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婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す
婚約者に売られ、親友に顔を奪われた私は、二度目の人生で全てを取り戻す
Author: 影畑凛星

最愛からの裏切り

Author: 影畑凛星
last update Petsa ng paglalathala: 2026-07-25 00:25:18

静かに開かれた扉から、御影綾香はゆっくりと外へ足を踏み出した。

久しぶりに見る太陽が、目に痛いほどまぶしい。

逮捕された日に着ていたワンピースは、もう季節外れだった。

五年前には肌寒かった風が、今は蒸し暑い。

(……迎えに来ていないのね)

わかっていた。

それでも、胸の奥が痛んだ。

――五年間。

婚約者である橘理央は、一度も面会に来なかった。

手紙すらなかった。

それでも綾香は、どこかで信じていたのだ。

出所したら、彼が迎えに来てくれるかもしれないと。

「……信じていたのに」

ぽつりと零れた声と共に、涙が頬を伝った。

出所の日に、母の死の真相を教えに来ると約束したのに。

◇◆◇

「美月の代わりに刑務所へ入ってくれ」

父の葬儀が終わった翌日。

理央は、何でもないことのようにそう言った。

最初は意味がわからなかった。

「……え?」

聞き返した瞬間、頬に衝撃が走った。

床へ倒れ込んだ綾香を、理央は冷たい目で見下ろしていた。

「頷くまでやめない」

何が起きているのかわからない。

混乱したまま拒絶すると、理央は本当に殴るのをやめなかった。

髪を掴まれ、何度も床へ叩きつけられる。

痛い。

怖い。

理解できない。

涙を流しながら、綾香は震える声で言った。

「どうして……」

「うるさい」

腹を蹴られ、呼吸が止まる。

「いいから頷け」

何度も暴力を受け、ついに綾香が頷くと、理央はようやく手を止めた。

そして何事もなかったように、優しく綾香を抱きしめた。

「綾香、僕を愛しているよね?」

耳元で囁く声は、昔と同じ優しい声音だった。

「彼女の代わりに五年だけ刑務所へ入って。出てきたら結婚しよう」

「彼女も君の友達だろう? 助けてあげてよ」

「美月はまだ若いんだ。前科なんてついたら人生が終わる」

その顔は、綾香が愛していた理央のままだった。

だからこそ、余計に恐ろしかった。

「嫌よ……」

綾香は震えながら首を振った。

「私は何もしてない……」

「冷たい女だな」

理央の表情が一変する。

「美月は親友じゃないのか?」

「親友よ……でも、だからって――」

最後まで言えなかった。

理央が綾香を突き飛ばしたからだ。

倒れ込んだ綾香を、今度は容赦なく踏みつける。

「やめて……痛い……!」

「うるさい! 黙って言うことを聞け!」

そこから始まったのは、地獄だった。

綾香は監禁され、繰り返し暴力を受けた。

そして、その中で真実を知らされる。

綾香が何も知らず押していた印鑑。

理央を信じて渡していた口座。

確認もせず署名していた書類。

そのすべてが、犯罪に利用されていたのだ。

理央は以前から、綾香名義の口座や電子署名を使い、御影グループの資金を特殊詐欺グループの資金洗浄へ流していた。

綾香は、ただ理央を信じていただけだった。

だが、それだけでは終わらなかった。

美月は犯罪資金の受け渡し中に事故を起こし、人を死なせていた。

その罪まで、綾香へ押しつけられたのだ。

「逃げられると思うなよ」

理央は笑っていた。

「全部、君がやったことになる」

綾香は逃げようとした。

だが捕まり、抵抗したことで顔に深い傷を負わされた。

「本当にバカな女。大人しくしていればよかったのに」

綾香の前に現れた美月は意地悪く笑って言った。

手当をしてくれるわけでもなく、綾香の傷が悪化するに任せた。

そうして刑務所へ連れていかれる頃には、綾香の顔は見る影もなく腫れ上がっていた。

「安心しろ。出所したら、お前の母親の死の真相を全部教えてやる」

「……!!」

その言葉は、綾香に希望を与えた。

絶望の中に現れた一筋の光だった。

そうして大人しくなった綾香を理央は警察官の前に引き出した。

理央は警察へは、困ったような顔で説明していた。

「逃げようとして暴れたんです。止めようとしたら……」

