INICIAR SESIÓNいつも私を守ってくれる桐生が、今は壊れそうに泣いている。私は桐生の心の痛みに気付けなかった。いつだって桐生は、私のことを一番に考えてくれていたのに。私は桐生の流した涙を指で優しく拭った。そして、桐生を強く抱き締めた。桐生は愛されるべき人だ。私は桐生以上に愛が深い人を知らない。「翼さん、ありがとう」「どうして俺から離れない?」「言ったでしょ?あなたを愛してるからって」「ほんとに……?」「うん。この先もずっと」桐生は私の頬に恐る恐る触れた。その手は震えていた。私は桐生の手に自分の手を重ねた。私に本当の愛をくれた人を拒む理由はない。「さっきはごめん。怖い思いをさせた。だから、知英ちゃんが俺に触れてほしくないなら……」「翼さんが触れてくれないなら、私から触れるだけ」私は背伸びをして、桐生の唇にキスをした。「知英ちゃん……/」「翼さんが照れてる所、初めて見た」「それは知英ちゃんがいきなりキスするから」「だめだった?」「ううん、だめじゃない」「私だって、翼さんに好きでいてもらいたくていい子でいたの。本当はもっと触れて欲しかった/」改めて口にすると、恥ずかしくて顔が熱くなるのを感じた。だけど今は桐生に伝わって欲しい。私は言葉では足りないくらい桐生を愛しているのだから。「これからは私に隠し事しないで」「分かった」「ひとりで危険な事もしないで」「分かった」「約束だよ?」「ああ。約束する」すると、桐生が私を抱き締めた。香水の匂いに混ざって煙草の匂いがした。そのせいで、先程の桐生とのキスが脳裏に蘇り、私は耳まで赤くなってしまった。私は桐生に悟られまいと俯いた。「知英ちゃん?」「なんでもない/」「顔赤くない?」「ううん、そんなことないよ/」「ふーん」「私、そろそろ寝室戻るね」「待って」桐生は私を後ろから抱き締めた。先程まで泣いていた桐生はどこへいった?私は、すっかり桐生のペースにのまれてしまった。「隠しごとはなしなんでしょ?」 「そうだけど……」桐生は私の髪をかきあげ、耳元で囁いた。「知英ちゃん、どうしたの?」「だから……/」「なに?」桐生の吐息が耳にかかった。あっという間に、全身の力が抜けていく。更に桐生は、私の耳を甘噛みした。「あっ……//」思わず漏れた声が恥ずかしくて、私は口を手で塞いだ。そのまま桐生
「俺が怖い?」「怖くない」「ならどうして泣いてる?」「……気持ちよくて/」俺は咄嗟に知英から離れた。先程、知英と触れ合った余韻がまだ残っている。これ以上触れると、俺の理性がもたない。「翼さん……」そんな目で俺を見るな。頼むから、知英の理想の“桐生翼”で居させてくれ。「ねぇってば」知英は俺のバスローブの袖を引っ張った。俺は、知英から背を向け、呼吸を整えた。「部屋に戻って」「いや/」すると知英は俺の背中に抱きついた。折角、俺から逃げる機会を与えたのに。知英は元彼に裏切られたばかりなのに、人を疑おうとしない。このまま俺は、清らかな心を持っている知英をこの手で汚してしまうのだろうか。「これは知英ちゃんのためだよ」「それなら尚更ここに居る」「だから分かってくれよ」それは俺の心の叫びだった。俺の良心が、知英を傷つけたくないと訴えた。汚れた俺が、知英に触れてはいけなかった。だが、今更、後悔しても遅い。俺はもう知英を手放せない。たとえ、知英が俺から逃げようとしても。俺は知英と向き合った。そして、ゆっくりと距離をつめ、知英の顎に触れた。知英は瞬きもせず俺を見つめていた。「本当の翼さんを見せて」「この部屋からただでは帰れなくなるよ」「それでもいい」「俺に失望するかもしれない」「しないわ」「どうして言い切れる?」「あなたを愛してるから」知英は俺を見つめ、唇に一瞬キスをした。この瞬間、俺は理性を失った。俺は机に知英を押し倒した。そして、真っ白な首筋に痛いくらいに噛み付いた。「いたっ」「俺から逃げるな」俺のキスを逃れようとする知英を、俺は無理やり押さえつけた。そして、俺は知英の唇を貪るように何度も何度もキスをした。「翼さん……苦しっ/」知英は俺の唇を噛んだ。「あーあ、知英ちゃんも俺を拒むんだ」「そんなつもりは……」俺は唇に滲んだ血を親指で拭った。そんなこと初めから分かっていた。本当の俺は、誰にも受け入れてもらえないことを。母親でさえ、俺を拒んだ。俺は誰からも愛されないのだ。ならば、力づくでも俺のものにすればいい。「知英ちゃんを救った救世主は、ろくでもないクズだったと」「私、そんなこと思ってない。翼さんは私を救ってくれた。今の私があるのは翼さんのお陰」知英が綺麗事を並べた。どんな言葉も今の俺には響かなかった。だからここで、
