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家族5人の新居に、私の部屋だけがなかった
家族5人の新居に、私の部屋だけがなかった
Autor: 満福うつわ

第1話

Autor: 満福うつわ
引っ越し祝いの夕食が終わると、母は栗の焼き菓子を切った。そして、用意したプレゼントを開けるよう、私たちをリビングへ促した。

兄には、発売されたばかりのゲーム機器一式。梨奈には、彼女がずっと欲しがっていたヴィンテージのバッグ。父にも、新しい急須と湯呑みのセットがあった。

私の番が来たとき、ローテーブルの上にはもう何も残っていなかった。

母は数秒固まったあと、思い出したように自分の頭を軽くたたいた。

「やだ、私ったら。知佳は何でも持ってるから、余計な物はいらないと思ったのよ」

梨奈はバッグを抱え、少し気まずそうに言った。

「お姉ちゃん、よかったらこのバッグ、しばらく使う?」

「何言ってるの」

母はすぐに梨奈を手で制した。

「知佳は、そういう物に興味ないでしょう。昔から何も欲しがらない、手のかからない子なんだから」

私はうつむき、栗の焼き菓子をひと口かじった。甘いと分かっているのに、不思議と苦さだけが広がっていく。

子どもの頃、うちには余裕がなかった。

兄がスニーカーを欲しがり、梨奈がピアノを習いたいと言うたび、私は早くから「何もいらない」と答えることを覚えた。

その後、家の暮らしが楽になっても、家族の習慣は変わらなかった。

兄は欲しい物のリンクを送れば、買ってもらえる。梨奈が少し長く眺めていた物は、翌日には部屋に置かれていた。

私の欲しい物を聞かれると、母はいつも同じことを言った。

「知佳はしっかりしてるし、何でもいいのよ」

長いあいだ聞き分けのいい子でいると、気にかけてもらう手間まで省かれてしまうらしい。

夜10時になり、私は借りている小さなマンションへ帰ろうとした。

父が眉をひそめた。

「こんな日に帰るのか?この家に寝る場所がないわけじゃないだろう」

母も手招きした。

「ゲストルームのベッドなら、今日の午後に整えておいたわ。今夜くらい泊まっていきなさい」

ゲストルームの壁際には、折り畳みベッドが置かれていた。その横には、まだ開けていない段ボール箱が積まれている。

クローゼットには、梨奈の部屋に収まりきらなかった季節物の服が詰め込まれ、ベッドのそばには小さな台さえなかった。

母は予備の洗面用品を持ってきて、笑いながら説明した。

「この部屋ね、本当は物置にするつもりだったの。でも、ベッドを残しておいてよかった。じゃなかったら、今日、知佳が泊まる場所もなかったもの」

私は、ホテル名の入った歯ブラシを受け取った。

「十分だよ」

母は満足そうにうなずいた。

「やっぱり知佳は話が早くて助かるわ」

そのとき、スマホの画面が明るくなった。

南ヶ丘本社の人事から、またメッセージが届いていた。

【本社への異動枠を確保できるのは、明日中です。お返事をいただけますか】

この打診を受けるのは、これで3回目だった。

前の2回は断った。

母は血圧が高く、父は腰を悪くしている。この町に残っていれば、何かあったときにすぐ駆けつけられると思っていたからだ。

けれど今、ふたりはそれほど私を必要としていないのかもしれないと思った。

私は画面を消した。

初めて、その場で断らなかった。

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  • 家族5人の新居に、私の部屋だけがなかった   第10話

