Short
子供の為に秘書と入籍?そんな夫、捨ててやる

子供の為に秘書と入籍?そんな夫、捨ててやる

By:  ソフトクリームCompleted
Language: Japanese
goodnovel4goodnovel
31Chapters
15views
Read
Add to library

Share:  

Report
Overview
Catalog
SCAN CODE TO READ ON APP

私、安藤菫(あんどう すみれ)は恋人である坂本真崎(さかもと まさき)と役所へ向かい、婚姻届を提出するはずだった。しかし、私たちが婚姻届を提出する前に、真崎の秘書である河内知佳(かわうち ちか)が、真崎と彼女の名前を記入した婚姻届を提出してしまったのである。 よって、私と真崎ではなく、真崎と知佳の間に婚姻関係が結ばれた。 私は知佳に、ただどういうことか尋ねただけだった。なのに知佳は、突然その場で泣き崩れ、私に向かって縋り付くようにこう叫んだのだった。 「ごめんなさい、菫さん。すべては息子のためなんです。私は、どうしても真崎さんが住んでいるところの、小学校に息子を入学させたくて。でも、そこの小学校に入るには、そこの学区の住民票が必要だったから……それに、シングルマザーの子供っていう理由で、いじめられないか心配で……」 知佳は呼吸もままならないほど泣きじゃくり、ほとんど我を失っていた。 真崎は普段、私にとても優しかった。しかし、今回は私を庇うどころか、何人も周りに人がいるというのに、私に平手打ちを食らわした。 「シングルマザーの知佳が子供のためにやったことだ。そこまで追い詰めることじゃないだろ? それに、婚姻届なんてたかが紙切れ一枚のことじゃないか。子供の入学が終わればすぐに離婚するんだから、入籍が少し遅れるくらいで、知佳を追い詰めたりなんかしなくたっていいだろ? とにかく、今すぐ知佳に謝ってから、今後の給料の半分も生活費として知佳に渡してやれ。お前が素直に謝罪するっていうなら、俺が婚姻届を窓口に出す後ろ姿でも撮らせてやるよ。 名前が写らないようにすれば、インスタでもなんでもみんなに自慢できるだろ?菫、大人しく言うことを聞け。さもないと、お前との結婚の話は無しにするからな」 私は冷たく鼻で笑った。「無しにされたって構わない」 結婚どころかこんな男自体、こちらから願い下げだ。

View More

Chapter 1

第1話

私、安藤菫(あんどう すみれ)は恋人である坂本真崎(さかもと まさき)と役所へ向かい、婚姻届を提出するはずだった。しかし、私たちが婚姻届を提出する前に、真崎の秘書である河内知佳(かわうち ちか)が、真崎と彼女の名前を記入した婚姻届を提出してしまったのである。

よって、私と真崎ではなく、真崎と知佳の間に婚姻関係が結ばれた。

私は知佳に、ただどういうことか尋ねただけだった。なのに知佳は、突然その場で泣き崩れ、私に向かって縋り付くようにこう叫んだのだった。

「ごめんなさい、菫さん。すべては息子のためなんです。私は、どうしても真崎さんが住んでいるところの、小学校に息子を入学させたくて。でも、そこの小学校に入るには、そこの学区の住民票が必要だったから……それに、シングルマザーの子供っていう理由で、いじめられないか心配で……」

知佳は呼吸もままならないほど泣きじゃくり、ほとんど我を失っていた。

真崎は普段、私にとても優しかった。しかし、今回は私を庇うどころか、何人も周りに人がいるというのに、私に平手打ちを食らわした。

「シングルマザーの知佳が子供のためにやったことだ。そこまで追い詰めることじゃないだろ?

それに、婚姻届なんてたかが紙切れ一枚のことじゃないか。子供の入学が終わればすぐに離婚するんだから、入籍が少し遅れるくらいで、知佳を追い詰めたりなんかしなくたっていいだろ?

とにかく、今すぐ知佳に謝ってから、今後の給料の半分も生活費として知佳に渡してやれ。お前が素直に謝罪するっていうなら、俺が婚姻届を窓口に出す後ろ姿でも撮らせてやるよ。

名前が写らないようにすれば、インスタでもなんでもみんなに自慢できるだろ?菫、大人しく言うことを聞け。さもないと、お前との結婚の話は無しにするからな」

私は冷たく鼻で笑った。「無しにされたって構わない」

結婚どころかこんな男自体、こちらから願い下げだ。

私の答えを聞いた真崎は、いつもの脅しが私に効かなかったからか、呆気にとられていた。

しかし、すぐに気を取り直した真崎は私を鼻で笑った。

「菫、そう言えば俺が考えを変えるとでも思ったのか?本当にくだらない女だな。

一人で子供を育てている知佳を、社長として助けて何が悪い?

