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第170話
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山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1519話
当然のことながら、ウィルソンの前では早紀が芝居をしている可能性もあった。そこで由佳は人をつけて早紀の行動を監視させていた。報告によれば、屋敷を出た後、早紀とイリヤはレストランに行ったが、イリヤの表情や仕草からは明らかに冷淡さが見て取れたという。それでも早紀は終始笑顔を絶やさず、時折イリヤにハンカチやミネラルウォーターを差し出していた。さらに送られてきた動画には、イリヤを見つめる早紀の柔らかく慈しむような眼差しが映っていた。その瞬間、由佳は完全に理解した。もし早紀が何も知らなかったのなら、彼女はイリヤのことも由佳と同じように嫌っているはずだった。ところが彼女は由佳を二十年も捨て去り、再び姿を現した時も利用することしか考えていなかった。それなのにイリヤの前ではあんなに嬉しそうにしている。由佳は、早紀が自分にあのような眼差しを向けたことなど一度もなかった。つまり、かつて自分とイリヤが入れ替えられたあの出来事について、早紀は最初から知っていたのだ。だが当時の早紀はただの平凡な女性にすぎなかったはず。なぜ出産に立ち会った夏希に接触でき、誰にも気づかれず子どもをすり替えることができたのか。それとも、子どもの入れ替えを仕組んだ黒幕は別にいて、早紀はただ協力しただけなのか。由佳は自分の推測を晴人に伝えた。その火事は晴人が行方不明になった原因にも関わっており、彼はすぐに調査を命じた。早紀はイリヤを連れて帰ろうとしていた。長い年月を経てようやく再会した母娘、二度と離れたくはなかった。早紀はどうしてもイリヤに償いたいと願っていた。だが、イリヤは一緒に行く気がなかった。彼女は中村家の事情を知っていた。後継ぎはアレックスであり、早紀は中村家でほとんど発言権を持たない。近頃は愛人に追い詰められ、いつも厄介事を起こす姪に追われている。イリヤは晴人を通じてアレックスに顔を合わせたことはあるが、親しい間柄ではない。アレックスが甘やかしてくれるはずもなかった。直人とも血のつながりはなく、行けば居候に過ぎない。それに、ウィルソンと夏希は以前から彼女を外に出すことを考えていた。彼女が仕掛けて思い直させはしたものの、清月との取り引きが露見してからは、二人の態度も以前のように親密ではなくなっていた。まして由佳とは確執があり
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1518話
由佳のインタビュー映像はすぐに公開された。その中で彼女は、ケイラー病院で診療を受けた経緯を詳しく語り、いくつかの証拠を提示した。最初に示されたのは、清次が清月から入手した彼女の妊娠中の溶血に関する診療記録だった。そこにははっきりとケイラー病院の名前が記され、右下には病院の印章も押されていた。これだけで彼女が確かにケイラー病院で診察を受けたことは明らかだった。しかし、ケイラー病院の記録には一切その痕跡が残されていなかった。続いて、彼女は自分が催眠を受けている映像を公開した。子どもは稀少な血液型であるにもかかわらず、自分が記憶を失ったことで行方不明となり、長年外で漂うように過ごしていたのだと訴えた。由佳だけではない。次々と被害者たちが名乗りを上げ、自らの体験を語り始めた。彼らはKLグループが「ボランティア契約」の名目で、実際には違法な人体実験や臓器売買を行っていたと告発した。事態は急速に拡大していった。KLグループは声明を発表し、全てを否定した。由佳らは競合他社にそそのかされた者たちであり、名誉を傷つけられたとして訴えるつもりだと主張した。だが、その声明を信じる者はほとんどいなかった。世論の怒りに加え、晴人ら資本家たちが動いたことで、関係当局は徹底調査に乗り出した。その翌日、松浦島で爆発が発生し、大きな注目を集めた。アルテミス研究所は一瞬にして廃墟となり、多数の死傷者が出た。研究所はすでにメディアと当局の監視下に置かれており、KLは裏から手を回そうとしたが失敗。調査と差し押さえが目前に迫り、研究員たちも連行される寸前だった。そこでKL幹部は短絡的にこの手段を選んだのだ。死んでしまえば証拠も消える。研究データも医療廃棄物も、爆発ですべて灰となった。人々がどれほど怒り狂おうとも、証拠がなければ追及はできない。数年経てば自然と人々の記憶から消えるだろう。そう踏んでいた。もし由佳たちが事前に準備を整えていなければ、本当に逃げ切れていただろう。だが彼らは備えていた。まず、ダニエルとリチャード。由佳が彼らの違法医療行為を告発した後、二人は心理学界から総スカンを食らい、警察に拘束された。彼らは身の潔白を主張するため、KL会長ジェームズに家族を人質に取られ、やむなく従ったのだと告白した。さらに、KLとのやりとり
