Masuk「僕は、お姉さんの人生逆転チャレンジを阻止するために現れた」 そう言い放ったのは、『逆転ヒロイン阻止株式会社』の名刺を差し出してきた謎のイケメンだった――。 不運続きの27歳OL・禿光凛は、彼氏にビジネスメールでフラれ、どん底の人生を逆転すべく投資や副業、転職に挑戦し始めた。 だがその前に立ちはだかったのは、19歳の高宮士元。 無数の資格とスキルを持つ彼は神出鬼没で、光凛が何かを始めるたび全力で妨害してくる。 しかしその妨害は結果的に光凛を最悪の結末から救っているようにも見えて……? 彼は敵か味方か、なぜ執着してくるのか。 不運体質のポンコツOLと謎多き青年が繰り広げる、ちょっと不思議な人生逆転ラブコメ。
Lihat lebih banyak「会社のメール!? しかも発注メールで!? ふざけんなー!!」
こんなことってあるのだろうか? と、
開いたメールの送り主は、取引先の社員・相原亮二だった。東証プライム上場企業で主任を務めている人物であり、さらに言えば光凛の交際相手でもある。
亮二とは仕事でのやりとりをきっかけにして知り合った。彼はその会社の社長の甥という血筋もさることながら、仕事ぶりの評価も非常に高く、将来を
「ヒカリ殿。いかがなされた」
旧態依然な島型レイアウトのオフィス。光凛のデスクの向かいに座っていた同僚の
「ビジネスメールのついでに振られたの!! ありえないでしょ!」
メールの文面はほぼいつもの発注メールであったが、最後だけが違っていた。
『このメールをもってあなたとの交際は終了とさせていただく。今まで継続させていただいてきた週末のデート等についても、その一切を打ち切らせていただき、以後は前のような取引先の社員同士という関係に戻させていただく』
「なるほど。それは難儀でござるな。理由は何でござろうか」
「わからない。たった今『は? 何で?』って返したとこ」
そう言ってため息をつくと同時に、光凛のメールアプリに未読1のサインが灯った。
「あ、返ってきた。早っ!! どれどれ……『既に交際は終了とさせていただいており、私は貴女とプライベートな関係はない。よってビジネス以外のご質問にお答えさせていただく立場にないため、一切の説明を控えさせていただく』……ふざけんなコノヤロー!!」
「政治家の答弁みたいなコメントでござるな。同情するでござる」
癖のある文面ゆえ、亮二本人が書いたものであることは疑わなかった。
光凛にとって、これは四度目の失恋であった。
高校時代、同級生の彼氏は万引きで退学。大学時代、同じゼミの彼氏は教授を殴ってやはり退学。その後に付き合ったバイト先の彼氏は借金で夜逃げ。なぜか全員、社会からログアウトしてしまった。
今回の相手は、おそらく将来の大企業役員、しかも容姿端麗。
え? まさかの夢のような玉の輿コース?
交際が始まったときはそう思ったものだが、突然の破局となった。
「あー、やっぱりわたしじゃ格差がありすぎて釣り合わなかったかー。最近さすがに危機感持ってさー、せめて彼に見合うような品を身に付けようと頑張ってたつもりだったけど、ちょっと遅かったかなー」
「マナー講師のセミナーや英会話に通っていたでござるな」
「そうそう! 全部無駄になったー。でもさあ、五年も付き合ってたら結婚とかも少しくらい期待するじゃん。メール一通で終了ってひどくない? もうわたし二十七歳だよ!? 女の二十代の五年は貴重なのに。くっそー!」
「またよい出会いがあるでござるよ。安心召されい」
「だといいけど!」
憤慨しながら仕事を終えて会社のビルから出ると、ちょうど雨がちらついてきた。
「天気予報、ハズレかー。残念」
タイミングの悪さに、思わず声を出してしまった。
すぐ横のコンビニで傘は買えるものの、ビニール傘で700円台の出費はいただけない。とりあえずビショ濡れになるほどではないし、傘なしで帰ることにした。
湿ったアスファルトの匂いは嫌いではない。
だが信号運まで元彼の味方をしているかのように、ことごとく赤で足止め。
結局、不快なレベルまで服が湿ってきた。
スーパーに寄った光凛は、弁当コーナーへ直行した。
半額シールが貼られた弁当に光凛が手を伸ばした、その瞬間――