それに、俺たちはいつ入籍したって同じだけど、知佳には急がなきゃならない理由がある。知佳の子供が入学できなくなってみろ、お前は責任が取れるのか?

お前がこんなに冷たい奴だとは思わなかったよ。こんな冷たいお前と子供を育てようって、俺が思うと思うか?」

理不尽な言葉を浴びながら、私は平手打ちでジンジンしている頬をさする。

心の中は、かつてないほど静かだった。

似たような経験を重ねすぎて、もう感覚が麻痺していたのだろう。

だから、視界の端に映る、泣きじゃくっている知佳が滑稽でしかなかった。

声をあげて大袈裟に鼻を啜っているものの、その目からは涙が一切流れていない。

こんな見え透いた演技にも関わらず、真崎は信じ切っている。

私はもう以前の私ではないので、冷ややかに言った。

「あなたと入籍するのは私だったはずなのに、知佳さんは私よりも先にあなたとの婚姻届を出したんだよ?それなのに、怒らないで感謝でもしろって?」

知佳は再び顔を手で覆い、地面に泣き崩れる。

「真崎さん、私が悪いの。土下座でも何でもして謝るわ」

真崎は慌てて知佳を起き上がらせ、私を怒鳴りつけた。

「菫、いい加減にしろよ?早く知佳に謝れ。それに、今回のことは、全部お前が悪いんだから、給料の半分を知佳にやることも忘れるなよ」

真崎は普段から知佳に甘かった。

知佳が少しでも機嫌を損ねれば、彼は私に謝罪を強要する。

かつて知佳が書類の提出先を間違え、会社に大損害を出した時も、真崎は知佳の責任を追及せずに、私の管理不足だと言ってすべての責任を私に押し付け、数千万規模の株式持分までも私から取り上げた。

以前は真崎のことを愛していたから、自分を殺して耐えていた。

しかし今は、一歩も譲るつもりはない。

「私は間違っていないから。謝るべきなのは知佳さんのほうでしょ?」

真崎の顔が怒りで真っ赤に染まる。

「お前……」

だが、私は真崎が怒鳴るよりも先に、背を向けてその場から立ち去った。

役所から出るともう日が暮れていた。行き交う恋人達が目に入り、心が苦しくなる。

6年も付き合っていた私たちなのに、入籍さえしていなかった。

最初の頃、真崎は仕事に専念したいと言って、入籍を先延ばしにしていた。

だから、私は真崎を支えるために、かなり給料の良かった仕事を辞め、真崎についてこの街まできたのだった。

真崎の接待には必ず付き添い、嫌というほどお酒を飲んできた。そうしてまで、真崎を社長に押し上げるのに必死だった。

だが、事業が安定すると、真崎は私が本気で彼を愛しているのか確かめるため、知佳が決めた52の課題をクリアしなければ結婚しないと言った。

「愛の試練」などという馬鹿げたことを名目に、知佳は私に無理難題を押し付けた。出勤した私の頭に氷水をかけたり、お茶に下剤を混ぜて接待で大恥をかかせたりした。

それだけではない。デートをしている時でさえも、真崎は愛を確かめるためだと言って、知佳を連れて歩いたのだった。

しかし、いつか真崎と結婚できると信じ、私は耐え続けていた。

そして昨日、知佳は最後の課題だと言って、私が完成させたばかりの設計案を知佳に差し出すように言ってきたのだった。

それは、私が1年間かけて描き上げたものだったので、私は拒んだのだが、知佳はそんなこと言うのは愛が無い証拠だと詰め寄ってきた。

だから、私は泣く泣く手放した。そして、ようやく真崎が結婚に同意してくれたのだった。

やっと、真崎と結婚できることが嬉しすぎて、私は一晩中眠れなかった。

なのに……目の前で、その期待を知佳に潰されたのだ。

それに、私は一言「どうして?」と聞いただけだったのに、真崎は私の心が汚れているから知佳が悪者に見えるのだと罵った。

真崎が本当に、知佳に対する感情がないというのなら、なぜ会社であんなにも彼女だけ特別扱いするのだろうか?