    翌年の秋の連休、私は実家へ帰らなかった。ちょうど大事なプロジェクトが終わり、ようやく取れた3日間の休暇を、自分の家で過ごすことにした。半月ほど前、両親から尋ねられていた。【今年は、知佳の家へ行ってもいい?都合が悪かったら、断ってくれていいから】私はメッセージを見て、ひと言だけ返した。【来てもいいよ】家族が着いたのは午後4時を過ぎていた。兄と梨奈も休みを取り、両親と一緒に来た。私は4足の来客用スリッパを用意して待っていた。母は履き替えながら、足元をしばらく見つめた。「今度は、どうして4足なの?」後ろにいた兄が、あきれた声を出した。「母さん、わざわざ自分が落ち込むようなこと聞くなよ。ここは知佳の家なんだから、自分のスリッパはあるだろ」皆が笑った。母も笑ったが、目は少し赤くなっていた。リビングへ入った母は、仕事用のスペースを見て足を止めた。「ここは、知佳が使っているの?」「うん。家で残業するときに使ってる」そこには壁一面の本棚と、広い机があった。窓辺には、半年ほど前から育てている観葉植物があった。母は机の角を、指先でなぞった。「知佳、子どもの頃から、自分の机が欲しかったんじゃない?」私は料理を皿に盛る手を止めた。「欲しかったよ」子どもの頃、兄には自分の部屋があった。梨奈が生まれると、両親はもうひとつの部屋を子ども部屋にした。私が眠っていたのは、物置を片づけて作った、ベランダ脇の小さな部屋だった。宿題を広げられる大きな机が欲しいと、一度だけ母に言ったことがある。母は、兄や梨奈と張り合わないの、と私をたしなめた。母も、そのときのことを思い出したのだろう。しばらく黙ったあと、静かに言った。「私、自分で思っていたよりずっと、知佳に我慢させてたのね」私は「もう昔のことだから」とは言わなかった。あったことまで、なかったことにはできない。代わりに、洗ったブドウを母へ差し出した。「食べる?甘いよ」夕食の支度は、皆で分担した。父が料理を作り、兄が野菜を洗い、梨奈が果物を切った。母も手伝おうとしたが、私は椅子に座らせた。母は不満そうに言った。「6時間以上もかけて来たのに、お母さんはお客さんなの?」私はわざとうなずいた。「そうだ

  • 家族5人の新居に、私の部屋だけがなかった   第9話

    お正月の1週間前、家族のグループチャットが急に静かになった。12月27日になって、父がようやくメッセージを送った。【年末年始をどう過ごすか、各自で教えてくれ。誰かが勝手に決めるのはなしにしよう】兄は仕事。梨奈は友人とスキーへ行くことになっていた。父と母は、ふたりで家に残るという。私の番になり、短く返した。【南ヶ丘で過ごす】母からの返事は、ひと言だけだった。【分かった。何か食べたい物はある?送るから】初めは、何もいらないと返そうとした。途中まで書いて、消した。【手作りのたくあんがいいな。それと、お母さんが作る辛みそ】10分後、母から感嘆符が3つ並んだ返事が届いた。【分かった!!!辛みそは多めに入れておくね】思わず笑った。家族の好意を受け取っても、また私ばかりが我慢する関係に戻るわけではない。その優しさで私を縛ろうとしないのなら、受け取ってもいいのだ。大みそかには、帰省しないプロジェクトの仲間が何人か、私の家へ食事に来た。同僚たちが、鍋の素や飲み物を持ち寄って集まってきた。袋いっぱいのミカンを提げてきた研修中の後輩は、部屋に入ると私に尋ねた。「水野さん、どこに座ればいいですか?」私はダイニングテーブルを指した。「好きなところに座って、みんなの席はちゃんとあるよ」それほど大きくないテーブルに、6人分の食器がきちんと並んだ。誰ひとり、あとから用意された小さな椅子に座ることはなかった。食事の途中、母からビデオ通話がかかってきた。画面の中では、父と母だけが食卓についていた。私は少し驚いた。「お兄ちゃんと梨奈は?」母は笑った。「言ったでしょう。ひとりは仕事、もうひとりはスキーよ。若い人には、それぞれ予定があるんだから。私たちだって、ふたりでゆっくり年を越せるわ」父も画面へ顔を寄せた。「お母さんも、ようやく分かったんだよ。無理に全員そろえるのは、家族団らんじゃなくて出欠確認だろ」母が父をにらんだ。「何よ。分かったようなことを言って」私は声を上げて笑った。母は玄関へスマホを向けた。あの淡い青色のスリッパは、今もそこに置かれていた。けれど母は、帰ってきたときに履いてとは言わなかった。ただ、穏やかに尋ねた。「今の部屋、慣れた?」「

