分享

第461話

作者: つき酔
その十数枚の写真は、カメラで撮ったものほど鮮明ではなかった。十分にはっきり写ってはいるものの、スマホで撮った写真をプリントアウトしたような画質だった。

写真は一枚一枚、薄くラミネート加工されている。小槌が破って口に入れないようにするためだろう。

この年頃の子供は、何でも口に入れたがるものだ。

写真を貼った人の、細やかな気遣いが感じられた。

そしてそれらはすべて、別々の角度から撮られた莉奈の日常の写真だった。

将軍を抱きしめてスイカを食べている姿、松風レジデンスの庭で枝を剪定している姿、ダイニングテーブルで朝食をとっている姿、お団子ヘアでソファにあぐらをかき、ノートパソコンを抱えて原稿を直している姿……

どの一枚も、いつ、どんなふうに撮られたのか、莉奈にはもう思い出せなかった。

ふいに、彼女の視線がある一枚の写真で止まった。ベッドに置かれた細い指が、思わずぎゅっと握り込まれた。

これは……

莉奈には、かすかな記憶があった――

あれは椎名邸で家族の食事会があった日だ。食事のあと、祖母に強く引き止められ、彼女と承也は椎名邸にある二人のための部屋に泊まることになった。

在 APP 繼續免費閱讀本書
掃碼下載 APP
已鎖定章節

最新章節

  • 婚姻生活にさようなら、椎名さん   第462話

    莉奈は、その答えを急ぎすぎていた。同時に、本当の答えを聞くのがたまらなく怖かった。それでも承也が黙っているあいだに、莉奈は彼の腕をつかみ、強く握りしめたまま顔を上げた。「もう私に嘘はつかないって、言ったでしょう」莉奈の指は震えていた。崩れ落ちた精神も、ぼろぼろになった身体も、もう一度嵐に打たれることには耐えられなかった。そしてそれは、承也にとっても耐えきれるものではなかった。彼の中でせめぎ合っていたものが、一瞬にして崩れた。かすれた声が、喉の奥からこぼれた。「ああ」その一言は鉛のような重さで、莉奈の胸にのしかかった。目の前が真っ暗になり、世界が反転してぐるぐると回った。彼の腕をつかんでいた力が緩んだ瞬間、承也は反射的に莉奈の手を握り返し、その身体をしっかり支えた。もう一方の手で彼女の肩を慎重にかばい、崩れ落ちそうな身体を自分の胸に預けさせた。掌に力を込め、彼女を強く抱き寄せた。承也は顔を伏せ、莉奈の防護シールドを外すと、指の腹で頬を伝う涙をそっと拭った。「だから、この子には今、君が必要なんだと言った。君がしっかりしないでどうするんだ。分かるな?」莉奈はきつく目を閉じ、両手で承也の服を強く握りしめた。誰もいない広い隔離エリアに、承也の胸に顔を埋めた莉奈の、抑えきれない泣き声だけが漏れていた。直哉は外で莉奈を待っていた。ようやく一番外側の隔離扉が開くと、莉奈の姿を見つけた直哉は、すぐに車椅子を押して駆け寄った。だが近づく前に、彼女の目がひどく赤いことに気づいた。見ただけで、今しがた大泣きしたのだと分かった。それでも、直哉にははっきり見えた。彼女の瞳の奥は、もう空っぽではない。そこには光があった。生きていこうとする光だ。直哉は熱くなった目元を一度瞬かせ、ようやく安堵の息をついた。莉奈が車椅子に座ってエレベーターへ入ると、左には直哉が、右には承也が立った。二人の身長はほとんど変わらなかった。ただ承也のほうが直哉より少し高く、直哉は俳優として映りを考え、体重を絞っているため、体つきは承也ほどがっしりしていなかった。エレベーターが着くと、直哉と承也の手が同時に車椅子の肘掛けをつかんだ。ところが次の瞬間、莉奈は車椅子の自動ボタンを押し、車椅子はそのままエレベーターを出ていった。二人

