翌日、学校では、拓海を含めたサッカー部員四人に下された処分が話題になっていた。問題行動を起こした彼らは停学となり、レギュラー枠も三つが空席になったとのことだ。校内に貼り出された新聞部による記事には、「主犯は補欠の柳井拓海か?」「レギュラーに推薦してもらうために、仲間へタバコやシンナーを提供か」「交渉がうまくいかなかったために暴行へと発展」など、デタラメな内容が記載されていた。「柳井くんがまさか、こんなことするなんてね……信じられない」公正な親友の彩花さえも、記事の内容を見ながらそう言っていた。(違う……全部デタラメよ!)香織は否定したかったが、前日の拓海の言葉を思い出し、何も言えないままでいた。放課後、香織は放心状態で、ひとり廊下を歩いていた。前日の、体育館裏での恐怖がフラッシュバックする。男達の汚い手が彼女の胸や太ももを触り、胸元をはだけさせた瞬間。そして、瀬野が強引に唇を奪い、舌を押し込んできたあの感触。タバコと唾液、そして獣のような男根の臭いが鼻腔に蘇り、香織は反射的に手で口を覆った。胃が締め付けられ、吐き気が込み上げる。あれは、確かに実際に起こったことだ。壁にもたれ、えずきながら涙を堪えた。だが、その記憶の中で、拓海の汗と土の匂いが唯一の救いだった。彼が血を流してまで自分を救ってくれた姿が、彼女の心に焼き付いていた。
香織と拓海は、直に肌と肌を重ねながら、舌と舌を絡めあいながら、強く求めあった。あの体育館の裏で、瀬野から無理矢理唇を奪われ、口腔を犯されたときとは全然違う。激しいだけでなく、優しさが込もった求め合うキス。どれほど長く重なっていただろうか。やがて唇を離し、互いに見つめ合う。「香織……この先に進んでもいい? 初めてで、うまくできるかわからないけど……」彼の真面目な言葉に、再び香織は頬を赤らめながら、こくんと頷く。だがその時、拓海が動きを止め、慌てたように呟いた。「待てよ……僕、アレ持ってない。まずいよね?」香織が目を上げると、拓海が困った顔でこちらを見ている。彼女がキョトンとする中、彼は「何か……ないかな」と言いながら物置の隅を見回す。ふと、古い棚の埃っぽい角に拓海は目を留めた。そこには、誰かが捨てたらしい未開封のゴムのパッケージが転がっていた。それを拾い上げ、驚いた声を上げる。「何だこれ……こんなとこに置いてあるなんて……一体、誰が?」香織も顔を赤らめながら呟く。「誰かが……使わなかったのかしら。でも、封が切れてないなら……」
テスト試合の前日、香織は図書室で彩花と話していた。彩花は頬を染め、興奮気味に切り出した。「香織、聞いて! サッカー部の新入部員に、めっちゃかっこいい子がいるの! 明日のテスト試合、絶対応援したいんだけど……一人じゃ恥ずかしくて。ね、付き合ってよ!」香織の心臓がドキンと鳴った。拓海も出る試合だ――彼の試練を近くで見たいが、内緒の恋愛は守らねば。香織は微笑み、彩花の熱意に押される形で答えた。「ふふ、そこまで言うなら付き合うわ。応援、楽しそうね」彩花が目を輝かせ、抱きつく。「やった! 香織と一緒なら、絶対楽しいよ!」香織自身も心の中では楽しみすぎて叫び出したい衝動に駆られながら、努めて冷静なお嬢様を装った。試合当日、香織は彩花と共に観客席に座った。夏の陽射しがグラウンドを照らし、拓海の姿が遠くに見える。彼は緊張した顔でフィールドに立ち、補欠ゆえの不慣れな動きが目立つ。「やっぱりあの新入部員、かっこいい!」彩花がそう興奮して叫ぶ中、香織は拓海の匂いを想像し、心で応援した。試合は拓海のチームが劣勢だった。ライバルの新入部員がドリブルで突破し、ゴールをキメる。守備で追われるばかりの拓海に
