Mag-log in週明けの月曜日。 遂に、今日から、ウインターコレクションのポップアップストアの準備が始まる。まずは、戦略会議だ。今日の会議には、レオも参加することになっている。 「桜井さん、おはよう」 「レオ様、おはようございます」 「桐生とは順調?」 「はい」 「即答できちゃうもんな。妬けるよ」 「レオ様のお陰です」 「俺?」 「はい。この前、私の本音を気づかせてくれたから」 まさか、憧れのジュエリーデザイナーのレオと、恋愛話ができる日が来るとは、夢にも思っていなかった。 「ところで、そろそろその呼び方やめない?」 「と言いますと」 「レオ様ってやつ。俺の柄じゃないというか。俺たち友達でしょ?」 「友達!?」 私は驚きのあまり、椅子から立ち上がった。 「そんなに驚くこと?」 「驚きますよ!レオ様は、私にとって憧れのジュエリーデザイナーなんです。雲の上の存在だと思ってる方と、こうしてプライベートなお話をしていることも信じられないのに、それだけではなく、友達と仰ってくださるなんて、私にはもったいないお言葉過ぎて……」 「ははっ、桜井さんって面白いね。こないだから、芯のある人だとは思ってたけど、ますます知りなくなった。桐生が気に入るのも分かる気がする」 私は返す言葉に困惑し、俯いた。すると、レオが私の両手を握り、言った。 「桜井さん、改めて友達になろう」 「ダメだ。全く、油断も隙もない。レオ、その手を離せ」 「いいだろ?友達になるくらい。桐生のくせに心が狭いぞ」 顔を上げると、私の隣には桐生が立っていた。 「俺は、男女の友情は成立しないと思ってるから」 「分かった。桐生、自信がないんだろう」 レオの言葉に、桐生は黙った。そして、ゆっくりと息を吐いた。 「そうだよ。ないよ。だから必死なんだ。分かれよ」 「桐生のそんな顔、初めて見たわ」 すると、レオが私と向き合った。 「今夜、桐生を貸してほしい。安心して。どこで飲むかも全部言う。桐生の友達として、桐生と話してくるから」 「分かりました」 「ありがとう」 話が落ち着いた頃、会議室にデザイン部の社員が続々と集まってきた。私達もそれぞの席に着席した。 「みんな揃ったわね。では、ポップアップストアについての戦略会議を始めます。本日は、ウインターコレクションのチーフデザイナー
その日の夜、私と桐生は〝夜の遊園地〟を訪れた。ここは、自宅から車で30分程の所にある小さな遊園地だ。普段から前を通っていたのに、しっかりと見たことはなかった。現在の時刻は、20時を回ったところ。イベント最終日ということもあり、園内にはまだ多くの家族連れや、カップルで賑わっていた。 「知英ちゃん、何乗る?」 「えっと……」 私は、園内を見回した。私の目の前には、ファミリーコースターが見え、すぐ横には、メリーゴーランドがあり、背後には大きな観覧車が一際、存在感を放っていた。 「観覧車乗りたいな」 「うん。行こう」 桐生は私の手を握り、歩き出した。 私たちは、並ぶことなく観覧車に乗ることが出来た。そして、私は乗ってから気づいた。今から約20分間、密室で桐生と二人きりだということを。観覧車という特別な場所で二人きりで過ごすことは、自宅で二人で過ごす事とは訳が違う。 「知英ちゃん、高い所は平気?」 「うん。平気よ」 「じゃあ、苦手なものは?」 「絶叫系全般かな」 「そうなんだ。俺は、絶叫系好き。叫ぶとストレス発散できるしね」 「翼さんも叫ぶのね」 「それは、俺も人間だから」 「確かにそうだわ」 「知英ちゃん、面白い」 「私の事を面白いっていうのは、翼さんくらいよ」 私と桐生は、観覧車という非日常的な空間で、ありのまま語りあった。 「知英ちゃん!もうすぐ頂上だよ」 「あっという間ね」 私は観覧車の窓から、外を見た。遊園地全体が、色とりどりのイルミネーションで輝いていた。そんな景色を一望できるこの席は、まさに特等席だ。私が夜景を見ている時、桐生はズボンのポケットからスマートフォンを取り出した。 「知英ちゃん、写真撮ろう」 「うん」 私は桐生の隣に座り、彼に近づいた。桐生はそんな私の肩を自分の方に抱き寄せた。 「よし、撮るよ」 カシャ 桐生が撮影ボタンを押した。そして、桐生はすぐに、撮ったばかりの写真を確認した。 「知英ちゃん、楽しそう」 「それを言うなら、翼さんもでしょ。とっても楽しそうな表情をしているわ」 「だって、今、すごく楽しいから」 私は、桐生が無邪気に笑う姿を初めて見た。その愛おしさに、思わず桐生を抱き締めたくなった。しかし、他の客もいる手前、私は出しかけた手を引っ込めた。そうしているうちに、私達を乗せた