  • 婚姻生活にさようなら、椎名さん   第461話

    その十数枚の写真は、カメラで撮ったものほど鮮明ではなかった。十分にはっきり写ってはいるものの、スマホで撮った写真をプリントアウトしたような画質だった。写真は一枚一枚、薄くラミネート加工されている。小槌が破って口に入れないようにするためだろう。この年頃の子供は、何でも口に入れたがるものだ。写真を貼った人の、細やかな気遣いが感じられた。そしてそれらはすべて、別々の角度から撮られた莉奈の日常の写真だった。将軍を抱きしめてスイカを食べている姿、松風レジデンスの庭で枝を剪定している姿、ダイニングテーブルで朝食をとっている姿、お団子ヘアでソファにあぐらをかき、ノートパソコンを抱えて原稿を直している姿……どの一枚も、いつ、どんなふうに撮られたのか、莉奈にはもう思い出せなかった。ふいに、彼女の視線がある一枚の写真で止まった。ベッドに置かれた細い指が、思わずぎゅっと握り込まれた。これは……莉奈には、かすかな記憶があった――あれは椎名邸で家族の食事会があった日だ。食事のあと、祖母に強く引き止められ、彼女と承也は椎名邸にある二人のための部屋に泊まることになった。なぜ、そこまで鮮明に覚えているのだろう。あの夜は、承也が部屋に戻ってくる前にシャワーを浴び、ソファに横になって一晩やり過ごすつもりでいた。日中ずっと外回りの取材をしていたせいか、その夜はとりわけよく眠れた。ところが翌朝、目を覚ますと、なぜか自分はベッドに寝かされていた。ベッドから起き上がった莉奈は、ベッド脇にもたれてスマホをいじっていた承也を問い詰めた。だが承也は、「君が夜中に自分でベッドへ潜り込んできたんだ」と言い張ったのだ。莉奈は覚えていた。目を覚まして身体を起こしたとき、承也はたしかにスマホをいじっていた。写真の中の彼女は、髪をなめらかに肩へ垂らし、顔色もよく、白い肌にはうっすら赤みが差していた。目元にはどこか普段とは違う熱が滲み、ひどく生き生きとして、可憐に見えた。こんな写真を撮れる人は、ほかにいない。あのとき、部屋にいたのは莉奈のほかには承也だけだったのだから。ということは……莉奈は無意識に承也へ目を向けた。すると、まるでずっと彼女の一挙一動を見守っていたかのように、承也も折よく彼女を見ていた。視線が交差する。いつもは深い水底のように

  • 婚姻生活にさようなら、椎名さん   第460話

    小槌が生まれてから今までの一年あまりをずっとこの無機質な場所で過ごし、数えきれないほどの治療を受け、そのたびに身体の苦痛に耐えてきたのだと思うと、莉奈は胸が締めつけられた。先ほどのように泣きじゃくることも、これまで何度となくあったに違いない。そのたびに、この子のそばには母親がいなかったのだ。胸をえぐられるような痛みが走り、莉奈の目からまた止めどなく涙がこぼれた。「ごめんね、小槌ちゃん。ママが悪かった……守ってあげられなくて、本当にごめんね」莉奈は顔を伏せ、小槌の額に自分の額をそっと重ねた。嗚咽を必死に押し殺しながら、「小槌ちゃん、ママよ。分かる?ママよ」と何度も繰り返した。「ま……まま……」ふいに、腕の中からたどたどしく、かすれた声が聞こえた。そのかすかな声は莉奈の身体の奥まで届き、胸の奥を激しく揺さぶった。莉奈の瞳が大きく揺れ、涙が頬を伝い落ちる。小槌をきつく抱きしめ、もう堪えきれずに声を上げて泣いた。「そう、ママよ。ママよ。ママはここにいる。そばにいるからね。小槌ちゃん、ママがずっと一緒にいるから」莉奈は抱く腕を少し緩め、小槌のもう片方の小さな手を取り、自分の胸の、心臓に近いところへそっと当てた。目尻の涙がまだ乾ききらないまま、小槌はまん丸な瞳で莉奈を見つめ、小さな手のひらに伝わる鼓動を感じていた。それは、あの子にとってどこか懐かしいリズムだった。ずっと昔にも、こうして響きを感じていた記憶があるかのように。小槌の表情がふっと和らぎ、たどたどしい声でもう一度呼んだ。「まま」莉奈は涙の中で顔をほころばせ、何度も大きくうなずいた。「そう。ママよ」だが、小槌はあまりにも弱っていた。莉奈を見つめ、声を出して呼ぶだけで、残っていた力を使い果たしてしまったかのようだった。莉奈の笑顔を見届けると、小さな手が力なく落ち、重いまぶたを支えきれずに何度か瞬きをした。無菌服越しにも、身体が異常に熱いのが分かった。「どうしてこんなに熱いの?解熱剤は飲ませなくていいの?」莉奈は慌てて承也を見て、それから少し離れたところに立つ小槌の主治医へ目を向けた。主治医は承也に視線を送り、承也がわずかにうなずくのを確認してから答えた。「奥様、どうかご安心ください。お薬はすでに投与してあります。ただ、まだ効き始

