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第3話

Autor: ミチル
紗奈は雨に打たれながら家に走り着いた。ずぶ濡れで、ひどいありさまだった。

リビングに入った途端、彩花が焦りきった顔で駆け寄ってきた。たった2日間で、彼女の黒かった髪は白髪交じりになり、手入れの行き届いた顔は10歳も老け込んで見えた。

彩花は紗奈の腕を掴んで激しく揺さぶり、狂ったように叫んだ。「病院が、蓮の延命治療を打ち切るって……そんなこと、絶対にさせないわ!

紗奈!どんな手を使ってでもいいから、蓮を助けるのよ!」

紗奈は彩花の痩せた体を抱きしめ、その場に崩れるように膝をついた。白髪の増えた彼女の髪を見ていると、涙が思わずこぼれ落ちた。

木村家の資産はすべて差し押さえられ、動かせるのは家にあったわずかな現金だけだった。

「お兄ちゃんは死なないわ。お母さん、私を信じて。絶対に死なせたりしないから!

私にはまだ、ブランドのバッグやアクセサリーがあるわ!今すぐこれを売って、病院への当面の支払いにあてるから!

この家を売れば、何億円かにはなるはず。そうすれば、保険適用外のあの延命治療費だって……」

彩花はうつろな目で、か細い声で呟いた。

「お金があればいいのよね。お金さえあれば……」

紗奈は彩花の背中をゆっくりとさすり、少し落ち着いたのを見計らって、平静を装って切り出した。「お母さん、翔太は最初から復讐するつもりで近づいてきたのよ。お父さんが彼の両親を死に追いやったって言ってたけど、本当にそんなことがあったの?」

「そんなのデタラメよ!」

呆然としていた彩花は、怒りを込めて叫んだ。「お父さんは、誰よりもまっすぐな人だったわ。ライバルでさえ彼に一目置いて、立派な人だと褒めていたくらいよ。そんな人が、誰かを死に追いやるなんてことするわけないじゃない。翔太は、恩を仇で返す腹黒い男なのよ……」

彩花は怒りの言葉を吐き続けた。

紗奈はそっと目を閉じた。脳裏に浮かぶのは、冷たいようで、どこか優しさを秘めた翔太の瞳。彼と愛し合った数年間の記憶が、走馬灯のように駆け巡る。

違う。二人の間にそんな殺したいほどの恨みがあるなんて信じない。絶対に、何か裏があるはず。

でも……

紗奈は目を開け、めちゃくちゃにされた家を見渡して力なく笑った。家は壊れ、家族も失った。誤解だったとしても、もう元には戻れない。

彼女は苦痛に顔を歪め、きつく眉をひそめた。

翔太、なんて残酷な人。自分を愛させておいて、こんなにもひどい仕打ちをするなんて。天国から地獄に突き落とされた気分よ。

あなたに出会わなければよかった。

彩花をなだめた後、紗奈は蓮の延命治療費を支払い、売れるものはすべてフリマアプリに出品した。不動産屋にも連絡を入れ、それからようやく、疲れ切った体で父親の納骨に向かった。

冷たい雨が降りしきる中、紗奈は墓の前に泣き崩れた。石に刻まれた父の名を見つめると、冷たい墓石にすがりつき、許しを乞うように深く頭を垂れた。

雨は彼女を容赦なく打ちつけ、空はどこまでも暗く広がっていた。その中で、紗奈の姿はちっぽけで、ひどく哀れに見えた。

その時、電話の着信音が鳴った。不動産屋からだった。

紗奈は真っ青な唇を震わせながら電話に出た。「もしもし……家は、売れそうでしょうか?

なんですって?家が差し押さえられて、売れないって、どういうことですか!」

かすれた声が甲高くなった。スマホが手から滑り落ち、濡れた石畳の上に転がる。紗奈は墓石の父親の名前を見つめていると、突然激しく咳き込み始めた。

「ゴホッ、ゴホッ!」

紗奈は体をくの字に折り曲げ、地面に倒れ込む。顔に降り注ぐ雨が、彼女の涙を隠してくれた。

翔太。

石畳を掴む指先から血が滲んでいたが、紗奈はそれに気づくことさえなかった。

心の痛みが、すべての感覚を麻痺させていた。

翔太、なんてひどい人なの。兄を救う最後の手段まで、容赦なく奪い去るなんて。

電話が再び鳴り、画面に病院からの着信が表示された。紗奈は慌てて電話に出た。

「木村さん、お兄さんの容態が急変しました。すぐに病院へ来てください。もしかしたら……これが、最期になるかもしれません!」

「すぐに行きます!どうか、どうか兄を助けてください!」

紗奈はよろめきながら地面から立ち上がると、病院へと急いだ。

病院に駆けつけると、紗奈の目に飛び込んできたのは、「手術中」と赤く光るランプだけだった。

彼女は落ち着きなく手術室の前を行ったり来たりし、涙が絶え間なくこぼれ落ちた。この数日で流した涙は、これまでの人生で流してきた涙のすべてを合わせたよりも多い気がした。

「紗奈、今度の出張から帰ったら、君が一番好きな香水を買ってきてやるよ!」

「紗奈、やりたいことがあるならやってみろ。何かあっても、俺が何とかしてやるからな!」

「紗奈、怖がらなくていい。俺がいるから、もう誰も君をいじめたりしない」

蓮との思い出が次々と脳裏に浮かび、重い罪悪感と後悔が紗奈の心を埋め尽くしていく。

紗奈の顔からは完全に生気が失われ、瞳は虚空を見つめたまま焦点が合わない。突然、彼女は手術室のドアにすがりついた。ガタガタと震える手でドアを叩こうとして、そのまま床に滑り落ちる。

全部、自分のせいだ。

どうして翔太なんて好きになってしまったんだろう?

どうして彼を会社に入れてしまったんだろう?

自分の兄は、才能にあふれ、誰よりも眩しく輝く存在になるはずだったのに。それが今、手術室の中で生死の境をさまよっている。

爪が手のひらに食い込む痛みも、次第に感覚が麻痺していった。だが、どれほど自分を痛めつけようと、心にのしかかる深い罪悪感が和らぐことは決してなかった。

6時間後、手術室のランプの色が変わった。

絶望しきっていた紗奈の瞳に、かすかな光が宿った。彼女はよろめきながら立ち上がり、出てきた医師に駆け寄った。

「先生、兄はどうなりましたか?」

医師はつらそうな表情で、静かに首を横に振った。

「まだ危険な状態です。意識が戻る可能性は、かなり低いでしょう……」

その瞬間、紗奈の視界は真っ暗に染まり、足から力が抜け落ちた。
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