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1517話
夏希は親子鑑定の書類をそのままイリヤに渡した。「まず、これを見なさい」イリヤは戸惑いながらも書類を受け取った。表紙の英語のタイトルを見た瞬間、顔色がさっと変わった。その表情を見て、夏希はすでにある程度、察していた。イリヤが最後のページを開いた瞬間、顔が真っ青になった。夏希は失望の色を隠さず、静かに尋ねた。「イリヤ、これはどういうことなの？」「ごめんなさい......」イリヤはすぐに謝罪した。声には明らかな動揺と後ろめたさがにじみ、視線は泳いだまま、夏希の鋭い目を見ようとしなかった。夏希の声は低く、そして否定を許さない威厳に満ちていた。「何に対しての謝罪？ イリヤ、私は真実が知りたいの。最初から最後まで、一字一句漏らさず話しなさい。沙織は一体、誰の子なの？」「わかりません......」イリヤは首を振り、車椅子の肘掛けをぎゅっと握りしめた。指の関節が白く浮き上がった。これだけの証拠があっては、どんな言い訳も無意味だと、彼女も理解していた。「......清月です。彼女が私に話を持ちかけてきたんです。最初は拒否しました。親子鑑定でバレると思ったから。でも、彼女には方法があるって言われて......そのときは、つい魔が差して......」清次の予想はほぼ的中だった。彼は問うた。「彼女の言う方法って、何だ？」イリヤ：「別の人の血液で私の血液をすり替えたんです。ただ、そのとき誰のものかは知らなかった。血液をあんなに早く用意できるってことは、生母はすぐ近くにいるんだろうなとは思ってました......でも、まさか......」「自分の子どもじゃないから、痛みもわからなかったってこと？ だから平気で沙織を道路に突き飛ばして、車にぶつけさせたのね？」由佳は冷たく言い放った。イリヤは一瞬たじろぎ、「ごめんなさい......私が悪かった......私はずっと後悔してたんです......でもどう言えばいいのかわからなくて......」とうつむいた。夏希は疲れたように眉間を揉み、手を振って言った。「もういいわ。イリヤ、あなたには本当にがっかりしたわ。アイシャ、彼女を部屋に連れてってちょうだい」「かしこまりました」イリヤが何か言おうとしたが、アイシャはすぐに彼女の車椅子を押してその場を後にした。夏希は由佳を見つめ、申し訳な
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1516話
清次はすぐに清月に思い当たった。当時、清月がイリヤを連れて山口家の本家を訪れ、沙織の出自を暴露したのだ。保管庫にあった写真と沙織の出生証明書から、清月はすでに沙織の実の母が由佳で、父が清次であることを知っていたはずだった。だが、清月は由佳のことが気に入らず、この事実を伏せ、養子として沙織を育ててきた。清次がロゼンハイムに彼女を訪ねた際には、あえて沙織と清次が接する機会をつくり、親子の情を育もうとしていた。おそらく清月は、彼が由佳と離婚すると思っていた。そして離婚すれば、何かと理由をつけて、沙織を清次に引き取らせるつもりだったのだろう。だが、彼は由佳と離婚しなかった。そこで清月はイリヤと手を組んだのだ。では、メイソンについては一体どういうことなのか？清月はメイソンの存在を知らなかったと言っていたし、それは嘘ではなさそうだった。実際、彼女は清次に「沙織だけでは足りないから、息子をもう一人作ったらどうか」と言っていたこともある。もしメイソンが彼と由佳の子どもであり、その存在を清月が知っていたのなら、彼女がメイソンを放っておくとは考えにくい。つまり、現時点では次の二つの可能性が考えられる。一つ目は、メイソンは彼と由佳の子どもではなく、賢太郎が由佳を縛るために仕組んだ存在であり、親子鑑定の結果すらも彼の手によって操作された、という可能性。あの日、賢太郎があれほど自信満々だったのも、それなら説明がつく。二つ目は、メイソンは本当に由佳と清次の実の子であり、由佳が妊娠初期に軽い溶血症を起こしたため、ケラー病院が早い段階で胎児の血液型を把握し、彼女が外国からの留学生で地元に身寄りがないことを利用して悪意を抱き、本来なら双子であることが判明するはずの検査結果を単胎妊娠と偽って改ざんした、という可能性。その結果、由佳も清月も騙され、出産後、ケラー病院がメイソンを連れ去り、清月は沙織だけを引き取った。つまり、清月は最初からメイソンの存在を知らなかったということになる。メイソンの血液型は極めて珍しいもので、偶然にも由佳の母も同じ型だった。清次は、二つ目の可能性、つまり、メイソンも由佳と彼自身の子どもである、という説を強く支持していた。真相がどうであれ、帰国後にメイソンとDNA鑑定を行えば、はっきりする。清次は運転手に、ウィルソン