しかし、今はっきりと分かった。真崎の心はとっくに知佳へと向いていたのだった。

テストだなんて言って、すべては入籍を逃れるための言い訳で……

私は突然空腹感に襲われ、丸1日何も食べていないことを思い出す。

こんな馬鹿げたことに、1日も使ってしまうとは。

なんと無意味な1日だったのだろう。

私は首を振って余計な雑念を追い払うと、食事の取れそうなところを適当に探して、暖簾をくぐる。

食事が運ばれてきた時、ちょうど真崎のインスタに知佳と真崎の名前が記入された婚姻届が投稿された。

社員たちからも【おめでとうございます】とのコメント。もちろん私を馬鹿にすることも、皆忘れてはいない。

【社長の彼女は安藤さんなのに、結局選ばれたのは知佳さんだったんですね】

【こんな若くて可愛い知佳さんに、安藤さんが敵うわけ……ないですもんね?】

【……】

真崎が私を動揺させるための魂胆だとはわかっている。

私が真崎の思い通りにならないと、知佳との仲睦まじい姿を見せつけるのは、真崎のいつも手口だった。

これまでは結婚のために、とひたすら我慢してきた。

しかし今回の私は、鼻で笑って「いいね」を押しただけ。

それから間もなくして、真崎の投稿を見た両親から電話がかかってきた。

「菫。真崎さんが結婚したってどういうことなんだ?お前じゃなくて、他の人と籍を入れたのか?」

老いた両親は常に私がまだ結婚していないことに焦り、真崎と一日でも早く籍を入れることを望んでいたのだった。

しかし、真崎はずっと先延ばしにしていた。知佳に情けをかけても、私を想う心はなかったようだ。

私が両親に答える前に、真崎からメッセージが届いた。

【菫。今回の投稿はお前の親も見えるようにしてやった。二人はさぞかし慌てているんじゃないか?】

【知佳に謝るなら誤解だと説明してやってもいいぞ。それでも、まだ反省を見せなければ、どうなっても知らないからな】

真崎は以前、何があっても私の意思を尊重してくれ、無理やり何かをさせるということは無かった。

真崎の実家で食事をした時のこと。卵アレルギーの私に無理やり卵を食べさせようとする彼の母親に激怒した真崎は、テーブルごと食事を全てひっくり返したくらいだった。

それなのに今は、私の両親まで巻き込み、知佳に謝らせようとしている。

私を大切にしてくれていた真崎は、どうやら死んだみたいだ。

私はメッセージを無視する。

そして、淡々と両親に伝えた。

「お父さん、お母さん。真崎とはもう終わったの。これからは実家に戻ってお見合いするから」

真崎と一緒になることを、両親はずっと反対していた。しかし、私は両親の反対を押し切り、故郷まで捨て真崎に着いて行ってしまったのだった。

だが、やはり親の人を見る目は正しかったようだ。

「分かったぞ!お見合いの段取りはすぐしてやるからな!」

電話を切り、明日発の帰省のバスを予約する。タクシーで自宅に帰り、荷物をまとめることにした。

家のドアに手をかけたその時、部屋の中から誰かが談笑する声が漏れ聞こえてきた。
Expand
Next Chapter
Download

Latest chapter

More Chapters
No Comments
31 Chapters
第1話
私、安藤菫(あんどう すみれ)は恋人である坂本真崎(さかもと まさき)と役所へ向かい、婚姻届を提出するはずだった。しかし、私たちが婚姻届を提出する前に、真崎の秘書である河内知佳(かわうち ちか)が、真崎と彼女の名前を記入した婚姻届を提出してしまったのである。よって、私と真崎ではなく、真崎と知佳の間に婚姻関係が結ばれた。私は知佳に、ただどういうことか尋ねただけだった。なのに知佳は、突然その場で泣き崩れ、私に向かって縋り付くようにこう叫んだのだった。「ごめんなさい、菫さん。すべては息子のためなんです。私は、どうしても真崎さんが住んでいるところの、小学校に息子を入学させたくて。でも、そこの小学校に入るには、そこの学区の住民票が必要だったから……それに、シングルマザーの子供っていう理由で、いじめられないか心配で……」知佳は呼吸もままならないほど泣きじゃくり、ほとんど我を失っていた。真崎は普段、私にとても優しかった。しかし、今回は私を庇うどころか、何人も周りに人がいるというのに、私に平手打ちを食らわした。「シングルマザーの知佳が子供のためにやったことだ。