翌朝、私が目覚めると、隣に桐生の姿はなかった。ぐっすり眠ったお陰で、酒も完全に抜けた。私は、ゆっくり起き上がり、リビングへと向かった。 「おはよう。知英ちゃん。体調はどう?」 「すっかり良くなったわ」 「ほんとだ。顔色も良さそうだね。朝食を作ったけど食べられそう?」 「うん、お腹空いた」 「分かった。すぐに持っていくから、知英ちゃんは座って待ってて」 私は桐生の言葉に甘えて、椅子に座った。そして、キッチンにいる桐生に視線を向けた。何をしていても様になる桐生に、私は思わず見惚れてしまった。 「はい、お待たせ」 「ありがとう」 桐生は私の為に、お粥を作ってくれた。体調は回復したものの、昨日、アルコールで酷使した身体には、お粥の温かさが沁みた。 「美味しい」 「良かった」 「翼さんは、料理もできるのね」 「簡単なものばかりだけどね」 「そんなことないわ。このお粥もとっても美味しい」 すると、桐生は私の向かいの席に、淹れたてのコーヒーが入っているマグカップを持ち座った。 「知英ちゃん、午後から行きたい所はある?」 「翼さんはどこかある?いつも、私の行きたい所に連れていってもらってるから、今日は、翼さんの行きたい所がいいな」 私の言葉を聞いた桐生が立ち上がり、リビングのテーブルに置いてある、昨夜、一緒に読んだ雑誌を持ってきた。そして、あるページを開き、私に見せた。 「夜の遊園地?」 「そう。もし、体調が辛くなかったら、今夜行かない?今日まで開催してるみたいでさ」 「行きたい!でも、翼さん、アトラクションに並ぶの苦手なんでしょ?いいの?」 私は、昨日の飲み会で佐藤が話した事を思い出し、桐生に尋ねた。 「知英ちゃんとなら、待つことも楽しいと思えるんだ。だから平気」 「嬉しい。ありがとう。でも、どうして遊園地に?」 「知英ちゃんと、色んな景色が見たいから。今まで、俺が避けて来たことも、知英ちゃんと一緒なら楽しいと思える。家族になるって、俺、まだよく分からないけど、だからこそ、俺は今まで以上に、知英ちゃんの事を知りたいし、知英ちゃんにも俺の事を知って欲しいと思う」 桐生の話を聞いて、私は昨夜の話が現実だと実感した。そして、桐生なりに私と家族になることを考えてくれていた。その事が、
自宅に着いた私は、リビングのソファーに倒れ込んだ。店では気が張っていたせいか平気だったのに、ここに来て一気に酔いが回ったようだ。 「知英ちゃん、水飲める?」 「うん……」 私は、桐生が差し出したコップを受け取り、水をごくごくと飲み干した。 「酔いはどう?」 「頭がクラクラしてる」 「沢山飲んだ?」 「ううん、ジョッキ1杯くらい」 私は酒に強い方ではないが、それくらい飲んでもいつも酔うことはなかった。 「きっと、疲れが溜まってるんだよ。最近、ウインターコレクションの準備で仕事も忙しかったし」 「でも、翼さんは私よりも多忙なのに、また迷惑かけてしまったわ。ごめんなさい」 「知英ちゃん、もう謝らないで。今日は知英ちゃんのせいではないし。間違えることは、誰にでもあるから」 自分が情けなくて、今にも泣き出しそうな私を桐生は優しく抱き締めた。どうして、桐生はこんなにも私に優しいのだろう。だからこそ、桐生の優しさが時々怖くなる。私は桐生に嫌われたら、もう生きていけない。 「久しぶりに明日はゆっくり寝て、午後からのんびり出掛けようか」 「翼さん、仕事は?」 「この土日は休み。来週からポップアップの準備も始まるから、ふたりでリフレッシュしよう」 桐生は、ソファーで横になっている私の頭を優しく撫でた。 「気分はどう?楽になってきた?」 「うん。さっきよりは」 「良かった」 すると、桐生はソファーを背もたれにして、雑誌のページをめくった。その雑誌には美沙が載っていた。 「美沙だ!まだ、最新号買えてなかったの」 「一緒にみる?」 「うん」 桐生に支えられながら、私はソファーから起き上がった。そして、桐生も私の隣に座った。 「美沙、綺麗だなぁ。この服も似合ってる。今回はメイクを変えたのね。いつもより大人っぽいわ」 「知英ちゃんって、本当に美沙さんのことが大好きだよね」 「だって、美沙は私の可愛い妹だもの」 「二人を見てると羨ましいよ」 「どうして?」 「家族よりも家族っていうか。固い絆で結ばれてるというか。俺の両親は、そういう温かさとは無縁の人たちだったから」 桐生が遠い目をして言った。桐生は、家族の事をあまり話したがらない。だから、私も踏み込んで聞くことはなかった。