数日後、香織は庭園のベンチで拓海を待っていた。夏の陽射しが薔薇の香りを濃くし、彼女の胸は微かな緊張で高鳴っていた。テスト試合を目前に控え、拓海が日に日に押しつぶされそうになっていることを、香織も感じ取っていた。(拓海の頑張りを、ただ待つだけじゃ足りない。私が彼を支えなきゃ……)拓海が現れた。汗で濡れた体操服が小太りな体に貼り付き、疲れ切った顔に無理やり笑みを浮かべている。香織を見つけ、ベンチに腰を下ろした。「香織……今日もこうして会えて、嬉しいよ……」“嬉しい”と言いながらも、彼の声は力なく、汗と土の匂いが濃密に漂う。香織は水筒を差し出し、穏やかに尋ねた。「練習、きつかったでしょ? テスト試合、近づいてるものね」拓海は苦笑し、俯いた。「うん……コーチに『今のお前じゃ無理だ』って言われてさ。ライバル連中も僕のことバカにして……僕、ほんとにレギュラーなんてなれるのかな……」彼の弱音と、匂い――汗と土、疲れ果てて決意が揺らぐようなニュアンス――が、彼女の心を揺さぶる。言葉だけでは足りない。もっと近くで、彼を支えたい。「拓海……ちょっと、こっちに来て」香織は立ち上がり、拓海の手を引い
「彩花、私……恋人が出来ちゃった」ある日の昼休み、学園のカフェスペースの隅で、二人だけで昼食を取っている最中だった。香織の突然の告白に彩花は目を丸くし、持っていたサンドイッチをポロリと床に落とす。「あーっ! 最後に残しておいたタマゴサンドが……!」「わ、大丈夫!?」「うぅっ……埃まみれ……大丈夫じゃないよ! もったいない……」恨みがましい目で彩花は香織を見る。落としたのは自分なのに、香織のせいだとでも言いたげだ。「まさか……今日二人でご飯行こうって言ったのも、それを言うためだったの?」「いや、そういうわけ……でも、あるのかな……」たどたどしく答えながら、「あ、お詫びにこれ食べる?」と言って、弁当箱の中のふっくらとした卵焼きを箸で彩花に差し出す香織。「食べるっ」と言い、彩花は直接食いついた。まるで池に撒かれたエサを頬張るコイのように。「ん~、おいしい! 香織の家の卵焼き、最高~!」「良かった。実は今朝、自分で焼いてみたの」「へぇ、メイドさんが作ってくれたんじゃないんだ!」
二人は物置の隅に座り、唇と唇を合わせながら、互いの体温を感じ合った。拓海の手が香織の背中を撫でると、包み込まれているような、なんとも言えない心地よさを感じた。ふと、香織は自分の下腹部に、何か硬いものが当たっているのを感じた。「……あっ」それが何か気づいて、顔を赤らめる。拓海のズボンの、股間のあたりから伸びたもの。固く勃起した、男性の一物だった。「ごめん……つい、体が反応しちゃって……」恥ずかしそうに謝る拓海。香織は恐る恐る、拓海の一物に触れた。「っ……香織!?」「謝らないで……私に対して、興奮しちゃってるってことでしょ……私も今、すごく興奮してるの……あなたと同じ気持ちだから」香織は拓海のズボンのベルトに手をかける。「香織……っ、まだ、早いよ……僕、こういうの初めてだし……それに僕達、今告白し合ったばっかりじゃ……」香織は一瞬、手を止める。確かに早すぎるし、無理に進めても拓海は幻滅するだろうか。自分が夜な夜な拓海のことを思い続けながら自分を慰めていたことも、放課後の教室で拓海の机を使って果ててしまったことだって、知られれば嫌われてしまうだろうか。
香織と拓海の関係は確実に変わっていた。拓海が復学し、部活に復帰したあの日から、二人はより頻繁に庭園で会うようになった。薔薇の香りが漂う静かな場所で、香織は拓海の汗と土の匂いに安心感を覚えていた。彼のそばにいると、あの体育館裏の悪夢が少しずつ薄れていく気がした。ある雨の日、香織は庭園の木陰で拓海を待っていた。傘を手に持つ彼女の制服は少し濡れ、髪が頬に張り付いている。拓海が走って現れ、息を切らせた。「藤堂さん、ごめん! 部活が長引いて……」彼の体操服は雨と汗でびしょ濡れで、小太りな体に貼り付いている。香織は彼の姿を見て微笑む。「気にしないで、私も少し待ってただけ。でも、雨の中での練習だったの?」「まさか。グラウンドは使えないから、階段の昇り降りとか、体力づくりだよ。でも普段やらないから……余計しんどかったかも」ニッと拓海が笑う。口の中に、不揃いの歯が覗いていた。一般的には、歯並びが悪いとされるものだろう。しかし心惹かれる相手であれば、それさえも個性的で愛しいと思えるのが不思議だ――。"愛しい”? 今、私は彼を"愛しい”と、そう思ったのか? 香織は急に、自分の頬がポッと熱を帯び、赤くなっていくのを感じた。隣に拓海が座ると、雨に濡れた彼の匂いが漂う。汗と土、そして雨の湿気が混