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第987話

Author: 山本 星河
晴人は泣き喚いたイリヤが車に押し込まれたのを無視し、そのまま黙って立ち去った。

晴人が家を出るのを見届け、無言のままのアリスはほっと小さく息をついた。

しかし、晴人は玄関先で足を止め、冷たい目でアリスを一瞥した。

アリスは視線を落とし、小さなため息をつきながら立ち上がり、晴人の後ろに立った。「カエサル、私のせいよ。イリヤが悪事を企む時に止めるべきだったのに……」

晴人はそれに返事をせず、無言でその場を去った。

その数十秒後、警察官が二人戻ってきてアリスを押さえ込んだ。「犯罪者をかばったな。君も警察署で話を聞かせてもらおう」

アリス「……」

晴人が警察署に着いて間もなく、由佳が駆けつけた。

「由佳!」高村は彼女の姿を見つけて手を振った。

「高村!」由佳は駆け寄り、興奮気味に彼女の手を取りながら上から下まで確認した。「無事でよかった、本当に心配したんだから!」

高村は由佳を抱きしめ、頬に軽くキスをして言った。「あなたが気づいてくれなかったら、今頃私はどうなっていたか……ありがとう、由佳」

「清次が教えてくれたのよ。ギリギリだった。本当に危なかった」

「清次?どういうこと?」

由佳は、イリヤが沙織を突き飛ばし、交通事故を引き起こした件を話し始めた。「清次が何かおかしいと思って、イリヤが私を狙うつもりかもしれないから、外に出るなって注意してくれたの。でも私は家にいたし、狙われたのが私じゃないなら、高村しかいないって思ったの」

高村は目を見開き、驚きの声を上げた。「あの子が沙織を事故に巻き込んだの?正気じゃない!沙織は彼女の実の娘でしょう!」

「私もその話を聞いたとき驚いたわ。でも、沙織が目を覚まして自分で話したのよ。清次も監視カメラの映像を確認していた」

「本当に狂ってるわ!」高村は怒りで顔を赤くし、拳を握りしめた。「あの子、どんな徳を積んだのかしら。今回捕まったとしても、せいぜい数日間の拘留で済むんでしょう?」

「晴人がそう言ってたわ」

「本当に楽すぎる罰ね!でも一つ気になるのは、彼女があなたをさらったのに、どうして晴人を足止めしなかったの?沙織を使って清次を引き留めたのはなぜ?」

「それは分からないけど、きっと取り調べで明らかになるわ」

高村は不満そうに口を尖らせた。

その後、警察は由佳から事件の詳細を聞き取り、記録を取った。ま
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