップが目に留まった。迷うことなく自分の分だけを手に取り、スーツケースの底へ収める。残された英嗣のカップは、これから咲智子と2人で使えばいい。荷造りはあっけなく終わった。クローゼットの半分はぽっかりと空き、ドレッサーの上もがらんとして何一つ残っていない。この部屋から、私にまつわる痕跡が一つひとつ綺麗さっぱり消し去られていく。再び画面が明滅し、英嗣からのメッセージが届いた。【実乃里、変に勘ぐるなよ。ダチ連中と外で祝杯あげてるだけだから、戻るのは遅くなる。昼間のお前があまりにも平然としてたからさ、本当に何とも思ってないのかと焦ったよ。明日、咲智子と離婚届を出したらちゃんと説明するから】並んだ文字をただ見つめ、返信は打たなかった。電話の1本すら寄越そうともしない男の言い訳など、読む価値もない。LINEを開き、躊躇なく彼を友だちリストから削除した。視界から雑音が消え失せ、静けさが戻ってくる。スーツケースのハンドルを握り、玄関へと向かう途中で、かつて生涯の居場所だと信じていた空間を、最後にもう1度だけ振り返った。ここに置かれた家具や小物のすべてを、私が一つひとつ手をかけて整えてきた。リビングの壁に掛けられた、個展で一緒に見つけた抽象画。ベランダで蕾を膨らませているクチナシの鉢植え。書斎に置かれた、首の痛みを和らげてあげたくて吟味を重ねて購入した彼のワークチェア。引っ越してきたばかりの頃、何もないフローリングの上で、英嗣は私を抱き上げて嬉しそうに回っていた。「実乃里、今日からここが2人の家だ。一生涯、ずっと一緒の家だからな」あの時の私は、その言葉を露ほども疑わずに信じ切っていた。けれど月日が流れるにつれ、この部屋には頻繁にもう一人の痕跡が入り込むようになった。咲智子の甲高い笑い声。洗面台に置き去りにされたヘアゴム。冷蔵庫の棚を占領する、彼女好みのフルーツ炭酸水。私が初めて不満を口にしたのは、交際3周年の記念日だった。予約したレストランでプレゼントを膝に乗せ、閉店時間まで待ち続けた末に、英嗣からかかってきた1本の電話。「実乃里、ごめん。今日咲智子が失恋して荒れててさ。一人にしておくわけにいかないんだ」受話
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第4話
あの未明、救急外来の凍てついた長椅子に1人で身を沈め、壁掛け時計の針が1秒1秒と時を刻むのを見つめるうちに、私の心もまた少しずつ、確実に冷え切っていった。あの日を境に思い知らされた。私と英嗣の間には、決して避けては通れない咲智子という壁が立ちはだかっていたのだと。私が重ねてきた我慢も歩み寄りも、彼らの目には当たり前のこととしてしか映っていなかった。苦い記憶の潮が引いていく。部屋のドアを閉め、深夜の刺すような冷たい風が頬を打つその時まで、英嗣からメッセージの1通も、電話の1本すら届くことはなかった。彼と咲智子の世界において、私という婚約者は、とうの昔にどうでもいい、取るに足らない存在へと成り下がっていたのだろう。スーツケースを引き、1度も振り返ることなく歩き出した。さようなら、英嗣。どうぞ、お似合いの新婚生活をお楽しみください。*翌朝。市役所の窓口業務が始まるやいなや、英嗣と咲智子が姿を現した。2人は身なりもろくに整えておらず、髪には寝癖がついたまま。昨夜の狂騒を引きずった気だるさを滲ませながらも、その目元には隠しきれない得意げな色が浮かんでいた。英嗣は真新しい離婚届を私のカウンターへ叩きつけるように放り投げ、まるで取るに足らない雑用でも言いつけるかのように、軽薄な調子で言い放った。「実乃里、手続き頼むよ。離婚しに来たから」彼が身を乗り出した拍子に、首筋の横にある毒々しいほど紅い痕がはっきりと見えた。昨夜つけられたばかりの生々しいキスマーク。