その弁当を、横から中年男性にかっさらわれた。
「残念だったね。いただきます」
「きー! どうぞ召し上がれ!!」
仕方なく、残っていた定価の弁当を買い、スーパーを出ようとした。
「……ツイてないなあ」
しかしそこで、青いシャツと赤いシャツを着た男二人組に呼び止められた。
「こんにちはー! カチグミTVでーす! ちょっとインタビューいいですかー?」
戸惑う間にも、後ろにいたスタッフたちまで囲んできて断りづらい雰囲気となっていく。
「お姉さん、出身大学はどこ?」
「大学? 東南大ですけど」
「うわ! Fラン大学やないかー!!」
赤シャツ男に対し青シャツ男が「Fラン言うな!」と突っ込んではいるが、フォローになっていない。
「今は仕事帰りですよね。勤務先は?」
「株式会社
「知らんわー。どれどれネットで……零細やないかー!! 旦那さんか彼氏はいるの?」
「今日振られました」
「人生どん底キター!」
すぐに光凛はプッツンした。
「ちょっと何のインタビューなのコレ! ただバカにしてるだけじゃないの!!」
「やっと気づいたー!」
「ふざけんなコラッ!」
「わーっ、逃げろー!!」
赤も青も、撮影スタッフも、一目散に逃げていく。
ヒールを履いている光凛は追えない。
「むむむむ……」
散々な一日だった上に、会社の帰りに迷惑系動画配信者の標的になるという不運。
幼い頃に両親が離婚したという極大不運から、自転車の前輪で避けたのに後輪で犬のウンチを踏むという極小不運に至るまで、様々な不運に見舞われてきた光凛は、その程度でめげることはない。
とはいえ、それはバカにされても悔しくないということにはならなかった。
光凛が望んでいるのは、特別な幸運などではない。ただ、ずっと向かい風だった人生の風向きを何とか変えたい。そう強く願った。
「くっそー! 人生ここからだから。もう二十七歳だけど、まだ二十七歳。逆転の目はある! ここから逆転して、大成功して、神様も亮二様も全部見返せばいいんだよね!」
低い雲に覆われた空へ向かってそう叫び、スーパーを後にしようとすると、途端に雨が激しくなってきた。
「こういうのもツイてないけど。腐らなければきっとそのうちいいことある!」
あとは帰るだけ、しかも明日は休みなので、ずぶ濡れ上等。風邪ひこうが知ったことか。
そう思い、軒先から出ようとしたときだった。
「お姉さん、傘忘れたんだ?」
とても爽やかで、それでいて人懐っこい若い声。
横を向くと、身なりの整ったおしゃれなオフィスカジュアル姿の男が、畳んだ傘を持って立っていた。
若く、背丈は別れた交際相手・亮二には及ばないものの低くはない。亮二のように微妙に茶色がかった髪ではなく、完全な黒髪だ。
優しげで知的な眼差し。きれいに上がった口角。誰が見ても魅力的な容姿であろうと思われた。
これは――と光凛は目を輝かせた。
「うおおおおお! もしやさっそく転機が来た? 美青年! しかも育ちがよさそうな感じ! これ、アレでしょ? 『傘貸しますよ』とか言ってくれるやつだよね? それとも『一緒に入る?』とか言ってくれる系だったり?」
「どっちでもないよ」
「どっちでもないんかい! じゃあ何のために現れたし!」
「うん。僕は、お姉さんの人生逆転チャレンジを阻止するために現れた」
彼は柔らかな笑みを浮かべて近づいてくると、「こういう者です」と名刺を取り出し、渡してきた。
その名刺には、こう書いてあった。
【逆転ヒロイン阻止株式会社 高宮
「ぐ、ぐるじい……面倒はちゃんと最後まで見るってば」 光凛の腕で首を絞められた高宮は、その腕ををポンポンと手で叩き降参の意を表した。「なら言い方を何とかしろ。寄り添え。今『手遅れ』とか言っただろ」「ごめんごめん。でも一応それって間違いではないんだよね。こちらの安田さんのケースは、闇バイトの運び役を実際にやってしまった状態だし、犯罪に問われる可能性は十分ある。『知らなかった』はなかなか通らない。このまま放っておくと逮捕リスクとか起訴リスクだって普通にあると思うよ」 逮捕。起訴。 その言葉に、相談者の安田は顔を青ざめさせた。「やっぱり……そうなんですか……」 ついに高宮を直視できなくなり、安田は顔を伏せてしまった。 暑くも寒くもない部屋だが、彼女だけが汗をかいている。