そこまで追い詰めることじゃないだろ?それに、婚姻届なんてたかが紙切れ一枚のことじゃないか。子供の入学が終わればすぐに離婚するんだから、入籍が少し遅れるくらいで、知佳を追い詰めたりなんかしなくたっていいだろ?とにかく、今すぐ知佳に謝ってから、今後の給料の半分も生活費として知佳に渡してやれ。お前が素直に謝罪するっていうなら、俺が婚姻届を窓口に出す後ろ姿でも撮らせてやるよ。名前が写らないようにすれば、インスタでもなんでもみんなに自慢できるだろ?菫、大人しく言うことを聞け。さもないと、お前との結婚の話は無しにするからな」私は冷たく鼻で笑った。「無しにされたって構わない」結婚どころかこんな男自体、こちらから願い下げだ。私の答えを聞いた真崎は、いつもの脅しが私に効かなかったからか、呆気にとられていた。しかし、すぐに気を取り直した真崎は私を鼻で笑った。「菫、そう言えば俺が考えを変えるとでも思ったのか?本当にくだらない女だな。一人で子供を育てている知佳を、社長として助けて何が悪い?それに、俺たちはいつ入籍したって同じだけど、知佳には急がなきゃならない理由がある。知佳の子供が入学で
Read more
第2話
ドアを開けると、玄関には靴が三足揃えて置かれていて、一足は子供用だった。そして、一緒に並べられていた革靴も、誰のものなのかすぐに分かった。なぜなら、それは真崎が知佳からプレゼントされた、スーパーのワゴンセールで投げ売りされているような、ペラペラのフェイクレザー靴だったから。作りも粗雑で一目見ただけで安物だと分かるのに、なぜか真崎はそれを宝物のように大事にしていた。一方、私がプレゼントした何十万円もする高級な革靴は、埃をかぶったまま放置されている。それどころか、私の趣味を馬鹿にして「こんなセンスのない靴なんか、恥ずかしくて履けない」と言い捨てたのだった。そんなことを言われた私は、自分のセンスを疑い、知佳に恥を忍んでアドバイスを求めたことさえあった。だが、今にして思えば、単に真崎が私からの贈り物を気に入っていなかっただけだみたい。3足の靴を足で乱雑に端へ追いやり、私はリビングへと歩を進める。まず目に入ったのは、私のネグリジェを着て、ソファーでくつろぐ知佳の姿だった。まるでこの家の主のような顔でテレビを見ている。そして、知佳の息子である河内拓也(かわうち たくや)は大きなハサミを持ち出し、リビングのカーペットを切り刻んでいた。そのカーペットは、母が私のために何日もかけて織り上げてくれたものだった。しかし、今では拓也によって切り刻まれ、無残な切れ端となって、部屋の隅に放り出されている。さらに腹が立ったのは、祖母の遺影までもが、拓也の落書き帳となり、水性ペンで無茶苦茶にされていた。怒りで震えながら写真を取り返し、私は言った。「なんであなたたちがここにいるの!?」自分が遊んでいたものを取り上げられた拓也は、ふてぶてしい態度で言い放つ。「パパがいいって言ったんだもん!」次の瞬間、騒ぎを聞きつけた真崎がキッチンから現れた。真崎は油の匂いが苦手で、いつもなら料理なんて一切しない。それなのに、今は慣れない手つきで知佳親子のための食事を作っていたらしい。「拓也、どうしたんだ?」拓也を抱きしめようとした真崎の手が、私に気づいて止まる。「真崎。あなたってもう誰かのパパだったんだね。私、知らなかったよ」私の発言に真崎は少し戸惑ったものの、すぐに開き直った。「器の小さい奴だな。拓也は幼い頃から父親の愛を知らずに育
Read more
第3話
それだけ言って、私は荷造りを始めた。この方法でも無駄だと悟った真崎は、一瞬戸惑っていたが、何か思うことがあったようで、瞳に不満の色を走らせる。「菫、そうやってわざと俺の気を引こうとでもしてるのか?こっちはお前と話し合ってやろうとしてるのに。お前がそんな態度なら、もう勝手にしろ!」真崎は怒って、ドアを激しく閉めて出ていった。真崎はいまだに、私がただ嫉妬から臍を曲げ、ネットで見たようなくだらない手段で彼の気を引こうとしているのだと思っている。しかし、今回の私が本気なことに、彼はまだ気づいていない。この関係と、この家のために、私は自分を犠牲にしすぎた。でも今は、ただ自分のために生きたい。私は首を振り、再び荷造りに集中する。書斎にあるものの中で一番大切なのは、長年かけて積み上げた顧客リストやデザインの設計図。私の人生と言っても過言ではない。