自らの所有権を高らかに宣言する刻印そのものだ。私の胸には、さざ波ひとつ立たなかった。「実乃里さん、昨日は本当にありがとね」咲智子は甘えた笑い声を漏らし、あてつけのように指先で彼の首筋の痕をなぞってみせる。「英嗣の言う通り、罰ゲームって結構スリルがあって楽しかったよ」安っぽい挑発など歯牙にもかけず、私は離婚届を引き寄せて淡々と手続きに取り掛かった。「ご本人様確認書類のご提示をお願いいたします」事務的な声で促す。英嗣はいらだちを隠そうともせず、眉をひそめながら財布から2枚のマイナンバーカードを乱雑に抜き取って寄越した。「手早く頼むよ。午後からも予定があるんだから」受け取ったカードを手元に置き、落ち着いた手つきでキーボード
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第5話
咲智子の顔から瞬く間に血の気が引き、甲高い悲鳴のような声が上がった。「6か月!?冗談でしょ!」「冗談ではございません、奥様」私は書類を彼女の目の前へとさらに少し押しやり、記載された条文を指先で示した。「はっきりと書面にも明記されています。全国一律で昨日施行されたばかりの、最新の法律でございます」英嗣は燃え盛るような眼差しで私を睨みつけ、感情の昂ぶりに任せてデスクを激しく叩いた。――ダンッ!フロアに凄まじい衝撃音が轟く。「実乃里!お前、わざとやってんのか!」ゆっくりと視線を上げ、怒り狂う彼の顔を正面から受け止める。口元の笑みは崩すどころか、わずかに深めてみせた。「藤堂様、言葉遣いには十分ご配慮願います。重ねて申し上げますが、私は市役所の規定と法律の定めに従って職務を果たしているに過ぎません。6か月が経過してもなお離婚の意思が変わらないようでしたら」言葉を区切り、一語一語を刻みつけるように告げる。「その時にまたお越しください」フロアは水を打ったように静まり返っていた。カウンターに突いた英嗣の手は、指の関節が強すぎる力で白く強張っている。念入りに整えられていた咲智子の顔は見る影もなく歪み、その『少子化対策・円満婚姻継続支援法』と書かれた書類を、まるで視線で焼き尽くさんばかりに睨みつけていた。「実乃里、いい加減にしろよ!」英嗣が奥歯を噛み締めながら声を絞り出す。私はかすかに微笑み、通知書をさらに少し前へと押し出した。「藤堂様、誤解のないよう申し上げますが、私の独断ではございません。内閣より通達された法律であり、昨日の午後より全国一斉に適用されております。婚姻期間が6か月に満たないご夫婦の離婚申請には、例外なく6か月間の猶予が義務付けられているのです」「6か月に満たない」という文言を、ことさら明瞭に発音してやった。咲智子がすがるように英嗣の腕を掴み、金切り声を上げる。「英嗣!見てよこいつ、絶対に仕返しでやってる!昨日籍を入れたときには一言も言わなかったじゃない!」「昨日の時点ではまだ公布前でしたので」彼女の言葉を淡々と遮り、引き出しから別の公文書を取り出してみせる。「正式な通知が当庁へ届いたのは、昨日の午後3時でございます。通達日時の控えをご確認になられますか?」英嗣は引っ
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第6話