「逮捕って。何とかならないの?」「まあ、あくまでも放っておけばってことだから。弁護士が……この場合は僕だね。僕が警察まで同伴して『闇バイトに巻き込まれて』って相談に行く形にすれば、いきなり逮捕される可能性はけっこう下がると思う」「お。そうなんだね。よかった。じゃあそれで解決になるの?」「いいや、それだけだと多分解決にならなくて」 安田がかなりショックを受けているようなので、光凛が聞き手役のような形になっている。 高宮が隣に自分を座らせたのは、こういう意味だったのか? と光凛なりに考えた。「安田さんは『日常を取り戻したい』んだよね?」「はい。そうです」「これもさ、残念なことだけど、一度闇バイトに関わってしまうと、その後もなかなか難しいんだよね。個人情報を握られてしまっているとなると、こっちが警察に行ったりしたらそれを使って報復してくる可能性とかも考えるべきだね」 安田が顔を伏せたまま、スカートの裾を握った。「安心して。それも大切なことだから、こちらで引き受けるよ。そうしないとずっと怯え続けないといけないことになるからね。あとは――」 高宮はもう一つ問題点を指摘する。「安田さんのマインドも、だよなあ。闇バイトに飛びついてしまうような人は、やっぱり簡単に稼ごうとか、ちょっと前までの僕の隣の誰かさんみたいに『手軽に人生一発逆転』とか、甘く軽い考えがあるので、それを捨ててもらわないとこの先も――痛ぇっ」「悪かったな、甘く軽くで。安田さんのこの感じで反省してないわけないでし
ちょうど陽が沈み切った頃。 光凛は、スマホの地図アプリを見ながら、大通りから一本外れた二車線の道を歩いていた。 逆転ヒロイン阻止株式会社、高宮士元。 その飾り気のない名刺には、電話番号とともに、事務所の住所も書いてあった。 目指しているのは、その住所である。「ここかー」 通りは明るいので、よく見えた。こぢんまりとして小綺麗な三階建てビルだった。 この二階に事務所があることになっている。 ただ、光凛が見上げても袖看板などはない。電気はついているようだが、窓にも特に社名のステッカーは貼られていない。「地図を見ながら歩いているのになぜか二度も迷って徒歩七分のところを十五分もかけて辿り着く禿光凛さん、こんばんは」 振り向くと、高宮がいた。「なんで後ろから来るの」「尾行してたからに決まってるじゃん」「安定のキモさだなキサマ。ま、今は文句言える立場じゃないけど」 グイッターで届いたあの重いダイレクトメッセージの主に、光凛は「知り合いに弁護士資格を持つ優秀な人物がいて、自分も何度か助けられています。その人物にあなたのメッセージを見せて相談してもいいですか?」と返していた。 それにはすぐ、OKの返事が来た。 光凛としては安心したのだが、同時に「相談料を払わせてほしい」という申し出があり、その意思が強固に感じられたため、それも含めて高宮に相談していた。『お金をもらう以上は、事務所に来てもらったほうがいいのかもね。近ければだけど』 幸いにも相談者は電車で来られる場所に住んでおり、最寄り駅からは光凛が連れていくことになっていた。ただ、本番は明日だ。 方向音痴の光凛は道を事前に確認しておきたかったのと、そもそも彼の事務所を外からすら見たことがなかったのとで、今日は会社の帰りに高宮本人に内緒で下見に来たのだが。 彼の尾行スキルがとんでもないことを忘れていた。「どうせ心配になって下見に来たんでしょ? せっかくだから中も見ていきなよ」 この余裕である。 入り口のウォールナットのドアには、さすがに小さな表札が貼られていた。「どうぞ」 言われて中に入ると、外見から想像できたとおり、広くはない。 受付などもなく、玄関の先はすぐに応接室風の空間になっていた。 一見、きれいだった。「ちょっとここのソファーに座って待っ
