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第5話

Auteur: ソフトクリーム
私がブドウを好きなことを知った真崎が、庭に葡萄の木を植え、手作りのブランコまで設置してくれたのだ。

夏になると、二人でブランコに乗り、採れたての葡萄を食べながら、風に揺られて月を眺めるのが楽しみだった。

今年もまた、葡萄が熟す季節がやってきた。

私は手を伸ばして実を一粒もぎ、口に入れる。

相変わらず葡萄は甘い。

だが、私と真崎の関係は、あの頃とは別物になってしまった。

ここ2年間、この葡萄の木を世話しているのは私だけ。

ようやく実った葡萄を、真崎が私に剥いてくれる事はもうない。彼は一番大きな房を切り取っては、知佳親子のために持って行くのだから。

そう思った私は斧を持ち出してきて、葡萄の木もブランコもすべて切り倒した。

真崎と過ごした6年間の絆を、まとめて断ち切るように。

跡形もなくなった庭を背に、私は6年間暮らしたこの家を出て、ずっと連絡を絶っていた番号に電話をかける。

「絢香、まだ人を集めてる?」

私が電話をかけた相手は、幼なじみの御手洗絢香(みたらい あやか)だった。

綾香は大都市で真崎を支える道を選んだ私とは違い、卒業してすぐ地元に戻り、故郷の発展に尽力していた。

今や絢香が経営するアパレル工場は成長を続け、業界でもすっかり名を馳せている。

去年から絢香は、一緒に故郷で働かないかと何度も誘ってくれていて、待遇も今の真崎の会社より遥かに良かった。

しかし私は真崎を捨てきれず、そのたびにやんわりと断っていたのだ。

私の突然の申し出に絢香は少し驚いた様子で、少し黙り込んだあと、興味深そうに尋ねてきた。

「もちろん大歓迎だよ。菫は業界屈指のデザイナーだもん。嬉しすぎるくらい。

でも、坂本さんと結婚して、都会で暮らしたいって言ってなかった?

菫がこっちにくること、坂本さん……許してくれるの?」

私は首を振って、自嘲気味に答える。

「許すも何も、もう別れたの。

だから地元に戻って、婚活でもしようと思ってさ」

そう聞いた絢香は、一瞬驚いたが、明るく私を励ましてくれた。

「そういうことなのね。大丈夫!菫の魅力なら、いくらでも素敵な人が見つかるから。

こっちの街も結構発展したし、前とはかなり変わったんだよ。それに、ドロドロした争いとか過酷な残業もないから。

うちに来てくれればチーフデザイナーとして、月60万円の基本給は保証するから」

この好待遇に、私は思わず固まってしまった。

真崎の会社での私の基本給は、全社員の中で一番低かった。「会社の経営維持のため」と耳当たりの良いことを言われ、我慢させられていたのだ。

さらに「今の経済環境でこれだけもらえるのは良心的だ」とさえ言われていた。

その言葉を信じて転職さえ考えなかった私は、なんとひどい搾取を受けていたのだろう。

6年間という青春を、無駄な人間に捧げてしまった。

はっと我に返った後、私は絢香とお互いの近況を少しだけ報告し合い、片付けが済んだら戻ることを約束して電話を切った。

そしてすぐに、不動産の権利書を持って、不動産屋へ足を運ぶ。

このマンションは、もともとは私と真崎の結婚を見越した新居のつもりで、私の両親が買ってくれたものだった。

かつて真崎は、会社を大きくするためにと、このマンションを売ろうとしたことがあった。

でも、あの時は母が体調を崩して入院し、手続きができなかったおかげで売られずに済んだ。

不動産屋で手続きを済ませ、売りに出す準備をした。

その足で私は会社に向かい、人事部で退職届も出す。

人事担当から「社長の許可が必要」と言われ、真崎に連絡するように促されたので、何度も真崎に電話をかけたのだが、真崎は電話に出なかった。

仕方なく人事担当が電話をかけると、あろうことかすぐに出た。

「社長、安藤部長が……」

「社印は引き出しの中にある。俺は忙しいんだ。そんなつまらないことで、いちいち電話をかけてこないでくれ」

一方的な口調で、真崎は通話を切る。

人事担当は社長の許可が出たとみなし、手続きを進めてくれた。

直後、知佳から挑発するようなメッセージが届いた。

そこには、絶叫系が嫌いなはずの真崎が、知佳親子と楽しげに遊園地のジェットコースターに乗っている写真も添えられている。

【賢い人間は、去るべき時を知っているらしいですよ?】

知佳親子の相手で忙しくて、あんな簡単に同意してくれたというわけだったのか。

おかげで退職手続きは拍子抜けするほど順調に進めることができた。

守銭奴である真崎の性格なら、私が去る時にはそれこそ身ぐるみ剥がされると覚悟していたのだが。

私は鼻で笑って、返信する。

【ゴミを拾うのが好きな人もいるんだね。喜んで譲るよ】

そう送信した直後、真崎から着信があった。

知佳が大袈裟に言って、真崎を焚き付けたに違いない。

しかし今回ばかりは見る気も起きず、私はすぐに着信拒否をした。

退職の手続きを終え、荷物をまとめてから外へ向かった。

しかし、外に出た途端、多くの同僚に囲まれた。

「菫さん!突然退職するなんて、いったい何があったんですか?」

「まさか、また知佳さんに何かされたんじゃないんですか?私たち、社長に文句を言ってきますよ!それに、菫さんが辞めるなら、私も辞めますから!」

駆け寄ってきた多くは、私が直接手塩にかけて育ててきた後輩たちだった。

皆私を尊敬してくれ、まるで家族のような仲だったのだ。

知佳が来てからというもの、大勢の社員が平気で私を見下し、知佳に媚びる側に回ったのだが、それでも、まだ私を信じてくれる人がこれほどいたことに、心が温かくなる。

「みんな、ありがとう。でも、自分の意思で決めたことだし、次はもっといい環境が決まっているから心配しないで」

それでも、私を送ってくれた人たちは、怒りを隠そうともしなかった。

そして彼らは、会社の心臓とも言える、中核メンバーたちだったのだ。

私は顔を上げ、雲を突くようなオフィスビルを最後に見上げる。

いつかは全国に響くような会社にしてやると、本気で思っていた。

だが今の様子を見る限り、この会社はもう基盤が揺らいでいる気がする。

この大樹が根元から崩れ去るのも、時間の問題だろう。

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