こんなにハマるつもりはなかった。俺は誰も幸せにできないと思っていた。俺には冷酷なあいつの血が流れている。目的の為ならば、手段を選ばない。結婚さえも道具として扱う。自分の子どももあいつにとってはただの駒でしかない。そんなあいつは、外に女を作り、俺の母親を捨てた。母親は心を病んで壊れていった。だから俺にとって愛は幻想に過ぎなかった。人を好きになることは一生ないと思っていた。あの日、俺は父親の用意した見合いの席に向かっていた。もちろん、父親の期待を裏切り、見合いをぶち壊すために。どうせなら、盛大に壊してやろうと機会を伺っていた。その時、知英が俺の胸に飛び込んできた。偶然の出来事だった。だが、その瞬間、俺の運命は変わった。“一目惚れ” 俺がこの言葉を口にする日が来るなんて、想像もしていなかった。知英の涙を見た時、俺は彼女に強く惹かれた。よく知らない相手なのに、知英を守りたいと思った。こんなことは生まれて初めてだった。自分で言うのもだが、俺は顔がいい。そして、金もある。今まで堕とせなかった女性は居なかった。しかし、これまでの遊びとは違う。俺は本気で知英が欲しくなった。そこで俺は、知英にプレゼントを渡した。知英が前を向いて歩くための服と靴を与えた。知英は美しかった。俺に微笑む知英は、どの女性よりも魅力的だった。だが、知英の心は金では買えなかった。俺はそれが嬉しかった。やっと、俺自身を見てくれる人に出会えた。その人と結ばれたらどんなに幸せだろうか。俺は知英を手に入れるために、本当の自分を隠して、知英の理想の桐生翼を演じることにした。知英の前ではヘビースモーカーな俺が、一切、煙草を吸わなかった。しかし、匂いに敏感な知英に一度、気付かされそうになった時は肝が冷えた。俺が目的のためならば、相手を痛めつけることもいとわない冷酷で非道な人間であることは、絶対に知英に知られてはならない。俺は隣で眠っている知英の髪を優しく撫でた。知英が毎日幸せであるように。それが俺の願いだ。俺はバスローブを羽織って、そっとベッドから起き上がった。書斎に入った俺は、煙草を一本咥え、火をつけた。一日ぶりの煙草は、身体に沁みた。コンコンコン……「翼さん、いるの?」あろうことか、知英が書斎の前に来た。俺は慌てて煙草の火を消した。「仕事を思いだして」「入ってもいい?」ここで断るのも余計
「翼さん……/」「嫌だったらやめる」「ううん、嫌じゃない…///」桐生は自宅に入ると、玄関の壁に私を追い詰めた。桐生の吐息を感じながら、私は目を閉じた。すると、桐生は私の唇を貪るように何度もキスを繰り返した。いつも優しい桐生が、こんなにも激しく私を求めてくれる事が嬉しかった。「翼さん、ここじゃ……やだ……」「うん」桐生は私をいとも簡単に抱きかかえて、寝室へと運んだ。いつも、桐生が寝ているベッドはとても広々としていた。そこに、私はそっと寝かされた。「知英ちゃん、身体は平気?」「平気」「辛かったらやめるから」「我慢しないでって言った//」「知英ちゃん。あなたって人は……」「なに?」「何も知らないって顔して、いつも僕を煽ってくる」「私、そんなつもりは……んっ…///」桐生が私の口を無理やり塞いだ。すると、桐生の舌が私の口内に侵入した。慣れない感触に私の身体は痺れを感じた。「自分が今、どんな顔してるか分かる?」「え……?」私はキスの余韻で、頭がぼぉーとしていた。そんな私の頬に桐生は優しく触れた。「俺は君の前ではいい人で居たいんだ」聞き間違えではない。今、桐生は“俺”と言った。私の知らない桐生が目の前にいる。もっと桐生を知りたい。私は自ら、桐生のネクタイを引っ張りキスをした。「翼さん……」「君が望んだことだ」「はい」桐生はネクタイを解き、私の両腕を縛った。自由を奪われた私は、桐生のされるがままだ。桐生の指が私の身体をなぞった。桐生の視線が恐ろしい程に色っぽかった。「俺が怖い?」「ううん、怖くない」桐生が私の首筋に吸い付いた。甘い痛みが全身に走った。「ごめん、俺はもういい人でいられない」桐生が苦しそうに呟いた。どんな桐生であっても私を救ってくれた人には変わりない。私は桐生だから好きなのだ。桐生が与えてくれるものならば、全て受け止める覚悟はできている。「翼さんが好き。叫びたいくらい」私は桐生に微笑んだ。私の気持ちは桐生に伝わっただろうか。桐生はしばらく私を見つめてこう言った。「もう二度と傷つけさせない」「うん」「だから俺の傍を離れないで」私は頷いた。離れるわけがない。桐生が居ない人生なんて私には考えられない。桐生は私の腕を縛っていたネクタイを解いた。両腕にはうっすらと痕がついていた。桐生はその痕に丁寧に舌を
