向井莉奈(むかい りな)が警察署を出たときには、既に深夜だった。外は雪が降っている。通りを行き交う人々は、顔に青紫の痣を残し、髪は乱れ、足を引きずるように歩く莉奈を、時折怪訝そうに見ていた。けれど莉奈は、そんな視線もひそひそ声も、まるで耳に入っていない。重たい足取りで、彼女はうつむいたまま、画面が割れてしまった壊れかけのスマホを虚ろな表情で見つめていた。血に染まった指先が震えながら通話ボタンに触れ、十一桁の番号を打ち込む。「……ツー」「……ツー」先ほど殴られたとき、必死でかけた緊急連絡と同じで、やはり誰も出ない。一片の雪がまつげに落ち、莉奈はそっと瞬きをした。冷たい雪解け水が、そのまま目に染み込んでくる。「……はは」莉奈は自嘲するように、かすかに口角を上げる。――本当に、みっともない。そう思って、力なく手を下ろそうとした。その、最後の一秒で。電話が、つながった。「どうした?」電話の向こうから聞こえてきたのは、少し冷たさを帯びた、男の低い声だった。スマホを握る手が、ぴたりと止まる。莉奈の顔に動揺が走った。「し……」言いかけた、その瞬間。「椎名社長、桜井さんがお探しです」彼女の言葉を遮るように、電話口から椎名承也(しいな しょうや)の助手の声が聞こえ、続いて彼が淡々と言った。「一旦、切る」言いかけていた言葉は、そのまま通話終了音にかき消された。誰もいない街角。高く立つ街灯の下で、雪がはらはらと莉奈の髪に降り積もり、細い体が小さく震える。そのとき、ふいに、体温の残るコートが肩にかけられた。莉奈ははっとして顔を上げる。そこに立っていたのは、杉村編集長だった。男は痛ましげな視線で彼女を上から下まで見て、怒りを抑えきれない様子で言った。「いったい、誰にこんなことされたんだ?」口から白い息が漏れ、莉奈は小さく首を横に振った。「殴られてる途中で、相手の髪を何本か掴みました。爪の中にも皮膚が残ってます。DNAが取れれば、警察はすぐに動けるはずです」男は一瞬、言葉を失った。ここまでひどい目に遭いながら、なお冷静で、先を考えているとは。やはり、この莉奈という女は、彼がもっとも評価している部下だった。「この件は、必ず最後まで追う。もう遅いし、今日は君の家まで送るよ」この場所はタクシーも拾いにくい。莉奈は少し苦笑し、男の車に乗り
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