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第2話

Author: 翠星
「ロビーに誰もいないって、配達員が言ってるぞ。荷物の見張りもまともにできないのか?

母さんがやっと寝たところなんだ。これ以上、俺をイライラさせるなよ」

スピーカーに切り替える。

「おい、聞いてんのか!またそうやって黙り込んで不機嫌アピールか?

言っておくけどな、今回のことで俺に八つ当たりするなよ。

母さんは腰が悪いし、千佳だって仕事辞めたばかりで落ち込んでるんだ。長男の嫁として、少しは気を遣ってやれないのか?

これくらいのことで文句言うなんて、そんなんじゃ将来いい母親になれないぞ」

ただ静かに、その言葉を聞き流した。そのとき、ロビーにアナウンスが流れた。

「南城市行きをご利用のお客様にご案内いたします。ただいまより、ご搭乗を開始いたします」

電話の向こう側が一瞬、静まり返る。「今どこだ?今の、何のアナウンスだ?」

「空港」短く答える。

「空港って、何しに行ってんだ」

「部屋を空けてあげたの」

「は?何寝ぼけたこと言ってんだ!こんな真夜中に家出のつもりかよ!」

「誠司」冷ややかにその言葉を遮る。

「何だよ」

「あの温泉旅館のロビーで一晩過ごせって言ったのが私たちの最後の会話だ」

言い終えると同時に、通話を切る。そのまま彼のアイコンをタップして、迷わずブロックリストに放り込んだ。続いて千佳、そして和江……

一連の作業を終えて、スマホを機内モードに切り替えてバッグに収めた。スーツケースを引いて、搭乗口へと向かう。

CAさんが笑みを浮かべてチケットを確認する。「近藤凪様、ご搭乗ありがとうございます」

軽く会釈をして、ゆったりとしたファーストクラスのシートに身を沈める。差し出された温かいおしぼりを受け取る。「ありがとうございます」

手を拭いて、バッグの奥から書類を取り出す。あらかじめ用意していたものの、署名するのをずっと躊躇っていた離婚協議書だ。

万年筆のキャップを外して、署名欄に迷いなく名前を書き込む。凛とした、ぶれない筆跡。その紙の上に、涙が一滴たりともこぼれることはない。

……

飛行機が着陸した頃、外はうっすらと白み始めていた。

新居のマンションのドアを開ける。閉め切られた室内には、どんよりとした空気が満ちていた。

玄関には、誠司の何足ものスニーカーと、和江が趣味のダンスで履く派手な赤いパンプスが脱ぎ散らかされている。

リビングのテーブルの上には、出発前に誠司が脱ぎ捨てていった洗濯前の靴下。そのすぐ傍らに、一枚のメモ用紙が置かれている。

和江が手書きした旅行のお土産リストだ。そこには細かい文字がびっしりと並んでいる。

【近所の鈴木さんへ、老舗の高級梅干し:2箱】

【佐藤さんが欲しがっていたシルクのスカーフ:3枚】

【千佳が気に入ったネックレスとブレスレット:1セット】

一番下に、小さな字でこう付け加えられていた。【すべて凪に払わせる。嫁としての親孝行】

鼻で笑って、そのメモを容赦なくゴミ箱に放り込む。

特大サイズの黒いゴミ袋をいくつか引っ張り出してくる。ソファに放置された汚れ物、テーブルの上のゴミ、和江がベランダに溜め込んでいた大量の段ボール。それらを片端から袋の中へ叩き込む。

スマホのWi-Fiが自宅の回線に繋がって、いくつかの未読メッセージが通知された。

LINEをブロックされたため、千佳がわざわざ電子メールでスクリーンショットを送りつけてきたらしい。それは和江からのメッセージだった。

【素敵なパールのネックレスを見つけたの。五十万円よ】

【すぐに誠司の口座にお金を振り込みなさい。親孝行だと思ってね】

【こっちは手塩にかけて育てた息子をあんたに譲ったんだから、これくらい当然の義務よね】

銀行のアプリを開く。そのカードは、私名義で発行した家族カードで、誠司に自由に使わせていたものだ。迷わずカード利用停止のボタンをタップする。

そして、処理完了のスクリーンショットを千佳へ送信した。

【カードは利用停止だ。誠司に買ってもらいなさい】送信後、そのメールアドレスも即座にブロックする。

五分もしないうちに、見知らぬ番号から誠司の着信が入った。通話に応じるが、こちらは一言も発しない。

「いい加減にしろ、いつまでワガママ言ってるつもりだ!」向こうから、誠司の怒号が響き渡る。

「なんで俺のカードを止めたんだよ!母さんが今、レジの前でネックレス持って待ってんだぞ!」

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