しかしファイルを開くと、苦労してまとめた資料には、色鮮やかな絵の具の落書きがあり、何も読めなくなっていた。さらには、資料の裏に小学生レベルの足し算や引き算の練習までが書かれている。これが知佳親子の仕業だということは、明らかだった。子供の拓也に善悪の分別がつかないとしても、知佳がこの資料の大切さを分からないわけがない。これは明白な嫌がらせだ。私はすぐにドアを開けてリビングへ行き、資料を知佳の前に投げつけた。「あなたが子供にさせたの!?」そう言われた知佳は、キッチンで食器を洗っている真崎を一瞥してから、小馬鹿にしたように笑う。「そうですよ。でも、だから何だっていうんですか?拓也の練習帳がなかったんです。そうしたら、あなたの書斎に埃を被った資料がたくさんあったから、有効利用してあげたんですよ?なんですか?弁償でもしてほしいんですか?」知佳は私の返事も待たずに、拓也に目配せをした。するとさっきまで静かにゲームをしていた拓也が、突然スマホを床に投げ捨てると、ひっくり返って泣き喚き始めたのだ。「パパ!あの人がいじめてくる!」騒ぎを聞きつけた真崎が、ゴム手袋も外さず慌ててリビングに走ってくる。床にひっくり返っている拓也を見た真崎は、そのまま私に向かってきて、私の顔に力任せに平手打ちを喰らわした。「お前、見損なったぞ。子供相手に何やってるんだよ?
Read more
第4話
私の言葉が終わるや否や、真崎は呆気にとられたような顔をした。彼は、別れを切り出せば私が今までのように折れてくるとでも思っていたのだろう。だが、まさか私がすんなりと了承するとは思ってもいなかったようだ。「菫。自分が何を言っているのか分かっているのか?」私は冷静に頷く。「あなたから別れたいと言ったよね?だから、私は同意した。何か問題でもある?」真崎は言葉を失い、怒りでみるみるうちに顔が真っ赤になっていった。全てを横で見ていた知佳が、込み上がってくる笑みを堪えながら、ここでわざとらしく割って入ってきた。「菫さん。そんなに私と拓也のことが疎ましかったんですね。私たちを追い出すためなら、真崎さんと別れることまで厭わないくらいに……ご迷惑をおかけしました。私たちは、もうこれで失礼しますので」そう言い放った知佳は拓也を抱き上げ、早々にドアから出ていった。一瞬ためらった真崎だったが、慌てて二人を追いかけていく。出ていく間際、私を罵ることを真崎は忘れなかった。「菫。別れたければ勝手にしろ!どっかに行くなら、行けばいい。何日もつかは知らないけどな」真崎はまだ、私がいつものように拗ねているだけだと思い込んでいるらしい。以前、知佳のミスを全て押し付けられたことがあった。その時、私と真崎は激しい喧嘩をした。腹を立てた私は家を飛び出し、本気で真崎との関係を断とうとしたのだった。その時の真崎は必死に私を捜し、見つけ出すなり、私を抱きしめて涙ながらに懇願したのだ。「菫、もし知佳に何かがあったら、彼女の子供が一人になってしまうと思って、ついお前に全ての責任を被せてしまったんだ。お前の気持ちを考えられなかった俺が悪い。でも、困っている人を放っておくなんて俺にはできなかった。本当にごめん。許してくれるか?」真崎が素直に謝罪してきたこと、そして同僚や友人たちの説得もあって、私は長年の情に絆されて、その時は彼を許してしまった。だから真崎は、今回も私がすぐに怒りを収めて、彼のところへ戻っていくと思っているのだろう。だが、そんなのは真崎の思い込みに過ぎない。私は今度こそ本気で彼を見捨てたのだから。真崎たちが去った後、私は淡々と荷造りを再開した。壁一面に貼られた世界中で撮った写真を眺めると、現実のこととは思えない感覚に襲われる。
Read more
第5話
私がブドウを好きなことを知った真崎が、庭に葡萄の木を植え、手作りのブランコまで設置してくれたのだ。夏になると、二人でブランコに乗り、採れたての葡萄を食べながら、風に揺られて月を眺めるのが楽しみだった。今年もまた、葡萄が熟す季節がやってきた。私は手を伸ばして実を一粒もぎ、口に入れる。相変わらず葡萄は甘い。だが、私と真崎の関係は、あの頃とは別物になってしまった。ここ2年間、この葡萄の木を世話しているのは私だけ。ようやく実った葡萄を、真崎が私に剥いてくれる事はもうない。彼は一番大きな房を切り取っては、知佳親子のために持って行くのだから。そう思った私は斧を持ち出してきて、葡萄の木もブランコもすべて切り倒した。