「お二人とも」指先でコンコンとカウンターを叩き、二人の注意をこちらへ引き戻した。「他に問題がございませんでしたら、速やかにご退出願います。後ろにも手続きをお待ちの方がいらっしゃいますので」英嗣は私を深く見つめてきた。その眼差しは複雑で読み解くことすら難しい。怒り、信じられないという思い、そして微かな……後悔の念だろうか。いいや、見間違いに決まっている。彼は机の上に散らばった離婚届とマイナンバーカードを乱暴に引っ掴み、背を向けて大股で立ち去った。咲智子はハイヒールを引きずるように小走りで追いすがり、その声が微かに響く。「英嗣!ちょっと待ってよ……!」私は視線を落とし、待っていた次のカップルの婚姻届受理手続きへと取り掛かった。「お待たせいたしました。ご結婚おめでとうございます。どうぞ末永くお幸せに」プロとしての温かみのある声。けれど今度は、心からの本物の祝福だった。*英嗣と咲智子が6か月間の冷却期間に囚われたという話は、まるで羽が生えたかのように共通の友人たちの間に瞬く間に広まった。発端は、咲智子自身がグループチャットで「実乃里が私怨で職権を乱用し、わざと離婚を邪魔している」と泣きついたことだった。だが、私がインスタグラムの親しい友達限定ストーリーズに「うっかり」流しておいた新法律のスクリーンショットがすぐに突きつけられ、風向きは一瞬で引っくり返った。【自業自得だろ。バレンタインに自サバ女と入籍なんて、誰に見せつけてんだよ】【ウケる、完全にやらかしたな。6か月もありゃ、じっくり『愛を育む』には十分だろ】【実乃里ちゃんナイス!あんなクズ男、それくらい痛い目見なきゃ治らないわ】英嗣は取り繕おうとしたのか、インスタグラムに意味深な文章を投稿していた。【突然の制度変更には戸惑うが、本物の愛ならどんな試練も乗り越えられると信じている】コメント欄は案の定、見事に「???」と「頭大丈夫か?」の嵐で埋め尽くされた。咲智子は完全に沈黙し、あのはしゃぎきって見せびらかしていた入籍報告の投稿すら跡形もなく削除していた。*私の日常は、穏やかな静寂の中でゆっくりと前へ進み始めていた。あの「家」を出た後、職場の近くに小さなアパートを借りた。南向きの1DK、小さなバルコニー付き。決して広くはないけ
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第7話
17時10分、英嗣からメッセージが届いた。【カフェで1時間待ったぞ】返信はしなかった。17時30分、彼からまたメッセージが入る。【実乃里、俺たち本当にこれで終わりなのか?】やはり指一本動かさなかった。18時、彼から再び電話がかかってきた。画面を見ることなくそのまま消音ボタンを押し、スマートフォンをバッグの奥底へ押し込む。真優が私を見つめ、ふいに口を開いた。「ねえ実乃里、知ってる?今のあんた、すごく魅力的だよ」私は思わず笑みをこぼした。「行こっか。晩ご飯奢るわ、私の新しい人生のスタート祝いよ」*無理やり縛り付けられてから6週目、英嗣と咲智子の間の亀裂はついに決定的なものとなった。知らせをもたらしたのは、共通の友人である茂木浩志(もぎ ひろし)だった。食事に誘ってきた浩志は、どこか複雑な面持ちを浮かべていた。「英嗣と咲智子、連日大喧嘩してるらしいぞ」浩志は皿の上のステーキをナイフで切り分けながら、私の目を見ようとせずに言った。「咲智子が英嗣の家に転がり込んだらしいな?」私は小さく頷いた。「冷却期間中は法律上、正式な夫婦なんだから。一緒に暮らすのはごく自然なことじゃない」「でもさ……」浩志は言い淀み、探るように私の顔を覗き込んできた。「実乃里、本当に気にしてないのか?」フォークを置き、まっすぐに彼を見つめ返した。「私と英嗣はもう終わったの。彼が咲智子を連れて市役所に入ってきたあの瞬間に、完全に終わったのよ。今あいつらがどうなっていようと、私には何の関係もないわ」浩志は深くため息をついた。「咲智子のやつ、英嗣の部屋にあったお前の私物を全部ゴミ袋に詰めて捨てちまったらしい。2人で選んだあの絵まで外して、自分のポートレートに変えたんだと」私は少し眉を動かした。「あの抽象画?結構高かった覚えがあるけど」「それで英嗣と大喧嘩になったんだ。『ここは俺の家だ、お前が好き勝手決めていい場所じゃない』って怒鳴り散らしたらしい。そしたら咲智子が泣き出して、『今この家の女主人なのは私でしょ、なんで元カノの物を残しておくのよ』って泥沼だよ」「それで?」「英嗣はドアを叩きつけて出て行って、バーで朝方まで飲んだくれたらしい」浩志は少し間を置き、声を潜めた。「泥酔して、ず