  • 家族5人の新居に、私の部屋だけがなかった   第8話

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    翌朝、会議室へ入ったところで、兄から電話がかかってきた。電話に出ずに切ると、兄はかけ直さず、写真を1枚送ってきた。梨奈が買ったばかりの電子ピアノは、彼女の部屋へ移されていた。片づいたゲストルームの壁際には、新品らしきベッドが置かれている。写真の下に、短いメッセージがあった。【母さんが、慌てて用意したんだ】私はひと目見て、画面を閉じた。午前中は、3時間続けて会議だった。会議が終わると、同僚に昼食は何がいいかと聞かれた。反射的に答えた。「何でもいいです。好き嫌いはないので」同僚は笑った。「何でもいいって言われると、かえって迷っちゃいますよ。水野さん、何か食べたいものはないですか?」私はしばらく返事に詰まった。「オムライスがいいです。ケチャップたっぷりの」「決まりですね。行きましょう」同僚と食べる、ごく普通の昼ご飯だった。それなのに、家族で引っ越しを祝ったあの夜より、ずっと気が楽だった。午後になると、母からメッセージが届いた。最初の写真は玄関だった。淡い水色のスリッパが1足、並べてあった。甲には、私の名前が刺繍されていた。次は、スマートロックの管理画面だった。【知佳の指紋も登録できるわよ。帰ってきたら、お母さんがやってあげるから】最後の写真は、作り直した家族の木のデザイン案だった。父と母の名前から、今度は3本の枝が伸びている。私の名前は、その真ん中にあった。母は尋ねた。【これならいいでしょう?】私はしばらく写真を見つめてから、母に電話をかけた。母はすぐに出た。「写真、見てくれた?あの部屋のマットレス、お父さんがわざわざ選びに行ったのよ。腰が悪い人でも楽に寝られるんだって。家族の木も作り直してもらうことにしたから、今度はちゃんと知佳の名前も入ってるわよ」母は早口で話し続けた。今からでも私の分をあれこれ用意すれば、これまでのことは帳消しにできると思っているようだった。私は、母が話し終えるのを待った。「お母さん。私、ベッドがなかったから出ていったんじゃないよ」電話の向こうで、母が黙った。「じゃあ、どうしてほしいの?」母の声には、もう自分が責められているかのようなやるせなさがにじんでいた。「部屋も用意した。スリッパも買った。家族の木も作り

  • 家族5人の新居に、私の部屋だけがなかった   第5話

    南ヶ丘駅に着いたのは、正午を少し過ぎた頃だった。ふたつのスーツケースを引いて改札を出ると、会社から迎えに来てくれた同僚が手を振った。「水野さんですよね?トランクを空けてきたので、荷物は全部入りますよ」何気ないひと言なのに、私はすぐに返事ができなかった。これまで家族で出かけるとき、私はいつも荷物を抱え、後部座席の真ん中に座っていた。兄はいつも言った。梨奈は車に酔いやすいから助手席に座らせよう。父と母は年を取っているから、後部座席は広く使わせてあげよう、と。最後に残った場所が、私の席だった。私が来る前から、荷物を置く場所まで空けてくれる人もいるのだ。入社手続きが終わったのは、午後5時頃だった。同僚は社員寮まで案内し、エントランスと部屋の鍵を渡してくれた。「こっちが建物のエントランスで、もうひとつが部屋の鍵です。なくしたら言ってください。予備は総務にありますから」手のひらに載った鍵を見ていると、自然に笑みがこぼれた。そのとき、母からメッセージが届いた。【夜は何時に帰ってくるの?お父さんが、知佳の好きなカニを買ってきたわよ】私は返信しなかった。午後6時半には、兄から催促が来た。【今どこ?父さん、もうカニをさばくって言ってるぞ】7時10分、梨奈が食卓の写真を送ってきた。5人分の食器がきれいに並んでいる。私の席だけ、出入口に一番近い端に、付け足したように用意されていた。【お姉ちゃん、早く。あとはお姉ちゃんだけだよ】7時20分、とうとう母から電話がかかってきた。電話に出るなり、母は強い口調で問い詰めた。「どういうつもりなの?機嫌が悪いのは勝手だけど、食事くらい帰ってきなさいよ。家族みんなで知佳を待ってるのよ」私は鍵を回し、自分の部屋の扉を開けた。「もう、そっちには帰れないよ」母は黙り込んだ。「帰れないって、残業なの?」「今、南ヶ丘にいるの。今日、入社手続きを済ませたところ」「南ヶ丘?」電話の向こうが静まり返った。数秒たって、遠くから父の声がした。「知佳は何て?」母は意味が分からないように、もう一度尋ねた。「南ヶ丘へ何をしに行ったの?」私はベッドの端に座り、静かに答えた。「南ヶ丘に本社がある会社に転職したの。今日、正式に赴任したの」次の

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