真崎と過ごした6年間の絆を、まとめて断ち切るように。跡形もなくなった庭を背に、私は6年間暮らしたこの家を出て、ずっと連絡を絶っていた番号に電話をかける。「絢香、まだ人を集めてる?」私が電話をかけた相手は、幼なじみの御手洗絢香(みたらい あやか)だった。綾香は大都市で真崎を支える道を選んだ私とは違い、卒業してすぐ地元に戻り、故郷の発展に尽力していた。今や絢香が経営するアパレル工場は成長を続け、業界でもすっかり名を馳せている。去年から絢香は、一緒に故郷で働かないかと何度も誘ってくれていて、待遇も今の真崎の会社より遥かに良かった。しかし私は真崎を捨てきれず、そのたびにやんわりと断っていたのだ。私の突然の申し出に絢香は少し驚いた様子で、少し黙り込んだあと、興味深そうに尋ねてきた。「もちろん大歓迎だよ。菫は業界屈指のデザイナーだもん。嬉しすぎるくらい。でも、坂本さんと結婚して、都会で暮らしたいって言ってなかった?菫がこっちにくること、坂本さん……許してくれるの?」私は首を振って、自嘲気味に答える。「許すも何も、もう別れたの。だから地元に戻って、婚活でもしようと思ってさ」そう聞いた絢香は、一瞬驚いたが、明るく私を励ましてくれた。「そういうことなのね。大丈夫!菫の魅力なら、いくらでも素敵な人が見つかるから。こっちの街も結構発展したし、前とはかなり変わったんだよ。それに、ドロドロした争いとか過酷な残業もないから。うちに来てくれればチーフデザイナーとして、月60万円の基本給は保証す
Read more
第6話
会社を出てすぐに、不動産会社からメッセージが届いた。【安藤さん、買い手が見つかりました。明日にでも契約手続きを進めたいので、家の中を整理しておいていただけますか?】【承知しました。ありがとうございます】私はそのままタクシーで家に戻り、引越し業者を手配して、知佳と拓也、そして真崎の荷物を全てまとめさせ、裏庭に放り出させた。その間、知佳からは、真崎と出かけているという報告がしつこく届いていた。【真崎さんと拓也と観覧車に乗ったんですけど、周りからは本当の家族に見えるって言われちゃいました】【真崎さんが遊園地ごと買って、遊園地の名前まで私たちの名前に変えてくれたんですよ。こんな幸せ、あなたにはないですよね?】私は無視した。夜、真崎は帰ってこなかったが、そんな事はどうでもよく、私は心穏やかに眠りについた。翌日、買い手との契約を終えた私は、スーツケースを抱えてバスターミナルへと向かった。途中で、小学校の入学手続きを終えて出てきたばかりの真崎と知佳を偶然見つけた。知佳は拓也を抱き、真崎は幸せそうに知佳の肩を抱き寄せている。道行く人までがその様子を、微笑ましく見つめていた。「幸せそうな家族ね」「本当、お似合いの夫婦。子供も可愛くていいわね」そんな周りの声を聞いて、真崎もまんざらでもない様子で笑っている。しかし、真崎は私に気づいたようで、彼の顔から一瞬にして血の気が引いた。まるで隠し事が見つかった子供のように、慌てて知佳の肩から手を外す。「菫、なんでここに?」しかし、真崎は何か思いついたのか、急に顔をしかめた。「いや、待て。お前、今は仕事中だろ?無断欠勤だから、罰金だ!俺の尾行をするために、仕事まで放り出すのか?まったく、いつまでこんなガキみたいな真似をするつもりなんだよ?」私は滑稽に思えた。昨日、私は退職したばかりだというのに、真崎はそれさえ知らないらしい。恋人としても、経営者としても、これほど残念な人間がいるだろうか?「真崎。私、昨日で退職したの」真崎は信じられない様子で眉をひそめる。「退職?昨日別れるだなんだと騒いだ挙句、今度は退職なんて言ってるのか?いい加減にしてくれ。やりすぎだぞ」そばにいた知佳は呆れた表情をしながら、わざとらしい演技で煽ってきた。「真崎さん、
Read more
第7話