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第8話
3か月後。私が提案した戸籍窓口の業務フロー改善案が都庁に正式採用され、都内各自治体へと導入される運びとなった。その功績が認められ、私は戸籍住民課の係長へと昇進を果たした。辞令を受け取った日、上司が満足げに私の肩を叩いた。「比嘉(ひが)さん、君ならやってくれると信じていたよ。若手の鑑だ」同僚たちから「おごってくださいよ」とせがまれ、私は笑ってそれに応じ、職場近くの良さそうなレストランを予約した。祝賀の席で歓談に花が咲く中、バッグの中でスマートフォンが震えた。真優からだ。「実乃里!とんでもない大ニュース!」受話器越しに、ほとんど声が裏返りそうなほどの興奮気味の声が飛び込んでくる。「咲智子が妊娠したって!」私はほんの一瞬呆然としてから、平坦な声で返した。「……英嗣の子?」「他に誰がいるのよ!もう2か月に入ってるらしいわ!」真優は早口でまくしたてる。「今、両家総出で大揉めよ!宮内家は『責任を取って早く式を挙げろ』って詰め寄ってて、藤堂家は『咲智子は計算高い女だ、子供をダシにして息子を縛り付ける気じゃないか』って疑っててさ……」騒がしい席を抜け出して廊下へ向かい、壁に背を預けた。「それで?」「ここからがもっと見ものなのよ!」真優は声を潜めた。「英嗣のやつ、子供を堕ろせって迫ったら、咲智子が死んでやるって喚き散らして手がつけられなくなったらしくてさ。今じゃ2人して毎日のように怒鳴り合ってて、結局耐えきれなくなった英嗣が、実家に逃げ帰ったんだって!」窓の外の夜景に目を向けると、ネオンが瞬き、無数のテールランプが途切れることなく流れていた。「実乃里?聞いてる?」「聞いてるよ」「何か言いたいことないの?」少しだけ考え、ぽつりと言葉をこぼした。「生まれてくる子供に、罪はないわ」受話器の向こうが数秒沈黙した。「あんたって……本当に人が良すぎるよ」「お人好しなんかじゃないわ」静かに訂正する。「ただの事実よ。大人同士にどんな因縁や過ちがあろうと、子供を巻き込むべきじゃないもの」通話を終えた後も、私はしばらくその場に佇んでいた。英嗣と咲智子の子供。かつて私が英嗣と共に育むはずだと信じていた未来を、今、彼は別の女と迎えようとしている。奇妙なことに、胸の痛みなど微
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第9話
「信じるかどうかなんて関係ないわ」私は淡々と告げた。「大切なのは、それがあなたの背負うべき責任だということよ」「もし……」彼の声が急激に切迫した調子を帯びる。「もし俺が全部清算して、咲智子と綺麗に別れて、養育費もきっちり払ったら……俺たち、もう一度やり直せないか?」ベランダの手すりに寄りかかり、眼下の公園で無邪気に遊ぶ子どもたちの姿を見下ろす。夕日が空を優しい茜色と薄紅に染め上げ、そよ風がクチナシの青い香りを運んできた。「英嗣。付き合い始めた頃、あなたが何て言ってくれたか覚えてる?」「……え?」「絶対に守る、悲しい思いなんて絶対にさせないって言ってくれたわよね」ふっと自嘲するように小さく笑みをこぼす。「でもね。私を一番深く傷つけて、一番惨めな思いをさせたのは、他の誰でもない、あなただったのよ」「実乃里、俺は……」「明日の離婚届は、滞りなく処理させてもらうわ。