「よし、行こうか」「はい」桐生は私がシートベルトを締めたことを確認すると、ゆっくりアクセルを踏んだ。桐生の愛車は私でも知っている高級車だ。シートもふかふかで座り心地もいい。私は運転している桐生の横顔を覗きみた。言うまでもないが、桐生の横顔は彫刻のように美しい。「知英ちゃん、どうかした?」「ううん、なんでもない」桐生の横顔に見惚れていたなんて、恥ずかしくて言えない。すると、信号が赤になり、桐生が静かにブレーキを踏んだ。「僕には我慢しないで何でも話してね」「ありがとう。でも本当になんでもないの」「それなら良かった」信号が青になり、再び、桐生は前を向いた。「もう少しで八神さんの店に着くよ」私は車の窓から外を見た。あの日、もし、桐生と電話が繋がらなかったら。もし、八神の店が近くになかったら。私はどうなっていたのだろう。私の脳裏に、黒いキャップを被った男の姿が蘇った。はっきり顔を見たわけではない。しかし、その男の悪意は、確かに私に向いていた。私の身体は震え始めた。「知英ちゃん?」「翼さん、たすけて」私の異変に気づいた桐生は、近くのコンビニに車を停めた。「ごめんなさい」「大丈夫。水買ってくるね。すぐ戻るから」「うん」桐生が走ってコンビニに入っていく姿を、私はずっと目で追った。早く震えを鎮めたい。そう思うのに、震えは鎮まるどころか、酷くなる一方だ。それだけではなく、息まで苦しくなってきた。桐生に助けを求めたくても、苦しくて声が出ない。「知英ちゃん!!」桐生が慌てて車のドアを開けた。「知英ちゃん、ゆっくり息吸って」私は桐生に言われた通りに、息を吸った。苦しい。呼吸もまともにできないなんて、私はどうしてしまったのだろう。桐生は私のシートベルトを外した。そして、背中を優しくさすってくれた。「大丈夫だよ。僕が居る」「うん」桐生のお陰で、私は少しずつ落ち着きを取り戻した。全身の震えもいつの間にか止まっていた。「翼さん、ありがとう」「水飲む?」「飲む。喉乾いた」桐生はペットボトルのキャップを外し、ミネラルウォーターを私に手渡した。私は冷たいミネラルウォーターをごくごくと身体に流し込んだ。「知英ちゃん、ゆっくり飲んで」「うん」今日も桐生に迷惑をかけてしまった。私は俯いた。「今日は家に帰ろうか」「ううん、私のことなら大丈夫だ
翌朝、朝食を食べ終えた私は、桐生が迎えに来るまで病室で待つことにした。コンコンコン……「知英ちゃん、入っていい?」「どうぞ」病室に入ってきた桐生は、いつものスーツ姿ではなく、ラフな格好をしていた。初めてみる桐生の私服姿に私は思わず見惚れた。しかし、今日は平日だ。仕事はどうしたのだろうか?私は桐生に聞いてみることにした。「翼さん、仕事は?」「今日は休み。だから、一日中、知英ちゃんと一緒に居られるよ」私は桐生の顔を覗きみた。笑ってはいるけれど、目の下に薄っすらとクマがあった。桐生は今日、仕事を休むために、どれだけの仕事をこなしたのだろう。だが、桐生は私に疲れていることを気づかれたくないはずだ。私は心配する気持ちをぐっと飲み込んだ。「嬉しい」「行きたいところある?」「翼さんの家でゆっくりしたいな。やりたいこともあるから」「やりたいこと?」「うん。翼さんに手料理を振る舞えてないでしょ。今夜、一緒に食事がしたいなと思って」私が倒れなければ、その日、桐生に手料理を振る舞うはずだった。桐生に、食事の時間は決して寂しい時間ではないと知って欲しかった。桐生の傍にはいつでも私が居ると伝えたかった。「ありがとう、知英ちゃん」「どういたしまして。でも、あの日、食材をだめにしてしまって、ごめんなさい」「謝らないで。自分の身を守ることが一番大切なんだから。知英ちゃんが無事でよかった」桐生は私に微笑んだ。そこで、私はもうひとつ気になっていることを桐生に話した。「出来ればでいいのだけど、今日、八神さんのお店に行ける?」「うん。行けるよ」「あの日はちゃんとお礼を言えなかったから」「分かった。彼の店にも寄ろう。あとはスーパーにも寄る?」「うん。よろしくお願いします」「よし、決まり。退院の手続きしてくるから知英ちゃんはここで待ってて」病室を出ていく桐生の腕を、私は咄嗟に掴んだ。何から何まで桐生に頼りすぎだ。せめて、入院費は自分で払おう。「知英ちゃん、どうしたの?」「あの……」桐生は私が何を言おうとしているのか察したようだった。「そういう時は、ありがとうでいいんだよ」「……ありがとう」「そう。素直でよろしい」「翼さんは私を甘やかしすぎだよ」「そうかな?まだまだでしょ?」「え……?」「毎日送り迎えして、毎晩、ドライヤーして、寝る前はマッサ







