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第6話

Penulis: 星摘み人
その瞬間、菖蒲には周りのざわめきがすべて聞こえなくなり、一瞬にしてあたりがすべて静まり返ったかのようだった。

そして彼女の頭の中では、「これが僕のママだよ」という言葉だけが響いた。

遠くから、大輔がまるで宝物でも見せびらかすみたいに蛍の手を引いて、クラスメートに一人ひとり紹介しているのが見えた。菖蒲は胸にぽっかりと大きな穴が開いて、冷たい風が吹き込んでくるような気持ちになった。

自分はまだ充と正式に離婚したわけでもないのに。大輔はもう待ちきれずに、蛍を「ママ」と呼んでいるの?

そう思っていると、傍らから大きな人影が近づいてくるのが見えた。

それは「朝から用事がある」と言っていた、充だった。

充と蛍は、大輔の両手をそれぞれつないでいた。三人の顔には、同じように幸せそうな笑みが浮かんでいる。

なるほど、前世も今度も、参観日があるなんて自分がまったく知らなかったわけだ。充も、そんなこと一度も口にしなかったんだから。

つまり、彼はとっくに知っていて、大輔とこっそり相談して、蛍を母親として参加させることに決めていたんだ。

あの親子は、こんなに早くから口裏を合わせていたなんて。実の母親で、本当の妻である自分に内緒で。

その瞬間、菖蒲の脳裏に、前世で死ぬ間際にベッドに横たわっていた時の光景が浮かんだ。

あの時、大輔はテレビに映る男女に夢中で、息も絶え絶えの自分には見向きもしなかった。

今思えば、充が赴任していた間も、あの二人は裏でずっと連絡を取り合っていたんだろう。大輔はとっくに蛍を母親だと認めていて、あとは自分が死ぬのを待ちわびていただけなのかもしれない。

そう思うと、菖蒲はもう見ていられなった。正面から吹き付ける冷たい風を浴びて、目に溜まった涙をこぼしながら、彼女はくるりと背を向けてその場を離れた。

そして、彼女はまっすぐ役所へ向かい、あの離婚届を取り出すと、もう片方に一文字ずつ丁寧に自分の名前を書いて、職員に差し出した。

「すみません。サインしました。離婚の手続きをお願いします」

職員は書類に不備がないことを確認すると、すぐに離婚の手続きをしてくれた。

そして手続きが終わって離婚届受理証明書を受け取ると、菖蒲は、これで本当にあの親子とは関係がなくなったんだと、はっきりと実感した。

それから数日間、菖蒲は予定を早めて体力訓練を再開した。

子供のころに鍛えた基礎はあったけど、大輔を産んでからは訓練の強度をかなり落としていた。だから京市へ行く前に、できる限り体を完璧な状態に戻しておきたかった。

充もこの時期、来月の赴任先への異動に向けた引き継ぎ業務で忙しくしていた。

週末、家に大輔を見てくれる人がいなかったので、菖蒲は仕方なく彼を訓練場に連れて行った。飲み物とおやつを持たせて、隅の方で一人で遊ばせておくことにした。

その日、大輔が座ってすぐのことだった。偶然通りかかった蛍の姿が目に入った。

彼はすぐに駆け寄って、蛍の腰に嬉しそうに抱きついて離れようとしないのだった。

「蛍おばちゃん、一緒に遊んでくれない?ママは一日中、僕を一人でここに座らせるんだ。もう退屈でしょうがないよ」

一方でそれ聞いた菖蒲は、きゅっと指を握りしめた。

大輔のあんなに懐いた表情はもうずいぶん見ていないのだ。

蛍は優しく彼の頭をなでると、菖蒲の方をちらりと見た。その目には、かすかな得意げな色が隠れていた。

「それは、あなたのママに聞いてみないとね」

大輔が口を開く前に、菖蒲は深く息を吸い込んで、静かな声で言った。

「陣内先生と遊んでおいで。でも遠くへは行かないようにね。気をつけるのよ」

どのみち、大輔がここにいても、自分にとってはイライラが増えるだけだ。

それに、自分がいなくなれば、大輔はずっと蛍と一緒に過ごすことになる。今さら二人の邪魔をする必要もないのだから。

それを聞いて、蛍の目がきらりと光り、気づかれないほどかすかに口角を上げた。そして、彼女は大輔の手を引いて別の方向へ歩いていった。

大輔はまったく嫌がる様子もなく、ぴょんぴょんと跳ねるように彼女の隣を歩いていた。

菖蒲は二人を呼び止めようと口を開きかけたが、結局は視線を戻し、自分の訓練に集中することにした。

しかし、彼女がウォーミングアップを終え、本格的な訓練に入ろうとした、まさにその時だった。遠くから大輔の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。

菖蒲は顔色を変え、すぐに声がした方へ駆け出した。

そして二人の姿を見つけると同時に、大輔の額から流れ出た真っ赤な血が目に入った。

蛍はそばに立ち、慌ててカバンからガーゼを取り出して血を止めようとしていた。でも、ガーゼはあっという間に血で赤く染まってしまうのだった。

それを見た菖蒲は考えるよりも先に、大輔を抱き上げて、全力で走り出した。

病院に着くと、医師が1時間かけて縫合し、ようやく出血が止まった。

菖蒲は張り詰めていた気持ちをようやく落ち着かせると、蛍を問い詰めるだけの余裕を取り戻した。

「どうして大輔は頭を怪我したんですか?

それに、あなただって医者でしょう。あんなに大きな傷なのに、どうしてすぐに病院へ連れて行かなかったんですか?もし私が近くにいなくて、間に合わなかったら、出血多量で大変なことになっていましたよ!」

蛍はまだ動揺している様子だったが、思わずといった感じで言い返してきた。

「大輔くんがそんなに動き回るなんて、知らなかったんですよ。ちょっと目を離したすきに、彼が階段から飛び降りて転びました。

それに、私は外科医じゃないんで、とっさに対応できなくても、仕方ないじゃないですか!」

それを聞いて菖蒲の心の底から、怒りがこみ上げてきた。

蛍は、明らかに言い訳をしている。

そこへ、知らせを聞いた充も、慌てて病院に駆け込んできた。

彼は病室に飛び込むと、ベッドに横たわりながら頭にはガーゼがぐるぐる巻きにされている大輔の姿を見た。その瞬間、充の目に怒りの炎が燃え上がった。

「なんで大輔が怪我をしたんだ?!」

そう聞かれて、蛍は気まずそうに視線をそらした。

菖蒲は怒りを抑え、事実を話そうとした。

その時、ベッドの上から大輔のかすれた声が聞こえた。

「パパ、ママが僕を連れて行ったから、怪我しちゃったんだ……」
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