  • 婚姻生活にさようなら、椎名さん   第459話

    泣きじゃくっていた小槌は莉奈に抱かれると、その小さな手で無菌服をぎゅっとつかんだ。泣き声は次第に弱まり、莉奈の胸に頬をすり寄せながら、かすかにしゃくり上げている。歩み寄ろうとした承也の足が、ふいに止まった。深い黒曜石のような瞳の奥に、淡い光がよぎる。無菌アイソレーターの中にいる医療スタッフも、驚きのあまり動きを止めていた。扉が開いた時、承也が連れてきた女性が誰なのか、誰もすぐには分からなかった。無菌服のシールドは透明だったが、そもそも彼女を直接見たことのある者はいなかったからだ。以前、莉奈がSNSで話題になったことはある。だが、すぐに話題から消えたうえ、多忙な医療に携わる彼らはそこまで注目していなかった。莉奈が小槌に近づき、承也がその手を止めなかったこと。そして莉奈が「ママよ」と告げた瞬間、全員がようやく彼女の正体を理解し、息をのんだ。これほど長く隠してきたのだ。承也が今になって、莉奈へ小槌の生存を明かすとは誰も思っていなかった。てっきり、骨髄移植が無事に終わり、もう大丈夫だと確かめてから打ち明けるものだとばかり考えていたのだ。一年以上という時間に比べれば、あともう一、二か月隠すことなど決して長くないはずだ。だが莉奈は、ただならぬ様子だった。承也にもどうにもできないほどの、何かよほどの事態が起きたのだろう。莉奈の目にも心にも、今はもう小槌しか映っていなかった。周囲の反応など、まるで気づいていない。だが、彼女の身体はひどく弱っていた。ここまで歩いてきただけで力が尽き、後ろへよろめいた瞬間、腰を抱き止められた。承也の大きく温かい手が、彼女の身体をしっかりと支え止めたのだ。「先に座ろう。な?」承也は片手で莉奈を支え、もう片方の手で小槌の頭をそっと支えた。泣きはらした莉奈の顔を見つめながら、腰を抱く手に少し力を込める。莉奈は震える唇をきゅっと結び、声もなく涙を流した。小さくうなずき、承也に支えられながら、小槌が眠るベッドのそばへ腰を下ろした。医療スタッフは黙って道を空けた。腕の中の小槌を見つめると、莉奈の胸は締めつけられるように痛んだ。もっと強く抱きしめたかった。けれど、痛い思いをさせたり、怖がらせたりしそうで、できなかった。そんな莉奈の胸元で、小槌は懸命に頭を上げ、彼女の顔を見ようとしていた。身体が弱