そう聞いた真崎は驚きに目を大きく見開き、息を呑んだ。「菫、いつ俺たち別れたんだ?」私は呆れつつも「親切」で教えてあげることにした。「真崎、昨日家で別れようって言ったのはあなたでしょ?それで、私も同意した。もう忘れちゃったの?」ようやく思い出したらしく、真崎は驚いたように言った。「昨日のは、ただ勢いで言ってしまっただけだろ?」「真崎、私はずっと本気だったんだよ」私の言葉に真崎の表情はみるみる険しくなり、不機嫌そうな声を出した。「菫。俺が知佳と書類上だけ籍を入れたぐらいで、こんなに大事にする必要はないだろ?たかが、拓也を就学させるためじゃないか。なのに、いつまでネチネチ引きずっているんだ?」知佳も芝居がかった様子で涙を浮かべ、わざとらしく隣で同調する。「菫さん、ごめんなさい。真崎さんと籍を入れたのは、私が悪かったです。でも子供のためを思ってのことで……だから、怒るなら私に怒ってください。真崎さんに、別れるなんて言わなくてもいいじゃないですか。真崎さんは毎日働いて疲れているんです。それなのに働かず、毎日家でごろごろしているくせに、感謝もしないどころか、よく別れるなんて言えますね」知佳の声は大きく、小学校の門前にいた他の保護者たちも集まってきた。彼らは先入観で私を「働かずに寄生している女」と決めつけ、白い目で見ながら噂話をし始める。「自分で働ける体があるのに、男の金を使うなんて、女として恥ずかしいよね」「ねえ、あなたの彼氏さんは善意でやったことなんですから、そんなに目くじら立てなくてもいいんじゃないんですか?」「本当、そうですよ。養ってもらっている立場なんだから、偉そうな態度をとる権利なんてありませんよ」無責任な連中だ。ここ数年、私の資金繰りと努力で会社が支えられていたというのに。真崎も会社も、私がいたからこそ今の地位があるというのに。なにより、真崎は知佳の作り話を信じているのではなく、あえて黙って泳がせているのだ。周りに私が悪口を言われても、かばうことは一切しない。私が本気で別れを切り出したから、真崎は怒っていて、世間を味方にしてでも私を痛めつけたいのだろう。いつもそうやって、突然音信不通にして私を不安にさせたり、知佳と仲睦まじい写真をネットに上げたりして私を怒らせようとしして
Read more
第8話
そのスクリーンショットには、私が真崎に渡していた給与の振り込み履歴と、二人の生活費として使っていた口座から真崎が日々使っていた明細がそのまま映っていたから。長年、真崎は「結婚してからのために貯めておこう」と言い、私の給与をすべて管理していた。それが私たちの生活の基盤になると、私は信じていた。真崎に苦労させたくない一心で、自分はひたすらに節約してきた。歯ブラシは毛先が開いても使い続け、安い靴下に穴が空いても捨てられず、つぎはぎして履き続けた。それなのに、私の努力で貯めたお金を、真崎はすべて知佳親子のために使っていたのだった。最初、真崎の接待費がかさんでいるだけだと思い、私は気にしないようにしていた。だが、真崎と知佳が入籍した日、嫌な予感がして銀行の預金口座を確認してみた。すると、預金のほとんどが知佳親子のために使われていたのだった。600万円の高級時計に2000万円の高級車、数万円もするような玩具。真崎は二人のためなら、金額なんて気にも留めないようだった。その一方で、私は1円を必死に節約していたのだと思うと、自分が馬鹿らしくて涙が出てくる。証拠を晒した途端、世間の反応は一変した。私を攻撃していた人たちは一気に矛先を変え、真崎たちを袋叩きにし始める。「男のくせに、自分の恋人の金で他の女と子供を養うなんて最低すぎる」「かわいそう。身を削って尽くした結果がこれとか……」「クズ男と金しか目にない女、お似合いだな。他の誰にも迷惑かけないように、二人だけでどっか行けばいいのに」「……」世間の怒りに、真崎の顔は見る見るうちに茹でタコのように赤くなった。私を睨みつけ、苛立った様子で言う。「お前は相変わらずケチなんだな。たかがこれぐらいの金でグチグチ言うことか?」たかがこれぐらい?3000万円も、散々他人に浪費しておいて、それを「たかがこれくらいの金」だと?真崎が仕事から帰ってくる時に、私がついでにコンビニのカップ麺をお願いしただけでも、1円単位まできっちりお金を請求してきたというのに。昔は夫婦なんてそんなものかと思っていたが、今は痛いほどわかる。私を愛していないから、あれほど冷酷になれたのだ。深呼吸をしてから、私は冷めた声で告げる。「真崎、私たちもう別れてるの。それに、もう他人になったんだから、きっちり清
Read more
第9話
