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第5話

Autor: 星摘み人
そして、デパートを出た後、充と大輔は、いつものように先に蛍を家まで送った。だから、菖蒲も荷物を持ったまま、ついていくしかなかった。

家に帰るころにはもうくたくたで、彼女はすぐにベッドに横になった。

夜もふけたころ、菖蒲は金切り声のような泣き声ではっと目を覚ました。どうやら隣の夫婦がけんかをしているらしい。

「私たちをここに置いて、自分だけ遠くに行っちゃうつもり?そんなの許さないから!絶対に!」

「そんなつもりじゃない。ただ、向こうは大変な場所だから、お前たちがつらい思いをするんじゃないかと思って……ここにいれば楽に暮らせるだろ。なんでそんな風に取るんだよ」

「そんなの知らない!とにかく、あなた一人で行くなんて絶対に許さない。行くなら私たち二人も一緒に行くの。それが嫌なら、あなたもここにいて、どこにも行かせないから!」

……

隣で寝返りをうつ音がして、どうやら充も目を覚ましたようだった。

隣の二人はまだ言い争いを続けている。それに対して、彼はふんと鼻を鳴らした。

「夫婦が離れて暮らすなんてありえないだろ。そんなの、夫婦って言えるのか?あの男のやり方、ひどいな」

それを聞いて、菖蒲の胸がずきりと痛んだ。

充は、ずっとわかっていたんだ。夫婦は離れて暮らすべきじゃないって。

なのに、前世では、彼は迷うことなく蛍を連れて行ってしまった。自分と子どもだけを、この場所に残して。

だとしたら、彼の心の中では蛍が本当の妻で、自分は、ただ子どもの面倒を見て、家のことをするだけの家政婦だったっていうこと?

そう思った瞬間、菖蒲の目には涙がにじみ、こらえきれなくなりそうだった。彼女はかすれた声でたずねた。

「じゃあ、あなたは?充、あなたはなんで私をここに残していくの?

私たちだって夫婦でしょ。あなたのやっていることと、彼のしていること、どこが違うっていうの?それとも、あなたのなかでは、私は妻ですらないの?」

かつて生涯を貫くずっと胸につかえていた言葉を、彼女はようやく口にすることができた。

だけど、充はただ冷めた声で答えるだけだった。

「迎えに来るって言っただろ。俺のやり方をわかってくれてると思ってたのに。お前って、そんなに物分かりが悪いやつだったんだな」

それを聞いて、菖蒲は、口を開きかけた。

前世でも彼は同じことを言った。けれど約束は守られず、結局は人生の半分以上を蛍のそばで過ごしたじゃないかと、彼女はそう問いただしたかった。

でも、そんなことを言ったって、誰が信じてくれるだろうか。

それに、前世を経験して、もういやというほどわかっていたはずだ。充は、自分のことを全く愛していないという事実を。

そう思って、菖蒲は目を閉じもう何も言わなかった。

結局、隣同士で寝ていても、二人の心はばらばらなのだ。

次の日の朝。菖蒲が目を覚ますと、充は用事があるとかで、もう家を出ていた。

大輔が朝ごはんを食べ終わると、菖蒲はランドセルを持って、学校に送る準備をした。

すると玄関を出たところで、大輔がランドセルから一枚の紙を取り出して、彼女に手渡した。

菖蒲が受け取って開いてみると、それは離婚届だった。

届の一番下には、のびのびとした筆跡で【今井充】と大きく書かれていた。

大輔は、得意げに胸をそらした。

「僕がパパにサインしてもらったんだ。これで、離婚できるね!」

サインが書かれたこの離婚届は、人生のやり直しができるようになってからずっと待ち望んでいたもののはずだった。

でも、充は前世でずっと愛していた人だ。その力強いサインを見ると、菖蒲の胸はやはりナイフでえぐられるようだった。

菖蒲はしばらくそれを見つめてから、離婚届をそっとしまい、掠れた声で言った。

「時間があるときに、手続きをしに行くわ」

大輔は「わーい」と歓声をあげて、ぴょんぴょん跳ねながら先を歩いて行った。

学校の門がもうすぐというところで、彼はふと立ち止まった。

「ママ、もう一人で学校に入れるから。先におうちに帰っていいよ」

学校の門まではもう目と鼻の先だったので、菖蒲は頷いた。大輔が校門に入っていくのを見届けてから、その場を離れた。

家に帰ると、菖蒲は京市へ行くために必要な書類をまとめた。

それから、家の中にある持っていけないものを片付けて、処分し始めた。

たぶん、自分がここを出たら、すぐに蛍がこの家に住むことになる。あとから彼女にみっともなく捨てられるくらいなら、自分の手できれいにしておいた方がいいだろう。

そう思いながら、菖蒲は少しずつ運びながら片付けていった。

そして、最後の荷物を片付け終え、服のほこりを払うと、シャワーでも浴びようと家の中へ向かった。

そのとき、庭にいた近所の人が、彼女の姿を見て驚いたように声をかけてきた。

「菖蒲さん、どうしてまだ家にいるの?今日、学校の参観日じゃなかったかしら。みんな行ってるみたいよ。うちの子が熱を出してるから行けないんだけど、もしかして大輔くんも具合悪いの?」

菖蒲は、きょとんとした。

そんな話は全く聞いていなかったし、前世でも、参観日なんてなかったはずだ。

でも、深くは考えなかった。きっと大輔がまだ小さいから、自分や充に伝えるのを忘れただけだろう。彼女は近所の人にお礼を言って、急いで学校へ向かった。

門に着くとすぐ、警備員に呼び止められた。

「どなたの保護者ですか?」

菖蒲は、あわてて人ごみの中に大輔の姿を探した。そして見慣れた小さな背中を見つけると、息子の手を引いていた見慣れた顔が目に入った。

蛍だった。

それを目の当たりにすると、思わず呼びかけそうになった言葉を菖蒲はぐっと飲み込んだ。

どうして蛍が、ここに?

そう思っていると、ちょうどそのとき、大輔の友達が、自分の両親を紹介していた。

それを聞いた大輔も、蛍の手を引いて、誇らしげに言った。

「これが僕のママだよ。お医者さんなんだ。すごいでしょ!」
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