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1515話
清次は由佳を見てから、由佳は静かに頷いた。清次は紙封筒の封を、カッターで慎重に切り開き、中から重みを感じさせる一枚の報告書を取り出した。それは、薄い紙一枚なのに、重さを感じさせた。報告書の最初のページには、標準的な鑑定機関のロゴと依頼情報が記載されている。清次は迷うことなく最後のページをめくった。由佳は息をのんで、目は真っ先に結論へと吸い寄せられた。「DNA遺伝マーカーの型判定の結果、サンプルA（由佳）とサンプルB（沙織）の間に生物学的親子関係が認められます」その瞬間、由佳の呼吸が止まったようだった。沙織は、やっぱり彼女の子どもだった。心のどこかで予感はしていた。でも、こうして親子鑑定の結論を目の当たりにすると、それまで押し殺していた想いが一気にあふれ出した。驚きと喜びと感動が、抑えきれず胸を満たした。「パパ、パパ、結果はどうだったの？ねえ、私にも見せて！」沙織が清次の手を引きながら、由佳と彼の表情を交互に見て、そわそわしていた。清次は彼女に優しく微笑みかけながら、頭を撫でた。「沙織は、叔母さんの子どもだったんだよ」「ほんとに！？」沙織の目がぱっと輝き、小さな顔に太陽のような笑顔が咲き誇った。まるで嬉しさを隠せない子鹿のように、彼女は勢いよく由佳の胸に飛び込んだ。その小さな腕で由佳の腰をぎゅっと抱きしめ、頬を彼女の体に深く埋めて、叫ぶように言った。「叔母さん！叔母さん！ 私、叔母さんの子どもだったんだよ！」由佳の視界が一気に滲んだ。もう何も抑えきれず、その場にしゃがみ込んで、全身の力を込めて、ふわりとした小さな体を強く、強く抱きしめた。「沙織......いい子だね......」震える声で、涙声で、言葉にならない嗚咽を漏らしながら、由佳の熱い涙が娘の柔らかい髪にぽつりぽつりと落ちた。由佳は娘の額や頬に何度もキスをしながら、しゃくりあげる声で繰り返した。「ごめんね......ごめんね......ママが守ってあげられなかった......こんなに苦しい思いをさせて......本当にごめんね......」沙織も由佳の胸の中で泣きながら笑っていた。小さな手で自分と母の顔に溢れる涙を拭きながら、鼻をすすりつつも、しっかりとした声で言った。「ママ、泣かないで！沙織はママを見つけたの！今、すっごく幸せだよ！ほんとうに
山口社長もう勘弁して、奥様はすでに離婚届にサインしたよ 第1514話
動画はそこで突然終わった。画面は真っ暗になり、書斎には静寂が広がっていた。由佳はその黒い画面をじっと見つめたまま、まるで力をすべて吸い取られたかのように、その場に立ち尽くしていた。顔は紙のように青白く、体は小刻みに震えていた。清次は彼女の手をしっかり握り、力と支えを与えた。「しっかりして。もう全てが明らかになった。あいつら、誰ひとりとして逃がさない」由佳は頷くと、深く息を吸い、気持ちを立て直してから、他のフォルダを開いて確認し始めた。そしてそこで初めて知ったのだった。自分が事故に遭い、目覚めた後、リチャードにも治療と称して催眠をかけられていたことを。ただ、それはダニエルのような深い催眠ではなく、心理暗示を強化することで催眠の効果を持続させる、補強的な催眠だった。どうりで、あの頃の自分が何もかもぼんやりしていたわけだ。また、別のフォルダ観察記録には、彼女が目覚めてからの日々の状態、精神の様子、服薬の記録が細かく記されていた。記録されていた薬の名前を調べてみると、やはり精神安定剤などの向精神薬だった。彼女はそれらを半月以上も服用し続け、その後は徐々に減らされ、最終的には普通のビタミン剤に切り替えられていた。すべてを読み終えた由佳は、しばらく黙ったまま気持ちを落ち着けた後、証拠をコピーして晴人に送信した。三人で話し合った結果、由佳は心理学協会や医療関係の監督機関に対して、ダニエルとリチャードによる違法な医療行為について正式に告発・通報することに決めた。翌日の午前中、晴人の手配で、由佳は記者の取材を受けた。インタビューが終わるやいなや、沙織は待ちきれない様子で由佳と清次の手を引き、親子鑑定書を取りに行こうとせがんできた。鑑定機関までは車でおよそ30分。沙織は小鳥のようにぴょんぴょんとはしゃぎ、ずっとおしゃべりが止まらなかった。「パパ、叔母さん、あの鑑定書ってどんな感じかな？ちゃんと『沙織は由佳の娘です』って書いてあるの？」「もしそうだったら、母娘関係が成立するって書いてあるのかな？もし違ったら......」清次が続きを言おうとした瞬間、沙織は彼の口をパッと手でふさいだ。「言っちゃダメ！」清次は何も言わずに笑った。まだ確実じゃない今の段階では、期待しすぎないように、少しだけ心の準備をさせておきたかった
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