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密かな復讐のホールインワン
密かな復讐のホールインワン
Auteur: 6jay

1話. 1番ホールの屈辱と怒りの決意

Auteur: 6jay
last update Date de publication: 2026-10-23 07:26:15

ガツン!

1番ホールのティーイングエリアに、鈍い音が響いた。ドライバーのヘッドがボールの上をかすめ、そのまま芝を深くえぐる。白いボールは情けなく転がり、わずか20メートル先のラフに力なく沈んだ。

「ぷっ……!」

後ろのカートのそばで、桐谷莉香(きりたに りか)が大げさに吹き出した。体の線があらわになる蛍光ピンクの高級ゴルフウェアを着た彼女は、久我雅臣(くが まさおみ)の腕に甘えるように絡みつく。

「雅臣さん、だから言ったじゃない。奥様にはクラブハウスでコーヒーでも飲んでてもらおうって」

「莉香、やめておけ」

たしなめる口ぶりとは裏腹に、雅臣の口元には露骨な侮蔑が浮かんでいた。その冷たい視線が、白石紗良(しらいし さら)の背中を突き刺す。

「紗良。わざわざついてきて、これを見せたかったのか?」

雅臣は大股で近づくと、紗良の手首を乱暴につかんだ。革のグローブ越しに、骨が砕けそうな力が加わる。

「あっ……!」

「痛いか? 1,000万円単位の金を動かす投資家が勢揃いしてるラウンドで赤っ恥をかかされた俺のほうが、よっぽど痛い思いをしてるんだがな」

ほかの者には聞こえないよう、雅臣が耳元へ口を寄せた。

「お前に何ができるんだ? 腹の子1人も守れず流産して、今度は自分の体すらまともに動かせないのか」

子どもの話が出た途端、手首を振りほどこうとしていた紗良の動きが止まった。この場所で、あのことまで持ち出されるとは思わなかった。

(子ども1人も守れなかった、ですって?)

5年前、雅臣が設立した久我ホールディングス。その礎となった不動産プラットフォームの初期モデルも中核特許も、企画し、身を削ってコードを書いたのは紗良だった。創業資金の2億円も、母方の実家から相続した、彼女の大切な財産だ。

過労の末にお腹の子を失ったとき、雅臣は病床の紗良から実印を盗み出し、持ち株をすべて奪った。その後は少しずつ経営から締め出し、うつ病患者のように扱って家に閉じ込めた。

「手を離して」

紗良は歯を食いしばり、夫をにらみ据えた。

「何だと?」

「離しなさいって言ってるのよ、雅臣」

雅臣は鼻で笑い、つかんでいた手首を乱暴に放り出した。

「身の程をわきまえろ。俺の支えがなければ、食事代すら自分で払えない寄生虫のくせに」

「あら、奥様ったら。怖い目」

莉香が尖ったネイルを顎に添え、あざけるように笑う。

「奥様、ゴルフは頭じゃなくて体を使うんですよ。そんなにガチガチで、何を打つつもりでここまでいらしたのかしら?」

「莉香、黙って」

紗良に遮られると、莉香は唇を尖らせた。

「やだ、怖い。雅臣さん、奥様が私をにらむの」

VIPラウンドに同行していた私募ファンドの代表たちのささやきが、紗良の耳に入り込んできた。

『あれが久我社長の本妻だろう?』

『ひどい運動音痴だな。そりゃ、旦那も若い女によそ見するさ』

『久我社長も、よく面倒を見てやってるよ』

雅臣がキャディに合図した。

「莉香、行くぞ。次のホールの準備だ」

彼は振り返りもせず、莉香の腰を抱いて次のホールへ向かった。

ティーイングエリアに、1人だけ取り残された。

紗良は、足元に転がるドライバーを見下ろした。腫れた手首では、今すぐ握り直すことさえ難しい。それでも、次のホールへ来いという言葉は最後までなかった。雅臣にとっては、妻をここに置き去りにすることすら大した問題ではないのだろう。

(私が寄生虫?)

(あなたの持っているもの、その帝国の土台には、私の血と涙が染み込んでいるのに)

グローブを外すと、締めつけられた痕があらわになった。手首を隠しかけて、紗良はやめた。ゴルフをうまく打てなかったのは自分だ。

だからといって、子どもを失ったことまで持ち出され、侮辱される筋合いはない。今日のことまで、また自分のせいにして片づけるつもりはなかった。

(あの人たちのいる社交界へ。私が、自分の足で乗り込んでやる)

紗良はゴルフバッグからスマートフォンを取り出した。夫に車を寄越してくれと言うこともできた。だが、探したのは南青山にあるプライベートゴルフスクールの電話番号だった。1人で練習できるVIPルームがあるという。

政財界の大物や芸能人がお忍びで通う、最高級のスクールだ。呼び出し音が2度鳴り、丁寧な声が応じた。

「お電話ありがとうございます。南青山エイペックス・ゴルフクラブでございます」

「今夜9時、1名用のVIPルームを予約したいのですが」

昼間、誰と来たのか。なぜ1人残されたのか。そんな話はしなかった。予約に必要なのは、自分の名前と練習する時間だけだった。

「かしこまりました。担当のレッスンプロにご希望はございますか?」

紗良はティーイングエリアの向こうへ遠ざかっていく、雅臣と莉香の背中をにらんだ。

「いちばん厳しくて、いちばん容赦のない人をお願いします」

「あ……でしたら、最近こちらに来た黒瀬隼人(くろせ はやと)プロがおりますが。レッスンがかなり厳しいので、奥様方にはあまりお勧めしておりませんで……」

「その人で」

紗良はためらわずに遮った。

「どれだけ厳しくても構いません。必ず、その人をつけてください」

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