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10話

作者: さいだー
last update 最終更新日: 2025-06-17 07:16:01

「お、おまたせしました」

 扉が開き、少し顔色の良くなった滝沢が顔を出した。

「おう」

 お風呂で暖まった効果が出ているようで良かった。

 再度部屋に上がり込み、滝沢に促されるままにテーブルの前に置かれている座布団に腰を下ろした。

「……む、麦茶で良い?紅茶もあるけど……」

「なんか悪いな。滝沢が楽な方で良いよ」

 滝沢がもう大丈夫そうなら長居するつもりはなかったのだけれど、善意を無下にするのも悪い気がしてそう答えた。

「……うん」

 コクリと頷きながら返事をしたあと、テトテトとした足取りで玄関横の台所へ向かっていった。

 足取りをみる限り、体調の方は大丈夫そうだな。

 あまりジロジロ見るのも良くないと思いつつも、部屋の中を見回して見ると、不思議な事に気がついた。

 この部屋には、滝沢の物と思われる物しか存在しなかった。他の物、たとえば、家族の物と思われる荷物が一切存在していなかった。

 トテトテとした足取りで戻ってきた滝沢は、俺の前に猫をモチーフにした可愛らしい赤いマグカップを置いた。

 尻尾の部分が持ち手になっている。握ったら怒らないよな。

 そしてもう一つ、青い猫モチーフのマグカップを自身の前にも置いた。

 質素、地味と思えるこの部屋の中で、唯一女の子らしいなと思える代物だった。

 俺の対面に座った滝沢の服装もかなり質素、色味のないグレーのスエット姿。頭にはターバンみたいにタオルが巻かれている。

「可愛いマグカップだな」

「あ、うん。や、矢野さんが、遊びに来てくれた時用に買ったんだ」

 そう言うと、少し不気味にも映る笑みを浮かべた。

「そ、そうか」

 秋斗が置いていった本を読んで俺は確信していた。

 おそらく滝沢は矢野さんを口説き落とす為に嫌がらせを繰り返していたのだと言う事を。

 まるで思春期真っ只中な中学生男子みたいな話だが、実際の所、おそらくそうなのだ。

 それを示すように、滝沢の部屋の隅のカラーボックス────の一番端の方にあの独特なカラーの本がそれを物語っていた。

 恋愛心理戦──恋愛心理学を制す者は青春を制す──。

 痛々しいタイトルの本。

 オレはおもむろに立ち上がり、カラーボックスの前まで行き、その本を取り出す。滝沢が止める事も無かった。

 そしてそれをテーブルの上で開き、こう質問をした。

「滝沢が矢野さんに花を贈ったのは、第二章の『異性と仲良くなるには』に書かれていた、返報性の原理を利用しようとしたんじゃないのか。違うか?」

 人間には無意識下に働く、心理と呼ばれる心の動きがあり、決して抗うことはできない。

 あくまでも無意識に、誰もが同じような行動を取ってしまうそれが心理なのだ。

 それらをまとめた物が···として認知され、その一部が·····として応用される。心理学を使いこなす者のように、滝沢も矢野さんに行使しようとした訳だ。

 返報性の原理。

 人間が誰かに何かをしてもらった時、お返しをしなくてはならないんじゃないかと思ってしまう心理。

 つまり、滝沢は花を送ることにより、矢野さんから何かしらのお返し、見返りを求めた訳だ。

「……そ、そう、だけど?」

 少し躊躇うような返事。何かおかしな所はあったのかと俺に問いかけるように語尾は不自然に上がっていた。

「お前、連れて行かれる時『どうして』って言っていたよな?なんで怒られたのか。なにが問題になったのかわかってないだろ」

「き、聞こえてたんだ……うん。そうだよ」

 やっぱりか。こいつは不器用な上にどうしようもないくらいアホだ。

「そもそもの話しをするとだな、仲良くもない奴に花を送られても喜ぶやつはいない。迷惑だ。しかも新学期そうそう机の上に置いておくなんて愚の骨頂だ」

「……」

 しばらく沈黙が続いて、少し言い過ぎたかなと思ってフォローの言葉を考えていると滝沢が口を開いた。

「で、で、でも、お手紙書いたり、お休みの日に外で会ったり、廊下でコミュニケーションとったりしてたから、そんなに仲良くないなんて事はないと思うよ」

 コミュ障特有の早口だった。俺じゃなかったら聞き逃しちゃうね。

「それをもし、相手が迷惑だと思っていたら?」

「めめめめめめ、迷惑に思われているの!?」

 オブラートに包んで言うべきか、少し悩んでから口を開いた。

「思われているな。さっきも陽川に相談されていた所だ」

 実際相談を受けていたのは吉岡で、そのおまけとしてあの場に居ただけだけど。

「……そ、そうなんだ」

 迷惑だと思われていたのが余程ショックだったのだろう、今にも消え入りそうな声色だった。

 なんか少し可愛そうになってきた。少し接してみて、おかしなやつではあるけれど、決して悪いやつではないのではないか思ってきてしまっている俺がいた。

「でもさ、やり方を変えれば仲良くなれるんじゃないか?」

 フォローするためにそうは言ってみたけれど、実際のところはかなり難しいだろう。