ただし、私が窓口に出ることはないから。同僚に対応してもらうよう引き継いでおくわね」「実乃里……そんなに俺の顔も見たくないのか?」「見たくないんじゃないの」嘘偽りのない本心を率直に口にする。「もう、顔を合わせる必要がないだけよ」通話を切る直前、最後にひとつだけ言葉を残した。「それから……あなたと咲智子がどう決めるにしても、生まれてくる子どものために一番良い道を選んであげてね」今度は、私の方から先に通話を切った。*翌日、私は有給休暇を取った。逃げ隠れするためではない。ただ単に、私の人生にはもっと価値のある時間の使い道があると感じたからだ。郊外の植物園へと足を伸ばし、満開を迎えた桜を見上げた。白や薄紅の花びらが春風に舞い散る光景は、息を呑むほど幻想的で美しかった。スマートフォンは消音にしてあったけれど、戸籍窓口の様子は容易に想像がついた。英嗣と咲智子は言い争い、互いを責め合い、やがて離婚届に署名して背を向け、それぞれ別々の人生を歩み出すのだろう。けれど、私の世界はもう、とうの昔に彼らとは何の関係もない。午後を回った頃、画面を覗くと伸子からメッセージが届いていた。【比嘉さん、手続き無事に終わりました。2人とも最初から最後まで一言も口を利かなくて、署名する手はずっと震えてましたよ。宮内さんは終始号
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第10話
英嗣だった。彼はすっかり痩せ、シンプルなシャツにスラックス姿だった。その手には、3歳ほどの小さな女の子の手が握られている。大きな瞳をして、おさげ髪を2つに結んだ可愛らしい子どもだった。「この子は……」思わず驚きの声が漏れた。「俺の娘だ。千春っていうんだ」英嗣は消え入りそうな声で呟いた。「咲智子が産んだんだけどさ……産後うつが酷くて。俺にこの子を預けたまま、1人で海外へ行っちまったよ」私は屈み込み、怯える少女、藤堂千春(とうどう ちはる)に目線を合わせて微笑みかける。「こんにちは」千春は恥ずかしそうに、英嗣の足の後ろへと身を隠した。「実乃里、俺……」英嗣は何かを言いかけて口ごもった。私は静かに立ち上がって首を振った。「何も言わなくていいわ。もう全部、終わったことよ」「ニュース、見たよ。本当におめでとう」彼の言葉には、嘘偽りのない誠実さが滲んでいた。「ありがとう」腕時計に視線を落とす。「次の打ち合わせがあるから、これで失礼するわね」「実乃里!」背を向けようとした私の背中に、彼がすがりつくような声を投げかけてきた。「もし……もしもいつか、俺がもっとまともな人間になって、胸を張れるようになったら、その時はまた……」「英嗣」振り返り、静かな眼差しでその言葉を遮った。「あそこのクチナシを見て」私の視線を追い、彼もおずおずと市民会館の前庭へと目を向けた。花壇の一角では純白のクチナシが見事な花を咲かせ、暮れなずむ空気の中でひときわ白く浮かび上がっている。「去年の冬、私の部屋のベランダにあったクチナシがね、すっかり枯れ果てて死んでしまったと思ったの。葉は全部黄色くなって落ちて、枝もカラカラに乾いてた。捨ててしまおうかと思ったけれど、思いとどまってそのまま春を待ってみたの。暖かくなってから土を入れ替えて、枯れ枝を剪定して、毎日水をやってお日様に当て続けたわ」私は向き直り、彼の瞳をまっすぐに見つめた。「どうなったと思う?今年の夏、これまで咲いたどの年よりも綺麗な花を咲かせてくれたのよ」英嗣の瞳から、すっと光が失われていく。「一度壊れてしまったものは、二度と元には戻らないわ」静かに、けれど決定的な響きを込めて告げる。「けれどね、命が終わった更地の上には、ま
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