「桐生、居たの!?いつから?」 「俺とは性格が合わない辺りから。だけど、安心しろ。俺も佐藤とは馬が合わないから」 桐生と佐藤は、油断すると、一発触発しそうな勢いだった。私は二人を交互に見た。 「翼さん、迷惑かけてごめんなさい」 「大丈夫。だから、そんな悲しそうな顔しないで?アイス食べないと溶けるよ。待ってるから、デザート食べてから帰ろう」 「うん。そうする」 すると、私と桐生の会話を隣で聞いていた佐藤が口を開いた。 「桐生の口から、待つという言葉が聞けるなんて……信じられない」 「佐藤、大袈裟だ」 「そんな事ない。アトラクションに並ぶのが嫌で、テーマパークごと貸し切ったのはどこの誰?」 「俺だな」 「行列のできる寿司屋の寿司が食べたくて、自宅に寿司職人を呼んだのはどこの誰?」 「それも俺だ」 「まだまだあるけど、どうする?」 「もうやめとく」 そして、桐生は私を見た。 「知英ちゃんの事なら待てるから。気にしないで」 「翼さん、ありがとう」 すると、桐生の存在に気づいたデザイン部の面々が、一斉にこちらにやってきた 「桐生社長、今日はご馳走様でした」 「桐生社長、今日も格好いいですね」 「桐生社長……」 デザイン部の皆は、次から次へと桐生に声をかけた。それを、私がシャーベットを食べ終わったタイミングで、桐生が遮った。 「それでは、皆さんごゆっくり。知英ちゃん行こうか」 「はい」 私は立ち上がろうとしたが、足が痺れてよろけてしまった。そして、あろう事か鞄の中身をぶち撒けた。 「あ!ごめんなさい」 「桜井さん、大丈夫?」 佐藤は心配そうに、私の顔を覗き込んだ。 「はい、大丈夫です」 「知英ちゃんって、普段はしっかりしてるのに、こういう所、抜けてるよね」 桐生は微笑みながら、私の鞄の中身を拾った。 「え……ない!?」 「知英ちゃん、どうしたの ?」 「家の鍵がないの!?」 私は鞄の中に、家の鍵が入っていないことに気づいた。今朝も桐生と一緒に出勤した為、朝、鍵を鞄からは出していないはずだ。だとすると、どこに落としたのだろう。私の顔はみるみる青ざめた。 「それなら、玄関の靴箱の上に置いてあったよ」 「そうなの……?」 「うん。置いた覚えはない?」 私は、これまでの行動をできる限り思い出してみた。 「あ
「桜井さん、お水飲みましょう」 「はーい」 私は佐藤からコップを受け取ると、水をがぶ飲みした。それなのに、頭がクラクラする。酔いが回ってしまったようだ。 「桜井さん、どれだけ飲んだの?って、ほぼ、ジョッキが空じゃない」 「美味しかったから、一気に飲んでしまって……」 「もう、誰よ。ウーロンハイを注文した人は」 「それ、俺です」 私の斜め前の席に座っていた五十嵐が手を挙げた。 「桜井さん、飲んだらまずいんですか?」 「まずいも何も、桐生社長に止められてるのよ。桜井さんには、酒を飲ませるなって」 佐藤は頭を抱えた。 「佐藤さん、大丈夫です。私が説明しますので。それに、今日は私、ちゃんとひとりで歩けます!」 「だけど、顔が赤いし、呂律も回ってないから桐生に迎えに来てもらいましょう」 「でも……」 今、ここに桐生を呼んだら、私のせいで佐藤に迷惑を掛けてしまうかもしれない。私は返事を躊躇った。 「大丈夫よ。桐生とは長い付き合いだから。桜井さんの為なら、すぐに飛んでくるはずよ」 「それなら私が連絡します」 私はスマートフォンを持ち、一旦、個室から出た。 トゥルルルルル…… 「もしもし」 桐生は、1コール目で電話に出た。私は、あまりの速さに声が裏返ってしまった。 「もしもし、翼さん」 「知英ちゃんどうしたの?飲み会は楽しい?」 「うん。楽しい」 「それは良かった」 桐生は、いつもと変わらぬ優しい口調で話した。 「それで、私、間違えてお酒を飲んでしまって……」 「うん」 「でも、私が烏龍茶とウーロンハイを間違えたから、佐藤チーフは悪くないの。だから、佐藤チーフを怒らないで。私の事、心配して翼さんに迎えに来てもらうようにって、言ってくれたの」 「うんうん」 「翼さん?」 「お酒飲んだから、いつもより饒舌で、話し方も可愛いんだな」 「私はいつも通りよ」 「いや、いつも可愛いけど、今は、それよりも可愛い。今からすぐ迎えにいくね。安心して?怒ってないから。その変わり、デザイン部の人達といい子で待ってて。できる?」 「できるわ」 「よし。じゃあ、後で」 桐生は電話を切った。私は安堵した。そして、桐生に言われた通り、デザイン部の皆がいる個室に戻った。 「桜井さん、おかえり。桐生どうだった?」 佐藤は、私が戻るとすぐに