 なんせ現状はストーカー扱いなのだから。

「そうかな?」

「ああきっとな」

 無責任な事を言っているなと自分でも理解している。でも、これ以上、傷心不器用美少女を傷つける事は俺にはできなかった。

「き、桐生君なら、上手くできる?」

 どうだろうな。滝沢程下手をこくことはないだろけれど、そんなに友達が多いとは言えない俺に上手くできるのだろうか。

 ……できない、気がするけど、できないとは言えない雰囲気。

「……多分、できるんじゃないか」

「そ、そうなんだ。す、凄いね」

 心から尊敬するように、気持ちのこもった言葉だった。なんか、心が痛いよ。これ以上傷を負わない為に、話しをそらす為に、何か話題を探す

「……というか、なんで滝沢はそこまで矢野さんにこだわるんだ?」

「そ、それは────」

「……」

「……」

 しばらく無言の時間が続いた。さすがに気まずいな。

「話したくないなら無理に話さなくていい。」

 聞いてしまってから聞かない方が良い話題だったなと気がついた。理由がどうであれ俺が聞くべき事ではない事だ。

「あ、あのね、私、この辺の出身じゃなくてね、入学した時は、知り合いが一人もいなかったの」

「え、あ、ああ」

「は、初めて声をかけてくれたのが、矢野さんだったの。嬉しかったなあ」

 そんな事で?と口から出かけた。

 だけど、それと同時に、遥か昔、小学校入学当時の事を思い出して口に出さずにすんだ。

 幼い頃の俺は、人見知りで、自分から誰かに声をかけるなんて到底できるやつじゃなかった。

 最初の一ヶ月は誰とつるむ事もなく、ただ家と学校を往復するだけの退屈な日々を過ごしていた。

 周囲のみんなは、遊びに行く約束をしていたり、放課後何をして遊ぶだの相談をしていたけれど、その輪に加わる事は一切なかった。周囲の人間が怖かった。

 強い疎外感を感じて、学校に通うのも嫌になりかかっていた。

 だけど、ある日、秋斗が俺に声をかけてきた。

『サッカーやるんだけど、人数足りないからいっしょにやろう!』って。

 かなり強引だった。俺の意見なんて関係ないって感じで、秋斗は俺の手を引いてグランドに連れ出して、そして、一緒に遊んだ。

 サッカーなんてやったことも無かったし、全く上手くできなかったけれど、秋斗も、周りのみんなも俺のことを責める事は無かった。

 それからだったな。秋斗とつるんで遊ぶようになったのは。あいつのおかげで周囲の人間が怖くないって事も知った。

 もしかしたら、滝沢も俺と同じように周囲に馴染めず、変人扱いされて、疎外感を感じでいたのかもしれない。

 そう思った瞬間に、絶対に後に後悔するであろう言葉が口をついて出ていた。

 おそらく、心理学で言うところの、アンダードッグ効果と、返報性の原理が働いた結果だろう。

 気まずさをごまかす為に、淹れてくれた麦茶に手を伸ばして一気に飲み干した。

「おかわ────」

 滝沢が何か言いかけていたけれど、そのセリフを遮って俺は頭を下げた。下げすぎてゴチンとテーブルに頭をぶつけてしまった。

「すいませんでした。俺のせいで女の子の顔、怪我させちゃって、余計な事まで言って、体調まで悪くさせちゃって、謝ればそれで済むって事でもないと思ってる。お詫びってわけじゃないけどさ、俺が出来ることなら何でもするから、それでどうか許してほしい」

「い、いいよ、別に。わ、私、気にしてないから。あ、頭あげて」

 言われるがままに頭を上げると、困ったようにパタパタと手を振っていた。

「そういう訳にはいかない」

 怪我を負わせてしまった事と、体調を崩させてしまった事の原因に滝沢にも否はあれど、俺がとやかく言う事じゃなかった。

 流れで陽川からストーカーの話は聞かされてはいた。だがしかし、矢野さん本人からなんの相談を受けていた訳ではない。

 俺が滝沢に直接手を下す必要もなければ、そんな資格もなかった。なんせ、俺も矢野さんに振られた側の人間なのだから。

 俺だって滝沢と同じように矢野さんの家の前まで行ってそこで滝沢と遭遇した。いわば俺だってストーカーたいなものなのだ。

 勝手に守った気になって、相手の立場になって考えればありがた迷惑でしかないだろう。

 もしかしたら、今だって滝沢にとってとても迷惑な事を言っているのかもしれない。後になったら思い出して、とても後悔をするのかもしれない。

 でも言わずにはいられなかった。

「俺はどうしたら良い?」

 滝沢は少し困ったように、唇を噛み締めながら首を左右に何度か振ってから口を開いた。

「……たまに、お家に遊びに来てくれたら嬉しい」

「それは滝沢が本心から思っている事なのか?」

 今までとは違い、少し口元を綻ばせる笑みを見せながら滝沢は頷いた。

 顔の傷が痛々しいが、とても可愛らしい笑顔だった。

「それは良い。麦茶もおいしかったし。また貰いに来るよ」

 言ってかららしくないセリフに少し小っ恥ずかしく感じて、滝沢から目を逸らした。もとより滝沢があまり目を合わせないから元から目が合っていた訳ではないけど。

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