私がそう言うや否や、真崎は固まってしまった。だが、すぐに何を思ったのか、私を軽蔑するような笑みを浮かべる。「退職届を出すには、俺の許可が必要だ。でも、昨日はお前の退職届の書類など来ていないし、ハンコも押していない。お前が辞められるわけがないだろ?菫、そんな芝居をしたって、俺の気は引けないぞ?」私は口元をわずかにゆがめて笑い、ハンコの押された退職証明を突きつけた。「社長ともある人が、こんなにも忘れっぽいとは、ね?これをよく見て」真崎がちらりと書類に目を落とした瞬間、彼の瞳が激しく揺れる。何かおぞましいものでも見たかのように、真崎は周りの目を気にせず、私の手からその退職証明をひったくった。白地に鮮やかに刻印されている赤い印影を目にして、真崎は生唾を飲み込んだ。「そ……そんなはずはない。どうしてこんなものが?俺は受理なんかしてないぞ」私が口を開く前に、そばにいた知佳が面白がるように、口を挟んでくる。「菫さん、あなたが私をよく思っていないのは分かります。でもだからって、ご自身の一生を台無しにしなくても……真崎さんを怒らせたいがために、公的な書類を偽造するなんて、やりすぎですよ。これが公になれば……」知佳の含みのある言葉を聞いて、真崎は知佳が言いたいことを理解したようだった。怒りを燃やした瞳で、私を睨みつける。「やっぱり偽物か。じゃあ、そこに押された印鑑も偽造品ということだな?菫、印章偽造が犯罪だって知らないわけではないよな?」そう言うと、真崎は頭を押さえ、やれやれと言った風に続けた。「まあいい。俺たちの付き合いに免じて、今回のことは大目に見てやる。その代わり、知佳に協力して仕事で成果を出せ。今までのことも不問にしてやるから、大人しく戻ってこい。さもなければ、お前を告訴するからな」真崎はいつもそうだった。知り合って1年足らずの知佳のことは盲目的に信じ、スマホのパスワードや社外秘の情報までも易々と教えてしまう。なのに、付き合って6年にもなる私には、いつも根拠のない猜疑心を向けるのだった。私が提出するどんな資料も、虫眼鏡でチェックし、自分の立場を揺るがす危険性はないかと躍起になって探した。ふと意識を現実に戻し、私はせせら笑う。「好きにして」何を言っても飄々とした態度の私に、真崎
Read more
第10話
「何だって?退職した?それなら、あの退職証明は本物で、ハンコも本物なのか?」真崎は、衝撃のあまり呆然とした。「菫が退職することなんて、俺は許可してないぞ?誰かが勝手に判子を押したんだ!」真崎の詰問に、人事担当は言葉を濁す。「社長……以前ご相談した際、社長ご自身がご承認したのでは?」真崎は一瞬止まったが、即座に否定した。「嘘をつけ、俺はそんなこと一言も言ってないぞ!分かった。菫が君に何か有利な条件でも提示したんだろ?」人事担当は泣きそうな声で答える。「そんなことはありません。昨日の夕方、社長にお電話した時に、社長ご自身が『社印は引き出しにある。いちいちこんなことで電話してくるな』っておっしゃったから……」真崎の頭の中で全てが繋がった。顔からさっと血の気が引いたが、プライドが邪魔をして間違いを認められず、激しく怒鳴り散らした。「俺がそう言ったとしても、こんな重要なこと、普通確認するだろうが!これしきのことも出来ないなんてクビだ!出ていけ!」電話を切ると、真崎は顔色を伺うように私を見てきた。「菫、これは誤解なんだ。大事な案件じゃないと思って処理を任せてしまっただけで……お前が辞めたがっているなんて知っていれば、断じて許可なんかしなかった。人事部のやつの伝え方が悪かったから、こんなことになってしまった。菫、お前には辞めてほしくないんだ。だから、今回の件はなかったことにするから」心の中で私は鼻で笑った。真崎にとって、私がどうなろうと重要ではないようだ。かつて私は接待の席で酔いつぶれ、道端で倒れたことがあった。その時、親切な人が真崎に電話をかけて、迎えを頼んでくれたのだが、真崎は特に気に求めず、電話を切ったらそのまま私のことを忘れ去ってしまったのだった。しかし、知佳が指先の皮を少し擦りむけば、重要な会議を中断し、わざわざ専門医を雇い入れて手当をするほどに、彼女を心配していた。愛があるかないかなんて、明らかだった。私は冷ややかな視線を真崎に向ける。「真崎。あなたが何を言おうと結果は変わらないから。退職手続きは会社のルールに則ったものだし、法的にも私の退職は認められるものだから」一歩も引かない私の態度を見て、真崎が苛立ち始めた。「いい加減にしろ!俺が下手に出て歩み寄っているのに、何をそんなに
Read more
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status