「あ、そうそう。そろそろ時期的に凍結解除されてると思うよ。グイッター」 ランチを食べ終え、タイミングよく出てきた食後のスイーツに手をつけていると、高宮士元がそんなことを言いだした。 半信半疑のまま光凛がスマホでグイッターのアプリを開くと、タイムラインが正常に表示された。「お、ホントだ! 凍結が解除されてる!」「でしょ」 アカウントを凍結されてからはアプリを開いていなかったため、懐かしい画面でもある。「よーし。またSNS頑張ろっと」「またBANされないようにね」「通報したであろう張本人が言うなや」「あ。僕の白玉団子が」「アカウント凍結の損害賠償としていただいときます。というか、その歳で宇治抹茶白玉パフェってどうなの」「だって好きだし。お姉さんも人のこと言えなくない?」「あっ。わたしのわらび餅が」「この前の誘拐事件解決の報酬としてもらっとくね。一つ」 あまりにも安い報酬。 ただ、わらび餅一個を頬張る彼の微笑を見ていると、もうあの件については終了という謎の圧も光凛は感じた。「お、このわらび餅はおいしいね。餅もきな粉も。やっぱりもう一つちょうだい」「いいけど。あんた、和スイーツ全般が好きな感じ?」「うん。好き」 一個一個食べるたびに微妙にきな粉で咳込みそうになる光凛とは対照的に、彼は上手に食べる。 今日は光凛も意識して観察してしまっていたせいか、箸の使い方も上手で、食べ物もこぼさず、こういうリラックスしている場でも有り余る能力が伝わってきてしまった。 わからない、と光凛は思う。 今日も会社の昼休みに外に出たら、彼が待ち構えており。そして「ターゲットから直接情報収集するのが一番早いからね」などというふざけた理由でランチへと強引に誘われ。先日の誘拐事件のことがあったので、特に抵抗せずに一緒にこのカフェに入っていたが……。 本来であれば、もっと彼に釣り合う人間がここに座っているべきなのではないか。むしろ光凛のほうが焦ってしまうのである。 元カレの相原亮二もかなり高スペック男であったため、付き合いたての頃は一緒にいるだけで謎の申し訳なさがあったのだが、この高宮士元という青年はそれ以上だった。 ここまで来る時間。待ち構えている時間。ここで一緒に過ごす時間。ここから帰る時間。彼にとっては、あまりにももったいないのではないか
「ここだね。テンプレっぽい、いかにもな現場だ」 そう言って高宮がバイクを止めたのは、大きな倉庫のような建物の前だった。 すでに使われていないのか、前面の出入り口と思われる大きなシャッターは閉まっており、グラフィティアートと言うほどアートには感じない落書きがなされていた。無数に付いている小さな窓ガラスは、割れているものも目立つ。「ちょ、ちょっと、あんた。こんなに堂々と?」 光凛が驚いたのは、堂々と建物の真ん前にバイクを止めたことだけではなかった。 涼しげな顔でヘルメットを脱いだ高宮が、光凛の手を引きながら普通に建物に近づこうとしたことだった。「こっちの偵察さんいわく、飛び道具はなし。顔認証でこっちのデータベースに照会もかけてもらったけど、現役の暴力団員でもないらしい。拳銃を持てるような人たちじゃないね」 そして建物の横に回り込み、おそらく犯人が入ったのであろう小さな扉を見つけ、近づいていく。「じゃあ、これから中に入るよ。お姉さんはできれば扉の外で待っていてほしいけど、お友達の安否は気になるだろうから……ちょっと覗くくらいの感じでよろしくね」 あまりにも彼が平然としているので、光凛の心拍も徐々に落ち着いてきていた。「なんかチャチャッとやってきますわ的なノリに聞こえるけど」「そうだよ? 犯人にゆっくり近づいてわざわざ足を止めて会話したりすると思ってたなら、それは漫画とか小説の読みすぎかな。こういうのはね、無言のままいきなり近づいていって、いきなりドカンとやっちゃうのが一番安全」「……ナイフとかは持ってる可能性あるんじゃない?」「お、心配してくれちゃってたりする? でも大丈夫だよ。ナイフはその人の腕以上の動きはしないし。三人いるらしいけど、頭がいい人たちでもないだろうから、割と安全」「なんでそこまでわかるの」「現代日本だと誘拐って割に合わない犯罪なんだ。身代金目的であろうが、わいせつ目的であろうがね。法定刑は重いし、成功したところで逮捕される可能性が高い。だから年間の発生件数も少ないよ。そういうのをやっちゃう人たちだから、まあそういうこと」「落ち着きすぎて怖いわ、あんた」「今回は勝てるってわかっているからさ。僕はちゃんと訓練を受けているから安心して。こういうレベルの相手は何人いようが負けることはないよ」 じゃあ、行ってくるから――そう言っ