その姿は、誰の目にも誠実な婚約者にしか見えなかった。

◇◆◇

――そして、五年後。

荒れ果てた屋敷を後にし、綾香はふらふらと歩き続けていた。

その時、風に飛ばされた新聞が足元へ転がってくる。

何気なく拾い上げた綾香は、その見出しを見て凍りついた。

【御影家令嬢・御影綾香、橘理央とついに結婚】

「……え?」

声が掠れる。

私は、ここにいるのに。

意味がわからなかった。

混乱したまま、綾香は新聞に書かれていた式場へ向かった。

着ているのは、屋敷に残されていた古いワンピース。

向かう途中、通行人が悲鳴のような呻きを上げながら逃げて行った。

理央が、本当に自分と結婚するとは思えなかった。

五年間、一度も面会に来なかった男だ。

それでも、直接確かめずにはいられなかった。

式場の扉を開いた瞬間。

綾香は息を呑んだ。

ウェディングドレス姿で微笑む花嫁。

その顔は――綾香自身だった。

「……誰?」

けれど、その目元。

笑い方。

わずかな仕草。

間違えるはずがない。

「あんた……美月……!?」

綾香は震えながら花嫁へ近づいた。

「どうして……どうして、あなたが私の顔をしてるの!?」

花嫁は怯えたように後ずさる。

「警備を呼んで!」

誰かが叫んだ瞬間、式場が騒然となった。

次の瞬間、SPたちが綾香を取り押さえる。

「離して! 私が本物の綾香よ!」

必死に叫んでも、誰も信じない。

花嫁はヴェールを押さえながら、小さく震えていた。

「怖い……」

その姿は、完璧な被害者だった。

「違う! その女は――!」

「この醜い女を早く外へ連れ出せ。俺たちの結婚式の邪魔をするな」

最後まで言わせてもらえない。

綾香はそのまま式場の外へ引きずり出された。

重い扉が閉まる。

中から聞こえてくるのは、祝福の拍手と笑い声。

まるで、自分の存在だけが最初からなかったかのようだった。

「どうして……」

涙が溢れる。

雨が降り始めていた。

父はもういない。

会社も奪われた。

親友も婚約者も、自分を裏切っていた。

そして今、自分の顔まで奪われた。

「私……何のために生きてたの……?」

視界が滲む。

どこを歩いているのかもわからない。

足元はふらつき、呼吸も苦しい。

頭の中では、理央の言葉ばかりが繰り返されていた。

――君が御影家の娘だったからだよ。

――全部うまくいった。

――もう君の居場所なんて、どこにもない。

嫌。

嫌。

こんなの、嫌。

綾香は震える手で顔を押さえた。

崩れた肌。

残った傷。

醜く歪んだ自分の顔。

もう何も残っていない。

その時。

激しいクラクションが鳴り響いた。

「え……?」

顔を上げた瞬間、強烈なライトが視界を焼く。

大型トラックが、すぐ目の前まで迫っていた。

逃げなければ。

そう思ったのに、身体が動かない。

次の瞬間。

激しい衝撃が綾香の身体を吹き飛ばした。

世界が回転する。

何かが折れる嫌な音。

冷たいアスファルトへ叩きつけられ、口から血が溢れた。

痛い。

苦しい。

息ができない。

遠くで誰かが叫んでいる。

でも、その声も次第に遠ざかっていく。

冷たい雨が頬を打った。

空が滲んで見える。

――笑ってくれたお父様。

会いたい。

もっと話したかった。

ああ、あの男を信じなければよかった。

もし、もう一度やり直せるなら――。

綾香の意識は、深い闇へ沈んでいった。

◇◆◇

「綾香お嬢様?」

懐かしい声に、綾香はゆっくり目を開けた。

「……え?」

そこにいたのは、若い頃の橘恒一郎だった。

磨き上げられた床。

朝日が差し込む屋敷。

傷ひとつない自分の手。

「旦那様がお待ちです。理央ももう着いていますよ」

その言葉に、綾香の呼吸が止まる。

震える手でスマートフォンの日付を確認した。

父が死ぬ前の日付。

五年前。

「嘘……」

綾香は鏡へ駆け寄った。

そこに映っていたのは、傷のない自分の顔だった。

まだ、何も奪われていない。

綾香の瞳から、大粒の涙が溢れる。

やり直せる。

橘は困惑したように綾香を見つめた。

「綾香お嬢様?」

綾香は手の甲で涙を拭った。泣いている暇はなかった。

「……今すぐ、理央に会うわ」

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