“香りとは檻である”それは霧と薔薇の香りに包まれた黄昏を生きた、かの有名なフランスの詩人の言葉だったろうか。甘い香り、心地よい香り、不快な香り――さまざまな香りが世の中にはあふれているが、それらは時として人の心を捕らえる。そして一度囚われると、決して逃れることはできない。春の終わり、学園の庭園に咲く薔薇の香りが風に乗り、香織の鼻腔を優しく満たしていた。大手投資会社の代表を父に持つ令嬢、藤堂香織は、学園でひときわ輝く存在だった。長い黒髪が風に揺れ、白い制服の襟元から覗く肌は陶器のように滑らかで、歩くたびに周囲の視線を集めた。だが香織にとって最も重要なのは、視覚的な美しさではなく、匂いだ。幼い頃から香りに異常なほど敏感だった。母が愛用していた高価なローズ・ド・メイの香水、庭師が手入れする芝生の青々とした息吹、書庫に漂う古書の紙の匂い――それらは彼女の心を静かに満たし、時に昂らせた。(今日も薔薇が綺麗ね)目を閉じ、深く息を吸い込む。甘く濃厚な花の香りが鼻腔に広がり、一瞬だけ現実から切り離されたような感覚に陥る。彼女にとって、匂いは世界を理解する鍵であり、自分自身を定義する一部だった。だからこそ、不快な匂いには我慢がならなかった。汗臭い教室、油っぽい食堂の空気、そして――。「うわっ、ごめん!」突然、鈍い衝撃が香織の肩を襲った。よろめき、反射的に目を開けると、目の前に立っていたのはボサボサ頭で小太りのクラスメイトだった。
Terakhir Diperbarui : 2025-07-10 Baca selengkapnya