  • 婚姻生活にさようなら、椎名さん   第458話

    無菌アイソレーターのあるエリアには一度に大勢が入れないため、直哉は外で待つことになった。エレベーターの中で、承也は小槌が身体の弱い病児で、骨髄移植を必要としていること、そして幸いにも省之介がドナーとして適合したことを彼に打ち明けた。承也は誰にも知らせず、周囲の者たちが健康診断を受けた際、密かにその血液を適合検査へ回していたのだ。その瞬間、直哉はすべてを理解した。あの日、承也が美月を撃った時になぜ涙を流したのか。そして、なぜあんな女を今まで生かしていたのか。すべての辻褄が合った。小槌を救うためだったのだ。無菌アイソレーターは、何重もの分厚い扉の先にあった。先ほどまで承也に肩を抱かれ、歩くことさえままならなかった莉奈が、今は自分の足で一歩ずつ奥へ進んでいく。奥へ行くほど、辺りは不気味なほど静まり返っていった。この小さな無菌の世界には、青空も白い雲も、そよ風も草原の匂いも一切ない。莉奈は震える手を強く握りしめた。真っ赤な目から、再び涙がぽろぽろとこぼれ落ちる。莉奈の子供は、生まれてから今日まで、一度もこの部屋を出たことがないのだ。ふいに、かすかな子供の泣き声が聞こえた。泣き声……――私の子供だ!莉奈の目から一気に涙があふれ出した。承也の手を振りほどき、よろめきながら奥へと走る。だが、声がどこから聞こえるのか分からなかった。泣き声は次第にはっきりしてくるのに、居場所が見つけられない。莉奈は取り乱し、その場で必死に辺りを見回した。まるで見えない壁に阻まれているかのようだった。宙をさまようその手を、承也がしっかりと握りしめた。「奈奈、落ち着いて。ゆっくり深呼吸だ」承也は莉奈が落ち着けるよう、低い声で優しく宥めた。その手をしっかり握ったまま、一つの扉へ向かう。承也が扉脇のパネルを数回操作した。プシュッという音とともに、扉が開いた。無菌アイソレーターの中では、ひどく弱々しい子供が看護師に抱かれていた。犬の柄のロンパースを着て、小さな額には冷却シートが貼られている。よほど具合が悪いのか、ぐったりと看護師に身を預け、目を真っ赤にして泣き続けていた。扉が開くと、中にいた医師や看護師が一斉にこちらを見た。泣いていた子供も、目尻に涙をためたまま、突然現れた二人へ目を向ける。「パ……パ……」

  • 婚姻生活にさようなら、椎名さん   第457話

    直哉の目も赤くなっていた。彼も、動画に映る子供を見ていた。今のAI技術なら、本物と見分けがつかない映像を作ることもできる。だが動画の中の小さな子は、表情があまりにも生き生きとしていて、AIで作られた痕跡などどこにもなかった。偽物ではないと断言できた。直哉は信じられない思いで承也を見た。それから再び、動画に映る子供の周りへ目を戻す。いくつもの医療機器に、無菌アイソレーターまであった。どれほど弱い身体で生まれたら、あんな無機質な場所で過ごさなければならないというのか。直哉は胸が痛み、言葉を失った。叔父代わりの自分でさえ、これほどつらいのだ。莉奈はいったい、どう受け止めればいいのか。スマホを握る承也の指は白くこわばり、細かく震えていた。もう片方の腕で、崩れ落ちそうな莉奈をきつく抱きしめている。莉奈には、事実を受け止める時間が必要だった。いきなり小槌のもとへ連れていき、弱りきった身体や、小さな手に刺さった留置針を見せれば、感情も身体も絶対に耐えられない。承也は深く息を吸い、かすれた声で宥めた。「一年以上前、あの子はもう少しで助からないところだった。長い時間をかけて、ようやく自分の力でミルクを飲み込めるようになったんだ……これから少しずつ、大きくなっていくよ。今は体重が8キロある。身長は70センチに届かなくて、70サイズの服を着ている。『小槌』と呼ばれれば、自分のことだと分かるんだ。名前は、俺が『椎名越』と名づけた。気に入らないなら変えていい。君が決めてくれ」承也の静かな言葉に落ち着いたのか。それとも視界の端で再生される動画の小さな姿に、抗えない力で引き寄せられたのか。目に見えない絆に導かれるように、莉奈の耳によみがえったのは、遠い日の速い心音だった。この一年あまり、思い出すことさえできなかった妊婦健診の記憶が、次々と浮かんでくる。――これが赤ちゃんの心音ですよ。大人よりずっと速いんです。――こんなにきれいなお母さんなら、赤ちゃんもきっと可愛くなりますね。――4Dエコーだと、こんなふうに見えるんです。ほら、小さな口を尖らせて。可愛いでしょう?顔立ちはお母さんに似ていますね。――もうすぐ予定日ですね。赤ちゃんに会えるのが楽しみでしょう?莉奈は次第に静かになった。音もなく涙を流しながら動画を見つめ、こわば

更多章節
探索並免費閱讀 優質小說
GoodNovel APP 免費暢讀海量優秀小說,下載喜歡的書籍,隨時隨地閱讀。
在 APP 免費閱讀書籍
掃碼在 APP 閱讀
DMCA.com Protection Status